覚悟(後編)
使う、という言葉に九条が僅かに反応を示した。
しかし和仁はそれに気がつかず、名案だとばかりに身振り手振りを交えて、一人熱心に話を進める。
「いやー、全面的に衝突すると考えると純粋にこっちの数が足りなくなると思うんだよねぇ。北工でもかなりの数が南商に通じているって和田チャンから報告も受けてるし。」
だから、とか和仁はニヤ、と笑みを浮かべた。
「千葉君はいい材料になると思うんだ。南商に虎組サイドの重要人物として組み込んでいると思わせれば、向こうとの交渉で取引に使えると思わねぇ?こっちが裏切って、人質の千葉君がどんな目に遭ったとしても、オレらは痛くも痒くも無いからねぇ。」
ニコニコと楽しげに言った和仁はなんとも名案、と言った様子である。
「そしたら、用済みのコマでも少しは役に立つでしょ~?」
そう言った途端。
「~~~~っ!?」
何かが迫りくるように、和仁の身体にぞわ、と冷たいものが走り抜けた。
表面には現さなかったが、背中を駆け抜けるように下った寒気に、和仁は「え?」と呟く。驚くほど強烈な衝撃。それは空気を伝い、目に見えない何かを震えさせた。感性の鋭い和仁にはあからさまと言っていいほどの圧力。
発信源はいわずともがな。
「…なにか、問題あった?」
顔を上げた和仁は、暗がりの中に見える金と黒の毛皮の持ち主。
壊れた街頭のように明滅するテレビの照明を受けながら見据えた先の九条。
「わあ。」
和仁は、その顔が奇妙に歪んでいるのを見た。
それが今までに見たことの無いような表情で、確かめる様に和仁が少々目を細めて九条の顔を確認すると、もうその顔に先ほどの歪みが見られず、おや、と和仁は首を傾げた。
「(今のは。)」
そう和仁が考えを巡らすと、件の男はやはり薄暗い目だけを和仁に向けていた。
だが瞬間、その顔が先ほどとは違う形で歪み始めた。
九条は、その顔に薄っすらと笑みを浮かべていたのである。
「…おや。」
その見覚えのある横顔は、喧嘩や抗争の際、相手に容赦無い九条が「虎組総長」として見せる笑みだ。
その反応に和仁はぞく、と妙な快感が身体を走るのを感じた。
「そりゃ、おもしれぇな。」
九条が低い声で答えるのを聞いて、和仁は無意識に口元が緩むのを感じた。
こいつ、まさか…、と和仁は何かが思い当たったような心持ちで、九条を見据える。
だが当の九条はその笑みを携えたまま、顔をテレビの方へ戻すと、もう和仁の方を振り向くことは無かった。
和仁はそんな九条を後に、顔に広がる笑みを押さえきれないまま、その無言の命令に従って静かに九条邸を後にした。
外は暗かった。
もはや完全に夜の帳が幕を下ろし、通沿いにはポツポツと頼りない街灯が遠くまで続いている。
「なるほど。」
ポツリと呟いた和仁は顔をニヤニヤとあくどい笑みが零れるのをもはや我慢できずにいた。
九条は千葉隆平から興味を無くしたのではなかった。
彼の言葉からは確かにそういったニュアンスが含まれていたし、和仁の問いかけにも否定することは無かった。
だが、先ほど千葉隆平を用済みの駒と言った際の九条のあの表情。
一瞬だったが、あれは自分に向けて純粋な殺意に近い強烈な警告を発していた。
「分かりづらいんだよ、お前。」
和仁は妙に楽しげだ。
「(三日三晩悩んだ甲斐があったねぇ。)」
それに加えて赤レンガで隆平と九条の間で何が起こったかと想像するだけでゾクゾクと胸が震える。
あの時何故引きずり出さなかったか、というのは九条なりの「嫌味」だ。
その嫌味の意味と、九条の殺意を一身に浴びた和仁はある結論に辿り着く。
だがそれを誰かに言う気はない。
言ってしまってはつまらない。
「上等だぜ、九条。まだまだ楽しめそうでよかった。」
呟いて和仁は天を仰ぐ。
漆黒の空に気味の悪い灰色の雲が飛んでゆく。
和仁は満足げに笑った。
しかし和仁はそれに気がつかず、名案だとばかりに身振り手振りを交えて、一人熱心に話を進める。
「いやー、全面的に衝突すると考えると純粋にこっちの数が足りなくなると思うんだよねぇ。北工でもかなりの数が南商に通じているって和田チャンから報告も受けてるし。」
だから、とか和仁はニヤ、と笑みを浮かべた。
「千葉君はいい材料になると思うんだ。南商に虎組サイドの重要人物として組み込んでいると思わせれば、向こうとの交渉で取引に使えると思わねぇ?こっちが裏切って、人質の千葉君がどんな目に遭ったとしても、オレらは痛くも痒くも無いからねぇ。」
ニコニコと楽しげに言った和仁はなんとも名案、と言った様子である。
「そしたら、用済みのコマでも少しは役に立つでしょ~?」
そう言った途端。
「~~~~っ!?」
何かが迫りくるように、和仁の身体にぞわ、と冷たいものが走り抜けた。
表面には現さなかったが、背中を駆け抜けるように下った寒気に、和仁は「え?」と呟く。驚くほど強烈な衝撃。それは空気を伝い、目に見えない何かを震えさせた。感性の鋭い和仁にはあからさまと言っていいほどの圧力。
発信源はいわずともがな。
「…なにか、問題あった?」
顔を上げた和仁は、暗がりの中に見える金と黒の毛皮の持ち主。
壊れた街頭のように明滅するテレビの照明を受けながら見据えた先の九条。
「わあ。」
和仁は、その顔が奇妙に歪んでいるのを見た。
それが今までに見たことの無いような表情で、確かめる様に和仁が少々目を細めて九条の顔を確認すると、もうその顔に先ほどの歪みが見られず、おや、と和仁は首を傾げた。
「(今のは。)」
そう和仁が考えを巡らすと、件の男はやはり薄暗い目だけを和仁に向けていた。
だが瞬間、その顔が先ほどとは違う形で歪み始めた。
九条は、その顔に薄っすらと笑みを浮かべていたのである。
「…おや。」
その見覚えのある横顔は、喧嘩や抗争の際、相手に容赦無い九条が「虎組総長」として見せる笑みだ。
その反応に和仁はぞく、と妙な快感が身体を走るのを感じた。
「そりゃ、おもしれぇな。」
九条が低い声で答えるのを聞いて、和仁は無意識に口元が緩むのを感じた。
こいつ、まさか…、と和仁は何かが思い当たったような心持ちで、九条を見据える。
だが当の九条はその笑みを携えたまま、顔をテレビの方へ戻すと、もう和仁の方を振り向くことは無かった。
和仁はそんな九条を後に、顔に広がる笑みを押さえきれないまま、その無言の命令に従って静かに九条邸を後にした。
外は暗かった。
もはや完全に夜の帳が幕を下ろし、通沿いにはポツポツと頼りない街灯が遠くまで続いている。
「なるほど。」
ポツリと呟いた和仁は顔をニヤニヤとあくどい笑みが零れるのをもはや我慢できずにいた。
九条は千葉隆平から興味を無くしたのではなかった。
彼の言葉からは確かにそういったニュアンスが含まれていたし、和仁の問いかけにも否定することは無かった。
だが、先ほど千葉隆平を用済みの駒と言った際の九条のあの表情。
一瞬だったが、あれは自分に向けて純粋な殺意に近い強烈な警告を発していた。
「分かりづらいんだよ、お前。」
和仁は妙に楽しげだ。
「(三日三晩悩んだ甲斐があったねぇ。)」
それに加えて赤レンガで隆平と九条の間で何が起こったかと想像するだけでゾクゾクと胸が震える。
あの時何故引きずり出さなかったか、というのは九条なりの「嫌味」だ。
その嫌味の意味と、九条の殺意を一身に浴びた和仁はある結論に辿り着く。
だがそれを誰かに言う気はない。
言ってしまってはつまらない。
「上等だぜ、九条。まだまだ楽しめそうでよかった。」
呟いて和仁は天を仰ぐ。
漆黒の空に気味の悪い灰色の雲が飛んでゆく。
和仁は満足げに笑った。