覚悟(後編)


和仁の懸念は当たらずとも遠からず、というところだろうか。
「飽きた?」という言葉に、九条は何も答えず、和仁は思わず苦い顔をしてしまう。

マジかよ、と和仁は息を呑んだ。
九条は肯定こそしないが否定もしない。
嫌な反応だ。

「それが今回の四日間で得た結論ってわけ?」

「…。」

「ちょっとそれはないでしょ~。このタイミングでサジ投げるとかあり得ねぇよ!?ルパンと銭型のとっつあんがカリオストロの城の地下から抜け出したところでビデオのスイッチを切ったのと一緒だよ!!?これから面白くなるんだよ!?どんだけ空気読めないのよ~。」

「…。」

「な~、九条~…。」

九条は答えない。和仁は珍しくイライラとしながらソファの背もたれをせわしなく指で叩いた。
こうなった原因は間違いなく隆平との接触が関係しているに違いない。
赤レンガで一体何があったのだろうか。
和仁にとってそれは大変に興味深い事案であったが、今はそれよりも九条が千葉隆平に関心を示さなくなってしまったという事のほうが重要だ。
なんにせよ、九条の気持ちが千葉隆平から離れたのでは、千葉隆平の価値は無いに等しい。
和仁の中で、九条との関わりがなければ千葉隆平は存在意義はその程度だ。
もちろん和仁自身、千葉隆平に全く面白み感じなかったわけではない。
だがそれだけに、彼が九条の興味を持続できなかったという事実に、和仁は落胆した思いを拭うことができなかった。
そんな状況で千葉隆平を痛めつけても良いという九条のゴーサインが出ても殊更なんの感慨も生まれない。

「(わかってねぇ~~~~。)」

九条や千葉くんが嫌がるのを無理矢理引き離すのが良いのに、と和仁は溜息を吐く。

九条が隆平に何か特別な感情を抱いていると確信していただけに、これは和仁にとって想像もつかないほどの最悪な結末だ。
あとは九条や和仁の監視のもと、千葉隆平が虎組の連中にいたぶられるのを眺めるだけだ。

隆平の庇護に和田や三浦が奔走する姿が浮かんだが、分が悪いのは目に見えている。
そもそも九条が本気で隆平を潰しにかかれば、和田や三浦の出る幕など無いうちに終わってしまうに違いない、と和仁は顔をしかめた。

アリを潰すのは簡単だ。
だがアリ地獄に入れて、必死にもがくのを見るのが楽しい。
時には木の枝を入れてやったり、時には上から小さな石を入れてみたり。
それを九条はアリ地獄ごと埋めてしまおうというのだ。
こんなつまらない話はない、と和仁は溜息をついた。

「…ちぇ。もっと面白くなると思ってたのになぁ。」

残念、と呟いた和仁の言葉に九条が何も言わなかったのは、和仁の意図が分かっていたためだろうか。売り文句に乗ってくる気配さえない。

それにすっかり興ざめしてしまった和仁はソファから離れた。
そして溜息をつきながら、どうにか他に何か面白くなる方法はないか、という気分であれこれと思考を巡らせながらリビングを後にしようとした。

が、和仁はぴたりとその足を止めた。
ハッと閃いたのである。

「九条。」

くるりと振り向いて九条を呼ぶと、彼はソファの背もたれから目線だけ和仁に寄こした。
それを返事と受け取った和仁はにやりと笑う。

「千葉隆平がもう用済みなら、ちょっとオレに貸してくんない?」

和仁の言葉に九条は顔を和仁の方へ向け、目を細めた。
廊下やダイニングには明かりはついているがそこから続くリビングにはテレビの光だけが不気味に明滅し、九条の表情は判別しがたい。

「ほら、九条も覚えてねぇかな。先週の土曜にさ、喧嘩ふっかけてきた奴で梶原ってのがいたでしょ。」

「…」

黙ったまま、九条は目線をふ、と和仁から逸らすとややあって「ああ」とさも興味無さげに呟いた。基本、人の顔と名前を覚えない九条が梶原のことを覚えていたのは奇跡に近い。だが説明しなくて助かったと和仁は苦笑して見せた。

「九条がいない間にそいつの事を嗅ぎまわってみたんだけどさぁ、梶原は南商連中を使って、どうもオレらを潰そうとしているみたいなんだよね。んでさ、もしかしたら近いうちにそいつらと全面戦争になるかもなんだわ。ほら、例の恒例行事も近づいているわけだし?」

「…。」

そこまで言ったが九条の表情は、全くと言って良いほど変わらない。
和仁の口調は軽いが、これは一大事だ。
彼の言う「全面戦争」というのは学校全体を巻き込んだ大規模な抗争になると言っても過言ではない。
それぞれの組やチームの抗争とはケタ外れに大きなものであると容易に予想が付く。
だがその報告に九条は少しも驚く様子はない。「そうこなくっちゃ。」と和仁は殊更に笑みを深めてみせた。

「おそらく奴らがこっち側に攻め入ってくるのは時間の問題だと思うんだ。南商とはむか~しからの因縁もあるしねぇ。」

だから、と和仁は無邪気な顔でニッコリと笑った。

「そこでさ、千葉君を使えないかなーと思って。」

「…。」
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