覚悟(中編)










たとえば千人の高校生男子いるとして、の中で

「(ごみ箱に恋人と入ったことのある高校生男子は、はたして何人いるんだろう…)」

隆平は遠い目をした。

「いないだろうなぁ…」

呟いた隆平に、九条が軽くその頭をはたく。

「でぇ!!」

「黙れ」

「だって、さっきぶつけたとこ叩いて…!!」

「黙れっつてんだろ」

大きな声を出した隆平に、九条は顔を般若のように歪ませると間髪入れず、さらに強く隆平の頭を殴った。
隆平があまりの痛さに声にならない悲鳴をあげて悶え苦しんだのを見て、九条は禍々しいオーラを出しながら低い声で呟く。

「今の状況分かってんのか」

「殺すぞ」と低く呟いた九条に隆平は頭を抱えながら「いっそ殺してくれ」と半ば本気で思った。


隆平の提案があっさりと受理されたのは数分前である。

一人になりたい、という理由で隆平は追手に見つからないようにごみ箱にでも入ってます、と発言した。

そして隆平は宣言どおり、今現在ごみ箱の中にちょこんとその身を置いている。
広いごみ箱は網目状で、中に何が入っているのか外からも確認できる作りだが、運が良いことにそのごみ箱には不要になった段ボールが無造作に入っていた。
それを利用したお陰で、よい具合に身を隠すことができたのである。

実際段ボールの隙間から数人がごみ箱の横を通り過ぎていったのが見えたので、うまくいったに違いない。

が、しかし。

「(なぜ、こいつまで…)」

そう。

なぜかごみ箱の中には九条も一緒だったのだ。


追手が迫り、隆平が泣き顔のまま振り向いた瞬間。
九条は何を思ったか、隆平を引き寄せ脇に抱えこんだのである。

「え」

隆平が驚く間も無く、九条は素早く近くのごみ箱のふたを開けると、その中に隆平を抱えたままダイブした。
その際、勢いでごみ箱のふちに隆平が後頭部を強打してしまい、隆平は一瞬目の前が真っ白になった。
それから少しの間を置いて、少年の足音がごみ箱の前を通過していったのだ。

その足音が完全に聞こえなくなると、隆平はふう、と安堵の息を吐き、ごみ箱のふたを内側から持ち上げようとした。
だがそこで九条の待ったがかかる。

「まだ開けんな。」

「え?なんで?」

隆平が不満げな顔をしたのが見えたのか、九条は低い声で「見つかりたくねぇならじっとしてろ」と呟いた。
隆平は九条の言葉に「何をえらそーに」と怪訝な顔をしたが、その理由がすぐにわかった。

数人の足音が、さきほど追手が走り去っていった方向からこちらに向かっているようなのだ。

途中で姿が見えなくなった自分達を不審に思って戻ってきたに違いない。

「さあて、どこにいるのかな~」

聞き慣れた声が路地裏にこだました。

「(あれ?大江、先輩?)」

思わず隙間から覗こうと隆平が顔を上げると、ぐん、と物凄い力で後ろに引かれ、その姿を見る事は叶わなかった。

「お前、ほんとに殺すぞ。」

頭上から降ってきた九条の脅しに「ひぃ」、と隆平が小さく叫ぶ。
九条に学ランのエリ部分を勢い良く引かれて尻もちを付いた隆平はさらに九条の大きな掌で頭を抑えつけられる羽目となったのだ。

だが言いなりになりたくない隆平は、九条の拘束から脱するためばたばたと暴れた。

「はなせよ!」

狭い空間の中で頭を思い切り押さえ付けられた隆平は無性に腹が立って、背中越しの九条の手を振り払おうと身を捩る。その行動に九条が舌打ちを零したのは仕方のないことだ。。
大体隆平は身を隠す必要などどこにも無いのだから見つかったって構いやしないのだ。

その、瞬間。

「こんにちはー」

和仁の声が遠くから聞こえたかと思うと、金属音がぶつかり合うような激しい音が聞こえた。

「ざんねーん。はずれ。」

全く残念そうではない声が聞こえ「じゃあ次―」と掛け声があり、また金属音が崩れるような音が聞こえる。

それが、だんだんとこちらに近づいてくるのだ。

「どこかな~?」

のんびりとした、だがどこか妙な声色に、隆平はできる限り首をひねって段ボールの隙間から、外を眺めた。
隙間から見えたのは確かに和仁だった。

「(追っ手は虎組だったのか…)」

隆平が思案していると、ふ、と和仁はこちらを向いた。

まだそこまで近くではないが、赤い髪の合間から見えた和仁の口元がにやあ、と弧を引いているのが見えて隆平はゾッ、とした。
ドクドクと心臓が脈打ちだす。
近くでガラガラガラ、と雷のような音に隆平は思わずびく、と体を強張らせ固まった。

和仁は一つずつ、廃材の隙間やごみ箱の中身を確認しているようだ。

じわりじわりと迫ってくる恐怖感に隆平はわけも分からず体が震え出したことに驚きを隠せない。
そんな隆平を、九条は咄嗟に後ろから包み込むようにがっしりと抱き込んで自分の方へ引き寄せた。

「えっ」

驚いた隆平を無視し、九条は隆平を抱き抱えたままゴミ箱のさらに奥へ入り、段ボールの合間を縫い、そこに潜り込むように身を潜めた。

「あの野郎、変なスイッチ入ってんぞ。」

密着した九条の吐息がわずかに隆平の耳にかかり、隆平はびくと身体を強張らせた。

「見付かりたくねぇなら動くなよ。」

途端、肌が粟立つような感覚が隆平を襲う。
囁く様な、低い声とも吐息とも取れる音が直に耳へ吹き込まれ、隆平は身体を動かす事ができなくなった。

僅かな隙間から和仁が近づいてくるのを眺め、隆平はその言い知れない緊張感にドクドクと心臓が鳴るのが分かった。

「んー?」

和仁の声がすぐ近くで聞こえたような気がして、隆平は僅かに身を強張らせる。
無意識に九条の腕を掴んでいた。


隙間から覗いたのは、やはり楽しげな口元だけだった。
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