覚悟(中編)
「うひゃお!!!ちょーっとちょーっとすげー雨。」
突如降り始めた雨に、中華街は騒然としていた。
凄まじい土砂降りに、店の中にいた和仁でさえ、一瞬その動きを止めるほどだった。
店の前のワゴンに出ていた商品は店内に片付けられ、いつも賑わっているはずの中華街の大通りは、どこか閑散としている。
そこで仲間と落ち合う予定だった和田と三浦が見たのは中国物産店で真剣にチャイナドレスを選んでいる和仁だった。
「お前、何してんだよ。」
「あ、和田チャン。ちょうど良かった。赤と緑で今悩んでて…あと実際見たらロングでスリット入ってるのも捨てがたくなっちゃってさー。でもやっぱミニが定番だよね?」
「そんなこたぁ聞いてねぇええ!!九条はどうしたんだよ!!見付けたんじゃねぇのか!!!」
「春樹は何色が良い?」
「青がいいっす。」
「答えてんじゃねぇええええ!!!」
怒鳴った和田に怯えた店員がハラハラとしながらこちらの様子を窺って来たので、和仁はニコニコと愛想笑いを浮かべながら「ど~もすいません~」と手をひらひらささせて店員を安心させると、和田に向かって眉根を寄せる。
「ヘイヘイ。駄目じゃん、そんな大声出したら。」
「誰のせいだと…!!クソ、で、九条はどうした。おめぇがこうやって遊び歩いてるってこたぁ見付けたんだろ?まさかここにいねぇよな。」
自分で言ってハッとなった和田は、中華クオリティの可愛らしい雑貨が並ぶファンシーな店内を見渡した。
はっきり言って九条には一生縁が無さそうな場所だ。とても愛らしいパンダのぬいぐるみのつぶらな瞳と目があった和田は、思わず顔をしかめてしまった。九条にはもちろん縁がないだろうが、和田自身にもよっぽど縁が無い、というのを本人も全く失念していた。
「あぁ、見付けたけど、残念ながらココにはいねぇよ。」
ニコニコとする和仁に、和田が怪訝な顔をして、三浦はこてん、と首を傾げた。
「九条先輩がいないのは分かったっすけど、他の皆はどうしたんすか?」
そういえば、と和田も店内を見回す。狭い雑貨屋にいるのは数名の女の子と自分達だけで、和仁と一緒にいたはずの虎組の連中は一人も見当たらなかった。
それを聞いた和仁はさも可笑しい、と言わんばかりに笑って、三浦に頭をぽん、と叩いた。
「他の奴らは、九条を探してるよ。」
「はぁ?」
和仁の言葉に和田は更に眉間に深い皺を寄せる。
「ま、正確に言うと、見付けたのはオレだけで、オレは九条を見逃した。そして、他の連中がまだ探してるのは、オレがまだ皆にそれを話してないから。」
笑顔を崩さないまま和仁が答えると、和田も三浦も意味が分からない、と言った風にお互いの顔を見合わせてから和仁の顔を改めて凝視した。
「…何企んでんだ、おめぇ。」
気味が悪い、と言った様子で和仁を眺めてきた和田の言葉に和仁はニィ、と人の悪い笑みを浮かべた。
「邪魔しちゃ悪いかなぁ~っていうオレの心優し~い配慮だよ。九条、一人じゃなかったし。」
「一人じゃなかった?」
聞き返した和田に、和仁はうん、と頷いた。
「なんだよ。失踪中にとっ捕まえた女でもいたかのか。」
「ま、まさか、まぐわいの最中だったんすか…!!」
「いつの時代の人間だおめぇは」
三浦の発言に冷静にツッコんだ和田を見た和仁は、赤いチャイナドレスを手に持つと「残念」と笑った。
「ヒントをあげよう。和田チャン、例のものは拾って来た?」
「例のもの?」
首を傾げた和田は、瞬間「ああ、」と思い出したような顔をして手に提げていたビニール袋から靴を一つ取り出した。
つがいの無い、片方だけの汚れたスニーカーである。
「言われた通り、駅前の広場に転がってたけどよ…なんだよこれ。」
「それがヒント。」
へへ、と笑って和仁がチャイナドレスを体に当てたまま一回転する。
汚れたスニーカーは、和仁が駅に着いた際に転がっていた。最初はおかしいな、と思ったが、特に気にも留めていなかった。
だが、先程ゴミ箱の中をちらりとみた時、見覚えのある顔に、汚れたソックスが目に入って確信した。
それを駅に着いたと連絡の入った和田に回収させたのである。
「全然わからん…。まぁ女物じゃねぇのは確かだな…。なんだよ、どっかの中坊のガキの靴か?」
「そうだねぇ~。まさかそんな臭そうな靴を履いてる子が九条の恋人だなんてフツーは想像つかないだろうねぇ。」
和仁の含み笑いに和田と三浦は同時に「え?」と零すと赤いチャイナドレスをヒラヒラとさせる和仁に視線を向ける。
同時に九条に恋人なんていたか?と首を傾げた二人は、しばらく考え込んで、同時にその「恋人」という人物が思い当たったらしく、「これにきーめた」と満面の笑みで赤いチャイナドレスを持ってレジに向かう和仁の背中を慌てて追った。
「恋人ってまさかおめぇ!!」
「九条先輩と千葉隆平がまぐわいをしてたんすかぁあ!!」
「黙ってろ!!」
的外れの質問を口にした三浦に容赦なく鉄拳をお見舞いした和田は、財布を取り出した和仁に向き直ると真面目な顔で問いただした。
「なんで千葉が行方知れずの九条と一緒にいるんだよ!!」