黒猫
隣の部屋で、遠征から戻った樹が爆睡している。
壁を隔てているのに、なんとなく寝息が聞こえるような気がする。「全勝したぞ」と、大声で報告を受け、昨夜は一緒に喜んだ。
全勝で気分がいいのに、めぐみのことを聞いてはダメだろうか。もし、僕に隠していることがあって……「俺もうお前に隠し事はしない」って言ってたよね。だから、僕の勘違いかもしれないけれど……でもやっぱりはっきりさせないと、このモヤモヤは消えないから。
樹の部屋のドアが開く音がして、僕は部屋から飛び出した。
「アオイ、ハオ。朝ごはん食ったか」
「うん。僕はもう食べたよ」
「そか、じゃあ俺ひとりで食ってくるわ」
「待って、僕がなにか作ってあげる」
慌てて階段を降り、キッチンにいる樹ママに材料を出してもらった。
「アオイ、何食わしてくれんの」
「オムライス」
「おっし俺、好き」
「でしょ。ママに教わったから、今日は僕がイツキに作ってあげる」
玉ねぎと鶏ひき肉を炒めてご飯を足す。それをケチャップライスにして皿に盛っておく。卵二個でふわふわオムレツを作りケチャップライスの上に乗せて……。オムレツを軽く切って広げる。
「わあ、とろとろオムレツのオムライス。男子大喜び」
樹、そのキャッチフレーズはなにかな?
「どうかな……」
なんだかドキドキする。
「うっま!」
「ほんとう、嬉しい」
「母さん食べてみなよ。メチャクチャ美味しいから」
「樹、誰が教えたと思っているの?」
ママ、お師匠、ありがとうございます。
「母さんが教えたんだよね。それで美味しくないわけがないって」
「イツキ、本当に美味しい」
「上手いって言ってるだろ。俺の嫁になるか」
「僕は男です!」
目の前で息子たちがバカなこと言っているのに、ニコニコ微笑んでいるママ。素敵だな。
「樹ママ、もっとお料理教えてくださいね」
「もちろん。どこにお嫁に出しても大丈夫なくらいにね」
「だから僕は男の子です」
キッチンがパァと明るくなったのは言うまでもない。
樹の遅めの朝食が終わって、僕らは部屋へと戻った。
いつものように、僕のベッドで並んで座る。
「ねえ、ちょっと聞いていい」
「なに」
「メグミのこと……知ってる」
「立花めぐみがどうかした」
「話したこととかある」
「ない」
「えっ、ないの」
「ないよ。ああ中等部の時、何度か声かけられたかな」
「なんて」
「なんだったかな……そうそう、『部活頑張ってください』だったかな」
「それだけ……」
「あとは……『部活の後に食べてください』って、クッキーやチョコもらったかも」
樹……もうそれ、めぐみのアプローチ始まっているよ。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「告白されたとか、付き合っているとか、僕に秘密にしていることはないの?」
樹は、僕の胸元に顔を近づけ、見上げるように僕を見つめてくる。
「俺が隠し事をしてもいいんだな。なにも言わない俺でいいんだな」
「ダメ。ダメだからね。僕に秘密なんて許さないから」
「じゃあ、なぜそんなこと言うんだ」
「リン……クラスメイトの一ノ瀬凛と話した時、イツキとメグミが付き合っていそうな口ぶりだったから、気になって」
あれ? なぜ僕まで焦っているんだ?
「それで、昨夜は寝られませんでしたってか」
悔しい。どうしてそんなに僕のことがわかるの。
「そうだよ。心配で……でもイツキ疲れているようだったし、昨夜はなにも聞けなくて……」
「本当に眠れなかったのか。言えよ、一緒に寝てやるから」
いや、一緒に寝たいわけじゃない。
「嫌だよ、狭いし……」
「そう言っても俺は一緒に寝る。ホレ」
樹が僕を押し倒して、ベッドに転がそうとする。ベッドがきしんで……「バキッ」と音を立てて崩れた。
「イツキ! 壊した」
僕は慌てて、樹ママのところへ行き謝った。
「ごめんなさい。ベッドを壊してしまいました」
「えっ?! ベッド……」
ママとふたりで部屋に戻ると、バツの悪そうな顔をした樹が、斜めになったベッドに座り、うなだれていた。
「何をどうしたら壊れるのかしらね」
「俺がふざけた……」
「新しいベッドが来るまで、樹は布団で寝なさい」
「イツキママ、僕が布団で寝るから大丈夫だよ」
「でもね」
「Japanese futon……僕、使ってみたかったんです。布団」
「そうなの。じゃあ、まずはこれを何とかしましょうね」
樹とふたりで、壊れたベッドをガレージの隅へ運んだ。
「お父さんに連絡しておくわね。なるべく早く新しいベッドが届くようにしてもらいましょう」
「ありがとうございます」
その夜は来客用の布団を出してもらい、横になった。
初めて体感する『Japanese futon』。結構体が痛い。
「アオイ、大丈夫か」
「入って」
どうやら樹は、僕のことを心配してくれているようだった。
「大丈夫か。布団って結構体が痛いだろ」
「そうだね。でもマットレスも敷いてもらったし、少しだけ我慢すれば……」
「ほら、やっぱり痛いんだ。俺のベッドで寝てこいよ」
「イツキは……」
「俺がここで寝る」
「……じゃあ、イツキのベッドの下に布団を敷いちゃダメかな」
「お前、やっぱり俺と一緒に寝たいんじゃん」
しまった。墓穴を掘ってしまった。「寂しい」なんて言っちゃダメだ。
「それじゃ、布団持っていくぞ」
ふたりで手分けして、布団を樹の部屋へ運んだ。
「アオイはベッドな。俺は下の布団だ」
「イツキ……ごめんね」
「大丈夫。お前がそこにいれば、いつでも俺はそっちに潜り込める」
潜り込んでくるの? それって……考えるのはよそう。樹はなにも隠し事はしていなかった。そばにもいてくれる。それでいい。それだけでいい。
「アオイ、寝たかな」
「起きてるよ」
「お前さ、球技大会なんに出るの」
「球技大会ってなに?」
「休み明けのホームルームで話すのか……」
樹は、中等部でも同じことがあったらしく、時期とか競技内容とか、なんとなくわかっているみたいだった。
「球技っつうくらいだから、ボール使う競技な」
「うん」
「いくつかあるんだ」
「競技の種類かな」
「そう、お前はなにやりたい」
「イツキはなにやるの」
「俺が聞いてんだよってか、大抵はバスケかな」
「バスケットボール……だったらできるよ」
「バスケ……ああ、街中にゴールあったな」
「そう。ストバス……ストリートバスケットは、大人も子供も好きだよ」
「卓球はやったことあるか」
「ないよ。サッカーは見るくらいかな」
「俺らバレー部は、バレー以外の種目に出るんだ」
「じゃあ、僕はバレーボールやってみるかな」
「それも面白いかもな」
そんな話をしているうちに、ふたりともいつの間にか眠っていた。
「ミシュ、パス」
「リック、ゴールして」
あれ、ストバスで遊んでいるのは僕かな。アパートメントの脇にあったあのバスケットゴールだ。
ブロンドの髪は僕……じゃないな。背が高い……大人だ。
「リック、リック……決めて」
ゴールを決めてと叫んでいるのは僕だ。じゃあ、あの背の高い人は……
「リック!」
「はっ?! どうしたアオイ」
「あ、あの背の高い人はリック……リチャード……」
「アオイ、夢……見たのか」
僕は大きく頷いた。
「誰かいたのか」
もう一度頷いてみせた。
「誰がいたんだ」
「リック……お兄ちゃんみたいに優しかった」
僕の頬を一筋の涙が流れた。
「アオイ」
「あれ、どうして僕、泣いているんだろう」
樹が僕を抱きしめて、大丈夫だと何度も言ってくれた。僕の目からこぼれる涙は、止めたくても止まらなかった。
「アオイ、大丈夫だから。俺がそばにいる。俺が守ってやる。だからもう泣くな」
うん。泣かないよ。樹がいてくれるから。大丈夫。大丈夫……。そんなふうに暗示をかけるように僕は眠った。
三日後、ゴールデンウィーク最終日。
蒼野の家の前に大きなトラックが一台止まった。
車を降りた男たちは、みな屈強な体つきをしている。
「すごい筋肉だね」
「ボディビルダーみたいだな」
ダンボール箱が、大きいものから小ぶりのものまで、いくつか家の中に運び込まれた。
僕の部屋へ運ばれたのは、組み立て式のベッドだった。既に組み立て済みのものでは、部屋に運び込みにくいので、あえて組み立て式にしたようだった。
男たちが、手際よくそのベッドを組み立てていく。
出来上がったものを見て僕は驚いた。
「イツキ……あのベッド、前のより広いよ」
「父さんにバレてたのか」
「僕たちが一緒に寝てること?」
「だって、お前時々怖がるから、添い寝してただろ。それ知ってたんだ」
「それって……ママも知ってたのかな」
「夫婦間に隠し事はないよな……多分」
僕は急に恥ずかしくなった。樹と一緒でなければ眠れないことも、子供だと思われたことも、恥ずかしくてたまらない。それでも僕は、ひとりが怖い。大人ならこんなに怖がらないんだろうか。僕はまだまだ子供だ。
「ちょっと、お部屋が狭くなっちゃったわね」
「母さん、このベッド父さんが選んだのかな」
「そうよ。あなたたち時々ふたりで寝てるでしょう。葵天くんが怖い夢を見た時とか」
「僕が、怖がるから……イツキがいつもそばにいてくれて……」
「だからね、セミダブルだったら、二人で寝転がっても壊れないかなって、考えたんじゃないかしら」
「そう、なんですね」
「アオイ、これは父さんからもらったお墨付きだ。堂々と一緒に寝ようぜ」
樹、一線は超えないよ。
「俺たちは男同士だし、男女のような間違いは起こさないしな」
「そ、そうだね」
そうだよね。樹はいつだって僕を、友達として扱ってくれる。僕が変な気を起こさなければいいんだ。
「アオイ、今夜から少しゆったりと眠れるぞ。良かったな」
「う、うん」
この人は、どこまで本気でどこから冗談なのか未だ僕にもわからない。でも、そばにいて欲しい。ただそれだけ。
壁を隔てているのに、なんとなく寝息が聞こえるような気がする。「全勝したぞ」と、大声で報告を受け、昨夜は一緒に喜んだ。
全勝で気分がいいのに、めぐみのことを聞いてはダメだろうか。もし、僕に隠していることがあって……「俺もうお前に隠し事はしない」って言ってたよね。だから、僕の勘違いかもしれないけれど……でもやっぱりはっきりさせないと、このモヤモヤは消えないから。
樹の部屋のドアが開く音がして、僕は部屋から飛び出した。
「アオイ、ハオ。朝ごはん食ったか」
「うん。僕はもう食べたよ」
「そか、じゃあ俺ひとりで食ってくるわ」
「待って、僕がなにか作ってあげる」
慌てて階段を降り、キッチンにいる樹ママに材料を出してもらった。
「アオイ、何食わしてくれんの」
「オムライス」
「おっし俺、好き」
「でしょ。ママに教わったから、今日は僕がイツキに作ってあげる」
玉ねぎと鶏ひき肉を炒めてご飯を足す。それをケチャップライスにして皿に盛っておく。卵二個でふわふわオムレツを作りケチャップライスの上に乗せて……。オムレツを軽く切って広げる。
「わあ、とろとろオムレツのオムライス。男子大喜び」
樹、そのキャッチフレーズはなにかな?
「どうかな……」
なんだかドキドキする。
「うっま!」
「ほんとう、嬉しい」
「母さん食べてみなよ。メチャクチャ美味しいから」
「樹、誰が教えたと思っているの?」
ママ、お師匠、ありがとうございます。
「母さんが教えたんだよね。それで美味しくないわけがないって」
「イツキ、本当に美味しい」
「上手いって言ってるだろ。俺の嫁になるか」
「僕は男です!」
目の前で息子たちがバカなこと言っているのに、ニコニコ微笑んでいるママ。素敵だな。
「樹ママ、もっとお料理教えてくださいね」
「もちろん。どこにお嫁に出しても大丈夫なくらいにね」
「だから僕は男の子です」
キッチンがパァと明るくなったのは言うまでもない。
樹の遅めの朝食が終わって、僕らは部屋へと戻った。
いつものように、僕のベッドで並んで座る。
「ねえ、ちょっと聞いていい」
「なに」
「メグミのこと……知ってる」
「立花めぐみがどうかした」
「話したこととかある」
「ない」
「えっ、ないの」
「ないよ。ああ中等部の時、何度か声かけられたかな」
「なんて」
「なんだったかな……そうそう、『部活頑張ってください』だったかな」
「それだけ……」
「あとは……『部活の後に食べてください』って、クッキーやチョコもらったかも」
樹……もうそれ、めぐみのアプローチ始まっているよ。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「告白されたとか、付き合っているとか、僕に秘密にしていることはないの?」
樹は、僕の胸元に顔を近づけ、見上げるように僕を見つめてくる。
「俺が隠し事をしてもいいんだな。なにも言わない俺でいいんだな」
「ダメ。ダメだからね。僕に秘密なんて許さないから」
「じゃあ、なぜそんなこと言うんだ」
「リン……クラスメイトの一ノ瀬凛と話した時、イツキとメグミが付き合っていそうな口ぶりだったから、気になって」
あれ? なぜ僕まで焦っているんだ?
「それで、昨夜は寝られませんでしたってか」
悔しい。どうしてそんなに僕のことがわかるの。
「そうだよ。心配で……でもイツキ疲れているようだったし、昨夜はなにも聞けなくて……」
「本当に眠れなかったのか。言えよ、一緒に寝てやるから」
いや、一緒に寝たいわけじゃない。
「嫌だよ、狭いし……」
「そう言っても俺は一緒に寝る。ホレ」
樹が僕を押し倒して、ベッドに転がそうとする。ベッドがきしんで……「バキッ」と音を立てて崩れた。
「イツキ! 壊した」
僕は慌てて、樹ママのところへ行き謝った。
「ごめんなさい。ベッドを壊してしまいました」
「えっ?! ベッド……」
ママとふたりで部屋に戻ると、バツの悪そうな顔をした樹が、斜めになったベッドに座り、うなだれていた。
「何をどうしたら壊れるのかしらね」
「俺がふざけた……」
「新しいベッドが来るまで、樹は布団で寝なさい」
「イツキママ、僕が布団で寝るから大丈夫だよ」
「でもね」
「Japanese futon……僕、使ってみたかったんです。布団」
「そうなの。じゃあ、まずはこれを何とかしましょうね」
樹とふたりで、壊れたベッドをガレージの隅へ運んだ。
「お父さんに連絡しておくわね。なるべく早く新しいベッドが届くようにしてもらいましょう」
「ありがとうございます」
その夜は来客用の布団を出してもらい、横になった。
初めて体感する『Japanese futon』。結構体が痛い。
「アオイ、大丈夫か」
「入って」
どうやら樹は、僕のことを心配してくれているようだった。
「大丈夫か。布団って結構体が痛いだろ」
「そうだね。でもマットレスも敷いてもらったし、少しだけ我慢すれば……」
「ほら、やっぱり痛いんだ。俺のベッドで寝てこいよ」
「イツキは……」
「俺がここで寝る」
「……じゃあ、イツキのベッドの下に布団を敷いちゃダメかな」
「お前、やっぱり俺と一緒に寝たいんじゃん」
しまった。墓穴を掘ってしまった。「寂しい」なんて言っちゃダメだ。
「それじゃ、布団持っていくぞ」
ふたりで手分けして、布団を樹の部屋へ運んだ。
「アオイはベッドな。俺は下の布団だ」
「イツキ……ごめんね」
「大丈夫。お前がそこにいれば、いつでも俺はそっちに潜り込める」
潜り込んでくるの? それって……考えるのはよそう。樹はなにも隠し事はしていなかった。そばにもいてくれる。それでいい。それだけでいい。
「アオイ、寝たかな」
「起きてるよ」
「お前さ、球技大会なんに出るの」
「球技大会ってなに?」
「休み明けのホームルームで話すのか……」
樹は、中等部でも同じことがあったらしく、時期とか競技内容とか、なんとなくわかっているみたいだった。
「球技っつうくらいだから、ボール使う競技な」
「うん」
「いくつかあるんだ」
「競技の種類かな」
「そう、お前はなにやりたい」
「イツキはなにやるの」
「俺が聞いてんだよってか、大抵はバスケかな」
「バスケットボール……だったらできるよ」
「バスケ……ああ、街中にゴールあったな」
「そう。ストバス……ストリートバスケットは、大人も子供も好きだよ」
「卓球はやったことあるか」
「ないよ。サッカーは見るくらいかな」
「俺らバレー部は、バレー以外の種目に出るんだ」
「じゃあ、僕はバレーボールやってみるかな」
「それも面白いかもな」
そんな話をしているうちに、ふたりともいつの間にか眠っていた。
「ミシュ、パス」
「リック、ゴールして」
あれ、ストバスで遊んでいるのは僕かな。アパートメントの脇にあったあのバスケットゴールだ。
ブロンドの髪は僕……じゃないな。背が高い……大人だ。
「リック、リック……決めて」
ゴールを決めてと叫んでいるのは僕だ。じゃあ、あの背の高い人は……
「リック!」
「はっ?! どうしたアオイ」
「あ、あの背の高い人はリック……リチャード……」
「アオイ、夢……見たのか」
僕は大きく頷いた。
「誰かいたのか」
もう一度頷いてみせた。
「誰がいたんだ」
「リック……お兄ちゃんみたいに優しかった」
僕の頬を一筋の涙が流れた。
「アオイ」
「あれ、どうして僕、泣いているんだろう」
樹が僕を抱きしめて、大丈夫だと何度も言ってくれた。僕の目からこぼれる涙は、止めたくても止まらなかった。
「アオイ、大丈夫だから。俺がそばにいる。俺が守ってやる。だからもう泣くな」
うん。泣かないよ。樹がいてくれるから。大丈夫。大丈夫……。そんなふうに暗示をかけるように僕は眠った。
三日後、ゴールデンウィーク最終日。
蒼野の家の前に大きなトラックが一台止まった。
車を降りた男たちは、みな屈強な体つきをしている。
「すごい筋肉だね」
「ボディビルダーみたいだな」
ダンボール箱が、大きいものから小ぶりのものまで、いくつか家の中に運び込まれた。
僕の部屋へ運ばれたのは、組み立て式のベッドだった。既に組み立て済みのものでは、部屋に運び込みにくいので、あえて組み立て式にしたようだった。
男たちが、手際よくそのベッドを組み立てていく。
出来上がったものを見て僕は驚いた。
「イツキ……あのベッド、前のより広いよ」
「父さんにバレてたのか」
「僕たちが一緒に寝てること?」
「だって、お前時々怖がるから、添い寝してただろ。それ知ってたんだ」
「それって……ママも知ってたのかな」
「夫婦間に隠し事はないよな……多分」
僕は急に恥ずかしくなった。樹と一緒でなければ眠れないことも、子供だと思われたことも、恥ずかしくてたまらない。それでも僕は、ひとりが怖い。大人ならこんなに怖がらないんだろうか。僕はまだまだ子供だ。
「ちょっと、お部屋が狭くなっちゃったわね」
「母さん、このベッド父さんが選んだのかな」
「そうよ。あなたたち時々ふたりで寝てるでしょう。葵天くんが怖い夢を見た時とか」
「僕が、怖がるから……イツキがいつもそばにいてくれて……」
「だからね、セミダブルだったら、二人で寝転がっても壊れないかなって、考えたんじゃないかしら」
「そう、なんですね」
「アオイ、これは父さんからもらったお墨付きだ。堂々と一緒に寝ようぜ」
樹、一線は超えないよ。
「俺たちは男同士だし、男女のような間違いは起こさないしな」
「そ、そうだね」
そうだよね。樹はいつだって僕を、友達として扱ってくれる。僕が変な気を起こさなければいいんだ。
「アオイ、今夜から少しゆったりと眠れるぞ。良かったな」
「う、うん」
この人は、どこまで本気でどこから冗談なのか未だ僕にもわからない。でも、そばにいて欲しい。ただそれだけ。
