暗中飛躍(前編)

「ーっ九条!」

小山の弾んだ声が大きく響く。
次いで、和仁と和田以外の幹部が弾かれたように立ち上がり、屋上に現れた九条を迎えた。その光景に、くわえていたタバコをぽろりと落としたのは和田だ。

「(…マジで出て来やがった…。)」

驚くべきことに、昨日中華街の雑貨屋で和仁が予言した通りになってしまった。
それに、九条がここに現れたということは…。

「千葉くんとの折り合いがついたのか?って思ってるでしょ、和田チャン。」

「…っ!?」

「ビンゴ?」

「…人の心を勝手に読むんじゃねぇ…!!」

和田は自分の肩に顎をのせて呟いた和仁の顔を反射的に押しのけながら、眉間にしわを寄せた。
極力小さな声で、という配慮は助かるが、耳に息を吹き込まれるのはいただけない。

「そんなに気になるなら本人に聞けば?」

「んなこと恐ろしくて聞けるか…!」

「まぁ、どっちみち煮え切ってるようなら、九条はここには来ないと思うけどね~…。」

「…。」

確かに、隆平と九条が平和的な話し合いで折り合いをつける、という想像はできないが、九条がここに姿を現したということは、良きにせよ悪しきにせよ、なんらかの結論が出たということになる。

しかし今見る限りでは、九条に特に変わった様子は見られない。
彼は相変わらず尊大な態度に不機嫌そうな顔をして、周りを取り囲む仲間を煩わしげに眺めている。

「九条このー!もう一生帰ってこねーかと思ったじゃねーか!つか、なんで昨日逃げたんだよ!」

「うるせーな…。逃げたくて逃げたわけじゃねぇ。」

不満そうな声を出す小山に、九条は目を細め、いかにも面倒といった顔をした。

結局小山以下、昨日桜町に駆り出された組員達は、九条の行方を突き止めることができず、無念の解散を余儀なくされたらしいが、そんなこと九条は知ったこっちゃない。

「大体、三日四日いねーだけでギャーギャー騒ぐなよ。」

「てめーな。…その三日四日が俺らにはどんなに長かったか…!!」

拳を握りしめた小山に、他の幹部がうんうんと頷く。
九条不在の間、反虎組勢力が水面下で地道な活動をしていたということは幹部の耳にも入っていた。実害をこうむったのは主に虎組の下っ端である一年生で、この四日の間に十数件の報告が上がっている。
報告内容の大多数は不良らしい小競り合いが基本だが、中には虎組を裏切る気はないかと、そそのかされた者もいたらしい。

「それでオレ等がどんだけ校内を駆けずり回ったことか…!!」

溜息をついた小山に、九条は「へえ」とつまらなそうに返答した。それにがっくりと項垂れた小山の肩を抱くようにして、和仁が「まぁまぁ」と軽い調子で笑う。

「こうして九条が帰って来てくれたんだからいいじゃん~。九条が居なくて寂しかったから超うれし~って感じなんだよね~小山はぁ。」

「うっせぇな。離せよ。」

肩に置かれた手を乱暴に退けながら小山が睨んだが、和仁は全く気にした様子はない。

「まぁそういうわけでさ。今そのことについて話あってたんだ。昨日話したの、覚えてる?」

「…。」

「こうして幹部が全員集まるの久しぶりだし、何かリーダーの意見があれば聞いてみたいんだけどな~…なんて。」

いつもの胡散臭い笑みを浮かべる和仁を正面から見据え、白い煙を吐いた九条は「そうだな…」と呟いた。
それからぐる、と和仁や他の面々に視線を移し、最後に、一人奥で様子を窺うようにしている和田を見据えた。

「(…なんだよ。)」

和田が瞳を細めて怪訝な顔をすると、九条は焼き切れた煙草の灰を床に落とし、口角を僅かに持ち上げて、静かに笑った。



















隆平は心底憂鬱だった。

三浦の登場で、休み時間のほとんどを彼の矢継ぎ早に繰り出される質問の返答に消費してしまった。
体調を気遣うような質問に、隆平は曖昧な笑みを浮かべながら、ぽつり、ぽつりと答えるだけで、彼に真相を語ることはない。

だが、三浦がどこまで知っているかというのは、隆平も康高も分からない。
まだ完璧に信用しきっていない人間にどこまで話して良いか。
隆平が助けを求めるように康高へ視線を投げかける。
康高はその視線に気が付いたが、三浦と隆平の会話の様子をただジッと眺めているだけだった。
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