覚悟(中編)




和仁の思惑通りのコースを走り抜ける二つの影。

狭い路地には両側に小さな店が点々と並び、人通りもさびしい。灰色のコンクリートがそのままむき出しになった細長く不気味な民家が驚くほど精密に並んでいる。

薄汚れた灰色の壁は、高くそびえたビル群の影になって、一層暗く、汚れてみえた。

表の明るい「みらい都市」のイメージからは想像もつかないような風景に、九条は顔をしかめる。

きらびやかな世界の本質は大体こんなもんだ。


灰色の道をぬけ、途端に明るい場所へ出る。
遊園地沿いの人混みの波に出た。


「っ!」


その人の多さに九条は一瞬立ち止まった。
その横で、隆平が、膝に手を付き、ゼーゼーと肩で息をしながら「しぬ、しぬ」と呪いのような言葉を零す隆平を無視した九条は、周囲を見渡した。

遊園地に続く大きな通りである。
園内に入れば、相手を巻きやすくはなるが、数は向こうの方が多い。

やもすれば取り囲まれるかもしれない。

「(それに)」

九条は隣の隆平を見た。
体力の無い隆平のペースが格段に落ちている。遊園地内では体力を無駄に消耗するのが目にみえた。

「(…中には入らない方がいい)」

とりあえず遊園地沿いに抜けようと九条は足を踏み出した。

「(人ごみを抜けて港の方面に出る。)」

そこから赤レンガ倉庫を経由し、中華街の方面に出れば逃げ切れると判断した。


「(そうすれば…。)」


考えて九条は再び走り出した。
後ろ手で掴んだ腕は、緩めることはなかった。













「しかし、逃げ込んだ場所が桜町とはねぇ。」

和仁が空になった空き缶を楽しげに転がしながら笑う。
赤レンガ倉庫群の手前にあるベンチに腰をおろして、風に乗って聞こえてくる遊園地の音楽を耳にしながら、和仁はいやに上機嫌である。

「なにかの兆しかな。」

「は?」

「いや、ひとりごと。」

怪訝な顔をした小山を見ながら和仁がにこやかに笑う。和仁いわく「先回り」をしてから15分が経つ。距離的にそろそろ九条が現れてもいい頃だ。
さきほどから落ち着かず、うろうろとベンチの周囲を歩く小山。
それとは対照的に、和仁はゆったりとベンチに腰掛けて、とてもリラックスしている様子である。

「緊張感ねぇな…!!」

「こう見えても、構えてるよ。」

苛々とするように、ふっかけてくる小山に和仁が苦笑する。
彼がカリカリする理由は分かっていた。
九条不在の虎組の存在を誰よりも危惧していたのは、この小山おやま誠治せいじだ。
もともと九条に惚れ込んで虎組に入った小山にとって、九条のいない虎組は存在しないに等しい。

また残忍な性格から暴力を好む小山にとって「虎組」という名のブランドは彼の中ではとても特別なものになっている。
それが九条不在の間、他の連中によって虎組が陥落させられたのでひとたまりもない。
小山は九条のもと「虎組」という名で喧嘩をすることを望んでいる。
故に、虎組でないものに対して、異常に排他的なところがあった。
そしてそれはいうまでもなく、千葉隆平にも向けられている。


「(まぁそこが動かしやすくていいんだけどねぇ)」

ふ、と唇だけ持ち上げて笑いながら、和仁はのんびりとした声をだした。

「小山は心配性だなあ。そんなにそわそわしなくたって大丈夫だよ。」

「何が…」

「第一、九条だって見つかった時点でそれなりに観念はしてると思うけどねぇ。ずっと虎組を不在にできるわけじゃないって、本人だってわかってるだろうし。外に出てる時点でなんらかの区切りはついてるはずだよ。」

「じゃあなんで逃げるんだよ。」

「それは…」

くるくると空になったカンを手のひらでまわして、和仁は駅前での九条の姿を思い出した。
驚いたような顔のあと、九条は「なにか」を見て、一瞬考えてから逃走した。
そこには、九条を動かす「なにか」があったのだ。

「それは?」

小山が眉をひそめた。当の和仁は上の空。

「逃げる、理由があったからだろうねぇ…。」

「答えになってねーじゃねぇかよ。」

カタン、と空き缶が乾いた音を出した。
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