覚悟(前編)

その表情があまりにいつもと同じ顔で、康高は判断に困った。
まったく予想外の返答だった。
その声色、態度からは、三浦の心情は計ることができない。

三浦の言い方はまるで悪びれた様子は見受けられなかった。
かと言って、開き直っているようにも見えないし、隆平に対する悪意は微塵も感じられない。

だが、「何か企んでいるのか」という問いに対して「なぜ分かったのか」という返答が返ってきたというのは、何かを企んでいるということを肯定しているということだ。
だが、それが何なのか全く予想が付かない。

和仁くらい分かりやすいのであれば納得が行くのだが、三浦の企みというのは想像が付かないだけに、どこか計り知れない不気味さがある。
だがこうして聞き出すチャンスにあっけらかんと答えてくれたのだから聞かない手はない。

それが隆平に害を成すような事であれば、こちらにも考えがある。

「それはなんだ。」

こういった愚直な男には遠回りの表現では届かない。あえてストレートに攻める。その康高の問いに、三浦は顔色を変えず、ぶんぶん、と首を横に振った。

「それは言えねぇ!!」

そう言って、生意気にも返答を拒否した三浦は、あ、と何かを思い出した様に大きな声を出すと、身を乗り出して康高を正面から見据える。

「でも、千葉隆平を傷付けるような事じゃねーから。」

それは絶対、と真剣な目で康高を見詰めて来た三浦に、康高は訝しむ。
嘘をついているようには見えない。
この男は好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いとはっきりと言う男なのだ。
そんな男が誰かを貶めるために嫌いな人間に媚を売りながら付き合う、というのはできない、というのはこの数日でよく分かった。

きっと単に隆平に惹かれて懐いた、というのが本音だろうな、と康高はうすうす感づいていたが、確かな理由がないと納得が行かない。
そこである種の確認のため、今回の質問した節があるが、まさか何かを企んでいる、というのは康高にも予想外だった。
企めるようなオツムがあったのにも驚きだ。
しかし肝心の内容が聞き出せなかった事にまだ少し嫌疑が残る。

「…隆平に危害を加えない企てらしいがな。言えない、というのは何かやましい事があるからだろう。それでお前を信用しろ、というのは都合が良すぎると思わないか。」

少し棘のある言い方をしてやるが、その嫌味が全く通じないのか、三浦は「そりゃそうだな!」と元気よく答える。

「でもな、オレは千葉隆平も好きだけど、おまえの事も結構好きだからさ。」

「嫌われたくねーんだよな」と言いいながら腕組みをして眉間に皺を寄せる三浦に、康高は三浦よりも更に深く眉間に皺を刻んだ。

全く持って予想ができないその企てにプラスして、男に「好き」と言われるほど微妙なものはないと苦々しげな顔をする。
それを見た三浦はあ、とまた何か思い出した様に言葉を発する。

「オレは違うからな!恋愛的には女の子オンリーだから!!そういう好きじゃなねーからな!!ドキドキすんなよ!!」

「するか。」

これ以上ないくらいに苦い顔をした康高に、「よし!!」と頷いた三浦は「お、予鈴だ。」と立ち上がった。

「じゃ!!授業はじまっから!!」

そう言って康高の前の席から離れると、三浦は生意気にも予鈴できちんと自分の席につくと、鼻歌交じりで新品同様の教科書を取り出した。

それをぼんやりと眺め、完全に三浦のペースにはまり、毒気を抜かれた康高は肝心の企みの内容を聞き出すことも適わず、一年三組でずば抜けて明るい茶色の髪がふわふわと揺れるのを目で追った。

思ったよりも手強い相手だ、と康高は珍しく滅入った。
単なる馬鹿は扱い易いが、筋金入りの馬鹿は簡単には乗りこなせない、というのが分かった。

そして三浦の「妙な企て」が何か、という事も分からず、モヤモヤと気持ちの悪いもどかしさに悩まされ、大きなため息をついた。

だがそれに加えて、三浦の発言で何かひっかかるものを感じたのが、それが何かも分からずに、康高は一人悶々と考える羽目になったのである。
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