暗中飛躍(前編)




「へっぶし!!!」

盛大な隆平のくしゃみに康高は顔をしかめながら、彼にちり紙を押し付けた。

「誰かがおれの噂を…。」

「言い訳はいいからさっさと拭け。」

促され「ぶー」と鼻をかんだ隆平は、二枚目のちり紙に手を伸ばしながら唇を尖らせた。

「お前の話は分かったよ。でもさぁ、結局のところ不良VS不良のデカイ喧嘩ってことだろ?おれら一般庶民は関係ないじゃん…安全なところだけ紗希を案内すれば…。」

「やはり誘ったか…どうしようもない奴だな…軽率にもほどがある…。地区中の不良が一堂に会して行儀よくしていると思っているのか。」

「う…だ、だって…。」

「どじ、あほ、まぬけ。」

「ううっ。」

「単細胞、あんぽんたん、ナスのへた。」

「うわあああああん、このやろおおおおお!!!」

容赦のない康高に隆平は丸めたちり紙を投げつけたが、幼馴染はひょい、といとも簡単に避けてしまった。お陰で康高の後ろに居た同級生に命中し、「隆平てめぇえええ!!!」と怒鳴られ、ちり紙と教科書を投げつけられる羽目となった。
間に入った康高は、ちり紙と教科書が飛び交う中、平然とパソコンを膝の上に非難させ、「ちなみに」と話しを再開させた。

「去年、抗争による一般客への被害報告は36件あったそうだが、その内19件が他校の女子の被害だそうだ。」

「じゅ、じゅうきゅうけん…。」

「どうだ、これでも関係無いと言えるか。」

康高の言葉に隆平はぐぅの音も出ない。
押し黙った隆平に、トドメと言わんばかりに数学の教科書が彼の顔面にクリティカルヒットした。

「…分かったら紗希には絶対来るなと念を押しておくんだな。」

「はい…。」

思わず項垂れた隆平は康高の前で正座したまま返す言葉もなく、素直に頷くほか無かった。

「…お前、なんでそんなに学園祭のこと詳しいんだよ…。」

恨みがましい顔をした隆平は、赤くなった鼻を擦りながら康高にたずねた。
康高は相変わらず無表情のまま、パソコン画面をジッと眺めながら「ああ」と生返事を返した。

「前に集まりで聞いたからな。」

「集まり?」

「そう。学園祭の実行委員の。」

「ふーん。」

隆平はさして興味なさげに返事を返すと、先程クラスメイトとの応戦で使用したちり紙を教室の隅にあるゴミ箱へと投げた。
白い鼻紙が弧を描いて教室を横切っていくのを目で追いながら、隆平は「ん?」と眉間に皺を寄せる。

「実行委員会?」

思わず口に出すと、康高はパソコンの画面を凝視して目を細めた。

「まあ、これでいいか。」

小さく呟き、康高はパソコンを回して画面を隆平に見せた。
そこにはワードで作成された簡単な文章。
「第57回 神代北工業高校 学園祭 予定表」と書かれた原稿。
そしてその右下には「学園祭実行委員長」と銘打ってあり、そこには…。

「お前が委員長!?」

学園祭実行委員長の欄には、比企康高と確かに明記されていたのである。

「二、三年生での立候補者がいない、と実行委員顧問に泣きつかれたもんでな。」

「ちょっと…康高さん…。」

「学校中の権力を手中にするなんてことは滅多に無いだろう。」

「そりゃあ無いだろうけども…。」

そんな物騒な学園祭の実行委員長を請け負うなど、凡人の隆平にとっては理解しがたい。狂気の沙汰だ。二、三年生が辞退したわけがなんとなく分かる。いや、わからいでか。
なんとも嬉しそうに話す康高のメガネが怪しく光るのを、隆平は青ざめた顔で眺めた。

「良い機会だ。不良は所詮学校の一生徒であるってことを思い知らせてやる。」

恐ろしい幼馴染の企み顔を、久し振りに目撃してしまった。
顔から血の気が引いてゆくのと同時に、隆平の耳には、ゴミ箱の近くに座った生徒から「隆平―!!てめぇ鼻紙外してんぞ!!」という怒声が降りかかったのだが、全く応じる気になれなかった。



















九条大雅が屋上に現れたのは、朝の集会が終って暫く経ってからである。




文化祭の話し合いをするため、屋上には虎組の幹部だけが残された。
残りの連中に屋上から出て行くように促した際、和田が梶原のことは他の奴には話すな、と三浦に念を入れると、彼は神妙な顔をして頷いた後、「大丈夫っす」と頷いた。

「すでに話の半分は忘れかけてるんで!」

そう言った三浦に、和田はひどく遠い目をしてから「そうか」としか言えなかった。
三浦から情報が漏れ出すことはないと安心しつつも、彼の脳細胞を半ば本気で心配してしまう。
と、いうのも、三浦の頭をまるでクセのように殴る自分にも少しは原因があるような気がしたのだ。



屋上に残ったのは和仁、和田、小山の他、幹部が3名、計6名。

小山は、数日前、三浦と隆平を取り囲んでいた所を和田に制されて以来、彼を敵視するようになっていた。
和田自身は触らぬ神に祟りなし、特に相手にはしていない。
だが他の幹部からも和田へ向ける目は、総じてあまり良いものではない。

和田と三浦が隆平の肩を持っていることは、虎組で知らない者はいない。

どんな理由があるにしろ、罰ゲームの対象に必要以上に肩入れをする和田と三浦がよく思われていないのは本人も重々承知の上だ。
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