覚悟(後編)
「やっほ。」
自分の顔を覗き込みニヤ、と笑う和仁に、九条はさして興味もなさそうに一瞥すると、その視線をすぐテレビに戻す。
テレビでは取り留めのないニュースが流されている。
今日の雨は凄かったとか、地方での被害状況などが淡々と繰り返されているようだ。それをぼんやりと九条が見つめている
もちろん九条がテレビを観ている、というよりもただ付けているだけ、というのは重々承知しているので、和仁は遠慮なく九条に話かけた。
「いやーん、四日ぶりに会ったってのにツレないんだな~。随分と探したんだから~」
軽口を叩く和仁に全くと言って良いほど反応を示さない九条に、和仁はようやく「おや」と首を傾げた。こんな風におちゃらけた態度で九条の前にいけば、何かしら反応があると思っていたのだが、九条は場面が変わるテレビ画面をなん感慨もなくその瞳に映している。徹底的にシカトされ、一瞬唇を尖らせた。が、思い当たる節があるということを思い出した和仁は内心でニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、わざと九条に訊ねた。
「ね~九条。」
「…。」
「もしかして、怒ってる?」
「…」
「聞いてる?」
表面からは気取られないように感情を押し殺し、勤めて落ち着いて問うが、やはり返事は返ってこない。
ちぇ、と和仁が再び口を尖らせながら「違うか~」と呟きう~んと腕を組んで考えはじめると、隣の九条が「うるせぇな」とようやく一言呟いた。
「なーんだ。聞こえてるんじゃないの。」
「こんな近くでやいやい言われて聞こえねー方がおかしいだろ。」
「なんだよ~。それが総長不在のあいだ虎組を支えてきた副長に対するセリフ?もっと労いの言葉があっても良いんじゃないの~。結構たいへんだったんだけどな~。」
和仁の言葉は嘘ではなかった。
九条不在のあいだ、珍しく和仁は裏で忙しく働いていた。いくら北工の不良を九条と和仁が統括していると言ってもその数は膨大だ。
虎組の傘下に入っているグループ内のトップが他のグループと小競り合いになれば、それを止められるのは実質虎組の幹部しかいない。九条がいない分羽を伸ばした不良グループの牽制を行おうにも一日に数十件にのぼる日もあり、和仁は校内を駆け回っていたのだ。
「今日の追いかけっこも、みんな総長が恋しいが故だよ。それに今日は休暇を延長してあげたんじゃん。ありがとうくらい言いなって。」
「休暇、ね。」
その声が明らかに不機嫌さを帯びていて、和仁は堪らなく愉快な気持ちになった。
「あらま。何かご不満な点でも。」
あくまで飄々と言ってのけるが腹の底ではひどく歪んだ衝動が渦巻いていた。狂喜だ。
おそらく彼の不機嫌の原因は赤レンガでの一件だろう。
もちろんゴミ箱を覗き込んだ際、和仁は九条の姿を「明瞭」に確認はできなかったが、九条は自分が見付った事を自覚しているらしい。
「きちんと見逃してやったでしょ。大事な話、してたんじゃないの?」
そう和仁が言うと、九条は無表情のまま、四角い箱の中で動き回る画面を見て呟いた。
「どうして、引きずり出さなかった。」
「はい?」
「引きずり出した方が面白かったんじゃねぇか。罰ゲーム的には。」
「およよ。」
意外な九条の言葉に、和仁は面食らった。
まさか聞き間違いではあるまいか、と和仁がわざとらしく自分の耳を小指でほじる真似をして見せると、九条が心底不愉快、という顔をしてこちらを見たのが分かった。
「喧嘩売ってんのかテメェ。」
「こりゃ失敬。」
すぽ、と小指を耳の穴から出した和仁はきょとんとした顔のまま九条を見る。
無論、和仁が衝動的に九条から隆平を奪ってやりたいと思った事を九条が知る由も無い。
じゃあ、と和仁は少々眉を顰めた。
あの場から九条と供に千葉隆平を外へ引き出すような事になれば、あの場にいた虎組の連中がなぜ九条と一緒なのか、と隆平が反感を買うことは間違いなかった。
その場では和仁や九条の存在が邪魔して、そうそう大事には至らないかも知れないが、その後、ますます隆平の立場が悪くなるのは確実だ。
だがそれを九条は分かっていたはずだ。
だからあんなに千葉隆平を外へ出すまいと固く拘束をしていたのだろうに。
しかし、それを九条を自らが望むということは。
「なあ、総長。」
「…。」
「それは、罰ゲームに本腰を入れるってことで、良いのかなぁ。」
罰ゲームに本腰を入れるということは、つまり。
本来の罰ゲーム通り、千葉隆平を吊るしあげるということだ。
「真っ当」な標的にする。
彼を庇護することなく、嘲笑して痛めつけて、完璧なおもちゃにしてしまうということである。
「なーんだ九条、仕方ねぇなあ。」
なるべくふざけてた言い方をしたのは、九条が撤回をし易いようにとの和仁の配慮であったが、当の九条は和仁の言葉に何も答えない。
この四日間、九条が一体何を思い、逃げ惑っていたかは分からないが、今日の赤レンガで、九条に心境の変化があったのはまず間違いないと見ていいだろう。
だが、それは果たして九条にとって吉と出たか凶と出たか。
(すくなくとも、オレには。)
「もう千葉くんに飽きちゃったの?」
(凶、かな。)
自分の顔を覗き込みニヤ、と笑う和仁に、九条はさして興味もなさそうに一瞥すると、その視線をすぐテレビに戻す。
テレビでは取り留めのないニュースが流されている。
今日の雨は凄かったとか、地方での被害状況などが淡々と繰り返されているようだ。それをぼんやりと九条が見つめている
もちろん九条がテレビを観ている、というよりもただ付けているだけ、というのは重々承知しているので、和仁は遠慮なく九条に話かけた。
「いやーん、四日ぶりに会ったってのにツレないんだな~。随分と探したんだから~」
軽口を叩く和仁に全くと言って良いほど反応を示さない九条に、和仁はようやく「おや」と首を傾げた。こんな風におちゃらけた態度で九条の前にいけば、何かしら反応があると思っていたのだが、九条は場面が変わるテレビ画面をなん感慨もなくその瞳に映している。徹底的にシカトされ、一瞬唇を尖らせた。が、思い当たる節があるということを思い出した和仁は内心でニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、わざと九条に訊ねた。
「ね~九条。」
「…。」
「もしかして、怒ってる?」
「…」
「聞いてる?」
表面からは気取られないように感情を押し殺し、勤めて落ち着いて問うが、やはり返事は返ってこない。
ちぇ、と和仁が再び口を尖らせながら「違うか~」と呟きう~んと腕を組んで考えはじめると、隣の九条が「うるせぇな」とようやく一言呟いた。
「なーんだ。聞こえてるんじゃないの。」
「こんな近くでやいやい言われて聞こえねー方がおかしいだろ。」
「なんだよ~。それが総長不在のあいだ虎組を支えてきた副長に対するセリフ?もっと労いの言葉があっても良いんじゃないの~。結構たいへんだったんだけどな~。」
和仁の言葉は嘘ではなかった。
九条不在のあいだ、珍しく和仁は裏で忙しく働いていた。いくら北工の不良を九条と和仁が統括していると言ってもその数は膨大だ。
虎組の傘下に入っているグループ内のトップが他のグループと小競り合いになれば、それを止められるのは実質虎組の幹部しかいない。九条がいない分羽を伸ばした不良グループの牽制を行おうにも一日に数十件にのぼる日もあり、和仁は校内を駆け回っていたのだ。
「今日の追いかけっこも、みんな総長が恋しいが故だよ。それに今日は休暇を延長してあげたんじゃん。ありがとうくらい言いなって。」
「休暇、ね。」
その声が明らかに不機嫌さを帯びていて、和仁は堪らなく愉快な気持ちになった。
「あらま。何かご不満な点でも。」
あくまで飄々と言ってのけるが腹の底ではひどく歪んだ衝動が渦巻いていた。狂喜だ。
おそらく彼の不機嫌の原因は赤レンガでの一件だろう。
もちろんゴミ箱を覗き込んだ際、和仁は九条の姿を「明瞭」に確認はできなかったが、九条は自分が見付った事を自覚しているらしい。
「きちんと見逃してやったでしょ。大事な話、してたんじゃないの?」
そう和仁が言うと、九条は無表情のまま、四角い箱の中で動き回る画面を見て呟いた。
「どうして、引きずり出さなかった。」
「はい?」
「引きずり出した方が面白かったんじゃねぇか。罰ゲーム的には。」
「およよ。」
意外な九条の言葉に、和仁は面食らった。
まさか聞き間違いではあるまいか、と和仁がわざとらしく自分の耳を小指でほじる真似をして見せると、九条が心底不愉快、という顔をしてこちらを見たのが分かった。
「喧嘩売ってんのかテメェ。」
「こりゃ失敬。」
すぽ、と小指を耳の穴から出した和仁はきょとんとした顔のまま九条を見る。
無論、和仁が衝動的に九条から隆平を奪ってやりたいと思った事を九条が知る由も無い。
じゃあ、と和仁は少々眉を顰めた。
あの場から九条と供に千葉隆平を外へ引き出すような事になれば、あの場にいた虎組の連中がなぜ九条と一緒なのか、と隆平が反感を買うことは間違いなかった。
その場では和仁や九条の存在が邪魔して、そうそう大事には至らないかも知れないが、その後、ますます隆平の立場が悪くなるのは確実だ。
だがそれを九条は分かっていたはずだ。
だからあんなに千葉隆平を外へ出すまいと固く拘束をしていたのだろうに。
しかし、それを九条を自らが望むということは。
「なあ、総長。」
「…。」
「それは、罰ゲームに本腰を入れるってことで、良いのかなぁ。」
罰ゲームに本腰を入れるということは、つまり。
本来の罰ゲーム通り、千葉隆平を吊るしあげるということだ。
「真っ当」な標的にする。
彼を庇護することなく、嘲笑して痛めつけて、完璧なおもちゃにしてしまうということである。
「なーんだ九条、仕方ねぇなあ。」
なるべくふざけてた言い方をしたのは、九条が撤回をし易いようにとの和仁の配慮であったが、当の九条は和仁の言葉に何も答えない。
この四日間、九条が一体何を思い、逃げ惑っていたかは分からないが、今日の赤レンガで、九条に心境の変化があったのはまず間違いないと見ていいだろう。
だが、それは果たして九条にとって吉と出たか凶と出たか。
(すくなくとも、オレには。)
「もう千葉くんに飽きちゃったの?」
(凶、かな。)