黒猫

 樹は、入部届けを出してすぐ部活に参加するようになった。
 バレー部は毎日練習がある。放課後に部活見学をした時、みんなが頑張っている姿に圧倒された。
 僕は何ができるのかな。
 各部活を見学してみたけど、やりたいことがなかった。軽音部かオーケストラ部、それと吹奏楽部。吹奏楽部だと、ドラムくらいしかできるものがない。部活に入るなら、いい加減決めないと、連休……ゴールデンウィークだったかな、それを過ぎるとかなり遅れを取ることになるかな。

 今日も僕は、樹ママのお弁当でひとりランチ。バレー部のみんなは、寮の食堂で食べているらしい。樹も食堂なんだ……楽しいんだろうな。
 相変わらずこのクラスは大人しい人が多いようで……女子はそうでもないみたいだな。
「アオイくん、お昼一緒に食べよ」
 勝手に僕のまわりに集まってお弁当をひろげ始める女子たち。
 初めのうちは断ったり、場所を変えたりして、女子の網目を掻い潜っていたのだけれど、それにも疲れた。今じゃ何も言わず、黙って一緒に食べている。時々愛想笑いを浮かべて。
 ──────────
 その日の夜。
「アオイ、ランチは楽しく食べてるか?」
「無理……」
「なんで……」
「女子のペチャクチャおしゃべりに愛想笑いを返すのが精一杯だ。もう疲れたよ……」
「じゃあ、明日先輩に聞いてみるか」
「何を?」
「昼飯一緒にできないかって。もちろん、母さんの手弁当持参が条件だと思うけど……」
 僕は「にいっ」と口を横に開き笑顔を作った。
「お前、それガキみてえ」
「……僕は子供じゃありません」
 今度は膨れて見せる。すると樹の大きな笑い声が部屋中に溢れた。そんなに変な顔したかな。
「アオイ、お前の百面相はピカイチだな。俺好きだわ」
「百面相……て、そんなだった」
「おお、面白え」
 まあ、いいか。樹が笑ってくれたら、僕も楽しいし。ふたりでしばらく笑いの渦に浸った。
 ──────────
「アオイ、槙キャプテンに頼んでおいた」
 聞くんじゃなくて……頼んだ?
「イツキ、『聞いてみる』って言ってたよね」
「聞くより頼んだ方が早い」
 樹はパパに似たんだな。仕事がはやい。

 ランチの時間になると、樹が僕を呼びに来てくれた。
「アオイ、一緒に食堂行くぞ」
「うん。リアム、行こう」
 僕は弁当を持ち、リアムの手を取って食堂へ急いだ。
「なあなあ、なんで立花はリアムの手引いてんの? なんでイツキとリアムだけ名前呼びなん」
 この人、話し方も性格も面倒くさいのかな。
「イツキは幼なじみだし、リアムは……アメリカで知り合った……だからリアムも幼なじみかな。ね!」
 リアムに向かってウィンクをしてみせた。
「アカン。そのウィンクは絶対アカンよ」
「どうして……」
「惚れてまうやろう」
「シュウト、古い」
「アカンかったか……」
「でもさ、俺らも立花のこと、名前呼びしちゃいけないかな」
 この人、名前は確か……結城くん。誠実そうだな。
「構わないよ。僕のこと『アオイ』って呼んで」
 弁当を両手で持ち、小首を傾げ、肩を少し上にあげると、少女漫画の女の子のようになってしまった。
「アオイ、シュウトじゃないけど、『惚れてまうやろう』だぞ」
「イツキ……」
 こうなると食堂は笑いの大洪水だった。
「俺は結城大夢で、ヒロって呼んで」
「うん。結城くんは、ヒロだね」
「俺は空閑星矢。だからセイヤ」
「空閑ちゃんは、セイヤ」
「おいおい、いつ『空閑ちゃん』になったんよ」
「今」
 この人面倒くさい。
「おいらは山田健太。だから……」
「ケンタ!」
「まんまだね」
 屈託のない笑顔が可愛い、健太。
「ラストを飾るんわ、俺。高梨柊斗。シュウって呼んだって」
「シュウ? みんなからは『シュウト』って呼ばれてるじゃない」
「ちょっとでも差ぁつけたいの」
 この人……面白いのかもしれない。
「わかった。高梨くんは、シュウ。かっこいいね」
「おお、アオイ……なんか気恥しいな」
「お前自分で言っといておかしくね」
「よっ! セイヤのナイスツッコミ」
 本当にこの人たちは面白くて、かっこよくて……。樹が自慢する『チームメイト』なんだな。
「一年。ゴールデンウィーク明けには、中間があるからな。赤点とったら、たとえレギュラーでも県大は出られないぞ」
「はい」
 ここ全員で声を合わせるんだ。息ピッタリ。
 キャプテンの槙さんが一年生にハッパをかける。
「大丈夫です。一年には、リアムとアオイがいますから」
 ん? どういうこと……?
「アオイと俺で、テスト対策しろってさ」
 なるほど……。
「そうだね。教えてはあげられないけど、一緒に考えようね」
「お前は漢字ドリルな」
「はっ、イツキそれ言っちゃダメなやつ……」
「なに、アオイ漢字弱いん」
「だって……記号にしか見えないだもん……」
「ほな俺が教えたる」
「ダメダメ、こいつに個人レッスンさせると、やらしいことしてくるから」
 星矢くん……『やらしい』ってなに?
「そんなことせえへんよ」
「嘘つけ。中学ん時『女子とする前に練習しよ』って、チューしてきたじゃんか」
 星矢……。
「未遂に終わったからええやん」
「いいことあるか」
 そこはちゃんと怒っておこう。頑張れ星矢。
「シュウト、俺も一緒にいいか」
「はあ?」
 柊斗が見上げる先にはリアムの顔があった。
「リアムお前も……」
「俺も漢字苦手なんだ。よろしくな」
「リアム……ふたりで頑張ろうね」
 そういうさり気ない優しさ、好きだなリアム。
「わかった。ほなふたりの漢字は俺に任しとき」
「俺も一緒にみるよ」
「イツキ、ありがとう」
「おい、話はまとまったか。さっさと食わねえと、午後の授業始まるぞ」
「はい」
 バレー部って楽しそうだな。こうして一緒にランチできるようになって、僕は嬉しい。明日から毎日、みんなと一緒なんだ。
 ──────────
 ゴールデンウィーク、スタート。
 樹が遠征試合でいないから、初めての日本の連休は、いとこの立花めぐみと過ごすことになった。
 朝、学園前駅に十時と約束したのだが、めぐみの姿は現れず……早一時間。母さまは、日本人は時間にうるさいと言っていたのに、これはどういうことだろう。
「アオイ、お待たせ」
「お待たせって……女の子っていろいろ支度が大変なんだね」
「ごめんね」
「……ん、君は…めぐみの取り巻きの人だ」
「同じクラスなんだけど」
 いけない。かなり怒っている。クラスメイト……誰だっけ。
「一ノ瀬凛(いちのせりん)。メグの友達で、決して『取り巻き』ではない」
「ごめんなさい」
 彼女も気が強いのかな。
「ああ。メグの家で、お茶を飲みすぎたわ」
 迎えに行ったのか? かなりの距離を迎えに行って、しかも待たされた……奇特な人だ。
「いやあ、ごめんね。爆睡しすぎて、寝坊したよ」
 凛に比べて我がいとこのめぐみよ、しっかりして。
「リンって呼んでいいかな」
「どうぞ」
「リンは、メグミに付き合ってお買い物でもするの」
「ふたりの邪魔をしに来たの」
「邪魔って……僕はメグミのいとこだよ」
「アオイ、乙女心はそっとしておくものよ」
 乙女心……人の心の内など誰にもわからないよ。めぐみって、変なことをいうな。
「メグミ、今日はどこへ連れて行ってくれるの」
 やっぱり凛もめぐみと同類種族かもしれない。
「今日はね、みなとみらいに行きましょう」
「もしかして、オシャレなカフェに行くの」
 前に薫とSNSでやり取りしたんだ。なんだかウキウキするな。
「ピンポーン」
「アオ、ずいぶんとカフェに乗り気だね」
 アオ……まあ、いいかな。
「違う学校なんだけど、バンドをしている友達に、可愛らしい子がいてさ。男子だけど……。その子が『甘いもの』と『かわいいもの』と『オシャレなカフェ』が好きで、よく話すんだ。……と言っても、SNSでだけど……」
 苦笑いしながらって、僕おかしいかな。
「アオイもバンドやってるの」
「今はまだ……」
「まだって、アオ楽器できるの」
「一応、ギタリストだから……」
 彼女、グイグイ来るな。でもストレートな物言いで、いい感じかも。
「ここで降りるよ」
 凛と話しているうちに、目的の駅に着いた。学園前駅から一時間弱かな。目の前に背の高いビルがそびえている。
「あのビル、僕の部屋から見えていたな」
「イツキの家から見えるわけないじゃん」
 めぐみ……今『イツキ』って言った? 僕の知らない樹の顔……なのかな。
「蒼野の家じゃないよ。神楽台のマンションのことだよ」
「マンション……蒼野の家に下宿してんじゃないの?」
「マンションだと一人暮らしになっちゃうからだよ」
「親はいないの」
 凛には、僕の事情を話していなかったな。
「パパはアメリカ。母さまはフランス。ふたりとも忙しいんだよね」
「アオイの母上はとても知的で素敵な女性なのよ」
「メグミ、目がハートになっているよ」
「当たり前でしょ。私の憧れの女性なの」
「憧れ……」
 駅から歩くこと十分。ようやく赤レンガ倉庫が視界に入った。
「もう少しだね」
 さあ、頑張ろう……って、めぐみが座り込んだ?
「私、疲れた」
「言い出しっぺがへばるな」
 凛ってかっこいい。
「アオイ、おんぶして」
 ええ! 絶対嫌だなんて言ったら、めぐみに叩かれそうだ。
「しかたないな……」
 めぐみに背中を向けてしゃがんだ。
「はい、出発進行」
 子供ですか君は。
「メグ、恥ずかしくないの。それとも蒼野に告げ口されたい?」
 樹に『告げ口』ってなんだ。
「アオイ、下ろして」
 はあ?! 今おぶったばかりなのに。
「はあい。どうぞお降り下さい姫」
「よろしい」
 本当にわがままな、お姫様だ。
「アオ、お前のいとこはわがままがすぎるぞ。蒼野にも言っておけ」
「そうする。それに聞きたいことが山ほどできたから、遠征から戻ったら聞いてみる」
 この一件で、凛との距離が縮まったような気がする。
 連休ということもあり、店の中は満席だった。ましてやテラス席なんてみんなが狙っている特等席。
「やっぱり混んでるよね」
「一時間早ければ、もう少し空いていたかも」
 ナイス、凛。
 しばらく列に並び、ようやく店の中へ通された。ラッキーなことに、テラス席が空いていて、そこへ座ることにする。
「五月の日差しが眩しいわ」
 めぐみって、意外と夢見る少女なのかな。
「五月の紫外線が痛いわ」
 凛、日焼け止めは塗ってきたかい?
 どちらも女の子なんだよね。このふたりの会話が面白い。
「アオイ、甘いもの大丈夫でしょ」
「平気だよ」
「私はちょっと苦手だな」
「凛、ケーキとか食べないの」
「ビターチョコくらいなら大丈夫かな」
「へえ、珍しいね」
「最近は『スイーツ男子』なんてのが現れたからね。私はそんな男子より、頼りがいのある男子が好み」
 凛、僕もその『スイーツ男子』のひとりだよ。
「スイーツ好きでも、頼りがいがないとは言いきれないよね」
「わかってる」
 意外と素直かな。
「凛ってさ。男前だよね。女友達一号になってくれる」
「女友達って……一号ってなんだ」
 あれ、怒ったのかな。
「お前は昼休み、女子に囲まれていたじゃないか」
「あれはね……結構大変だったんだよ。かわいいとは思うけど、話のチョイスが合わなくて……でも、リンとは結構話が合いそうだし」
「話が合うか……いいよ。友達ね」
「うん」
 やっぱり凛ってかっこいい。
「赤レンガ倉庫の中に、かわいいお店が入ってるんだよ。それとアイス屋さんも。行こ」
 こうやって、めぐみ姫の言うままに、振り回された家来の僕たちでした。
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