覚悟(中編)







「さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言って‼︎」

「あんたがハッキリしないからじゃない‼︎」

「おれは正真正銘女の子が好きな普通の男子だぁああああああ!!!!」

激しい剣幕で言い争う二人を尻目に、店に居る店員や客は固唾を呑んでその様子を見守っていた。
話の流れからすると別れ話では無いようだが、妙な内容である事は疑いようかない。
店側としては昼時で客のかき入れ時に、厄介を起こす面倒な輩は早々にお引取り願いたいのだが、店員も店長もその気迫に気圧されて遠巻きに見守るしかない。

当の本人達は怒りで目の前の相手しか見えていないので、周りへの配慮と言うものは今や全く念頭にない様子で、休む間もなく激しい攻防戦を繰り広げている。

「大体あんた土曜は九条のパシリって言ってたでしょ!!それが何で九条と付き合うことになるわけ⁉︎わけわかんないのよ‼︎うそつき!!」

「いや、だからこっちにも複雑な事情があって…‼︎‼︎」

「うそつきホモ野郎!!」

「だからおりゃあホモじゃねぇえんだよおおおおお!!!」

「いい加減にして!!!」

延々と繰り返される会話の応酬に痺れを切らした怜奈がダン!!と、女子では到底出せない様な凄まじい音を立てて机を叩いた。

「何で九条と付き合ってるのかって聞いてんの!!!」

その勢いで、中身が入ったままのカップとソーサーが床へ落ち、こちらも凄まじい音を立てて割れ、辺りが水を打ったようにシーンと静まり返る。

「日本語わかる?同じこと何回も言わせないでよ。」

もはや隠し切れない、と隆平は悟った。
詳細を打ち明ける以外にこの少女の誤解を解くことは極めて困難なことに、隆平は今更ながら思いしらされ、苦い顔をしてしまう。

「(…なんなんだよ…)」

まさかこんな状況に陥るなんて隆平は夢にも思わない。

「(なんでおればっかりがこんな目に…。)」

目の前の怜奈を一瞥した隆平は、本当に泣き出しそうになっていた。
本当に、九条に関わってからろくなことが起こらない。

だが誤解をされたままの状態はいやだ、と隆平は歯をかみしめる。
そして、観念した様にうなだれたまま、ため息をはいた。それからぐ、と膝の上で拳を握り、色身のない顔をあげて怜奈を見据えた。

静寂は、まるで永遠のようだった。




「罰、ゲーム…です。」




静まり返った店内に、隆平は自分の声がやけに大きく響いたきがした。

瞬間、大きな目を瞬きさせて、その言葉の意味を測りかねた怜奈が、一瞬怪訝な顔を見せたが、ややあって口を開く。

「罰ゲーム?」

繰り返された単語に隆平は頷いた。

「先輩がジャンケンで負けて、罰ゲームでおれに告白してきた。…だから仕方なく付き合ってるんです。別におれは先輩が好きなわけじゃない。」

なんだか自分で言っていて悲しくなる程情けない内容だが、一旦話し出すと止まらない。

「先輩の方だって、こんなのただの遊びで意味なんかない。おれは、そんな先輩に復讐してやりたいだけです。だから自分の利益のためにゲームに付き合ってるだけで、そこには特別な感情なんてもんは無いんですよ。おれも。そんで、もちろん向こうも。」

自分でそんなことを言っておきながら、なぜか隆平はちく、と胸が痛んだ。
が、そのわずかな痛みにも気がつかない。

「おれは。…おれは、単なるゲームの駒だ。」

本当に惨めで、ばからしい。

一体それの、

「それの、どこが羨ましいっていうんですか。」

言って、隆平は奇妙な笑みを浮かべた。

笑み、というよりも、それは口の端の筋肉を意図的につりあげたと表現したほうが正しい表情だった。
自分ではおどけたつもりが、その双眸は固く硬直し、まるで笑ったことのない人間が強要されて無理やり笑わされたような奇妙な顔だった。


怜奈は唖然とした。


それが果して、隆平の言葉になのか、隆平の表情になのかは分からなかったが、怜奈は大きな瞳を見開いて隆平を眺めていた。

が、次の瞬間。

怜奈はみるみると表情をかえ、歪んだ顔で隆平にむかい、思い切りその華奢な腕を振りかぶったのである。












「なんとも自分勝手な奴ですからね、あいつは。」

そう言った康高の表情がよく伺えなくて和田は眉をひそめる。

校門前で良く知った女が、最近目をかけている後輩の腕を引いてどこかへ連れて行くのを見つけたのは本当に偶然だった。
別に脅したわけでも強要したわけでもないのだが、教室で窓側一番後ろの特等席は、いつの間にか和田の指定席になっている。
まぁ席替えが際面倒くさいから適当で良い、と告げて教室を出て行く際に、クラス委員長が和田を見ながら引きつった笑顔をして席替えのクジを作っていたので、なんとなく察しは付く。
その優待席にいつもの様に座りながら授業を受けて、ふと窓の外を見たとき、和田は一瞬言葉を失った。

腕を掴まれ、引きずられるように連れ去られた隆平を見たとき、咄嗟に追わなくては、と席を立った瞬間、丁度良くチャイムが鳴ったのだ。

だが正直怜奈をどう説得して良いか分からなかったし、そう言った意味でヒステリーを起こしている女が不得意だった和田は、誰か応援をと考えて向かった先がこの男の所だった。

比企康高。
校内で不良以外が名を上げるのは珍しい。それが今年主席で入学してきた秀才だとしても、ここではなんの自慢にもならない。
殊に、不良と言う人種は優等生を嫌うものだ。喧嘩慣れしていなさそうなひょろ長い身体に眼鏡と鬱陶しい前髪。
外見だけ見ればこの男がなぜこの不良校で名を上げられるのか疑問だった。
真っ先に不良のターゲットにされて潰されそうな、勉強だけが得意なオタクにしか見えない。
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