覚悟(中編)


「いやあ…なんとか見つからずに済みましたね…。」

見逃して貰ったという表現の方が正しい様な気がするが、外へ引きずり出されずに済んでよかった、と隆平は改めて胸を撫でおろした。
彼の言葉に「まぁな」と曖昧な返事を返した九条はまだ警戒をしているのか声のトーンを下げたままだ。

「そもそも、なんで隠れなきゃいけなかったんですっけ?」

「見つかると厄介だろーが、色々。」

厄介なのは明らかに九条一人だと隆平は思ったが、結果的には良かったのか、と思いなおす。理由はどうであれ「あの和仁」には見つかりたくはない。
ここにきて康高が「大江和仁には注意しろ。」と言った意味がようやく理解できた。彼の本性を垣間見ることができた瞬間だった、と隆平は思い返して身震いした。

「できればあのモードの大江先輩には二度とお目にかかりたくない…。」

「遅ぇんだわ。だから危機感ねぇって言われんだよ、てめぇは。」

「だって普段は優しいですもん。誰かさんと違って。」

「なんだとこのクソガキ…。」

「ほらね、すぐそうやって圧をかけてくる。」

ようやく緊張が解けて、後頭部が思いだしたようにジクジクと痛み始め、隆平は九条に嫌味の一つも零したくなった。
そもそもの原因は九条にある。彼が自分を連れて逃げなければこんなことにはならなかった、と隆平は深くため息を吐いた。

「どうしておれまでこんな目に…。」

「てめぇ、誰のおかげで見付からなかったと思ってやがる。感謝しろボケが。」

「感謝ぁ!?このタンコブが目にはいらないのかよ!!大体誰も運んでくださいなんて言ってねぇじゃねーか!!恩着せがましいこというな!!」

「じゃあどうすりゃ良かったんだ!!あの状況で!!」

「知るか!それ以前になんで一緒に逃げなきゃならなかったんだ!!」

隆平の言葉に、九条は「なんでって」といかにも不機嫌そうな声を出した。

「てめぇ、俺に用事があってあの場所に来たんだろうが。」

「え」

九条の思いがけない言葉に隆平がきょとんとする。隆平の歯切れの悪い返答に、九条が不満げな声を出した。

「…違うのかよ」

「いえ…」

そら、仰る通りですが、と隆平は口ごもった。
確かに九条に用事があってここまで来たのは間違いない…ないのだが。

九条が隆平とごみ箱の中に入った理由。
それがまさか九条が自分の話を聞くためだとは、天地がひっくり返っても思わないだろう。
思いがけない九条の言葉に隆平が混乱するのは無理もない。

「…それに」

「あ、はい。」

九条の声にトリップしかけた隆平がハッとする。
今度はなんだ、と隆平が九条を振り返るように首を回そうとしたが、それはかなわず、九条の身体に頭を擦りつけるような仕草になってしまった。

九条は黙ったまま、ひとつ溜息をついた。

九条の言葉を待つ隆平がごくりと唾を飲む音が響いた。

だが、九条は少し考えを巡らせているのか、考えるように中空を見ていたようだったが、思い直したのか、また小さく溜息をつくと、それっきり押し黙ってしまったのである。
それに隆平が痺れを切らすのはそう遅くはなかった。

「なんですか…」

「…なんでもねぇ」

間を置いた九条に、隆平は珍しく九条の言葉が気になって追及を試みた。

「き、気になるんですけど」

「うるせぇな。なんでもねーっつってんだろ」

「いや、でも、何かあるなら…」

「うるせぇな。喋んな。」

苛々とした口調で返されると、隆平もむっとして刺のある言いかたをしてしまう。

「なんでもないなら思わせぶりな発言すんなよな…」

「んだと…」

隆平の生意気発言に九条の雰囲気が変わり始める。
しかし隆平も負けてはいない。
先ほどの一瞬の穏やかな雰囲気がウソの様に、両者の間に不穏な空気が流れ始めた。

「途中まで喋っておいて、なんなんだよ!!気にならねー方がおかしいだろ!!」

「うるせぇな!!しつけーんだよ!!」

「しつこくさせているのはあんたじゃないか!!タンコブの代償として発言を要求する!!」

「それはてめぇが勝手にぶつかったんだろうが!!」

「あんたが手荒く扱ったからこうなったんだよ!!荷物扱いしやがって!!もちっと丁重にできねぇのかよ!!容赦なくあちこちぶん投げやがって!!」

「誰もてめぇなんか運びたくて運んだんじゃねぇ!!このハナッ垂れのクソガキ野郎が!!てめぇみてぇな奴を好きで触るか!!気色悪ぃ!!」

「おれだって好きで触られてんじゃねぇ!!大体こんな狭い所じゃなきゃこんな風に密着して…」

そう言った隆平はハッ、とした。
苛立って言い争ったのは良いが、先程から身体を固定されて首が回らない事をようやく思いだしたのだ。

それから背中に密着し、自分の身体に回された腕と、その腕をしっかりと掴んだ自分の手を黙って見詰めた隆平は「ん?」と頭に疑問符を浮かべた。

そして、みるみると青ざめた。

それは九条も一緒だったらしく、あれほど牙を剥いて威嚇をしていたというのに、その覇気はすっかり消え失せ、固まってしまっていた。

要するに、和仁が去ってからも、二人はずっと抱き合った状態だったのである。

「…!!」

「…っ」

それに気が付いた九条と隆平は極限に顔を顰めて、慌てて離れようと逆方向に同時に飛びのいた。
そして狭い隙間の中で、勢いよく飛びのいた両者は、二人仲良くごみ箱の壁に頭を強打する羽目となったのである。
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