黒猫
中間テストの採点が終わり、各教室には、クラス順位が張り出されていた。
一組はトップに僕、二位にめぐみ。リアムと凛、芽依は上位に名前があった。
いつものように、寮の食堂で昼食をとっていると……。
「アオイ、テストの結果どやったん」
「僕は……」
「アオイはトップだ。立花に聞いたんだけど、入試も実はアオイがトップだったらしい」
「じゃあ、どうしてアオイが挨拶文、読まなかったんだ」
「イツキ、別にそれ気にしなくても……」
「帰国子女には、日本の学校文化はわからんとかなんとか、教師が言ってたって、立花の話」
「ほな、その文化っちゅうもんがわからんかったから、俺らだけが、アオイのこと知れたんやな」
「シュウ、それを言うなら『知ることができた』だよ。その言い方気持ち悪いよ」
「えっ?! 俺、傷ついた。今どき『ら抜き言葉』なんて普通やん」
「何をもって……」
「普通と言うのか教えろってか?」
「イツキ、僕の台詞とらないで」
「まあ、『ら抜き』も『普通』も掘り下げたらきりないぞ」
「わかってるけど……」
きっと樹は、僕のこと「めんどくさい」って思ってるんだ。
「それで、ほかは赤点とってないよな」
気づけば、樹が仕切っていた。
「俺は、クラス三位。一組から数えたら、学年でも上位には入ってるかな」
さすが星矢、ツッコミ担当はそうでなくちゃ。
「クラス分けに成績が関わっているの?」
「そうなんよ。だから五組はヤバい」
それって、イツキもヤバいってことかな。
「安心しろ。五組の四人は、クラス、トップフォー独占だ。俺が一番」
「自慢できることか?」
星矢……樹にも自慢させてあげて。
「でも学年全体でいったら、もっと上かもしれないな」
ん? どういうこと。
「イツキたちが、四組や三組の奴らと一緒にしたら、その上位に食い込んでるかもってこと」
「そっか、クラス分けはあくまでも入試結果をもとにしただけで、その後の成績は加味していないってことか」
なるほどなるほど。リアム賢い。あれっ? この感覚……デジャブだ。
食堂の扉が大きく開いて、上級生たちが入ってきた。
「おう、一年の中に赤点取ったヤツはいないか」
「いません!」
相変わらず息ぴったり。
「よし、次は県大だからな。レギュラーもそうでないヤツも、ここ負けたら終わりだということを、肝に銘じろよ」
「はい」
体育会系の団結力ってすごいな。バンドのそれとも少し違うような気もする。でも、同じ方向を向いて突き進むのは、見ていて気持ちがいい。
「ん?! お前か。イツキが『どうしても昼休みに、一緒にいたいヤツがいるんです』って、言ってた……立花葵天は」
樹、泣きついたの?
「すみません。僕がボッチなものだから……」
「ボッチって、面白いこと言うヤツだな。俺はバレー部三年、槙。よろしくな」
「はい。一年一組、立花葵天です。よろしくお願いします」
ありったけの笑顔で挨拶すると、槙先輩の耳が赤くなっていた。
「キャプテン、アオイは俺らのアイドルなんで、たとえ先輩でも、渡しませんよ」
「な、何を言っているのかな、君たちは」
槙先輩は、キャプテンなんだ。愉快な先輩たちがいて、楽しい仲間がいて、いいな『先輩後輩』って。
カレンダーの絵が、草木の花から、雨とアマガエルに変わる頃。
「アオイ、もうすぐ球技大会だな。お前なに出んの」
「ああ、最近ホームルームでいろいろと決めているやつね」
「俺らバレー部は、バレーに出られないから、バスケに出ようと思ってるんだけど……どうした」
「僕、バレーにした」
「お前な、アメリカじゃバスケで遊んでたろ。だから……一緒の種目に出たいなって思ってたのに……」
「同じ種目じゃ、応援する時間が無いかもしれないし、僕バレーボールやってみたい」
「それなら部に入ればいいだろ」
「部活に入ると、自由が効かないから、ライブできなくなるでしょ」
「ライブやるのか」
「夏休みにね。田所さんから、オファーがあったんだ」
「インハイ終わるまで、俺見に行けない」
「夏休みの後半だって言ってたから、もし部活がなかったら、来てね」
樹……僕たち、もう違う道を歩いているのかもしれないね。
「それで、バレーできそうか」
「うん。経験者がいるから、何とかなりそうだよ」
この頃の体育の授業は、球技大会の種目の練習になっていた。その種目は「バレーボール」「バスケットボール」「サッカー」「卓球」の四種目。そして、僕はバレーボールに出ることになっていた。
バレーチームには中学までバレーをやっていたという五人が集まった。中等部組の鷲見くんと酒井くんに松田くん。一般入試組の桐山くんと今井くん、そして僕の六人。
体育の授業の中で、パスの練習やスパイクなどをやった。
「立花、サーブ打てるか」
「僕やったことないけど、見たことはあるよ」
「ちょっとやってみろよ」
僕は優一がやっていたサーブを思い出しながらボールを打った。
「お前ほんとにやったことないの」
僕が打ったボールは、ちゃんとネットを超えて、相手コートのエンドライン手前で落ちた。
「じゃあスパイクはできるか。俺の見てて」
松田くんの打ったボールは重たそうな音を響かせて床にぶつかった。
「すごい音がしたね」
「俺のは音だけ。結城や高梨に比べたら、俺のスパイクは、へなちょこすぎて笑える」
「そんなことないよ。僕らは県大会に出るわけじゃないんだから、できることやって頑張ろう」
「立花のそういう前向きな感じ、俺好きだわ」
「ありがと。ネガティブよりポジティブの方がテンション上がるでしょ」
「そうだな。じゃあ、立花お前やってみて」
僕は上げてもらったトスボールをサイドラインに沿うように打ち付けた。それは優一が得意とする「ストレートスパイク」だった。
「立花。お前本当に初心者なのか」
「うん。ビーチでは遊んでたけど……」
「ビーチ……」
「僕が住んでいたサンタモニカは、ビーチバレーが盛んなところで、僕も時間がある時はビーチに出て遊んでいたんだ」
「サンタモニカ……かっけぇ」
「ねえ、もっと練習しよう」
僕のなんちゃってバレーも通用しそうだし、球技大会も楽しくなりそうだな。
「アオイ、お前バレーできるの」
「なんだかね。やればできるみたいだよ」
リアム、一緒にバスケしたかったのかな。
「俺さ、アオイはバスケにすると思ってた」
やっぱりアメリカにいたから、同じようにバスケを選ぶと思ったのかな。
「僕、部活はできないけど、みんながやっているバレーボールを知りたいと思ったんだ」
「なんでできないの。俺と一緒にやればいいじゃん。部活……」
「ごめん。僕、音楽がやりたいんだ。夏休みもライブのオファーがあって、だから部活はできない」
「そうか。お前……ギタリストだったな……」
「うん。僕はギタリストさ」
僕はリアムに笑いかけた。一緒にできなくても、その先に見える何かがあるって信じたいから。
「リアム、ライブは夏休みの終わりごろなんだ。時間があったら遊びに来て」
君はバレーボールで世界を、僕は音楽で世界を見に行くんだ。
「リアム、県大会頑張ってね」
「うっす」
──────────
学年別クラス対抗球技大会は終わった。
僕の出たバレーチームは大健闘の末、学年四位。微妙といえばそれまでだが、他のクラスからすれば、驚きの結果だった。何しろ一組は特待生クラスで、運動はできないと思われていたからだ。そして何より、バスケットチームが優勝したことは、学校中の噂になるほどだった。
──────────
「アオイ、うちの……バスケチームの高瀬が捻挫しちゃって、代わりに出てくれないか」
「それは構わないけど、ルール上は大丈夫なのかな」
「担任に聞いたら、大丈夫だって」
「わかった。もうこっちの試合は終わったから協力するよ」
僕は高瀬くんの代わりにバスケの試合に参加した。
リアムとふたりでボールを回し、リアムがゴールを決める。僕は時々スリーポイントシュートを決めたりもした。
そして決勝の最後の得点は、僕のダンクシュートで決めた。
「ナイス、アオイ!」
「ナイシュー!」
「ナイス! ダンク」
みんなに声をかけてもらって、とても嬉しかった。何より勝った瞬間、リアムが僕を抱き上げてくれたことが嬉しかった。
「アオイ、ダンクかっこよかったぞ」
「エヘヘ」
僕は鼻を擦りながら、メチャクチャ照れていた。多分誰よりも顔が真っ赤だったと思う。
コートの外には、樹も柊斗もいて、凛もめぐみも見ていたに違いない。でも、そんなことは気にもしないで、リアムと喜びを分かち合った。
──────────
その日の夜。僕は久しぶりに夢を見た。
「ミシュ、大きくなったな」
「リックは大人になったの」
「俺は、とっくに大人だ」
「じゃあ、僕も大人だ」
「ミシュ、俺のこと好きか……」
「リック……好きだよ」
あれは僕の部屋……リックって誰……わからない……頭が痛い。
「う"う"……」
樹の部屋のドアが開く音がした……気がする。
「アオイ、開けるぞ」
「イツキ、どうしたの」
「お前、今唸っていなかったか」
「うん。ちょっと変な夢を見て……」
「大丈夫か」
「多分……イツキ、『リック』て誰のことか知っている?」
「えっ……い、いや知らない」
あれ、何か知っているのかな。
「夢だろ。俺が一緒にいてやるからな。まだ夜中だ。もう少し寝た方がいい」
「うん」
もう嘘はつかない、隠し事はしないと言っていた樹が……それでも何かを隠している。なぜだろう。それはきっと僕のためなのかな。
朝目覚めると、そこには樹の姿はもうなかった。部活の朝練に出かけたのだ。
(起こしてくれてもいいのに)
「おはようございます」
「おはよう。お父さんが、葵天くんに話があるみたいよ」
「わかりました。食事が終わったらイツキパパのところに行きます」
「イツキパパ、よろしいですか」
「どうぞ、入って」
樹パパの背中は広く、仕事をする男の背中だ。
「葵天くん、昨夜見た夢のことを話してくれるかい」
「はい」
樹……話したんだ。
僕は樹パパに昨夜見た夢のことを話した。
「葵天くん、今日は学校を休んで私に付き合ってくれませんか」
「それは構いませんが……」
学校への欠席届は樹ママが電話をしてくれた。
僕は樹パパの車に乗せられ、アリーナがある街の方角へと走っていた。
「どこへ行くのですか」
「私の友人が、クリニックをやっているんです。少し話をしてみませんか」
話をしてみるということは、内科でも外科でもない……メンタル面のことだと思った。
「ここですよ」
『赤城クリニック』……あれ、内科とも外科とも書いていない。
「こんにちは、はじめまして。ここの院長をしています、赤城です」
「はじめまして、立花葵天です」
僕が通されたのは、診察室ではなく院長室だった。
「僕は診察に来たんじゃないんですか」
「蒼野がそんなことを言っていましたか」
「いえ、言っていませんでした」
「一度君と話がしてみたくて、前々から蒼野に頼んでいたんですよ」
「学校の授業があるこの平日にですか」
「俺、平日しかここにいないからね」
プライベートではないと、はっきり言えばいいのに……はぐらかすことが上手い大人だ。
「こちらの看板には、載せていないようでしたが、もしかして『メンタル』メインですか」
「君は賢いね、その通りだよ」
やはりそうだ。でも、なぜ僕がメンタルクリニックになんて、連れてこられるんだ。
「蒼野、彼は本当に頭がいいんだね」
「そうだな。この子は母親に似たのかもしれない」
「そうかな。俺は父親に似ていると思うぞ」
「待ってください。ドクターはパパのことを知っているんですか」
しまった、冷静でいようと思ったのに、つい大きな声を出してしまった。
「彼から聞いていなかった。俺は友人だと……」
そうだ。樹パパは「友人」と言っていた。
「君の父親とは彼が一年の秋に編入してきてから卒業まで、母親とは中高の六年間、学友だったんだよ」
「えっ、大学は……」
「聖陵には医学部がなかったからね」
「そうですか……」
「両親のことで何か質問あるかな」
「いえ、今はいいです」
「そうか」
このドクターは、僕から何を聞き出したいんだろうか。聞かれて困ることは何もない……って、樹のことかな。ベッド壊したし……そんな細かなことで、ドクターに相談するのか樹パパは。そうなら、そもそも僕ではなく息子を連れてくるだろう。
「葵天くん。何かいろいろ考えているみたいだけど、大丈夫かな」
「いえ、樹パパがなぜ僕をドクターに会わせたのか、気になってしまって」
「そう。君の昨夜の夢の話っていったら腑に落ちるかな」
やっぱりそうか。でも、夢のことをドクターに相談するってどういうことだろう。
「君の夢の中に出てくる『リック』という人は、知り合いなのかな」
「知らない人です。そもそもバスケで遊んだのはバンドメンバーで……」
「どうかした」
あの『リック』という青年と遊んでいる。僕は彼を「好きだ」と言っている。恋人……なのかな。
「ドクター。もし僕がそのリックという青年の恋人だったとしたら、それはどういうことですか。僕は頭がおかしいですか? 僕と彼はどこに接点があるんですか?」
「待った待った。君は頭の回転が早すぎるよ。少し落ち着こうか」
そうだ。慌てても何も解決しない。少し落ち着こう。
「僕は『リック』という青年に『好きだ』と、話しています。彼も僕にそう言っていました。それって、相思相愛で恋人ってことですよね」
えっ……断言してしまったけどいいのだろうか。
「葵天くんは、誰かに告白されるなんて経験はあるのかな」
「……告白されても、それに答えられないことの方が多くて……違うな。『好き』と言っても、特別になるかっていったら、そうでもないんです」
「君はピュアだね」
「からかわないでください」
「これは、すまなかったね。おじさんになると、そんな感覚が薄れていてね」
「そういうものなんですね」
「冷めてるな。君は大人ですか、子供ですか」
突然ドクターの顔に戻る。この大人は油断できない。
「今、何を考えていたのかな」
「……別に何も考えていません」
「君とはいずれ、ゆっくりと『夢』以外の話ができたらいいね」
「そうですか。僕にはよくわかりません」
『夢』って僕にとってそんなに大事なことなのだろうか。
「葵天くん、蒼野と少し話があるから、外で待っていてくれるかい」
「わかりました」
いつかドクターと『夢』以外に話すことがあるのだろうか。ただ、ドクターが僕の奥にパパの面影を探しているように思えた。
いつか、ゆっくり……そうですね。
一組はトップに僕、二位にめぐみ。リアムと凛、芽依は上位に名前があった。
いつものように、寮の食堂で昼食をとっていると……。
「アオイ、テストの結果どやったん」
「僕は……」
「アオイはトップだ。立花に聞いたんだけど、入試も実はアオイがトップだったらしい」
「じゃあ、どうしてアオイが挨拶文、読まなかったんだ」
「イツキ、別にそれ気にしなくても……」
「帰国子女には、日本の学校文化はわからんとかなんとか、教師が言ってたって、立花の話」
「ほな、その文化っちゅうもんがわからんかったから、俺らだけが、アオイのこと知れたんやな」
「シュウ、それを言うなら『知ることができた』だよ。その言い方気持ち悪いよ」
「えっ?! 俺、傷ついた。今どき『ら抜き言葉』なんて普通やん」
「何をもって……」
「普通と言うのか教えろってか?」
「イツキ、僕の台詞とらないで」
「まあ、『ら抜き』も『普通』も掘り下げたらきりないぞ」
「わかってるけど……」
きっと樹は、僕のこと「めんどくさい」って思ってるんだ。
「それで、ほかは赤点とってないよな」
気づけば、樹が仕切っていた。
「俺は、クラス三位。一組から数えたら、学年でも上位には入ってるかな」
さすが星矢、ツッコミ担当はそうでなくちゃ。
「クラス分けに成績が関わっているの?」
「そうなんよ。だから五組はヤバい」
それって、イツキもヤバいってことかな。
「安心しろ。五組の四人は、クラス、トップフォー独占だ。俺が一番」
「自慢できることか?」
星矢……樹にも自慢させてあげて。
「でも学年全体でいったら、もっと上かもしれないな」
ん? どういうこと。
「イツキたちが、四組や三組の奴らと一緒にしたら、その上位に食い込んでるかもってこと」
「そっか、クラス分けはあくまでも入試結果をもとにしただけで、その後の成績は加味していないってことか」
なるほどなるほど。リアム賢い。あれっ? この感覚……デジャブだ。
食堂の扉が大きく開いて、上級生たちが入ってきた。
「おう、一年の中に赤点取ったヤツはいないか」
「いません!」
相変わらず息ぴったり。
「よし、次は県大だからな。レギュラーもそうでないヤツも、ここ負けたら終わりだということを、肝に銘じろよ」
「はい」
体育会系の団結力ってすごいな。バンドのそれとも少し違うような気もする。でも、同じ方向を向いて突き進むのは、見ていて気持ちがいい。
「ん?! お前か。イツキが『どうしても昼休みに、一緒にいたいヤツがいるんです』って、言ってた……立花葵天は」
樹、泣きついたの?
「すみません。僕がボッチなものだから……」
「ボッチって、面白いこと言うヤツだな。俺はバレー部三年、槙。よろしくな」
「はい。一年一組、立花葵天です。よろしくお願いします」
ありったけの笑顔で挨拶すると、槙先輩の耳が赤くなっていた。
「キャプテン、アオイは俺らのアイドルなんで、たとえ先輩でも、渡しませんよ」
「な、何を言っているのかな、君たちは」
槙先輩は、キャプテンなんだ。愉快な先輩たちがいて、楽しい仲間がいて、いいな『先輩後輩』って。
カレンダーの絵が、草木の花から、雨とアマガエルに変わる頃。
「アオイ、もうすぐ球技大会だな。お前なに出んの」
「ああ、最近ホームルームでいろいろと決めているやつね」
「俺らバレー部は、バレーに出られないから、バスケに出ようと思ってるんだけど……どうした」
「僕、バレーにした」
「お前な、アメリカじゃバスケで遊んでたろ。だから……一緒の種目に出たいなって思ってたのに……」
「同じ種目じゃ、応援する時間が無いかもしれないし、僕バレーボールやってみたい」
「それなら部に入ればいいだろ」
「部活に入ると、自由が効かないから、ライブできなくなるでしょ」
「ライブやるのか」
「夏休みにね。田所さんから、オファーがあったんだ」
「インハイ終わるまで、俺見に行けない」
「夏休みの後半だって言ってたから、もし部活がなかったら、来てね」
樹……僕たち、もう違う道を歩いているのかもしれないね。
「それで、バレーできそうか」
「うん。経験者がいるから、何とかなりそうだよ」
この頃の体育の授業は、球技大会の種目の練習になっていた。その種目は「バレーボール」「バスケットボール」「サッカー」「卓球」の四種目。そして、僕はバレーボールに出ることになっていた。
バレーチームには中学までバレーをやっていたという五人が集まった。中等部組の鷲見くんと酒井くんに松田くん。一般入試組の桐山くんと今井くん、そして僕の六人。
体育の授業の中で、パスの練習やスパイクなどをやった。
「立花、サーブ打てるか」
「僕やったことないけど、見たことはあるよ」
「ちょっとやってみろよ」
僕は優一がやっていたサーブを思い出しながらボールを打った。
「お前ほんとにやったことないの」
僕が打ったボールは、ちゃんとネットを超えて、相手コートのエンドライン手前で落ちた。
「じゃあスパイクはできるか。俺の見てて」
松田くんの打ったボールは重たそうな音を響かせて床にぶつかった。
「すごい音がしたね」
「俺のは音だけ。結城や高梨に比べたら、俺のスパイクは、へなちょこすぎて笑える」
「そんなことないよ。僕らは県大会に出るわけじゃないんだから、できることやって頑張ろう」
「立花のそういう前向きな感じ、俺好きだわ」
「ありがと。ネガティブよりポジティブの方がテンション上がるでしょ」
「そうだな。じゃあ、立花お前やってみて」
僕は上げてもらったトスボールをサイドラインに沿うように打ち付けた。それは優一が得意とする「ストレートスパイク」だった。
「立花。お前本当に初心者なのか」
「うん。ビーチでは遊んでたけど……」
「ビーチ……」
「僕が住んでいたサンタモニカは、ビーチバレーが盛んなところで、僕も時間がある時はビーチに出て遊んでいたんだ」
「サンタモニカ……かっけぇ」
「ねえ、もっと練習しよう」
僕のなんちゃってバレーも通用しそうだし、球技大会も楽しくなりそうだな。
「アオイ、お前バレーできるの」
「なんだかね。やればできるみたいだよ」
リアム、一緒にバスケしたかったのかな。
「俺さ、アオイはバスケにすると思ってた」
やっぱりアメリカにいたから、同じようにバスケを選ぶと思ったのかな。
「僕、部活はできないけど、みんながやっているバレーボールを知りたいと思ったんだ」
「なんでできないの。俺と一緒にやればいいじゃん。部活……」
「ごめん。僕、音楽がやりたいんだ。夏休みもライブのオファーがあって、だから部活はできない」
「そうか。お前……ギタリストだったな……」
「うん。僕はギタリストさ」
僕はリアムに笑いかけた。一緒にできなくても、その先に見える何かがあるって信じたいから。
「リアム、ライブは夏休みの終わりごろなんだ。時間があったら遊びに来て」
君はバレーボールで世界を、僕は音楽で世界を見に行くんだ。
「リアム、県大会頑張ってね」
「うっす」
──────────
学年別クラス対抗球技大会は終わった。
僕の出たバレーチームは大健闘の末、学年四位。微妙といえばそれまでだが、他のクラスからすれば、驚きの結果だった。何しろ一組は特待生クラスで、運動はできないと思われていたからだ。そして何より、バスケットチームが優勝したことは、学校中の噂になるほどだった。
──────────
「アオイ、うちの……バスケチームの高瀬が捻挫しちゃって、代わりに出てくれないか」
「それは構わないけど、ルール上は大丈夫なのかな」
「担任に聞いたら、大丈夫だって」
「わかった。もうこっちの試合は終わったから協力するよ」
僕は高瀬くんの代わりにバスケの試合に参加した。
リアムとふたりでボールを回し、リアムがゴールを決める。僕は時々スリーポイントシュートを決めたりもした。
そして決勝の最後の得点は、僕のダンクシュートで決めた。
「ナイス、アオイ!」
「ナイシュー!」
「ナイス! ダンク」
みんなに声をかけてもらって、とても嬉しかった。何より勝った瞬間、リアムが僕を抱き上げてくれたことが嬉しかった。
「アオイ、ダンクかっこよかったぞ」
「エヘヘ」
僕は鼻を擦りながら、メチャクチャ照れていた。多分誰よりも顔が真っ赤だったと思う。
コートの外には、樹も柊斗もいて、凛もめぐみも見ていたに違いない。でも、そんなことは気にもしないで、リアムと喜びを分かち合った。
──────────
その日の夜。僕は久しぶりに夢を見た。
「ミシュ、大きくなったな」
「リックは大人になったの」
「俺は、とっくに大人だ」
「じゃあ、僕も大人だ」
「ミシュ、俺のこと好きか……」
「リック……好きだよ」
あれは僕の部屋……リックって誰……わからない……頭が痛い。
「う"う"……」
樹の部屋のドアが開く音がした……気がする。
「アオイ、開けるぞ」
「イツキ、どうしたの」
「お前、今唸っていなかったか」
「うん。ちょっと変な夢を見て……」
「大丈夫か」
「多分……イツキ、『リック』て誰のことか知っている?」
「えっ……い、いや知らない」
あれ、何か知っているのかな。
「夢だろ。俺が一緒にいてやるからな。まだ夜中だ。もう少し寝た方がいい」
「うん」
もう嘘はつかない、隠し事はしないと言っていた樹が……それでも何かを隠している。なぜだろう。それはきっと僕のためなのかな。
朝目覚めると、そこには樹の姿はもうなかった。部活の朝練に出かけたのだ。
(起こしてくれてもいいのに)
「おはようございます」
「おはよう。お父さんが、葵天くんに話があるみたいよ」
「わかりました。食事が終わったらイツキパパのところに行きます」
「イツキパパ、よろしいですか」
「どうぞ、入って」
樹パパの背中は広く、仕事をする男の背中だ。
「葵天くん、昨夜見た夢のことを話してくれるかい」
「はい」
樹……話したんだ。
僕は樹パパに昨夜見た夢のことを話した。
「葵天くん、今日は学校を休んで私に付き合ってくれませんか」
「それは構いませんが……」
学校への欠席届は樹ママが電話をしてくれた。
僕は樹パパの車に乗せられ、アリーナがある街の方角へと走っていた。
「どこへ行くのですか」
「私の友人が、クリニックをやっているんです。少し話をしてみませんか」
話をしてみるということは、内科でも外科でもない……メンタル面のことだと思った。
「ここですよ」
『赤城クリニック』……あれ、内科とも外科とも書いていない。
「こんにちは、はじめまして。ここの院長をしています、赤城です」
「はじめまして、立花葵天です」
僕が通されたのは、診察室ではなく院長室だった。
「僕は診察に来たんじゃないんですか」
「蒼野がそんなことを言っていましたか」
「いえ、言っていませんでした」
「一度君と話がしてみたくて、前々から蒼野に頼んでいたんですよ」
「学校の授業があるこの平日にですか」
「俺、平日しかここにいないからね」
プライベートではないと、はっきり言えばいいのに……はぐらかすことが上手い大人だ。
「こちらの看板には、載せていないようでしたが、もしかして『メンタル』メインですか」
「君は賢いね、その通りだよ」
やはりそうだ。でも、なぜ僕がメンタルクリニックになんて、連れてこられるんだ。
「蒼野、彼は本当に頭がいいんだね」
「そうだな。この子は母親に似たのかもしれない」
「そうかな。俺は父親に似ていると思うぞ」
「待ってください。ドクターはパパのことを知っているんですか」
しまった、冷静でいようと思ったのに、つい大きな声を出してしまった。
「彼から聞いていなかった。俺は友人だと……」
そうだ。樹パパは「友人」と言っていた。
「君の父親とは彼が一年の秋に編入してきてから卒業まで、母親とは中高の六年間、学友だったんだよ」
「えっ、大学は……」
「聖陵には医学部がなかったからね」
「そうですか……」
「両親のことで何か質問あるかな」
「いえ、今はいいです」
「そうか」
このドクターは、僕から何を聞き出したいんだろうか。聞かれて困ることは何もない……って、樹のことかな。ベッド壊したし……そんな細かなことで、ドクターに相談するのか樹パパは。そうなら、そもそも僕ではなく息子を連れてくるだろう。
「葵天くん。何かいろいろ考えているみたいだけど、大丈夫かな」
「いえ、樹パパがなぜ僕をドクターに会わせたのか、気になってしまって」
「そう。君の昨夜の夢の話っていったら腑に落ちるかな」
やっぱりそうか。でも、夢のことをドクターに相談するってどういうことだろう。
「君の夢の中に出てくる『リック』という人は、知り合いなのかな」
「知らない人です。そもそもバスケで遊んだのはバンドメンバーで……」
「どうかした」
あの『リック』という青年と遊んでいる。僕は彼を「好きだ」と言っている。恋人……なのかな。
「ドクター。もし僕がそのリックという青年の恋人だったとしたら、それはどういうことですか。僕は頭がおかしいですか? 僕と彼はどこに接点があるんですか?」
「待った待った。君は頭の回転が早すぎるよ。少し落ち着こうか」
そうだ。慌てても何も解決しない。少し落ち着こう。
「僕は『リック』という青年に『好きだ』と、話しています。彼も僕にそう言っていました。それって、相思相愛で恋人ってことですよね」
えっ……断言してしまったけどいいのだろうか。
「葵天くんは、誰かに告白されるなんて経験はあるのかな」
「……告白されても、それに答えられないことの方が多くて……違うな。『好き』と言っても、特別になるかっていったら、そうでもないんです」
「君はピュアだね」
「からかわないでください」
「これは、すまなかったね。おじさんになると、そんな感覚が薄れていてね」
「そういうものなんですね」
「冷めてるな。君は大人ですか、子供ですか」
突然ドクターの顔に戻る。この大人は油断できない。
「今、何を考えていたのかな」
「……別に何も考えていません」
「君とはいずれ、ゆっくりと『夢』以外の話ができたらいいね」
「そうですか。僕にはよくわかりません」
『夢』って僕にとってそんなに大事なことなのだろうか。
「葵天くん、蒼野と少し話があるから、外で待っていてくれるかい」
「わかりました」
いつかドクターと『夢』以外に話すことがあるのだろうか。ただ、ドクターが僕の奥にパパの面影を探しているように思えた。
いつか、ゆっくり……そうですね。
