覚悟(前編)



そして悶々と悩む少年がここにも一人。
病院から出た隆平は学校に向かいながら考えに耽っていた。

「やっぱりわからん…。」

俯き加減で数歩先のアスファルトを眺めながら、慣れた道を歩く。
通いなれた道を無意識に歩いて、隆平はため息をついた。

どうしても分からない。康高の言葉が理解できない。

第一、自分が傷つけることができる相手がこの罰ゲームに関連している中にいるとは考えられなかった。

「だって、おれの他には不良しかいねぇだろ…。不良は全員おれの敵で、おれは善良な一生徒…ヒエラルキーの最下層のおれに一体何ができるというんだ、康高…。」

そうブツブツと呟きながらふ、と隆平が顔を上げると、いつの間にか北工の正門の前に差し掛かろうという所で、隆平は気分が落ち込んでしまう。
明確な答えが出せないまま康高に顔を合わせるのはなんとなく気まずい。
だが学校をサボる、というわけにもいかず、重たい足を引き摺りながら正門を潜ろうとした瞬間、一瞬黒い塊が正門の脇に群がっていて、隆平はぎょっとする。

それが北工の生徒だと分かってほ、と一息つくが、何やら様子がおかしい。
何かを取り巻くようにして集まっているその集団は、見るからにガラの悪そうな連中で、隆平は僅かに身を強張らせる。

今はとっくに授業の始まっている時間だ。
それを無視してこんな所でたむろしているのは恐らくロクな連中でない。
その上、そんな連中が群れをなしているのだから、きっとロクな事ではないというのが容易に想像できた。

それを横目で見ながら、せっかく本日付で鼻が完治したのだから、これ以上厄介事に巻き込まれてたまるかと、隆平はなるべく勘付かれないように、そっとその横を擦り抜けようとする。

おれは空気、おれは空気と自分に暗示をかけながらすー、っと静かに歩く。

集団からは笑い声が漏れ、喧嘩ではない、と一瞬安堵するが、安心ついでにふとその集団の中心に目を向けたのがいけなかった。

瞬間、その目に捉えた姿を見て、隆平は思わず立ち止まり凝視してしまった。
そして、相手も隆平に気が付いたらしく、隆平の姿を確認すると、その大きな目を零れんばかりに見開いた。

それから周りに居た不良たちを押しのけると、真っ直ぐに隆平に向かって歩みよって来て、硬直した隆平の前に立つと、その人物はなんとも威圧感たっぷりに言い放ったのだ。

「あたしのこと、覚えてる?」

そう聞かれた隆平は、言葉を発するのも忘れてただ一度だけ、こくり、と頷いた。

忘れるはずがなかった。

土曜に自分が九条を殴るきっかけとなった人物。
ベンチに座って不安げに九条を待っていた健気な少女。

後ろから取り巻いていた不良連中が甘えた声で「そんな奴が良いのぉ?」と話しかけてくる。それに全く取り合わず、ただ隆平を見ながら、ピンク色の可愛い唇が動いた。

「ほんっと…なんでこんな奴…。」

その自分を蔑むような、だがどこか切羽詰ったような顔を見た隆平は、瞬間、漠然と康高の言った言葉の意味を理解した。

不良連中が「ねぇ~怜奈ちゃ~ん」と猫なで声を出したのをどこか遠くで聞きながら、隆平は唖然と整った可愛らしい少女の顔を見詰めた。


「話があるんだけど、千葉隆平。」



それは紛れもない、九条の女だった。




つづく
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