覚悟(中編)

桜町を、2人の少年が言い争いながら、物凄いスピードで駆け抜けてゆく。

「もっと早く走れねぇのかてめぇは!!」

「簡単に言うな!!おれは基本体育は3なんだ!!」

「クソ短足が‼︎死ね‼︎」

「なんだとこのやろおおお!!」

純粋な悪口を言われて頭にきた隆平が、ぐんとスピードを上げる。
だが九条がさらにスピードを上げたので、実質隆平が九条に引っ張られるのは変わりない。
隆平の腕には九条の長い指が食い込むように絡みついている。

隆平は何が何だか分からないままだったが、後方から「九条!」という呼び声がかすかに聞こえ、追われているのだと気が付いた。

「なんでおれまで⁉︎」

「うるせえ‼︎黙って走れ‼︎短足‼︎」

「殺すぞ‼︎」

お互いに激昂しながら桜町を駆け抜けてゆく。

ときどき九条が後ろを振り向いて、隆平はびく、と肩を揺らした。

その表情が、視線が。
今までみたことがないほど、真剣で鋭くて。

おそらく後ろに追手が来ないかどうか確認しているだけなのだが、隆平はわざと目をあわせないように俯き加減で走らざるえない。
九条の顔をまともにみたくなかったというのも理由のひとつだったが、涙は止まっていたが、濡れた顔を見られているようで、いたた堪れなかった。

2人は駅の横の長い路地を抜ける。
その突き当たりを右に入れば、細く迷路のような道に行き当たった。

そしてちょうど角を曲がろうとしたときだった。

「こっちか!!」

「あれじゃねーか!!」

「いたぞ!!」

怒声が遥か後ろから聞こえ、隆平が思わず振り返ろうとすると、九条がぐん、と勢いよく隆平の腕を引いて路地の角に引っ張り込んだ。

「カス!!顔見られんだろうが!!何のためにテメェを連れて逃げてると思ってんだ!!」

怒鳴られて、隆平は一瞬ビク、と身体を縮こませて、おびえたような顔をした。
それを見た九条が一瞬苦々しい顔をしたが、さらに顔を険しくさせて、また走り出した。

「(そうだよな。)」

九条の背中を見ながら隆平は俯いた。


「(あんたは、自分の都合でしか、うごかねぇんだもんな。)」

都合が悪いから連れてこられただけで、九条に他意はないのだろう。

腕を振りほどきたかったのに、九条の指は鋼のように固く、隆平は再び泣きたくなってしまった。










「あ~足はえ~な~九条は~」

「てめぇ…」

ジョニングペースの和仁に、小山が拳を握ってプルプルとさせる。

「いい汗か~いた★おお、懐かしの赤レンガ…!!あ、待って小山!自販機ある!オレりんごジュースリクエストね。」

チャリン、と音を立てて小山の掌に小銭を乗せた和仁はさわやかに親指を立てた。

「ぬかせっ!!!」

「あ」

小銭を地面に叩きつけた小山に、和仁が批難めいた声をあげる。

「このボケ副長!!九条を見失って何が、いい汗かいた★だ!!しかもここ、九条が走ってった反対方向じゃねぇか!!バっカじゃねーのお前!!」

「怒っちゃいやーん」

「ああもう死ねよ、お前…。」

脱力した小山に、和仁はニコニコとしながら彼の肩を叩いて「元気だして」と呟いた。

改札から出た和仁は、虎組連中が九条を追い掛ける最中、あろうことか一人反対方向に駆け出したのだ。

しかも、無理やり虎組の幹部である小山を引っ張って、たどりついたのは駅から東南にある赤レンガ倉庫前。

「どういうつもりだよ…。」

「なに?」

「お前、目ついてんの?九条はあっちに行ったんだよ。オレらが居るのはその反対方向。わかってる?」

「もちろん。だからりんごジュースで乾杯しようぜ。」

「…」

「目、据わんなって。も~仕方ねぇな~。」

そう言って、和仁はさきほど小山が地面に投げつけた小銭を拾いながら説明を始めた。

「九条が逃げ込んだのは駅から北の方向でしょ。北から東、南にかけてぐるっと海なんだよ、この港は。」

「…で?」

「あの道は海に沿ってぐるっと東へ下るんだ。そうすると、ちょうど人通りの多い遊園地に到達する。」

「…。」

「木を隠すなら林。九条は人ごみの中を逃げると思う。遊園地周辺は平日でも人が多い。でも遊園地の中に入ると敵と遭遇する確率はあがっちゃうでしょ。人混みでの逃走は分かりやすい一本道にかぎる。」

「…。」

「遊園地沿いを抜けると広い道に出る。整備された港周辺ね。海浜公園は良いところだけど、身を隠すような場所はない。そこで周辺に隠れ蓑になる場所と言ったら?」

和仁が小銭を掌の中で鳴らす。

「この、赤レンガ倉庫だけじゃない?」

にこ、と笑って「だから、のんびりりんごジュースでも飲みながら待とうぜ」と言って、再度小銭を渡してきた和仁に、小山はぐうの音も出なかった。
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