「黒猫」もうひとつの物語第二弾「少女たちの願い」
「兄さん、葵天をレオに預けるわ」
小学四年生の夏休み。私の憧れる翠おば様が我が家へいらした。そしてお父様と何かお話をしていらっしゃる。
時々、怒っているようにも聞こえるその声は、はっきりとした物言いだった。私も大人になったらあんなふうになりたい。自分の意見をはっきりと言葉にできる、そんな人になりたいと思っている。
それにしても、相変わらず翠おば様は、嵐のような人だった。
お父様とおば様が話をしていらした客間のテーブルに、一枚の写真があった。見ると、キラキラ輝くような笑顔で、こちらを見ている王子様がいた。
「素敵……」
思わず声に出してしまった。
(この子は誰?)
「めぐみ、ああ可愛らしい子だろ? 翠の息子だよ」
「息子? お父様、その子私の従兄弟?」
「そうだよ。お前のたった一人の従兄弟だ」
どうしよう。こんな素敵な王子様が私の従兄弟。
「お父様、彼は今どちらにいらっしゃるの?」
「今はフランスだよ。この秋からはアメリカの父親のところへ、預けると言っていたかな」
「おば様とは、一緒に暮らしていらっしゃらないの?」
「翠は葵天とは一緒に暮らしていないよ。一体どういうつもりなのか……」
「お可哀想……」
「もしも葵天が、日本に来るようなことがあったら、優しくしておやり」
「ええ、もちろんですわ」
そして、その葵天が今目の前にいる。私と同じ学園で同じクラスで……。
──────────
「立花、新入生の挨拶を頼むな。日本に来て間もない帰国子女では、挨拶もままならないだろうからな」
「先生、その帰国子女がトップの成績ってことですか?」
「そうなんだ。ただ日本の学校をどこまで理解しているかもわからん」
「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「立花葵天だったか。立花の親戚か?」
驚いた。あの時のあの写真の王子様が、私と同じ学園に……。
「わかりました。新入生の挨拶、務めさせていただきます」
「よろしく頼むな」
葵天が私と同じ学園で学ぶ。優しくして差し上げなければ……。でも、私のことなどわからないわよね。
「新入生挨拶。立花めぐみ」
「はい」
ホールの小階段を上がり、壇上へと上がる。そして中央の演台まで来ると、声高らかに挨拶文を読み上げる。
『暖かな春の光が包む今日の良き日、私たち新入生は、先生方や保護者の皆様に見守られながら、立派な入学式を迎えることができました。まず、私たちの新しい門出を祝して温かいお言葉をいただきました学園長先生、そして来賓の皆様に、新入生を代表して心より感謝申し上げます。…………』
ほんの二、三分のことだが、日本で生活していない彼には、荷が重すぎるのかもしれない。ましてや彼は、一度も学校生活を送っていないのだから。
──────────
「めぐみ、葵は学校へ通ったことがないんだよ。同じ年代の子供と接したことがないんだ。もしも、彼が日本へ来るようなことがあったなら。親切にいろいろと教えてあげなさい」
お父様の話では、学校へ行っていないということだった。なのに、成績トップってありえないでしょ! なんでそんなことできるの? カンニングでもしたの? 私だって一生懸命勉強したのよ。なのに私より上って……。だんだん腹が立ってきた。
──────────
『…………新入生代表、立花めぐみ』
考えれば考えるほど、おかしなことよね。なぜ学校へ行ったことない人が私よりも成績が上なの!
「メグ、お疲れ」
「帰国子女だかなんだか知らないけど……」
もう、私って凛に愚痴ばっかこぼしてる。気をつけないと……。
はっ?!
目の前に現れた立花葵天に、私は話しかけた。
「あなた、立花葵天でしょ?」
「そうだけど、君は?」
なんだか、周りがうるさいわね。
「君は……成績トップの立花めぐみさん。母さまのお兄様の娘さん」
なんだか回りくどい言い方ね。本当にこれで頭いいのかしら?
「な、なによ。普通に『いとこ』って言えばいいじゃない」
「そう、だよね」
「私、立花めぐみ」
「チュッ! チュッ!」
な、何をしてるの、この人。
「なにすんの!」
「あ、ごめんね。フランス式の挨拶だよ。左から右へキスするんだ」
「ここは日本なの!」
周りの生徒たちはザワザワと話し始め、次第にガヤガヤと話し声が大きくなった。
「まあいいわ。あなた、将棋部に入りなさい」
「どうして。僕が入る部を、なぜ君が決めるの」
「どうせ日本に来たばかりで友達なんていないんでしょ。私が入部する『将棋部』に、あなたも入りなさいって言ってんの」
「僕がやるのは『チェス』だよ」
「将棋もチェスもそんなに変わらないでしょ」
「チッチッチ。違うよ」
将棋よりは簡単よね……多分。
「僕は他人に命令するのも、されるのも嫌いなんだよね」
「私は、命令なんてしてないわよ……」
「でも、そんなふうに聞こえるよ。僕は僕がやりたいことをするんだ。だから君にとやかく言われたくない」
まったく強情なんだから。
「そう。もし、気が変わったらいつでも将棋部へいらっしゃい。面倒見たげるから」
結局私、何がしたかったんだろう……。葵天に優しくなんてできなかったし。連絡先の交換もできなかった。同じクラスだから、そのうち交換くらいできると思うけど……。
思うようにはいかないものね。
「メグ、何ひとりで空回ってんのよ」
「仕方ないでしょ。気持ちより言葉の方が先に出てしまうのだもの」
「気持ちって……好きとか?」
「違うわよ。初めて日本で暮らすことになって、寂しいんだろうなって……」
「これはこれは、お優しいことで」
「からかわないで」
凛は、女子にしておくには、もったいないくらいの男前なんだよね。
「アオイは、いとこだけど、私の初恋なんだよね」
私は凛にあの素敵な王子様の写真を見せた。
「少し古いのだけれど、キラキラしているでしょう。無垢な子供が見たら、大好きになるに決まっているじゃない」
「無垢……自分で言っちゃうんだ」
「あら、その素敵な方はどなた?」
芽依……。私、この子苦手なのよね。凛はポンポンものを言うけれど、お腹に何もないから気持ちがいい。でも芽依は、何を考えているかわからなくて不気味な時がある。
「これ、昔の写真よ」
「あら、この髪色って、立花くんに似ていませんか?」
「そうね」
やっぱり、この子苦手。
「メイ、あまり人のものを勝手に触るな」
「あら、ごめんなさい。立花くんとお話できるなんて、メグミちゃんすごいのね」
「あの人、従兄弟だから……」
「まぁ素敵。今度、紹介していただけないかしら」
「いいけど……あの人頭いいから、同じくらいの成績じゃないと、相手にしてくれないわよ」
「そうなんですか?」
ほらまた。あざといというか……。
「アオイ。昼飯行くぞ」
「イツキ、待って。リアム行こう」
あっ、蒼野くん。
「メグ、顔赤いぞ」
「そ、そんなことないよ」
凛って、勘がいいんだよね。バレたかな。
「そういえばメグミちゃんって、中等部の頃、蒼野くんのこと気にしてましたよね」
えっ?! なんで……私芽衣に話したことない。
「な、なんのことかな」
「違いましたか? クッキーとか、チョコとか差し入れてましたよね」
物陰からでも見ていたの? やめてよね。
「メイ、それ人に話した? それってプライバシーの侵害だぞ」
そうだよ。凛、ありがとう。注意してくれて。
「メグ、この際だから、話してくれない?」
「な、なにを?」
「メグが気に留めている男子の名前」
凛、あなたの隣でほくそ笑む芽衣が私は怖いです。
「ここだけの話ね」
「わかってますわ」
なぜ芽衣が開口一番に答える。
「大丈夫だ、胸の内に収める」
「蒼野くんのこと、中等部二年の頃から気になっていて。芽衣が言うように、クッキーとかチョコを差し入れたりしてたの」
「その後の進展はないんですの?」
この子、人のこと暴いて楽しいのかなあ? 楽しいから暴くんだのね。怖い怖い。
「進展には至っていないの。あっちは運動部だし、私は将棋しか知らないし……」
「わかった! チャンスがあったら、手を貸すからね」
「ありがとう」
さすがは男前の凛。期待していないけど、よろしくね。
この三人は中学からの腐れ縁なんだけど、あの頃のように、互いに牽制し合いながら、笑って泣いて過ごすのかな……。
これから私、どうするんだろう……。
小学四年生の夏休み。私の憧れる翠おば様が我が家へいらした。そしてお父様と何かお話をしていらっしゃる。
時々、怒っているようにも聞こえるその声は、はっきりとした物言いだった。私も大人になったらあんなふうになりたい。自分の意見をはっきりと言葉にできる、そんな人になりたいと思っている。
それにしても、相変わらず翠おば様は、嵐のような人だった。
お父様とおば様が話をしていらした客間のテーブルに、一枚の写真があった。見ると、キラキラ輝くような笑顔で、こちらを見ている王子様がいた。
「素敵……」
思わず声に出してしまった。
(この子は誰?)
「めぐみ、ああ可愛らしい子だろ? 翠の息子だよ」
「息子? お父様、その子私の従兄弟?」
「そうだよ。お前のたった一人の従兄弟だ」
どうしよう。こんな素敵な王子様が私の従兄弟。
「お父様、彼は今どちらにいらっしゃるの?」
「今はフランスだよ。この秋からはアメリカの父親のところへ、預けると言っていたかな」
「おば様とは、一緒に暮らしていらっしゃらないの?」
「翠は葵天とは一緒に暮らしていないよ。一体どういうつもりなのか……」
「お可哀想……」
「もしも葵天が、日本に来るようなことがあったら、優しくしておやり」
「ええ、もちろんですわ」
そして、その葵天が今目の前にいる。私と同じ学園で同じクラスで……。
──────────
「立花、新入生の挨拶を頼むな。日本に来て間もない帰国子女では、挨拶もままならないだろうからな」
「先生、その帰国子女がトップの成績ってことですか?」
「そうなんだ。ただ日本の学校をどこまで理解しているかもわからん」
「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「立花葵天だったか。立花の親戚か?」
驚いた。あの時のあの写真の王子様が、私と同じ学園に……。
「わかりました。新入生の挨拶、務めさせていただきます」
「よろしく頼むな」
葵天が私と同じ学園で学ぶ。優しくして差し上げなければ……。でも、私のことなどわからないわよね。
「新入生挨拶。立花めぐみ」
「はい」
ホールの小階段を上がり、壇上へと上がる。そして中央の演台まで来ると、声高らかに挨拶文を読み上げる。
『暖かな春の光が包む今日の良き日、私たち新入生は、先生方や保護者の皆様に見守られながら、立派な入学式を迎えることができました。まず、私たちの新しい門出を祝して温かいお言葉をいただきました学園長先生、そして来賓の皆様に、新入生を代表して心より感謝申し上げます。…………』
ほんの二、三分のことだが、日本で生活していない彼には、荷が重すぎるのかもしれない。ましてや彼は、一度も学校生活を送っていないのだから。
──────────
「めぐみ、葵は学校へ通ったことがないんだよ。同じ年代の子供と接したことがないんだ。もしも、彼が日本へ来るようなことがあったなら。親切にいろいろと教えてあげなさい」
お父様の話では、学校へ行っていないということだった。なのに、成績トップってありえないでしょ! なんでそんなことできるの? カンニングでもしたの? 私だって一生懸命勉強したのよ。なのに私より上って……。だんだん腹が立ってきた。
──────────
『…………新入生代表、立花めぐみ』
考えれば考えるほど、おかしなことよね。なぜ学校へ行ったことない人が私よりも成績が上なの!
「メグ、お疲れ」
「帰国子女だかなんだか知らないけど……」
もう、私って凛に愚痴ばっかこぼしてる。気をつけないと……。
はっ?!
目の前に現れた立花葵天に、私は話しかけた。
「あなた、立花葵天でしょ?」
「そうだけど、君は?」
なんだか、周りがうるさいわね。
「君は……成績トップの立花めぐみさん。母さまのお兄様の娘さん」
なんだか回りくどい言い方ね。本当にこれで頭いいのかしら?
「な、なによ。普通に『いとこ』って言えばいいじゃない」
「そう、だよね」
「私、立花めぐみ」
「チュッ! チュッ!」
な、何をしてるの、この人。
「なにすんの!」
「あ、ごめんね。フランス式の挨拶だよ。左から右へキスするんだ」
「ここは日本なの!」
周りの生徒たちはザワザワと話し始め、次第にガヤガヤと話し声が大きくなった。
「まあいいわ。あなた、将棋部に入りなさい」
「どうして。僕が入る部を、なぜ君が決めるの」
「どうせ日本に来たばかりで友達なんていないんでしょ。私が入部する『将棋部』に、あなたも入りなさいって言ってんの」
「僕がやるのは『チェス』だよ」
「将棋もチェスもそんなに変わらないでしょ」
「チッチッチ。違うよ」
将棋よりは簡単よね……多分。
「僕は他人に命令するのも、されるのも嫌いなんだよね」
「私は、命令なんてしてないわよ……」
「でも、そんなふうに聞こえるよ。僕は僕がやりたいことをするんだ。だから君にとやかく言われたくない」
まったく強情なんだから。
「そう。もし、気が変わったらいつでも将棋部へいらっしゃい。面倒見たげるから」
結局私、何がしたかったんだろう……。葵天に優しくなんてできなかったし。連絡先の交換もできなかった。同じクラスだから、そのうち交換くらいできると思うけど……。
思うようにはいかないものね。
「メグ、何ひとりで空回ってんのよ」
「仕方ないでしょ。気持ちより言葉の方が先に出てしまうのだもの」
「気持ちって……好きとか?」
「違うわよ。初めて日本で暮らすことになって、寂しいんだろうなって……」
「これはこれは、お優しいことで」
「からかわないで」
凛は、女子にしておくには、もったいないくらいの男前なんだよね。
「アオイは、いとこだけど、私の初恋なんだよね」
私は凛にあの素敵な王子様の写真を見せた。
「少し古いのだけれど、キラキラしているでしょう。無垢な子供が見たら、大好きになるに決まっているじゃない」
「無垢……自分で言っちゃうんだ」
「あら、その素敵な方はどなた?」
芽依……。私、この子苦手なのよね。凛はポンポンものを言うけれど、お腹に何もないから気持ちがいい。でも芽依は、何を考えているかわからなくて不気味な時がある。
「これ、昔の写真よ」
「あら、この髪色って、立花くんに似ていませんか?」
「そうね」
やっぱり、この子苦手。
「メイ、あまり人のものを勝手に触るな」
「あら、ごめんなさい。立花くんとお話できるなんて、メグミちゃんすごいのね」
「あの人、従兄弟だから……」
「まぁ素敵。今度、紹介していただけないかしら」
「いいけど……あの人頭いいから、同じくらいの成績じゃないと、相手にしてくれないわよ」
「そうなんですか?」
ほらまた。あざといというか……。
「アオイ。昼飯行くぞ」
「イツキ、待って。リアム行こう」
あっ、蒼野くん。
「メグ、顔赤いぞ」
「そ、そんなことないよ」
凛って、勘がいいんだよね。バレたかな。
「そういえばメグミちゃんって、中等部の頃、蒼野くんのこと気にしてましたよね」
えっ?! なんで……私芽衣に話したことない。
「な、なんのことかな」
「違いましたか? クッキーとか、チョコとか差し入れてましたよね」
物陰からでも見ていたの? やめてよね。
「メイ、それ人に話した? それってプライバシーの侵害だぞ」
そうだよ。凛、ありがとう。注意してくれて。
「メグ、この際だから、話してくれない?」
「な、なにを?」
「メグが気に留めている男子の名前」
凛、あなたの隣でほくそ笑む芽衣が私は怖いです。
「ここだけの話ね」
「わかってますわ」
なぜ芽衣が開口一番に答える。
「大丈夫だ、胸の内に収める」
「蒼野くんのこと、中等部二年の頃から気になっていて。芽衣が言うように、クッキーとかチョコを差し入れたりしてたの」
「その後の進展はないんですの?」
この子、人のこと暴いて楽しいのかなあ? 楽しいから暴くんだのね。怖い怖い。
「進展には至っていないの。あっちは運動部だし、私は将棋しか知らないし……」
「わかった! チャンスがあったら、手を貸すからね」
「ありがとう」
さすがは男前の凛。期待していないけど、よろしくね。
この三人は中学からの腐れ縁なんだけど、あの頃のように、互いに牽制し合いながら、笑って泣いて過ごすのかな……。
これから私、どうするんだろう……。
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