屋上事変
「あの野郎っ!!」
「!?」
渾身の力を込めて、九条が八つ当たりで蹴りあげたフェンスは、凄まじい音を立てて見るも無惨な形に変形した。
それを間近で見せ付けられた隆平はサッ、と青ざめる。
不機嫌MAXの獰猛な虎と檻に二人きりの状態になってしまった。
このままでは虫の居所の悪い九条に何をされるかわかったものではない。
フェンスと自分の姿が重なった隆平は慌ててその場から離れると、イヤホン越しの康高に助けを求めた。
「康高!!聞いただろ!?想像以上の最悪な状況だ!!総長殿は大層ご立腹であられる!!」
九条と距離を置き、極力小声でだが必死になって隆平は康高に呼びかける。だが彼は落ち着いた声で隆平をたしなめた。
『ちょっと待て、これは何か理由があると見た。』
「待て、だあ!!?馬鹿!!緊急事態だ!!おれの身体の一部、もしくは全部が変形する前にどうにかここから出してくれっ!!」
『まぁ待て、隆平。』
「待てるか!!ピンチなんだ!!」
『落ち着け。これはチャンスだ。よく聞け。どこの世界に愛しの恋人と二人きりになって激怒する男がいる。』
「…ここに…」
『馬鹿野郎。よく考えろ。つまり…』
「…つまり、九条はおれの事が好きでも何でもない??」
『正解。』
いやなんとなーく、そうじゃないかと思ってました、と隆平はひどく納得する。
それなら先程の冷たい視線も説明がつく。
「じゃあなんでおれに告白なんか…。」
『それを今聞くんだ。良いように言いくるめれば、即日解約も可能だと思うがな。』
「即日解約…?ケータイ電話の契約と同じレベルか…おれへの告白は…。」
康高の言葉に隆平は少しムッとしたが、九条との関係をこれ以上長引かせない方法があるというのならば歓迎だった。とりあえず自分の平凡な生活が戻るなら努力はしよう。
隆平が決意しかけた、その時。
「おい」
「!!??」
いきなり後ろから良く通る声で呼び掛けられた隆平は叫ばなかった自分に拍手を送りたかった。
そして恐る恐る振り返ると、そこには眉間にしわを寄せて不機嫌オーラ大放出の九条大雅が立っていたのである。
くそ。どんな顔をしていても様になる、と隆平は九条の強すぎる顔面を前に、僅かに目を細めた。
おまけに美形が怒ると無駄に迫力があって怖いことも有り、なるべく目線は合わせないようにしたのだが、イラついた九条のどす黒いオーラがビシビシと伝わってきて、隆平は緊張で身が強張るのを感じたが、そんな哀れな少年を前に九条は容赦がなかった。
「さっきからブツブツと何を言ってんだ。」
その言葉に、隆平は思わずギョッとして身が竦む。
「(ば、バレた!!?)」
隆平の鼓動が早鐘を打つようにスピードを増す。まるで全身が脈打っているような感覚に襲われた。目を白黒させている隆平を見て、九条は眉間に皺を寄せたまま、深い溜息をつく。
「くそ、なんでこんな変な奴と…」
心底嫌そうな顔をされて、隆平は目を見張る。
どうやら、康高との通信がバレた訳ではないらしい。だが、独り言を呟く危ない人物と勘違いされたようだ。
ホッとして、隆平は少しだけ体の力が抜けるのを感じると、小さく溜息を零してしまった。
そして先程よりもやや冷静になった頭で、そうだ理由を聞き出さなければ、と再び九条を見る。
「なんだよ。見てんじゃねえよ、クソが。」
隆平に見られて、九条は益々苦々しい表情を露にした。
そんなに迷惑そうな顔しなくたって良いじゃないか、と隆平も思わず顔を顰めてしまう。
失礼な奴だな。大体、被害者はこっちなんだぞ!無理矢理付き合う事を承諾させられて、こんな所まで連れてこられて理不尽ではないか、と隆平は密かに腹を立て始めていた。
そんな怒りが湧き上がってきた隆平を余所に、九条は隆平に嫌悪の表情を向けたまま口を開いた。
「先に言っとくけど勘違いすんなよ。俺は男と付き合うような趣味は無ぇ。」
おれだってねぇよ!!と思わず叫びそうになったが、隆平はグッと耐える。
「お前とは組の連中でやったゲームに負けて、その罰で付き合ってんだ。そうじゃなきゃお前みたいな奴、ダチで付き合うのも御免だ。」
綺麗な唇が紡いだ言葉に、隆平は一瞬ポカンと口を開けて目を見開いた。
「罰…ゲーム?」
九条の言葉を繰り返し呟く。
「そうだよ。何度も言わせんじゃねぇ。くそ、最悪だ。」
そんなくだらない理由で自分をこんな事に巻込んだのか?と隆平は呆れる一方で、悔しさが押し寄せてきた。
(待てよ。なんだ、そりゃ。)
ふつ、と湧いた、どす黒い何かがジワジワと身体を蝕んでいく様に勢いよく広がってゆく。
気が付くと、隆平は緊張で早鐘のように鳴っていた鼓動が、嘘の様に静かになっていくのが分かった。
だがそんな隆平の変化に全く気がつかない様子の九条は、変わらずに隆平に侮蔑の視線を投げかけていた。
「だから、余計な事で俺にちょっかい出すな、話しかけるな、近づくな。調子こいた真似したら即殺す。」
なんて自分勝手な言い分だろう、と隆平は思った。
「(こいつはおれの事なんだと思ってんだ。)」
隆平は湧き上がる感情と相まって、頭の中がクリアになり、自分がどんどん冷静になってゆくのがわかった。
全てが冷えてゆく様な感覚。
もう隆平の身体は震えてはいなかった。
そして恐怖の代わりに涌き上がったのは…。
「罰ゲームの期間は一ヶ月だ。その間てめぇは黙って俺の言うことを聞いとけ。分かったらどこか俺の視界に入らない所へ移動しろ。てめぇなんかと二人っきりで同じ空気を吸ってるってだけで吐きそうだ。」
九条が言い終わるのと同時に、隆平は自分の中で何かが音を立てて切れるのを、冷静な頭で確かに聞いた。
「!?」
渾身の力を込めて、九条が八つ当たりで蹴りあげたフェンスは、凄まじい音を立てて見るも無惨な形に変形した。
それを間近で見せ付けられた隆平はサッ、と青ざめる。
不機嫌MAXの獰猛な虎と檻に二人きりの状態になってしまった。
このままでは虫の居所の悪い九条に何をされるかわかったものではない。
フェンスと自分の姿が重なった隆平は慌ててその場から離れると、イヤホン越しの康高に助けを求めた。
「康高!!聞いただろ!?想像以上の最悪な状況だ!!総長殿は大層ご立腹であられる!!」
九条と距離を置き、極力小声でだが必死になって隆平は康高に呼びかける。だが彼は落ち着いた声で隆平をたしなめた。
『ちょっと待て、これは何か理由があると見た。』
「待て、だあ!!?馬鹿!!緊急事態だ!!おれの身体の一部、もしくは全部が変形する前にどうにかここから出してくれっ!!」
『まぁ待て、隆平。』
「待てるか!!ピンチなんだ!!」
『落ち着け。これはチャンスだ。よく聞け。どこの世界に愛しの恋人と二人きりになって激怒する男がいる。』
「…ここに…」
『馬鹿野郎。よく考えろ。つまり…』
「…つまり、九条はおれの事が好きでも何でもない??」
『正解。』
いやなんとなーく、そうじゃないかと思ってました、と隆平はひどく納得する。
それなら先程の冷たい視線も説明がつく。
「じゃあなんでおれに告白なんか…。」
『それを今聞くんだ。良いように言いくるめれば、即日解約も可能だと思うがな。』
「即日解約…?ケータイ電話の契約と同じレベルか…おれへの告白は…。」
康高の言葉に隆平は少しムッとしたが、九条との関係をこれ以上長引かせない方法があるというのならば歓迎だった。とりあえず自分の平凡な生活が戻るなら努力はしよう。
隆平が決意しかけた、その時。
「おい」
「!!??」
いきなり後ろから良く通る声で呼び掛けられた隆平は叫ばなかった自分に拍手を送りたかった。
そして恐る恐る振り返ると、そこには眉間にしわを寄せて不機嫌オーラ大放出の九条大雅が立っていたのである。
くそ。どんな顔をしていても様になる、と隆平は九条の強すぎる顔面を前に、僅かに目を細めた。
おまけに美形が怒ると無駄に迫力があって怖いことも有り、なるべく目線は合わせないようにしたのだが、イラついた九条のどす黒いオーラがビシビシと伝わってきて、隆平は緊張で身が強張るのを感じたが、そんな哀れな少年を前に九条は容赦がなかった。
「さっきからブツブツと何を言ってんだ。」
その言葉に、隆平は思わずギョッとして身が竦む。
「(ば、バレた!!?)」
隆平の鼓動が早鐘を打つようにスピードを増す。まるで全身が脈打っているような感覚に襲われた。目を白黒させている隆平を見て、九条は眉間に皺を寄せたまま、深い溜息をつく。
「くそ、なんでこんな変な奴と…」
心底嫌そうな顔をされて、隆平は目を見張る。
どうやら、康高との通信がバレた訳ではないらしい。だが、独り言を呟く危ない人物と勘違いされたようだ。
ホッとして、隆平は少しだけ体の力が抜けるのを感じると、小さく溜息を零してしまった。
そして先程よりもやや冷静になった頭で、そうだ理由を聞き出さなければ、と再び九条を見る。
「なんだよ。見てんじゃねえよ、クソが。」
隆平に見られて、九条は益々苦々しい表情を露にした。
そんなに迷惑そうな顔しなくたって良いじゃないか、と隆平も思わず顔を顰めてしまう。
失礼な奴だな。大体、被害者はこっちなんだぞ!無理矢理付き合う事を承諾させられて、こんな所まで連れてこられて理不尽ではないか、と隆平は密かに腹を立て始めていた。
そんな怒りが湧き上がってきた隆平を余所に、九条は隆平に嫌悪の表情を向けたまま口を開いた。
「先に言っとくけど勘違いすんなよ。俺は男と付き合うような趣味は無ぇ。」
おれだってねぇよ!!と思わず叫びそうになったが、隆平はグッと耐える。
「お前とは組の連中でやったゲームに負けて、その罰で付き合ってんだ。そうじゃなきゃお前みたいな奴、ダチで付き合うのも御免だ。」
綺麗な唇が紡いだ言葉に、隆平は一瞬ポカンと口を開けて目を見開いた。
「罰…ゲーム?」
九条の言葉を繰り返し呟く。
「そうだよ。何度も言わせんじゃねぇ。くそ、最悪だ。」
そんなくだらない理由で自分をこんな事に巻込んだのか?と隆平は呆れる一方で、悔しさが押し寄せてきた。
(待てよ。なんだ、そりゃ。)
ふつ、と湧いた、どす黒い何かがジワジワと身体を蝕んでいく様に勢いよく広がってゆく。
気が付くと、隆平は緊張で早鐘のように鳴っていた鼓動が、嘘の様に静かになっていくのが分かった。
だがそんな隆平の変化に全く気がつかない様子の九条は、変わらずに隆平に侮蔑の視線を投げかけていた。
「だから、余計な事で俺にちょっかい出すな、話しかけるな、近づくな。調子こいた真似したら即殺す。」
なんて自分勝手な言い分だろう、と隆平は思った。
「(こいつはおれの事なんだと思ってんだ。)」
隆平は湧き上がる感情と相まって、頭の中がクリアになり、自分がどんどん冷静になってゆくのがわかった。
全てが冷えてゆく様な感覚。
もう隆平の身体は震えてはいなかった。
そして恐怖の代わりに涌き上がったのは…。
「罰ゲームの期間は一ヶ月だ。その間てめぇは黙って俺の言うことを聞いとけ。分かったらどこか俺の視界に入らない所へ移動しろ。てめぇなんかと二人っきりで同じ空気を吸ってるってだけで吐きそうだ。」
九条が言い終わるのと同時に、隆平は自分の中で何かが音を立てて切れるのを、冷静な頭で確かに聞いた。