屋上事変
「だいじょうぶ、です。」
『ありがとうございます。』
「あ、ありがとうございます。」
聞こえる通りに言えば、目の前の和仁は少し驚いた顔をしてから、途端にぱぁ、と顔を明るくして、グシャグシャと隆平の頭をかき混ぜながら盛大に笑った。
「意外と度胸あるんだね千葉君は!」
何やら嬉しそうな和仁に、隆平はハテナマークを頭に浮かべた。
そんな隆平を余所に、和仁は「じゃ、行こうか」と何の躊躇もなく隆平の腕を掴んで、ひしめく不良の間を縫いながら、屋上の奥へ進んでいく。
その間に、再びイヤホンから康高の声が聞こえた。
『まったくお前は、大江和仁には注意しろと言ったのに。』
「で、でも」
『黙って聞け。』
小声で反論しかけた隆平に、康高がぴしゃりと制す。
『そいつは笑顔で人を半殺しに出来るようなサイコパス野郎だ。笑顔に騙されるな。油断してるとその名の通り殺られるぞ。』
自分の腕を掴む和仁の腕を眺めながら、そうかなぁと隆平は首を傾げる。
どう見ても、そんな極悪人には見えない。
『…お前今そうかなぁ、とか思ったろ。』
「う」
『まぁ実際被害に遭うまでそいつの怖さは分からんかもな。愚かなお前がいつか痛い目をみたら嫌でも気付くだろう。』
康高の冷たい言い草に、なんてことを言うのだろうこの幼馴染は、と隆平が一人青ざめていると、和仁が止まり隆平の腕を離した。
不思議に思い隆平が顔を上げると、いつのまにか屋上の一番奥のフェンスまで来ていた。
晴天の空に降り注ぐ陽光、町を一望できる場所。
そこには。
「おせぇ…」
空と町を後ろに背負い、悠々とフェンスに凭れ掛かる男がいた。
金色と黒の髪の毛を風になびかせて、長い足を組んでいる姿は、男の隆平でも見惚れる程に格好良かった。
整った顔立ちは、卑屈になるのも馬鹿らしいくらいに綺麗で。
黒々とした瞳は隆平を見据えていた。
昨日はパニックになって気が付かなかったが、改めて近くで見ると九条大雅という男は恐ろしいほどの存在感がある。
その鋭い眼差し一つで、食い殺されてしまうと錯覚を起すほどに。
だがその視線は愛情深さが滲み出る様な、恋人に向ける視線では無かった。
(値踏み…されてる?)
隆平は瞬間的にそう思った。
九条が興味無さそうに、隆平を上から下まで一瞥してすぐに目を背けたからである。
緊張で汗がツ、と背中を流れ落ちた。いたたまれず、思わず俯く。
だが、その隆平の緊張を解いたのは、やはり間延びした和仁の声だった。
「んもー素っ気ない!千葉隆平を連れてきたわよ!お礼くらい言いなさいよ!」
和仁の声を聞いた途端、九条は顔をしかめ、隆平も思わず顔を上げて隣の和仁を唖然と見詰めてしまった。
「キモ…。」
思わず九条が零した言葉に隆平も無意識に同意してしまった。微妙な裏声は言うまでもなく気持ち悪かった。
「やだもう!傷ついた!あとでお仕置きしちゃうから!」
何やらくねくねとセクシーポーズらしい動きをした和仁を見ながら、九条も隆平もドン引きしてしまう。
『やはり油断ならないな。』
康高がイヤホン越しで呟いたが、一体何が油断ならないのか隆平には分からない。
康高はある種のシンパシーを和仁に感じたらしかった。
そしてドン引きした九条と、密かに鳥肌を立たせていた隆平を眺めて、和仁は「盛り上がってきたなぁ」と零し、満足げに腕を組んだ。
「じゃあ、そろそろ邪魔者は消えよっかな~。恋人同士の初ランチを邪魔するほどオレは野暮な男じゃないからねぇ。」
にこやかに言い放った和仁に、九条と隆平は同時に目を見開いた。
二人きり!?
聞いてないぞ!!
不良と平凡の心は外見と反し、見事に一致した。
それに構わず、和仁は屋上の不良達に立退くように呼びかけ始めたのである。
「ほ~ら、みんな邪魔だよぉ、さっさと出てって~!人の恋路を邪魔する奴はオレに蹴られて死んじまえ~ってね~。」
にこやかに恐ろしい事を口走った和仁に、その場の不良達は一斉に顔から血の気を引かせた。
そしてよっぽど怖いのか、ものの三十秒で、屋上はすっからかんとなったのである。
そして最後に屋上の扉を閉めながら、残された二人に向かって、和仁は笑顔で手を振った。
「それじゃあ~、ごゆっくり!」
「待て!!」
「待ってください!!!」
同時に叫んだが、ドアは閉まり、おまけにガチャリ、という施錠の音までハッキリと聞こえた。
閉じ込められた。
互いに助けを求めるようにドアに伸ばした手が妙に悲しかった。
『ありがとうございます。』
「あ、ありがとうございます。」
聞こえる通りに言えば、目の前の和仁は少し驚いた顔をしてから、途端にぱぁ、と顔を明るくして、グシャグシャと隆平の頭をかき混ぜながら盛大に笑った。
「意外と度胸あるんだね千葉君は!」
何やら嬉しそうな和仁に、隆平はハテナマークを頭に浮かべた。
そんな隆平を余所に、和仁は「じゃ、行こうか」と何の躊躇もなく隆平の腕を掴んで、ひしめく不良の間を縫いながら、屋上の奥へ進んでいく。
その間に、再びイヤホンから康高の声が聞こえた。
『まったくお前は、大江和仁には注意しろと言ったのに。』
「で、でも」
『黙って聞け。』
小声で反論しかけた隆平に、康高がぴしゃりと制す。
『そいつは笑顔で人を半殺しに出来るようなサイコパス野郎だ。笑顔に騙されるな。油断してるとその名の通り殺られるぞ。』
自分の腕を掴む和仁の腕を眺めながら、そうかなぁと隆平は首を傾げる。
どう見ても、そんな極悪人には見えない。
『…お前今そうかなぁ、とか思ったろ。』
「う」
『まぁ実際被害に遭うまでそいつの怖さは分からんかもな。愚かなお前がいつか痛い目をみたら嫌でも気付くだろう。』
康高の冷たい言い草に、なんてことを言うのだろうこの幼馴染は、と隆平が一人青ざめていると、和仁が止まり隆平の腕を離した。
不思議に思い隆平が顔を上げると、いつのまにか屋上の一番奥のフェンスまで来ていた。
晴天の空に降り注ぐ陽光、町を一望できる場所。
そこには。
「おせぇ…」
空と町を後ろに背負い、悠々とフェンスに凭れ掛かる男がいた。
金色と黒の髪の毛を風になびかせて、長い足を組んでいる姿は、男の隆平でも見惚れる程に格好良かった。
整った顔立ちは、卑屈になるのも馬鹿らしいくらいに綺麗で。
黒々とした瞳は隆平を見据えていた。
昨日はパニックになって気が付かなかったが、改めて近くで見ると九条大雅という男は恐ろしいほどの存在感がある。
その鋭い眼差し一つで、食い殺されてしまうと錯覚を起すほどに。
だがその視線は愛情深さが滲み出る様な、恋人に向ける視線では無かった。
(値踏み…されてる?)
隆平は瞬間的にそう思った。
九条が興味無さそうに、隆平を上から下まで一瞥してすぐに目を背けたからである。
緊張で汗がツ、と背中を流れ落ちた。いたたまれず、思わず俯く。
だが、その隆平の緊張を解いたのは、やはり間延びした和仁の声だった。
「んもー素っ気ない!千葉隆平を連れてきたわよ!お礼くらい言いなさいよ!」
和仁の声を聞いた途端、九条は顔をしかめ、隆平も思わず顔を上げて隣の和仁を唖然と見詰めてしまった。
「キモ…。」
思わず九条が零した言葉に隆平も無意識に同意してしまった。微妙な裏声は言うまでもなく気持ち悪かった。
「やだもう!傷ついた!あとでお仕置きしちゃうから!」
何やらくねくねとセクシーポーズらしい動きをした和仁を見ながら、九条も隆平もドン引きしてしまう。
『やはり油断ならないな。』
康高がイヤホン越しで呟いたが、一体何が油断ならないのか隆平には分からない。
康高はある種のシンパシーを和仁に感じたらしかった。
そしてドン引きした九条と、密かに鳥肌を立たせていた隆平を眺めて、和仁は「盛り上がってきたなぁ」と零し、満足げに腕を組んだ。
「じゃあ、そろそろ邪魔者は消えよっかな~。恋人同士の初ランチを邪魔するほどオレは野暮な男じゃないからねぇ。」
にこやかに言い放った和仁に、九条と隆平は同時に目を見開いた。
二人きり!?
聞いてないぞ!!
不良と平凡の心は外見と反し、見事に一致した。
それに構わず、和仁は屋上の不良達に立退くように呼びかけ始めたのである。
「ほ~ら、みんな邪魔だよぉ、さっさと出てって~!人の恋路を邪魔する奴はオレに蹴られて死んじまえ~ってね~。」
にこやかに恐ろしい事を口走った和仁に、その場の不良達は一斉に顔から血の気を引かせた。
そしてよっぽど怖いのか、ものの三十秒で、屋上はすっからかんとなったのである。
そして最後に屋上の扉を閉めながら、残された二人に向かって、和仁は笑顔で手を振った。
「それじゃあ~、ごゆっくり!」
「待て!!」
「待ってください!!!」
同時に叫んだが、ドアは閉まり、おまけにガチャリ、という施錠の音までハッキリと聞こえた。
閉じ込められた。
互いに助けを求めるようにドアに伸ばした手が妙に悲しかった。