黒猫
ゴールデンウィークの余韻を残しつつ、教室ではテストへの焦りがフツフツと湧き上がっていた。
「テスト勉強してる?」
「冗談でしょ。もう捨てる」
「それダメなやつ」
女子たちの焦りの声が日に日に大きくなるのに比べ、男子たちは妙に落ち着いている。
「範囲がはっきりしないと、やりようがないよな」
「範囲がわかってからでも、よくね」
安易なのか、なめているのか……。焦る必要も、なめる必要もないのに……と僕は思う。
『毎日コツコツと積み重ねれば、泣かずに済むと知れ。By母さま』
僕も、これまでの漢字は克服した。成り立ちや意味をよく理解すれば、漢字はさほど難しいものではないとわかった。
連休明けから僕は、すべての教科で、重要だと思われるところをチェックするようにした。最終的に出された範囲で、まとめやすいようにするためだ。
(たしか、テスト対策を任されていたような気がする)
「アオイ、なにしてんの」
「ん、リアム。さっきの国語の重要点をまとめているんだ。中間テストのためにね」
「テスト対策……もうはじめてるの?」
「だって、昨日のことを、今日思い出しながらなんて難しいでしょ。だったら、ついさっきやっていたことを、今やれば簡単にまとめられるよね」
「アオイの頑張りが、バレー部の明日を救うみたいだな」
「大袈裟だよ」
「リアムも、対策チームのひとりなんだから、頑張ろうね」
「お、俺も対策チームってか?」
「そう言ってたよね」
「じゃあ次の数学は任してよ」
「よろしくね」
リアムは理数系に強い。もちろん英語もできる。僕もどちらかといえば理数系だけど、歴史もちょっとだけ好きかもしれない。
勉強って、わかり始めると面白いものなんだけれど、わからないままでいると、段々つまらなくなる。だから、そのわからないところはどこか、から始める必要があると思う。上手くいくといいなあ。
連休明けの部活動は、一週間だけ。そのあとはテスト前になり、部活動はおやすみ。
僕らは放課後、一年五組の教室に集まり、テスト勉強をすることにした。
「これ、今回のテスト範囲をまとめたもの」
「うわあ、アオイこれ自分がまとめたん」
「うん、リアムと一緒にね。でも、そのおかげで僕自身範囲を把握することができたから、助かりました」
「なら、よかったわ」
「この範囲で、わからないところあるか」
「おっ、リアムも対策チームやったな。どや、漢字は書けるようになったか」
柊斗は相変わらず、お調子者だな。
「シュウ、まずはテスト範囲からやろうよ、ね」
柊斗だって、人のことは構っていられないからね。
それぞれが、わからないところを把握して、それに対して教科書なりノートなりを開く。それさえもわからない時は、僕とリアムが掘り下げて聞いていく。すると「そうか、俺わかった」と、わからない箇所が浮き彫りになる。それを徹底的に潰していくことで、先へ進むことができる。
一週間もあれば、なんとか赤点はまぬがれるだろう。
翌日、久しぶりに凛が声をかけてきた。
「アオ、放課後男子で勉強会してるんだって」
「うん。五組の教室で、バレー部のみんなに教えたり、教えなかったり……とかね」
「なにその教えなかったりって」
「互いに教え合うことで、教えた方も理解が深まる。これはリンもやっているでしょ」
「普通そうじゃない」
「僕とリアムは、わからないところを探すお手伝いをしてるから、教えない」
「わからないところ……?」
「そう。わからないまま勉強を進めても、絶対に越えられない箇所が出てくる。だから、わからないところを一緒に探してあげる。そこに気づくと、それを克服すれば先へ進める。ゲームのRPGと同じだね」
「その例え、私には理解不能」
「リン、ゲームしないの」
「しない」
「君は日本にいて、ゲームをしないなんて……なんて寂しい日々を送っているんだ」
「アンタ、オタク?」
「リン、日本のオタク文化をなめてはいけないよ」
「なめないわよ」
「僕が日本に憧れた一番の理由は、オタク文化にほかならないんだ」
「リアム。このオタクバカ回収して」
ちょっと、待って……凛。
「ん?!」
「今日の放課後、私ら三人追加で参加するからよろしくね」
「えっ、リンとメグ?」
「それと……メイ」
「メイって……誰?」
「アンタ。自分のクラスメイトも覚えてないの」
「ごめんなさい」
「メイ。ちょっと来て」
小さくて大人しそうな女の子が、チョコチョコとした足取りでこっちへやって来た。
「リンちゃん……あっ、立花くん……」
今にも消えてしまいそうな声で話している。もう少し大きい声で話してくれると、助かるんだけどな。
「君がメイ?」
「はい、高橋芽依(たかはしめい)です」
「メイ、この人アンタのこと知らなかったんだよ。もっと大きな声で話さないと、一生覚えてもらえないよ」
凛、一生は大袈裟だな……でもないか。凛のように、はっきり話してくれるといいんだけどな。可愛らしいだけじゃダメな気がするのは、僕だけかな。
その日の放課後。一年五組の教室にバレー部男子六人と、めぐみとその友だち二人の合計九人が集まった。
「この顔ぶれは初めてだっけ。男子はバレー部で、五組にイツキ、ヒロム、シュウトにケンタの四人。二組にセイヤ、一組はわかるでしょう? リアムだよ。女子は三人とも一組。で、めぐみの友達」
「アオのクラスメイトよ」
一ノ瀬凛がしゃしゃり出た。
「よし、リンから自己紹介。名前、教えてあげて」
「いいわ。一ノ瀬凛、成績あげてメグを超えるの」
「十年早いのよ。私はアオイを超えるわ。あっ。私、立花めぐみ」
「高橋芽依です。少しでも立花くんに追いつきたくて……」
「どうして?」
ケンタが珍しく口を開いた。
「メグちゃんが、立花くんと肩を並べられるくらいにならないと、相手にされないって言うから……」
「大丈夫だよ。もうメイのこと認識してるし、メグミの良きライバルでいてくれたらいいかなって……フフ」
「出た、黒アオイや」
「シュウ。後で個人的に話そうか」
「いえ、何でもありません」
柊斗ってすぐ調子にのるな。
「わからないところは聞いて。一緒に考えよう」
「立花くんは教えてくれないの?」
「そうなんよ、自分の頭で考えな身につかん言うて」
「実は、アオイだけ、漢字の特訓なんだ」
「イツキ!」
樹、僕の弱点をさらさないで。
「高梨くんって、面白い話し方するんですね」
高橋芽依が、修斗を面白い男と認識したようだった。
「今日はここまでだね。イツキ、メグミを送って行って。リアムは僕と一緒に、メイとリンを送って行こう」
「アオイ、俺と話すんやなかった?」
「はあ……わかった。じゃあシュウ、一緒に来て」
めぐみの家は学園の北側にある。芽依と凛は、学園の南側に隣接する大学を越えた先にあるマンションに住んでいる。三人の家は学園を挟んで、ほぼ反対方向だ。
いつの間にか僕が仕切るかたちになってしまった。
「明日はリアム頼むね。寮長には、シュウが少し遅くなるって伝えておいて」
「皆さん、ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
高橋芽依の囁くような声が、男たちの心を掴んだようだった。
「立花くんは、勉強していないようでしたが、大丈夫なんですか?」
「僕は、メイが頑張っているところを、眺めているのがいいんだよね」
「アオイ、その思わせぶりな発言は良うないで」
「そうだ。メイがその気になったらどうするんだ。アオイ責任取れるのか?」
凛……怒ってる?
「リンもメイもメグミも、キュートだと思っているだけなんだけどな」
「メイちゃん、こういう男には気をつけなあかんで。歯の浮くようなセリフを、平気で言う奴ほど信用ならん」
「へえ……高梨くんて、随分とアオのこと、悪く言うんだ」
凛がシュウに噛み付いている。
「アオって……まあええわ。アオイの事ちゃう、一般論や」
シュウ、「アオ」と呼ぶ凛を責めないでいてあげて。
「シュウ、貴重なご意見ありがとうございます。でも、僕は海外育ちでね、日本人には歯の浮くような言葉でも、僕にとってはごく当たり前な言葉なんだよね」
「皆さん、楽しい方ばかりですね」
芽衣のこの一言、いいクッショだな。
「僕の自慢の友だちだからね」
「あの……私もメグちゃんのように、名前で呼んでもよろしいですか」
「構わないよ。『くん』は、付けしなくていいからね」
「はい」
芽依の笑顔は、小さな蕾がほころんだようで、本当に可愛らしい。
「リンは、そのまま『アオ』でいいよ」
「アオってなんで?」
「めぐみと同じ呼び方は嫌なんだって」
「そんなこと言ったっけ。まあ、その話は置いといて……アオイ、メイに手を出さないでよね」
「リンちゃ……アオイく……が手を出さなくても、私から……きゃ!」
「メイ。こいつはダメだよ。ああ、そこのシュウト……だっけ? 彼の方がいいよ、多分。結構面白そうだし」
「リンちゃん……面白そうてなんなん?」
芽依の困った様子に柊斗がドギマギしている。女の子に興味を持つとは、彼も男子なんだな……。
芽依と凛は同じマンションに住んでいるらしい。そのマンションには、奏子姉さん(樹の姉)も住んでいる。
マンションは、大学の先なので、かなり距離があった。僕たちが一緒で良かったような気がする。この時間に女の子ふたりだけで歩かせるのは心配だったんだ。
「ここよ。アオ、ありがとう」
「シュウトくん、ありがとう」
芽依が柊斗を名前呼びしている。芽依って意外と大胆なんだな。
「メイちゃん、また明日ね」
「バイバイ」
「アオイ帰るで」
柊斗はスタスタと歩き始めた。
「ふたりともまた明日ね。Bye」
柊斗はすでに、五メートル以上先を歩いている。
「待って。シュウ。ねえどうしたの?」
突然、柊斗が立ち止まり僕の顔を睨みつけている。
「アオイ、俺にメイちゃんを紹介したかったんか」
「は?! どういうこと」
「どういうて……お前はリンちゃんと、俺はメイちゃんと話すように仕向けてたやろ」
「いやいや、僕はそんなこと企んでいないよ」
「じゃなんで俺なん。イツキでもリアムでええやろ」
「シュウが僕に『俺と話すんやなかった』って言って一緒に来たんじゃないの。だからリアムには明日付き合ってもらうことにしたんだ。それで、シュウは僕にどんな話があるのかな」
柊斗は黙ってしまった。
「シュウ、メイのこと好きになっちゃったの?」
「そりゃ、メイちゃんかわいいしな」
「そうか……じゃあ、付き合っちゃう?」
「お前は、リンちゃんのこと好きになったんか」
「リンは友達だよ。女の子だけど、すごく話しやすいんだ。男前だし」
「俺は、俺は『好き』かって聞いてんだよ」
はっ?! 何を言っているんだろう。それに関西弁じゃない……。
「友達として好きだよ。それ以上でも以下でもない」
「俺は……?」
「俺って、シュウのことかな……」
「そうだ、俺のこと好きか」
「好きだよ」
「彼氏にしたいほど好きか?」
はっ?! なにを言っているの。
「僕は男だよ。シュウも男……」
「お前は、男が男を好きになっちゃおかしいって思ってんの?」
「そんなこと、思っていないよ」
「なら、俺のことちゃんと見てくれよ」
見るって……今までのようにバカな話ができる友達じゃあ、ダメなのかな。
「アオイ、俺は立花葵天が好きです。彼氏枠空けて待ってます」
どうしよう。混乱してきた。シュウのことは好きだよ。でも友達以上なんて考えたことなかった。それに……『みんなと同じように好き』だけじゃ、ダメなの?
「ねえ、シュウひとりに決められないって言ったらどうする?」
「お前……俺以外のやつで、特別な感情を抱く相手がいるのか」
「特別な人って……わからないけど、好きな人はいるよ。イツキにリアムに……。だって僕欲張りなんだもん。ほんと言うと、僕は寂しがり屋で怖がりで、誰かにそばにいてもらわないと泣き出しそうだし。一度泣くと止められなくて……いつも樹に迷惑かけているんだ。言葉に詰まるとリアムが助けてくれるし。わがままで無神経で……最近覚えた日本語に『自己中心的』ってあるんだけど、多分、僕もそれかもしれない。それでもいいかな」
自然に小首を傾げている僕は、悪いヤツかもしれない。彼が、この仕草に弱いことを知っていて、それでも自然に体が動く。
それに、『特別』って決められないでいる。僕が第三者だったら「恐ろしい」と思う。嫌なヤツだ。柊斗、ごめんね。君の答えは……。
「それでも構わない。俺のことわかっててくれれば……。イツキやリアムがいても、俺はお前のそばにいる。ほんまメッチャ、アオイのこと好きや」
あっ、関西弁が戻った。
「シュウ、ありがとう。シュウがいれば僕、寂しくないよ」
僕はなんて罪深いんだろう。また一人僕の業の餌食にしてしまった。僕は僕を許せない。それでも僕は、僕をやめられない。この世に神がいるならば、僕はとうに罰せられているよね。ごめんなさい。
「テスト勉強してる?」
「冗談でしょ。もう捨てる」
「それダメなやつ」
女子たちの焦りの声が日に日に大きくなるのに比べ、男子たちは妙に落ち着いている。
「範囲がはっきりしないと、やりようがないよな」
「範囲がわかってからでも、よくね」
安易なのか、なめているのか……。焦る必要も、なめる必要もないのに……と僕は思う。
『毎日コツコツと積み重ねれば、泣かずに済むと知れ。By母さま』
僕も、これまでの漢字は克服した。成り立ちや意味をよく理解すれば、漢字はさほど難しいものではないとわかった。
連休明けから僕は、すべての教科で、重要だと思われるところをチェックするようにした。最終的に出された範囲で、まとめやすいようにするためだ。
(たしか、テスト対策を任されていたような気がする)
「アオイ、なにしてんの」
「ん、リアム。さっきの国語の重要点をまとめているんだ。中間テストのためにね」
「テスト対策……もうはじめてるの?」
「だって、昨日のことを、今日思い出しながらなんて難しいでしょ。だったら、ついさっきやっていたことを、今やれば簡単にまとめられるよね」
「アオイの頑張りが、バレー部の明日を救うみたいだな」
「大袈裟だよ」
「リアムも、対策チームのひとりなんだから、頑張ろうね」
「お、俺も対策チームってか?」
「そう言ってたよね」
「じゃあ次の数学は任してよ」
「よろしくね」
リアムは理数系に強い。もちろん英語もできる。僕もどちらかといえば理数系だけど、歴史もちょっとだけ好きかもしれない。
勉強って、わかり始めると面白いものなんだけれど、わからないままでいると、段々つまらなくなる。だから、そのわからないところはどこか、から始める必要があると思う。上手くいくといいなあ。
連休明けの部活動は、一週間だけ。そのあとはテスト前になり、部活動はおやすみ。
僕らは放課後、一年五組の教室に集まり、テスト勉強をすることにした。
「これ、今回のテスト範囲をまとめたもの」
「うわあ、アオイこれ自分がまとめたん」
「うん、リアムと一緒にね。でも、そのおかげで僕自身範囲を把握することができたから、助かりました」
「なら、よかったわ」
「この範囲で、わからないところあるか」
「おっ、リアムも対策チームやったな。どや、漢字は書けるようになったか」
柊斗は相変わらず、お調子者だな。
「シュウ、まずはテスト範囲からやろうよ、ね」
柊斗だって、人のことは構っていられないからね。
それぞれが、わからないところを把握して、それに対して教科書なりノートなりを開く。それさえもわからない時は、僕とリアムが掘り下げて聞いていく。すると「そうか、俺わかった」と、わからない箇所が浮き彫りになる。それを徹底的に潰していくことで、先へ進むことができる。
一週間もあれば、なんとか赤点はまぬがれるだろう。
翌日、久しぶりに凛が声をかけてきた。
「アオ、放課後男子で勉強会してるんだって」
「うん。五組の教室で、バレー部のみんなに教えたり、教えなかったり……とかね」
「なにその教えなかったりって」
「互いに教え合うことで、教えた方も理解が深まる。これはリンもやっているでしょ」
「普通そうじゃない」
「僕とリアムは、わからないところを探すお手伝いをしてるから、教えない」
「わからないところ……?」
「そう。わからないまま勉強を進めても、絶対に越えられない箇所が出てくる。だから、わからないところを一緒に探してあげる。そこに気づくと、それを克服すれば先へ進める。ゲームのRPGと同じだね」
「その例え、私には理解不能」
「リン、ゲームしないの」
「しない」
「君は日本にいて、ゲームをしないなんて……なんて寂しい日々を送っているんだ」
「アンタ、オタク?」
「リン、日本のオタク文化をなめてはいけないよ」
「なめないわよ」
「僕が日本に憧れた一番の理由は、オタク文化にほかならないんだ」
「リアム。このオタクバカ回収して」
ちょっと、待って……凛。
「ん?!」
「今日の放課後、私ら三人追加で参加するからよろしくね」
「えっ、リンとメグ?」
「それと……メイ」
「メイって……誰?」
「アンタ。自分のクラスメイトも覚えてないの」
「ごめんなさい」
「メイ。ちょっと来て」
小さくて大人しそうな女の子が、チョコチョコとした足取りでこっちへやって来た。
「リンちゃん……あっ、立花くん……」
今にも消えてしまいそうな声で話している。もう少し大きい声で話してくれると、助かるんだけどな。
「君がメイ?」
「はい、高橋芽依(たかはしめい)です」
「メイ、この人アンタのこと知らなかったんだよ。もっと大きな声で話さないと、一生覚えてもらえないよ」
凛、一生は大袈裟だな……でもないか。凛のように、はっきり話してくれるといいんだけどな。可愛らしいだけじゃダメな気がするのは、僕だけかな。
その日の放課後。一年五組の教室にバレー部男子六人と、めぐみとその友だち二人の合計九人が集まった。
「この顔ぶれは初めてだっけ。男子はバレー部で、五組にイツキ、ヒロム、シュウトにケンタの四人。二組にセイヤ、一組はわかるでしょう? リアムだよ。女子は三人とも一組。で、めぐみの友達」
「アオのクラスメイトよ」
一ノ瀬凛がしゃしゃり出た。
「よし、リンから自己紹介。名前、教えてあげて」
「いいわ。一ノ瀬凛、成績あげてメグを超えるの」
「十年早いのよ。私はアオイを超えるわ。あっ。私、立花めぐみ」
「高橋芽依です。少しでも立花くんに追いつきたくて……」
「どうして?」
ケンタが珍しく口を開いた。
「メグちゃんが、立花くんと肩を並べられるくらいにならないと、相手にされないって言うから……」
「大丈夫だよ。もうメイのこと認識してるし、メグミの良きライバルでいてくれたらいいかなって……フフ」
「出た、黒アオイや」
「シュウ。後で個人的に話そうか」
「いえ、何でもありません」
柊斗ってすぐ調子にのるな。
「わからないところは聞いて。一緒に考えよう」
「立花くんは教えてくれないの?」
「そうなんよ、自分の頭で考えな身につかん言うて」
「実は、アオイだけ、漢字の特訓なんだ」
「イツキ!」
樹、僕の弱点をさらさないで。
「高梨くんって、面白い話し方するんですね」
高橋芽依が、修斗を面白い男と認識したようだった。
「今日はここまでだね。イツキ、メグミを送って行って。リアムは僕と一緒に、メイとリンを送って行こう」
「アオイ、俺と話すんやなかった?」
「はあ……わかった。じゃあシュウ、一緒に来て」
めぐみの家は学園の北側にある。芽依と凛は、学園の南側に隣接する大学を越えた先にあるマンションに住んでいる。三人の家は学園を挟んで、ほぼ反対方向だ。
いつの間にか僕が仕切るかたちになってしまった。
「明日はリアム頼むね。寮長には、シュウが少し遅くなるって伝えておいて」
「皆さん、ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
高橋芽依の囁くような声が、男たちの心を掴んだようだった。
「立花くんは、勉強していないようでしたが、大丈夫なんですか?」
「僕は、メイが頑張っているところを、眺めているのがいいんだよね」
「アオイ、その思わせぶりな発言は良うないで」
「そうだ。メイがその気になったらどうするんだ。アオイ責任取れるのか?」
凛……怒ってる?
「リンもメイもメグミも、キュートだと思っているだけなんだけどな」
「メイちゃん、こういう男には気をつけなあかんで。歯の浮くようなセリフを、平気で言う奴ほど信用ならん」
「へえ……高梨くんて、随分とアオのこと、悪く言うんだ」
凛がシュウに噛み付いている。
「アオって……まあええわ。アオイの事ちゃう、一般論や」
シュウ、「アオ」と呼ぶ凛を責めないでいてあげて。
「シュウ、貴重なご意見ありがとうございます。でも、僕は海外育ちでね、日本人には歯の浮くような言葉でも、僕にとってはごく当たり前な言葉なんだよね」
「皆さん、楽しい方ばかりですね」
芽衣のこの一言、いいクッショだな。
「僕の自慢の友だちだからね」
「あの……私もメグちゃんのように、名前で呼んでもよろしいですか」
「構わないよ。『くん』は、付けしなくていいからね」
「はい」
芽依の笑顔は、小さな蕾がほころんだようで、本当に可愛らしい。
「リンは、そのまま『アオ』でいいよ」
「アオってなんで?」
「めぐみと同じ呼び方は嫌なんだって」
「そんなこと言ったっけ。まあ、その話は置いといて……アオイ、メイに手を出さないでよね」
「リンちゃ……アオイく……が手を出さなくても、私から……きゃ!」
「メイ。こいつはダメだよ。ああ、そこのシュウト……だっけ? 彼の方がいいよ、多分。結構面白そうだし」
「リンちゃん……面白そうてなんなん?」
芽依の困った様子に柊斗がドギマギしている。女の子に興味を持つとは、彼も男子なんだな……。
芽依と凛は同じマンションに住んでいるらしい。そのマンションには、奏子姉さん(樹の姉)も住んでいる。
マンションは、大学の先なので、かなり距離があった。僕たちが一緒で良かったような気がする。この時間に女の子ふたりだけで歩かせるのは心配だったんだ。
「ここよ。アオ、ありがとう」
「シュウトくん、ありがとう」
芽依が柊斗を名前呼びしている。芽依って意外と大胆なんだな。
「メイちゃん、また明日ね」
「バイバイ」
「アオイ帰るで」
柊斗はスタスタと歩き始めた。
「ふたりともまた明日ね。Bye」
柊斗はすでに、五メートル以上先を歩いている。
「待って。シュウ。ねえどうしたの?」
突然、柊斗が立ち止まり僕の顔を睨みつけている。
「アオイ、俺にメイちゃんを紹介したかったんか」
「は?! どういうこと」
「どういうて……お前はリンちゃんと、俺はメイちゃんと話すように仕向けてたやろ」
「いやいや、僕はそんなこと企んでいないよ」
「じゃなんで俺なん。イツキでもリアムでええやろ」
「シュウが僕に『俺と話すんやなかった』って言って一緒に来たんじゃないの。だからリアムには明日付き合ってもらうことにしたんだ。それで、シュウは僕にどんな話があるのかな」
柊斗は黙ってしまった。
「シュウ、メイのこと好きになっちゃったの?」
「そりゃ、メイちゃんかわいいしな」
「そうか……じゃあ、付き合っちゃう?」
「お前は、リンちゃんのこと好きになったんか」
「リンは友達だよ。女の子だけど、すごく話しやすいんだ。男前だし」
「俺は、俺は『好き』かって聞いてんだよ」
はっ?! 何を言っているんだろう。それに関西弁じゃない……。
「友達として好きだよ。それ以上でも以下でもない」
「俺は……?」
「俺って、シュウのことかな……」
「そうだ、俺のこと好きか」
「好きだよ」
「彼氏にしたいほど好きか?」
はっ?! なにを言っているの。
「僕は男だよ。シュウも男……」
「お前は、男が男を好きになっちゃおかしいって思ってんの?」
「そんなこと、思っていないよ」
「なら、俺のことちゃんと見てくれよ」
見るって……今までのようにバカな話ができる友達じゃあ、ダメなのかな。
「アオイ、俺は立花葵天が好きです。彼氏枠空けて待ってます」
どうしよう。混乱してきた。シュウのことは好きだよ。でも友達以上なんて考えたことなかった。それに……『みんなと同じように好き』だけじゃ、ダメなの?
「ねえ、シュウひとりに決められないって言ったらどうする?」
「お前……俺以外のやつで、特別な感情を抱く相手がいるのか」
「特別な人って……わからないけど、好きな人はいるよ。イツキにリアムに……。だって僕欲張りなんだもん。ほんと言うと、僕は寂しがり屋で怖がりで、誰かにそばにいてもらわないと泣き出しそうだし。一度泣くと止められなくて……いつも樹に迷惑かけているんだ。言葉に詰まるとリアムが助けてくれるし。わがままで無神経で……最近覚えた日本語に『自己中心的』ってあるんだけど、多分、僕もそれかもしれない。それでもいいかな」
自然に小首を傾げている僕は、悪いヤツかもしれない。彼が、この仕草に弱いことを知っていて、それでも自然に体が動く。
それに、『特別』って決められないでいる。僕が第三者だったら「恐ろしい」と思う。嫌なヤツだ。柊斗、ごめんね。君の答えは……。
「それでも構わない。俺のことわかっててくれれば……。イツキやリアムがいても、俺はお前のそばにいる。ほんまメッチャ、アオイのこと好きや」
あっ、関西弁が戻った。
「シュウ、ありがとう。シュウがいれば僕、寂しくないよ」
僕はなんて罪深いんだろう。また一人僕の業の餌食にしてしまった。僕は僕を許せない。それでも僕は、僕をやめられない。この世に神がいるならば、僕はとうに罰せられているよね。ごめんなさい。
