屋上事変
さて、問題の昼休み。
12時10分、本日の午前の授業終了。
窮屈な時間から開放された生徒達はやれ学食だ、やれ購買だと、待ちに待った昼休みを十分に堪能しようと浮き足立つ。
…はずだったのだが、一年三組の生徒は、それが許されず、授業中よりもさらに緊迫した空気を味わう事態となっていた。
「千葉隆平、出て来い。」
チャイムがなったのと同時に開かれた教室の前方のドアを見て、一年三組の生徒は固まった。
虎組の幹部として有名な不良が五人、ゾロゾロと入って来たのである。
突然の訪問に驚いて、教卓で教科書を持ったままの教師は固まり、前列に座っていた生徒は早くも意識を手放しかけていた。
不良たちは、大変よろしくない目付きで教室をぐるりと見渡すと首を傾げた。
「どれ?」
「知らね。普通の奴っつってたけど。」
いい加減だな和仁さん、と何やらボヤついている不良達を目の前に、窓側の後ろから二番目に座っていた隆平も、もう失神寸前だった。
「おい、どいつ?お前?」
「ひぃ!!」
痺れを切らした不良の一人が最前列の眼鏡君の胸倉を掴んだ、その瞬間、
「おおおおれですっ!」
他人に迷惑がかかると察した隆平は、失神しかけながらも、勢い良く立ち上がった。そんな隆平をまじまじと眺め、不良の一人が「ほんとに普通だな」と零したのが耳に入ったが、そんなことに構ってはいられなかった。
そして眼鏡君の胸倉を掴んだ不良がその手を離し、あごで教室の外に出る様に促したので、隆平は急いで鞄を引っ掴んだ。
そして助けを求めるように隣の康高を見たが、
「グー…」
この騒ぎの中、康高はなんとも気持ち良さそうに熟睡していたのである。
そして五人の男に囲まれるようにして屋上に連行された隆平は、想像を絶する不良の数に腰を抜かしかけていた。
「連れてきましたよ、千葉隆平。」
隆平を囲んだ五人のうちの一人がそう言うと、屋上にいる不良という不良の視線がいっぺんに隆平に集まった。その痛いくらいの視線に、隆平は思わず身を固くした。
あきらかに歓迎ムードではない。
お気楽な隆平でもそれくらいは分かった。
本当に、マジで。
冗談抜きに遺書を書いてきた方が良かったんじゃねぇか?と隆平は思う。
恐怖が体中を駆け巡り、自然と鞄を抱える手が震えて泣きそうになった。
「あ~!いらっしゃ~い!」
その殺伐とした雰囲気とはまるで似つかわしくない暢気な声が響いて、隆平が思わず顔を上げると、大江和仁が不良達の一番奥に、満面の笑みで立っていた。
あまりに暢気な声だったので隆平は思わずきょとん、と目を見開いて笑顔の和仁を凝視してしまった。そんな隆平に構わず、和仁は不良達の間を縫って隆平に近付くと、優しく微笑んだ。
「や、朝はどーも。直接的には初めまして、かな?オレ大江和仁。よろしくね~。」
そう言うと、和仁は隆平の手を掴んでぶんぶんと(一方的に)握手を交わした。その自己紹介と握手に戸惑いながら、隆平が自分も自己紹介をしなければ、と口を開きかけた瞬間だった。
「あ!!千葉君泣いてんじゃん!!」
いきなり顔が近づいたかと思うと、目の前の綺麗な瞳に、自分のまぬけな顔が映り込んだのが見えて、隆平は息が止まりそうな程に驚いた。
瞳を瞬かせた隆平に、和仁はよしよしと隆平の頭を撫でる。
「よ~しよし。怖かったなぁ~。こ~んな怖いお兄さんが沢山居て驚いたよなぁ~。大丈夫だよ~、ここのお兄さん達は野獣みたいな顔してガラが悪いけど、君を取って食ったりはしないからなぁ~。」
それを聞いた何人かの不良が吹き出すのが聞こえたが、勿論隆平はそんな事を気にする余裕も無かった。
そもそも、この年で頭を撫でられるという行為が恥ずかしく、隆平は穴があったら今すぐにでも入りたいような心持ちだった。
「すすすみません、大丈夫です、あの」
隆平が慌てて言いかけると、和仁がニコ、と笑う。
「無理しないで、怖かったらオレに言ってね。力になるから。」
その笑顔があまりに優しかったので、思わず隆平が頷こうとした、そのときだった。
『油断大敵』
耳に直に聞こえた声に、隆平はびくっと肩を揺らした。
康高のひみつ道具だ。
耳に付けたイヤホンから確かに康高の声が聞こえた。
いきなり身を硬くした隆平を不思議に思ったのか、和仁が首を傾げた。
まずい、と隆平は口をパクパクとさせた。
髪が耳にかかる位の長さはある。小型のイヤホンは外耳孔にすっぽりと隠れてしまうほど小さく、見えないはずだ。
そこにまた康高の声が聞こえる。
『笑って、大丈夫です、と言え』
考える暇も無かった隆平は、言われた通り少々強張りながらもへら、と笑った。