覚悟(中編)
「さぁ。偶然じゃない?怜奈チャンと別れた後、たまたまテレビでも見たんじゃねぇかな。」
ニヤ、と笑う和仁に和田は怪訝な顔をして「テレビ?」と呟いたが、和仁のもう一方の言葉にハッとする。
「知ってたのか?楠木が千葉を連れ出したって。」
「あれ?何だ、和田チャンこそ知ってたの?」
互いに顔を見合わせた和田と和仁はそのままお互いに固まったが、和田はクソ、と頭をガリガリと掻いた。
どこに何が結びついて、どうしてこういう事になったのか、考えがグチャグチャになってしまい、和仁の話にいまいち付いていけない。
もっとも、三浦もそこら辺の事情などはさっぱり理解できていなかったが、彼は和田に殴られた頭の痛みと向き合う事で精一杯だった。
「くそ、何がどうなってんだ。説明しろ和仁!」
「そんなの聞いてもつまんねぇって。物事は偶然が重なって成り立つんだから。それをいちいち考えてたらキリがないよ。」
「わりぃけど俺はな、物事が論理的に説明がつかねぇと夜眠れねぇタイプなんだよ。」
和田の言葉に和仁は、なるほど~だからすぐ胃が痛くなるのか~、と深く納得をした。
だがこの大江和仁という男は、目の前で頭を抱えている男のために、自分の知っている事を一から説明してやるほど人が良い訳ではない。
「(それに、知らせない方が面白い事だってあるだろう。)」
しかし、と和仁はチャイナドレスの会計をしながら、くどくどと己の背中に向かって話し続ける和田を振り返り、微笑んだ。
彼が怜奈と隆平の一件に気が付いたのは感心した。となりでキョトンをしている三浦を見る限りでは、どうやら和田しか知らないようだ。
和田が何をどこまで知っているのかは大変興味深かったが、生憎和仁の頭の中は買ったチャイナドレスを誰に着せてどんなプレイをするかで一杯だ。
「まぁゆっくり考えなよ。オレはもう帰るからさ。」
「は?おい待てよ!!九条はどうすんだ!!」
「大丈夫。オレが思うに九条はこのまま放っておいても、明日からまた顔を見せる。」
そう言って会計を済ませた和仁は、紙袋を受け取ると和田を見てニコニコと笑って「それに」と付け足す。
「和田チャンと春樹が心配すんのは、もっと別の事だと思うんだけど。」
店の軒先に出た和仁はパン、と音を立ててビニール傘を開いた。
酷く疲れた様な顔で和田が怪訝な顔をしたのを、和仁はニヤニヤと笑いながら見詰めた。
「オレがどうして二人をわざわざココに呼んだか分かる?九条が居た事を二人に教えて、それをオレがどうして見逃したか。九条が千葉君と居る事を知ってんのはオレと和田チャンと春樹だけ。」
さぁ、どうしてでしょう、と呟いた和仁の背中を、和田と三浦はぼんやりと眺めた。
「急いだ方が良いんじゃないかなぁ~。二人とも良い雰囲気ではあったけど、九条って基本、気が短いからさぁ。」
「は…?」
一瞬間を置いて怪訝な顔をした二人がしばらく間を置いて、和仁の言葉の意味を何となく理解したのか、サッと顔色を変えて、傘を開きながら慌てて外に飛び出した。
雨の中走り出した二人の背中に和仁は餞別だと言わんばかりに「場所は赤レンガ倉庫だからぁ~」と付け加えてやった。
それから自分も傘を開くと絶え間なく降りしきる雨の中を歩き出した。
いい雰囲気だった、というのは嘘ではない。
今回ここへ来たのは、九条を連れ戻すのが目的だった。
だが暗いゴミ箱の中、怯えきった子犬の様な隆平の身体を、暗がりの奥から拘束する二本の腕が確かに見えて、考えが変わった。
なによりも、「あの」九条が自らゴミ箱へ身を隠すこと自体が今だに信じられない。
「(プライドの高いお前なら、隠れず逃げ切るのが常套だろ。でもそうだよなぁ、九条。片方靴のないお姫様の足には白い靴下に血がにじんでいたものねぇ。それを本人が気付いていたかは定かじゃないけど。)」
「なぜ」九条が足を止めて、わざわざゴミ箱へ身を隠したのか。
(なぁ、何をそんなにマジになってるわけ)
覗きこんだ際、その闇の奥の潜んでいる奴に、まるで「てめぇに渡してたまるか」と言われた様な気がして、やけに興奮したのを思い出す。
お望み通り引きずり出して奪ってやろうかと思ったが、そんな凶悪な考えが浮かんだ瞬間声を掛けられてしまい、一気に興醒めしてしまった。
そうだ、こいつらがいたんだった。
あそこにギャラリーがいたんじゃ人目を気にする彼のことだから、引きずり出した所で千葉隆平を容易く手放してしまうのは目に見えていた。
それでは面白くない。
まだ、早い。
そう考えて、和仁は薄暗いどんよりとした空を見上げた。
罰ゲームは様々な人間と思惑を飲み込んで肥大し続けながら思わぬ方向へ流れ始めている。
このまま進んでいけば、きっと大変な事態になっていくに違いない。
それはもう、和仁の予想した以上に「面白い」事態に。
「(それまで、まだ我慢しなきゃ…。)」
正直に言うと、不穏な言い方をして和田と三浦を焚き付けたのは余計なお世話だったかもしれないが、怜奈に捉まった隆平と、四日間音信不通だった九条が一緒にいて何もないはずがない、と和仁は踏んでいる。
あの二人が並んで穏便に済んだことはない。
九条は恐らく何かあったとしても一人でさっさと帰ってしまえるだろうが、隆平はそうはいかないだろう。
とりあえず、止みそうもない雨天に傘くらいは、と和仁はうっすらと笑った。
つづく