暗中飛躍(前編)
「…」
隆平は東階段を目指し、長い廊下を歩いていた。
先ほどまで康高に苛められて、めそめそとしていた三浦は、今では何事も無かった様に本日のパワプロについて身振り手振りを交え一人熱弁を繰り広げている。
そんな三浦に見付らないように、隆平は掌に押し付けられたイヤホンとマイクを見詰めながらおもわず胡乱な目をしてしまった。
「なにがお守りだよ…。」
ブツブツと文句を言いながらも手放せない自分が悲しい。
悔しいことに、この小さな機器のおかげで先ほどよりも緊張感がいくらか和らいでいるのは確かだった。
離れているとはいえ、なにかしら康高の協力があるのは心強い。
だが指の間から覗く「お守り」を見詰め、隆平はハァ、と溜息をついた。
(迷惑かけたくねぇのに…。)
暗に「頼れよ」と言われているようで、少々自己嫌悪に陥りながら、イヤホンとマイクを装着した隆平は、ふと覚えのある感覚に、「あ」と声を漏らした。
最初に和仁から屋上へ呼び出された時も、このイヤホンを付けて屋上へ向かったことを思い出す。
「(あの時も、色々助けてくれたし…一応心配してくれてんだよな…)」
そう思うと、この小さな機器に康高の愛情を感じ、隆平は胸が熱くなった。
しかし同時に、この秘密道具を渡された際、康高に言われた言葉も思い出したのである。
『虎組の内部調査には良いチャンスだ。奴等の情報は高く売れるからな。』
「…。」
同時に先ほどの学園祭、実行委員会、不良排除の話しが頭を掠めた。
「…あれ?」
笑顔のまま、隆平は思わず目を細めて明後日の方向を見た。そして康高の狙いが何と無く読めた隆平は、そのまま思わず遠い目をしてしまった。
「(もしかして、学園祭前の敵の内部調査も兼ねているんですか、康高さん…。)」
そう気が付いた瞬間、隆平は死んだ魚のような顔をして遠くの青い空を眺めた。
あんにゃろう、と小さく呟いた隆平の横で、三浦の「カキーン!!」という擬音が聞こえたが、隆平はそちらを見る気にもなれなかった。
「こんにちはー…」
キィ、とドアを開けると、そこは眩しいほどの光に満ち溢れていた。
一日ぶりの屋上は、昨日の雨の名残で所々に小さな水溜りができていたが空は青く晴れ渡っており、暖かな日差しに包まれている。
点々と見える水溜りは空の青を映し、屋上に彩りをくわえ、時折風を受けて日光を反射しながらキラキラとその青い水面を揺らす。
隆平が律儀に挨拶をしながら入ってしまうのは、もはや癖だ。
それはやはり、ドアを開けた瞬間の突き刺さるような視線に慣れないせいでもあるし、できるならいくらでもその険悪な雰囲気を緩和したいという気持ちが無意識に動いているからかもしれない。
「あれ?」
隣の三浦がいつものように不良と隆平の間に入り、不良の視線から彼を遮るようにして並びながら、こてん、と首を傾げた。
「誰もいねぇ。」
「へ」
誰もいねぇ、という言葉で隆平がいつもの指定席の方に視線をやると、そこは三浦の言ったとおり、誰も居なかった。
誰も、という表現はそこにいるはずの和仁、和田、そして九条のことなのだが、そこには脇にキラキラと光る小さな水溜りがあるだけで、見慣れた姿はみえない。
「…」
それを見た瞬間、隆平はどこかホッとしてしまった。
実際、昨日の件からどういう顔をして九条に会えば良いか分からなかったし、和仁の見方が少し変わった今、どう接していいか分からない。
「(逃げているのはお互い様だ…。)」
複雑な思いで隆平は九条の指定席を眺めた。
フェンスの奥にはいつもの街並みが広がっている。
今まで感じることの無かった鼻先に、隆平は屋上の風を嗅いだ。
「おっかしいなー。朝は大江センパイも和田センパイもいたはずなのに。」
便所かな、と首を傾げた三浦は、ズボンのポケットから「テレレレッテレー、ケータイデンワ~!!」と言って、ケータイを仰々しく取り出した。
おそらく和田に連絡をつける気なのだろう。
隆平が無言でその行動を見ていると、背後からガチャン、という妙な音が聞こえた。
どき、として隆平は振り向いた。
それが、ドアの開く音と勘違いをしたというのもあったのだが、同時に、どこか聞き覚えにある音だと気が付き、嫌な予感がしたのである。
だが、記憶を辿る必要は無かった。
目線の先には、九条、和田、和仁のうちの誰かが入って来ることは、もちろん無かった。
その代わり、先ほど屋上に入った際、鋭い視線を投げかけてきた不良が、ニヤニヤとしながら、屋上の唯一の出入り口の前で立ちはだかっているのを目にした途端、隆平は、先ほどの乾いた金属音の正体がいやでも分かってしまったのである。
「…鍵。」
呟いた隆平は、白目で額に脂汗を垂れ流しながら「落ちつけ、落ちつけ」と繰り返した。
またきっと、どこからともなく和田先輩が現れて、助けてくれる、と隆平は自分を励ましたが、後ろの三浦がのんきな声で「ありゃ、和田センパイ留守電だぁ~」と呟いているのが聞こえて、一縷 の望みが絶たれたことを知った。
隆平の目の前には十数名の不良連中。
隆平と三浦は、敵だらけの屋上に閉じ込められてしまった。
つづく。
隆平は東階段を目指し、長い廊下を歩いていた。
先ほどまで康高に苛められて、めそめそとしていた三浦は、今では何事も無かった様に本日のパワプロについて身振り手振りを交え一人熱弁を繰り広げている。
そんな三浦に見付らないように、隆平は掌に押し付けられたイヤホンとマイクを見詰めながらおもわず胡乱な目をしてしまった。
「なにがお守りだよ…。」
ブツブツと文句を言いながらも手放せない自分が悲しい。
悔しいことに、この小さな機器のおかげで先ほどよりも緊張感がいくらか和らいでいるのは確かだった。
離れているとはいえ、なにかしら康高の協力があるのは心強い。
だが指の間から覗く「お守り」を見詰め、隆平はハァ、と溜息をついた。
(迷惑かけたくねぇのに…。)
暗に「頼れよ」と言われているようで、少々自己嫌悪に陥りながら、イヤホンとマイクを装着した隆平は、ふと覚えのある感覚に、「あ」と声を漏らした。
最初に和仁から屋上へ呼び出された時も、このイヤホンを付けて屋上へ向かったことを思い出す。
「(あの時も、色々助けてくれたし…一応心配してくれてんだよな…)」
そう思うと、この小さな機器に康高の愛情を感じ、隆平は胸が熱くなった。
しかし同時に、この秘密道具を渡された際、康高に言われた言葉も思い出したのである。
『虎組の内部調査には良いチャンスだ。奴等の情報は高く売れるからな。』
「…。」
同時に先ほどの学園祭、実行委員会、不良排除の話しが頭を掠めた。
「…あれ?」
笑顔のまま、隆平は思わず目を細めて明後日の方向を見た。そして康高の狙いが何と無く読めた隆平は、そのまま思わず遠い目をしてしまった。
「(もしかして、学園祭前の敵の内部調査も兼ねているんですか、康高さん…。)」
そう気が付いた瞬間、隆平は死んだ魚のような顔をして遠くの青い空を眺めた。
あんにゃろう、と小さく呟いた隆平の横で、三浦の「カキーン!!」という擬音が聞こえたが、隆平はそちらを見る気にもなれなかった。
「こんにちはー…」
キィ、とドアを開けると、そこは眩しいほどの光に満ち溢れていた。
一日ぶりの屋上は、昨日の雨の名残で所々に小さな水溜りができていたが空は青く晴れ渡っており、暖かな日差しに包まれている。
点々と見える水溜りは空の青を映し、屋上に彩りをくわえ、時折風を受けて日光を反射しながらキラキラとその青い水面を揺らす。
隆平が律儀に挨拶をしながら入ってしまうのは、もはや癖だ。
それはやはり、ドアを開けた瞬間の突き刺さるような視線に慣れないせいでもあるし、できるならいくらでもその険悪な雰囲気を緩和したいという気持ちが無意識に動いているからかもしれない。
「あれ?」
隣の三浦がいつものように不良と隆平の間に入り、不良の視線から彼を遮るようにして並びながら、こてん、と首を傾げた。
「誰もいねぇ。」
「へ」
誰もいねぇ、という言葉で隆平がいつもの指定席の方に視線をやると、そこは三浦の言ったとおり、誰も居なかった。
誰も、という表現はそこにいるはずの和仁、和田、そして九条のことなのだが、そこには脇にキラキラと光る小さな水溜りがあるだけで、見慣れた姿はみえない。
「…」
それを見た瞬間、隆平はどこかホッとしてしまった。
実際、昨日の件からどういう顔をして九条に会えば良いか分からなかったし、和仁の見方が少し変わった今、どう接していいか分からない。
「(逃げているのはお互い様だ…。)」
複雑な思いで隆平は九条の指定席を眺めた。
フェンスの奥にはいつもの街並みが広がっている。
今まで感じることの無かった鼻先に、隆平は屋上の風を嗅いだ。
「おっかしいなー。朝は大江センパイも和田センパイもいたはずなのに。」
便所かな、と首を傾げた三浦は、ズボンのポケットから「テレレレッテレー、ケータイデンワ~!!」と言って、ケータイを仰々しく取り出した。
おそらく和田に連絡をつける気なのだろう。
隆平が無言でその行動を見ていると、背後からガチャン、という妙な音が聞こえた。
どき、として隆平は振り向いた。
それが、ドアの開く音と勘違いをしたというのもあったのだが、同時に、どこか聞き覚えにある音だと気が付き、嫌な予感がしたのである。
だが、記憶を辿る必要は無かった。
目線の先には、九条、和田、和仁のうちの誰かが入って来ることは、もちろん無かった。
その代わり、先ほど屋上に入った際、鋭い視線を投げかけてきた不良が、ニヤニヤとしながら、屋上の唯一の出入り口の前で立ちはだかっているのを目にした途端、隆平は、先ほどの乾いた金属音の正体がいやでも分かってしまったのである。
「…鍵。」
呟いた隆平は、白目で額に脂汗を垂れ流しながら「落ちつけ、落ちつけ」と繰り返した。
またきっと、どこからともなく和田先輩が現れて、助けてくれる、と隆平は自分を励ましたが、後ろの三浦がのんきな声で「ありゃ、和田センパイ留守電だぁ~」と呟いているのが聞こえて、
隆平の目の前には十数名の不良連中。
隆平と三浦は、敵だらけの屋上に閉じ込められてしまった。
つづく。