暗中飛躍(前編)
「なぁ、どう思う?」
授業が始まる少し前、三浦が廊下から不良仲間に呼ばれ、自分達から離れたのを狙い、隆平は康高にたずねた。
しかし質問の真意を計りかねた康高は、ケータイを弄りながら「何が」と逆に隆平へ聞き返す。
「何が、どう思うって。」
「………い、色々。」
一瞬三浦の去ったドアをチラ、と盗みた隆平は、少し俯き加減になりボソっと呟いた。
そんな幼馴染に康高は「色々、ね」と呟きながらパタン、とケータイを閉じる。
「いつになく警戒心が働いていることは褒めてやる。三浦といえど虎組だ。」
「…。」
「…まあ、誰が何をどこまで知っているか、ってことなら、大体予想はつくが…。」
「おお。」
康高の言葉に思わず感嘆の声を漏らした隆平は「教えて下さい。」と続けてイスの上に正座した。
「そうだな…。まず三浦。あいつはお前が赤レンガで九条と会ったのは知っているが、お前が九条の女に会ったのは知らない。」
康高の言葉に隆平が目を丸くしたが、康高は少しも表情を変えず続けた。
「三浦はお前に『怪我は無かったか』、と聞いた。つまり奴は、怪我を負う危険性のある相手と一緒にいたことを知っている。九条といた、というのをハッキリ言わないのは一応お前に気を遣っているつもりなんだろう。」
「へ、へぇ…。」
「だが、それを知っているのは奴らの中でもごく一部らしいな。そうでければ他の虎組連中が黙っていない。それに三浦が知っているなら、当然和田も知っている可能性が高い。和田が知っているとなると必然的に大江和仁が一枚かんでいるはずだ。」
「はあ。」
「今の所お前が虎組の襲撃を受けず無事でいる所をみると、おそらくあの赤狐が情報規制を張っている。だが和田と三浦にはこっそりと情報を与えて、お前のお守をさせるために二人を赤レンガへ向かわせたが、入れ違った…とまあこんなところだろ。」
「…こわいよお前…。」
隆平はこの幼馴染の観察力に、驚きを通り越して呆れてしまった。一体どういう脳内構造をすればここまで考えが及ぶのだろうか。
康高は相変わらず涼しい顔でいたが、隆平の言葉に答えず、「さらに言えば」と呟いた。
「いつもなら三浦の肩を持つお前が、今日に限ってやけに警戒しているんだな。」
「え」
ざわめきの中で、始業のチャイムが鳴った。
瞬間、ガラリと教室のドアが開き、「コラァ!!早く席つけ!!」という教師の怒号が響き、隆平はビクッと身体を強張らせる。
「千葉ぁ!授業を受ける気がねぇのか!?」
巨体でゴリラのような男性教師が教卓に教科書を叩きつけながら脅すような声を出す。
それに、「げ」と戸惑いあたふたとしながら机の中から教科書を引っ張り出そうとした隆平は、教卓と康高を交互に見たが、康高は相変わらず冷静に隆平に視線を向けたまま喋り続けた。
「お前昨日、無意識に何か、虎組を…いや、強いて言えば”お前側に付いてくれている人間”を警戒するようなことがあったんじゃないか。」
「や、康高、もうやばいって。」
教室は落ち着きを取り戻そうとしている。
横を向きながら喋っているのは隆平と康高、正確に言えば康高だけだ。
隆平は慌てながらも、現国の教科書を発見し、力任せに引っ張り出した。
それとほぼ同時に康高が「例えば」と口を動かしたのが見える。
「大江和仁の裏の顔を見た、とかな。」
瞬間、隆平の教科書が、べしゃ、となんとも言えない音を立てて床に落ちた。
零れ落ちんばかりに目を見開いて、康高を見たまま、隆平は固まってしまっていた。
「起立、」
間を空けず、クラス委員長の号令が響き、周りが一斉に立ち上がる。
それにならって、康高も椅子から立つと、ごく自然な動作で床に落ちた教科書を拾い、未だ固まって座ったままの隆平の頭を教科書でべしっと叩いた。
それにハッと気が付きながら慌てて立ち上がった隆平は、「礼!」という号令で頭を下げたまま
「お前の頭んなか、いっぺん覗いてみてぇよ…。」
と零したが、「着席」で椅子に座った康高は「お前と大してかわらない」と呆れたように呟いただけだった。