覚悟(中編)
和仁の持っていた缶が地面に落ちたのと、時を同じくして。
そこからさほど離れていないところで、後ろの重りに引かれ、九条はほとんど急ブレーキをかけるようにその足を止めた。
赤レンガ倉庫群に入る手前の路地で、正確には赤レンガ倉庫の裏手側である。
そこには使われなくなった廃材があちらこちらに高い山をつくり、通路片側の倉庫の壁には、人が入れるほどの大きなゴミ箱が一定間隔で点々と並んでいる。
ここを抜ければ赤レンガ倉庫正面までまもなくだ。そこから中華街にぬければ逃げ切ったも同然。
あともう少し。
それだけに九条はことさら不機嫌に後ろを振り向いた。すると肩で息をしながら、険しい顔をした少年と視線がぶつかった。
「おい」
舌打ちを零し苛々としながら、九条が立ち止った隆平を睨みつけると、彼は苦しそうに顔を歪めた。
のどをひゅうと鳴らして深呼吸をすると、次の瞬間、隆平は大きく腕を払い、九条の手を振りほどいた。
それを九条が黙って見ると、隆平がまだ整わない呼吸を無視して口をひらいた。
「…こっからは、もう、一人でいけよ。これ以上、お前なんかに付き合えるか。」
ゼーゼーと苦しそうな呼吸をしながら、隆平が呟いたのを聞いて、九条が苦々しい顔をする。
「ああ?誰も好き好んでテメぇと居るわけじゃねぇ」
「んなこたあ分かってら!!だから、こっちから離れてやろうって言ってんじゃんか!!どうせ足おせぇよ!!足手まといだろ!!」
「自覚があるならもっと努力しろよ。」
「うるせー!!あーもーいやだ!!なんなんだよ!!おればっかり、ぐえっほげほげほ」
うまく呼吸ができない隆平が言い終わらないうちに妙な声をあげてせき込む。
細い路地には曇り空のせいもあってかひどく薄暗く、そんな中苦しげに咳をする隆平がどこか病的に九条の瞳にうつる。
そんな隆平が俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「…行ってください」
「…」
「…おれは今、ものすごく一人になりたい…見つかるのが都合悪いなら、そこのごみ箱にでも入ってますから。」
頭を冷やすにはちょうどいい場所だ、と隆平は思った。
このまま九条と居ても、ただ八つ当たりしかできない。
隆平自身も本当はわかっている。
今回の件を、誰かに責任転嫁することで少しでも楽になりたいと思っているのは自分の甘えだ、と。
それに、と隆平は唇をぎゅうと結ぶ。
わかっているのに、「お前なんか」という言葉が、今は深く胸をえぐる。
隆平はうつむいて、九条が立ち去ることだけを望んだ。
と、狭い路地裏にびゅう、と風がふいた。その風に乗って、遠くから怒声が聞こえる。その声を聞いた隆平が弾かれたように顔をあげ、後ろを振り返えろうとしたその時だった。
ふわ、と一瞬からだが浮いたかと思うと、目玉が飛び出るほどの激痛が、隆平の頭部に走ったのである。
大分日が傾いてきた。
和田と別れた後、教室に戻った康高は授業に身が入らず、板書された字をノートに写すのが精一杯だった。
嫌な胸騒ぎが先ほどからついて離れない。
隣の住人は学校に姿を見せていないのだ。
まだ九条の女に連れまわされているのだろうか。
彼が辛うじてノートをとっているのは、あとで幼馴染に見せてやるために他ならない。
そうでなければこんな退屈な授業、でていられるか、と康高はシャーペンをくるりとまわした。
イライラとする。
本来なら、黙って待っているだけの余裕があったはずだったのだが、先ほどの和田とのやり取りで、そんな余裕はどこかに姿を消してしまった。
そこからさほど離れていないところで、後ろの重りに引かれ、九条はほとんど急ブレーキをかけるようにその足を止めた。
赤レンガ倉庫群に入る手前の路地で、正確には赤レンガ倉庫の裏手側である。
そこには使われなくなった廃材があちらこちらに高い山をつくり、通路片側の倉庫の壁には、人が入れるほどの大きなゴミ箱が一定間隔で点々と並んでいる。
ここを抜ければ赤レンガ倉庫正面までまもなくだ。そこから中華街にぬければ逃げ切ったも同然。
あともう少し。
それだけに九条はことさら不機嫌に後ろを振り向いた。すると肩で息をしながら、険しい顔をした少年と視線がぶつかった。
「おい」
舌打ちを零し苛々としながら、九条が立ち止った隆平を睨みつけると、彼は苦しそうに顔を歪めた。
のどをひゅうと鳴らして深呼吸をすると、次の瞬間、隆平は大きく腕を払い、九条の手を振りほどいた。
それを九条が黙って見ると、隆平がまだ整わない呼吸を無視して口をひらいた。
「…こっからは、もう、一人でいけよ。これ以上、お前なんかに付き合えるか。」
ゼーゼーと苦しそうな呼吸をしながら、隆平が呟いたのを聞いて、九条が苦々しい顔をする。
「ああ?誰も好き好んでテメぇと居るわけじゃねぇ」
「んなこたあ分かってら!!だから、こっちから離れてやろうって言ってんじゃんか!!どうせ足おせぇよ!!足手まといだろ!!」
「自覚があるならもっと努力しろよ。」
「うるせー!!あーもーいやだ!!なんなんだよ!!おればっかり、ぐえっほげほげほ」
うまく呼吸ができない隆平が言い終わらないうちに妙な声をあげてせき込む。
細い路地には曇り空のせいもあってかひどく薄暗く、そんな中苦しげに咳をする隆平がどこか病的に九条の瞳にうつる。
そんな隆平が俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「…行ってください」
「…」
「…おれは今、ものすごく一人になりたい…見つかるのが都合悪いなら、そこのごみ箱にでも入ってますから。」
頭を冷やすにはちょうどいい場所だ、と隆平は思った。
このまま九条と居ても、ただ八つ当たりしかできない。
隆平自身も本当はわかっている。
今回の件を、誰かに責任転嫁することで少しでも楽になりたいと思っているのは自分の甘えだ、と。
それに、と隆平は唇をぎゅうと結ぶ。
わかっているのに、「お前なんか」という言葉が、今は深く胸をえぐる。
隆平はうつむいて、九条が立ち去ることだけを望んだ。
と、狭い路地裏にびゅう、と風がふいた。その風に乗って、遠くから怒声が聞こえる。その声を聞いた隆平が弾かれたように顔をあげ、後ろを振り返えろうとしたその時だった。
ふわ、と一瞬からだが浮いたかと思うと、目玉が飛び出るほどの激痛が、隆平の頭部に走ったのである。
大分日が傾いてきた。
和田と別れた後、教室に戻った康高は授業に身が入らず、板書された字をノートに写すのが精一杯だった。
嫌な胸騒ぎが先ほどからついて離れない。
隣の住人は学校に姿を見せていないのだ。
まだ九条の女に連れまわされているのだろうか。
彼が辛うじてノートをとっているのは、あとで幼馴染に見せてやるために他ならない。
そうでなければこんな退屈な授業、でていられるか、と康高はシャーペンをくるりとまわした。
イライラとする。
本来なら、黙って待っているだけの余裕があったはずだったのだが、先ほどの和田とのやり取りで、そんな余裕はどこかに姿を消してしまった。