暗中飛躍(前編)

厄介なのは、そういった不満が和田や三浦を通り越し、千葉隆平にダイレクトに向かってしまう所だ。
和仁や和田の牽制は確かに隆平を守ってきたかもしれないが、それがかえって隆平を窮地に立たせているのでは、と和田は感づいた。

ちら、と隣で笑いながら幹部と話している和仁を見る。

もしこれが仕組まれたことであるならば、と思うと和田はゾッとした。
確実に千葉隆平が虎組にとって「厄介者」という認識が高まっているのは確かだ。

『大江先輩、まさかあいつを巻き込む気じゃないっすよね』

先ほどの三浦の言葉が和田の脳裏に甦る。
これは三浦と自分の憶測に過ぎないし、何の根拠もない。

結局のところ、この罰ゲームの手綱を握っているのは和仁だ。
自分や三浦は勿論、九条や比企康高、そして千葉隆平が彼の思惑通りに動いているのだとすれば、それはとても恐ろしいことのように思えてきて、和田は身震いする。

罰ゲームをこの時期に合わせたのも何か意図が含まれているようでならなかった。

和田が妙な疑心暗鬼にかられた、その時。
キィ、と屋上のドアが音を立てて開いた。
それまで騒ぎながら笑い後をたてていた幹部が水を打ったようにシン、と静まり返る。

そこに立っていた男を見て和仁が笑顔が見え、和田は内臓がヒヤリと冷え込むような感覚に襲われた。

「よう、遅かったじゃん、九条。」

和仁の言葉に、九条大雅はいつもと変わらず、口に銜えていたタバコを手に取って白い息を吐いた。















「ちーば隆平っ!!」

「…。」

ニコニコとしながら教室に入ってきた三浦を見てクラスの全員が固まった。
隆平は教科書に隠していた漫画本を持ったまま唖然とし、康高は眠そうな顔を怪訝そうに歪めて三浦の方を見た。

三浦は隆平の顔を見ると、パァアと顔を輝かせて「おっす!!」と元気よく手を上げた。
それに隆平がおずおずと手を上げ返すと、三浦は静まり返った教室をものともせず、嬉しそうに隆平の机の前まで近づいた。そして隆平の顔を両手で掴み、ぐいっと自分の顔を近づける。
両手で顔を挟まれて肉まんような顔になった隆平の顔を大きな茶色の瞳でまじまじと見た三浦はうんうん、と一人大きく頷いた。

「鼻よーし!!怪我も…ねぇな!!良かった!!元気そうだな!!」

至近距離でにっこりと微笑まれた隆平は、顔を両手で挟まれて愉快な顔になっている自覚が有りながらも、タコのような唇からようやく「みゅうらふん」となんとも間抜けな声を出した。

「昨日さ、色々あったんだろ!!すげー心配だったんだ!!でも特に怪我もしてねぇみたいだし安心した!!」

にこっと満面の笑みを零す三浦に隆平は顔を挟まれたまま、隣の康高の方を見ると、彼は胡乱な目をして二人のやり取りを見ていた。
困惑した隆平の目が「お前、三浦君になんか言った!!?」と康高に訴えかけているのが分かって、康高は一つ小さな欠伸を零しながらゆるく頭を振る。
それから顔の距離が限りなく隆平と近い三浦をたしなめる様に呼んだ。

「三浦。」

「比企康高!!おっす!!」

呼びかけられた三浦は隆平の顔を挟んだまま律儀に康高にも挨拶をした。
そんな三浦に、目を細めたまま康高は低い声で呟いた。

「お前、とりあえず席につけ。」

「えー!!なんでだよ!!昨日のこととかで色々と話があんだぞ!!」

「みゅうらふん。」

「お!!千葉隆平、今日はスラダンか!!後で見して!!」

隆平が教科書に隠していた漫画を覗き込んだ三浦は、改めて隆平の顔を見ると何かに気が付き、顔を曇らせた。

「千葉隆平、目が赤いぞ!!泣かされたのか!!?」

焦るような三浦を前に、隆平は瞬間的に白目になった後、顔をボッと赤くした。
挟まれた顔の形容からそれがまさしくタコのようであると思った康高は無意識に取り出したケータイで隆平のタコ顔を写真に撮ると、三浦が目をきょとんとさせているのが見えた。
チロチロリンという可愛らしい音が静かな教室に響いた後、康高は何事も無かったようにケータイをしまうと、「話なら後で聞く。」と努めて冷静な声を出す。

「とりあえず今は、授業中だ。」

そう言った康高の声で、三浦がきょとんとしたままの顔で後ろを向くと、一様に青褪めた生徒と、シワだらけの顔をした老人教師が、震える手で黒板に書き出した問題の横に問一、千葉、問二、三浦、問三、比企と書き出しているのが見えたのだった。
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