覚悟(後編)


「(まぁ遅かれ早かれきっとあいつの耳にも届くんだろうが、穏便にはいかねぇ気がする…。)」

和田の気は重い。
なまじ、彼が千葉隆平をどんな風に思っているか知っているだけに、余計に。
そこまで考えて和田はふ、とある事に気がついた。
これだけの騒動があって、罰ゲームに関係する人間の心情が少しずつ垣間見えてきた中で、その心を知ることができない人物がいる事に気が付いた。


肝心の隆平の本心が分からない。


隆平の行動は謎に満ちている。
彼の根底にあるものが一体何か、会ったばかりの和田に分かるはずもない。
味方についてやろうと傍にいてまだ四日しか経っていないが、依然彼が罰ゲームをする動機が分からなかった。

そう思いながら、ふと下を見ると泥だらけになった靴とズボンの裾が見えた和田は、殊更に深いため息をついた。
こうまでして、隆平のために何かしてやる理由もだんだんと分からなくなってくる。

「センパイ、溜息は幸せが逃げていくっすよ。吸わないと。」

和田の深いため息を目撃した三浦が、和田の吐いた空気を両手で受け止めて、無理やり和田の口元へ持っていった。
わざわざ吐いた二酸化炭素を再び摂取するつもりなど無かった和田は「やめろ」と片手で三浦の頭を押さえつける。下から抗議の声が聞こえ、和田はふ、と「こいつはどうなんだろう」と考え、三浦の頭を押さえつけたまま「おい」と問いかけた。

「…おめぇは何で千葉の味方になろうと思ったんだ?」

唐突に問われた三浦は、首を捻り和田を見上げると「はい?」と言いながら少々怪訝な顔をして見せた。
その三浦には視線を向けず、和田は未だ外を眺めながらガリガリと頭を掻いた。

「いや、な。おめぇが何で千葉の味方についたか、とか。千葉の味方についてどうしてぇ、とか今まで聞いた事が無かったからよ。気になってたんだわ。」

まぁ、言わなかったのは俺も同じだけどな、と付け足した和田に、三浦はキョトン、とした顔をして、その大きな目をぐりぐりとさせて和田を見詰めた。
思えば、こんなに必死に隆平の事を気にする理由というのを、味方になると決めた当人同士がお互いに話した事がなかった。

ただあの土曜の夜、千葉隆平に心を動かされた事は間違いない。
彼が自分の立場をきちんと理解してこの罰ゲームに参戦して、何か信念を持って挑んでいることは分かっている。
その姿を見て、これまで通り指を指して笑えなくなってしまった。
応援してやりたいと思った。

だが、と和田は考え込む。
応援してどうする。
味方になってやってどうする。
隆平の味方になってやったは良いが、誰が敵なのだろう。
九条か、和仁か、怜奈か、虎組か?

「結局どうしてぇんだろうな、俺らは。」

隆平の目的も知らずに、自分達はどうしたいのか、というのは和田自身常々疑問だった。
そして本日比企康高と接触し、その疑問が浮き彫りになった。
康高は康高なりに隆平の後押しをしてやっている。
だが隆平の味方という点は共通であっても、隆平のためにどうするか、という考えが同じではない、ということが分かった。

では、自分はどうしたいのか、と和田は自問自答する。

「会って間もない奴のために、雨ん中走って、俺ら、一体何がしてぇんだろうな…。」

そう言いながら大きな溜息をついた和田に、三浦はキョトンとしたまま、なんとも言えない表情をして、「さぁ」とだけ答えた。
その声があまりに間抜けだったので、肩からヘナヘナと力が抜けていくのを感じながら、和田が思わず目を細めて三浦をねめつけてやると、茶色の瞳と視線がぶつかる。

「さぁ、ってこたぁねぇだろ。」

いくらおめぇがバカでもよ、と続けようとしたが、流石にそれは失礼か、と和田は辛うじてその言葉を飲み込む。そんな和田を見上げた三浦は首を傾げたまま少し唇を尖らせると顔を顰めた。

「だってわかんねぇすもん。オレ、バカだし。」

人が敢えて伏せた言葉を自分から発した三浦に、和田は情けない顔をした。確かに自分でも分からないような事を、こんなバカに聞いたのは間違いだった。
だが三浦は至極真面目な顔をしたまま「でも、センパイ」と呟いた。

「心配したりとか、力になりてーとか、応援してやりてーとか。雨に濡れさせたくねーとか。そういうのってもっと単純で良いと思うんすよね、オレは。」

三浦の言葉にそうかよ、と軽く相槌を打ちながら和田はやれやれ、と学ランのポケットにあったタバコの箱に手を伸ばした。

と。


「単純に、オレらは、千葉隆平が好きなんじゃないすかね。」

「は」

三浦の言葉に和田は取り出したタバコをポロ、と手から落とした。
それが濡れた傘から滴り落ちて作られた小さな水溜りに音もなく落ちたのも、和田は全く気が付かず、ただ間抜けな顔をして三浦の真面目な顔を眺めた。

「土曜に千葉隆平を見て、好きになったんっすよ、オレも先輩も。千葉隆平のファンになっちゃったんすよ。頑張ってる姿をみて、応援したいし、笑って欲しいし、つらい思いとかさせたくない。だから味方になってやりてーって、思うんじゃないすかね。」

「…」

ポカン、と口を開けたまま、和田は三浦を凝視した。
それから暫く考え込んでまた新しくタバコを一本取り出すと口にくわえる。

目から鱗が落ちた。

「…そうか。」

「そうっすよ。」

ニコニコと笑う三浦を見て、和田はそんなに単純なものでいいのか、とボンヤリと頭の中で考えたが、それ以上にしっくりとくる答えがないような気もした。

「(シケッてら。)」

タバコに火を付けようとした和田は、タバコが雨で湿気ている事に気が付いて、自らタバコを床に落とした。
外を見ると雨足が弱まってきていて、西日が僅かに雲の合間から漏れている。

三浦の単純さを今日ほど崇高だと思った日は無かった。

「一応聞いておくがホモじゃねぇよな、おめぇは。」

確認のために聞いた和田に、三浦が怪訝な顔をして「これ以上増えてどーするんすか」と呟いたのを聞いた和田は「確かに」と納得して頷くも、三浦の言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。
が、それがなんなのかは分からなかった。
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