覚悟(中編)


隆平は頭の中がごちゃごちゃになるくらい、九条に対して言いたい事が山のようにあった。
だが、一番に九条に伝えなければならないことは何か。
そう考えて真っ先に頭に浮かんだのは、少女の泣き顔。

それが果たして隆平にとって、はたまた九条にとって意味を成すものなのか、隆平に判別がつくはずもなかったのだが。

それでも


「女の子を、泣かせたんだ…。」


少なくとも、彼女には意味を成すものだ、と隆平は思った。

「…は?」

驚いたのは九条だ。
全く予想外れの言葉にきょとんとしてしまった。
彼にしては珍しく間抜けな顔をして聞き返すと、隆平は小さいながらハッキリと応えた。

「さっきのは、その、色々取り乱して、先輩に八つ当たりしてしまった…。」

「…。」

衝動的に八つ当たりをして九条に怒鳴り散らしたが、誰が本当に悪いのか、隆平はよく知っている。
だから、遮るものなく全てが鋭利な刃物となって自分の心を傷つけたのだ。

「さっき、あんたの事を好きだ、っていう女の子を泣かせたんだ…。」

どこか気まずそうに目を逸らし俯いた隆平は、声のトーンを落として呟いた。
隆平の言葉を聞いた九条は、只目を丸くして、俯いた隆平を見下ろしている。

「罰ゲームであれ、何であれ。おれが、あんたと付き合ってるのが許せないって。あんたを好きな人は沢山いるのに、あんたの傍にいたい女の子はたくさんいるのに…」

「…。」

「罰ゲームであれ、おれみたいなのがあんたの隣にいるのは、ずるいって。」

記憶を探るように、言葉を選びながら隆平がぽつりぽつりと話す言葉を九条は黙って聞いている。黙って、というよりは驚いて言葉が出ない、と言った方が正しいかもしれない。
そんな九条に構わずに、隆平はさらに言葉を続けた。

「…おれ、女の子を泣かす男は最低だって言ったけど…。」

でも、と隆平は続ける。

「あんな偉そうな事言って、あんたを殴って、正義の味方みたいに振舞ってさ、でもそれってとんだ勘違いだ。」

「…」

「本当はあんたを殴る資格なんて、罰ゲームを受け入れた時点で、おれにはなかったんだ…。」

ずっと被害者のふりをしていた。
ずっと自分の事を可哀相だと思っていた。
だが、それは違うのだ。

「あんたのこと最低だと思ってた。人をゲームのコマにして、脅迫して、女の子を泣かして…。だからおれは、少なくとも自分はあんたよりもずっと常識があって『いい奴』だと思ってたんだ。…でも、…おれは…」

息が詰まるような音がして、それと同時に隆平が俯いた。
隆平の掌は固く握りしめられていて、ぶるぶると震えている。

「おれは…『いい奴』なんかじゃなかった。」

そう。それは隆平がずっとずっと考えてきたことだった。
このゲームをするにあたり、ずっと心の中で渦巻いていた小さな暗がり。
それを自覚したのは土曜の帰り、三浦と話してからだった。
彼は隆平を『いい奴』だと言った。
あの時感じた違和感を隆平は今でも忘れずにいる。
あの時すでに隆平は、自分が『いい奴』ではないことに、頭のどこかで気が付いていたのかもしれない。

その証拠に、『いい奴』と言われた隆平は、後ろめたさで、三浦の顔をきちんと見ることが出来なかった。

「おれが罰ゲームを続けるのは、あんたに復讐するためだ。寝首を搔いてざまあみろって言って、恨みを晴らしたかった。自分のプライドを守りたかったからだ。」

顔を上げると九条の顔が眼に映る。
その端正な顔には困惑の色がにじみ出ていた。

「でも罰ゲームを続ける、って言った時点でおれも共犯だったんだ。」

結局隆平は、自分が九条と同じ場所に立っていたことに気がついた。
やり方が違っただけで、自分は九条と同じく、私欲のために人を欺いて女の子を泣かせた。


「だから、」


雨がざぁざぁと降っている。


「だから、おれのこと、一発殴ってもらえませんか。」


それは、この男ではないといけないと隆平は思ったのだ。



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