覚悟(中編)
修羅場。
そんな言葉が少女の脳裏にうかんだ。
ただならぬ雰囲気の中、少女は必至に現状把握をこころみていたが、どういうわけか、まったく「まとも」な答えを導き出すことができずにいたのである。
本日2限目の授業が講師出張のため休講となったのをいいことに友達と桜町まで足を伸ばした。
今日はもう他に授業はないし、放課後にバイトもない。
地方から今年大学に通うため都会に出てきた身として、かねてから憧れであったデートスポットに足を運び、気分が高揚していたせいもある。
そのうえ大学でいい男に巡り合えず、合コンも当たりがなく、異性に飢えまくっていた。
故に、そんな彼女たちが駅前のベンチで佇んでいたフェロモン全開、見目麗しい生唾ものの男子高校生に声をかけたのは、いわば必然といえた。
あけすけない言い方をしてしまえば、発情していたのである。
ところがどうだろう。
高校生といえばまだ子供。
うまく言い丸めて一緒に遊べば、夜までには落とせる自信があった。
もちろん、少年がまともに女の子が好きであればの話である。
しかし。
その超絶美形少年と自分の前に現れ、「浮気」だとわめきはじめたのは、これまた少年。
そして今。
その少年が泣いているのである。
ぬぐってもぬぐっても後から後から涙があふれ出してしまうらしく、少年は、ひっきりなしに目元をごしごしと学ランの袖で拭っている。
不良少年は、それを見て唖然としているのだ。
二人の少年からすっかり忘れ去られた少女達は生温かい目のまま遠くを見るほかない。
「(わたしたちはどうすればいいんですか…。)」
去るに去れない状況に、少女達が死んだ魚のいような目で立ちすくんでいると、どこかから視線を感じたらしい超絶美形の不良少年が、ふいに駅の方へ顔を向けた。
そして、もの凄い速さで駅を二度見した。
つられて少女達が駅の方を見ると、改札の奥のホームから下る階段の途中で、一人の少年が全く感情の伺えない笑みをたたえて、こちらを見つめていたのである。
赤い髪が似合う、こちらも美形の少年であった。
あら、知り合いかしら、と少女達が頬を赤らめて、駅を二度見した不良少年の方に向きかえると。
「ななななななな…!!!」
当の本人は顔を真っ青にしていた。
「!!?」
そのうろたえ様に少女たちが驚いたのは束の間。
赤い髪の少年が満面の笑みを携えて、かつ、背後にキラキラと光るオプションをつけ「お~い!くじょお~」と、両腕を高らかに挙げながら走ってきたのを見て、「くじょお」と呼ばれた不良少年は明らかに顔を引きつらせた。
が、一方で「くじょお」は、赤い髪の男が自分の目の前にいる少年に目を向けていないことに気がついた。
どうやら、建物の影になって、この少年が見えていないらしかった。
それに気がつくか早いか、「くじょお~」は、泣いている黒髪の少年に視線をうつして舌打ちを零したかと思うと、何を思ったのか投げ付けられたカバンを拾い上げ、少年に押し付けると、その少年の腕を掴んで走りだした。
瞬間、駅からは「あ、逃げた!」という声がきこえた。
いきなりの出来事に少女達がポカンとしたが、腕を引かれた少年も同じように、きょとんとした顔をしていた。
その二人が、駅前の角を曲がったのと同時に、駅から「ぎゃおん!!」凄まじい叫び声が聞こえた。
ピーピーと警戒音を鳴らしながら通行不可能になった改札で、数十人の男子高校生がどん詰まりのダンゴになっている。
先頭でフラップドアに阻まれた赤い髪の少年が「あれ~?」と首を傾げていた。
どうやら交通カードの読み取りが不正だったらしい。
「和仁ぉおおおおおおお!!!!」
「違うよ~、オレちゃんとやったもん~。」
「バカお前それワオンだよ!!!」
「うそ~!!やだ~!!超ハズいんですけど~!!」
「早くスイカ出せ!!」
「や~どこだっけ~」
「早く!!!」
「も~待って待って~あった~!!」
「よし!!戻れ!!」
「あ、ちょっと待って。」
「何!!」
「オレ今日カードにチャージしてなかったから切符だったんだ~切符どこやったっけ~。」
「お前ぇええええええええ!!!!!!」
少年達の断末魔が聞こえる。
それを見ながら、少女達は遠い目をして、これから逆ナンはしないと心に決めた。
都会は恐ろしい場所だ。