暗中飛躍(前編)




「…学園祭?」

パソコンの前に張り付いていた康高がふと顔を上げると、隆平はこっくりと頷いた。





教室に入った隆平は、康高を見ると少し照れたように笑って「おっす」と声をかけた。

いつも通りノートパソコンのキーボードを叩いていた康高は、隆平にちら、と目を向けると、やはりいつも通り「よう」と短く返す。
その態度に、隆平は内心ホッとした。
いつも通りの反応に顔を緩ませながら、康高の隣にある自分の席にカバンをおいて、隆平は荷物を取り出し始めた。

一方康高も、隆平がいつもと変わらない雰囲気であることに人知れずホッとしていた。

パソコンを操る手を止めて、隆平を盗み見ながら、その横顔の目元がまだ赤いことに気がつく。
昨日のこともあってか、まだ少し腫れているようだったが、本人は至って明るい。
隆平に気がついて続々と集まって来るクラスメイト。にぎやかな笑い声が康高の耳に入る。

それに康高はひどく安堵した。

「なあ、康高。」

友達の輪から抜け、隆平が早速康高の名を呼んだ。

「ちょっと聞きたいことがあんだけど。」

何か相談事だろうか、と康高が隆平の方へ顔を向けると隆平から予想もしない言葉が飛びだした。

「うちの学園祭ってさ、いつ?」

思いがけない質問に、康高は思わずパソコンから顔をあげて、幼馴染に怪訝な顔をしてしまった。











「学園祭かぁ…。もうそんなシーズンなんすね!」

「最近忙しかったからな…和仁に言われるまですっかり忘れてたぜ…。」

「歳なんすかね~センパイも。」

「…。」

メガネをかけ、鬼のような顔をする和田に対し、三浦は笑顔のまま晴れた青空を眺めた。



久し振りに虎組全員に招集がかかったのはいつ以来だろうか。

呼びかけたのは虎組の副総長、大江和仁。
朝早くから電話で起こされ、「オレが行くまでその場の指揮はヨロシクね☆」と和仁に丸投げされた和田は、眠い目を擦りながらも、朝イチで学校へ登校するという律儀さを見せた。
だが指揮と言っても、これといってすることもなく、試験が近くなった検定の参考書を片手に、メンバー同士のつまらない小競り合いをいくつか諌めるに留まった。

そこへ三浦がやってきた。
屋上に一年生のメンバーがほとんど来ているのを見れば、彼は無事自分の職務を全うしたらしい。

「おはよーございます、センパイ!!」

「よう。」

「いい天気っすね!!それエロ本すか?」

キラキラした顔で本のカバーを外そうとした三浦に、和田はその本の角でおもいっきり茶色の頭に連打した。

「ぎゃお!!痛い!!痛いっす!!地味に痛い!!」

「るせぇ、参考書でムラムラするような変態と一緒にすんじゃねぇ。」

確かに和田のクラスにも機械を見ればヨダレを垂らして嬉しそうにする妙な連中も居るが、そんな連中とひとまとめにされては困る。
三浦は殴られたことを大して気にした風もなく、和田の隣に並んでフェンスに凭れかかり、コンビニの袋から500ml紙パックのカツゲンを取り出した。

「招集がかかんのってえらく久しぶりじゃないすか?」

「まあな。」

他の虎組メンバー同様、ウキウキと紙パックにストローをさす三浦も、例外なくどこか嬉しそうで、和田は参考書に目を通しながら小さな欠伸を零した。
三浦や他のメンバーが浮き足立つのも無理はない。

今年になってからは本当に暇だった。

九条や和仁、そして和田がまだ一年で、北工の頂点を取ったばかりの頃は、神代地区の不良という不良が北工の天辺を潰そうと躍起になっていた時期だった。
それこそ毎日が喧嘩三昧で、大きい小さい関係なしに、ありとあらゆるチームを潰して勝ち続けた末、虎組は肥大し、向かうところ敵なしの最恐の不良チームという称号を手に入れた。
その頃はメンバー総出で喧嘩をすることも少なくなかったのだが、ここ最近はめっきりとそういった機会がなくなってしまった。

「たった一年暴れただけで、神代地区内に敵がいなくなっちまったからな…。」

「虎組が通ったあとは草すら残らなかったっていうのは今や伝説っすからね!オレもみたかったなぁ~最盛期の九条センパイ!」

神代地区の戦国時代は虎組が頂点に立ったことで終止符を打った。
時期で言えば九条や和仁、和田が二年に上がる少し前だ。
そのため今年虎組に入ってきた連中…とくに一年生は大きな抗争というものを経験したことがない。故に今回の招集にはかなりの期待を寄せているらしい。

「無理もねぇか。あんなメールじゃ…。」

そう呟きながら、和田は今朝方和仁から送られてきたメールの内容を思い出した。
和仁から受け取ったメール。それを和田と三浦が組員に転送したのだが、そのメールには簡潔に本日の集会の日時と場所の指定。

そして本文の最後には、『今年も派手に暴れよう。』という言葉があったのだった。
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