黒猫

 日本の春は、桜の花が綺麗だと聞いていた。セントラルパークの桜も綺麗だったけれど、日本には公園だけでなく、学校や通り沿いなど、あちらこちらで桜が咲いている。ピンク系のさまざまな種類の桜が咲いていて、とても美しかった。
 でも僕が入学する頃には、その桜の花も終わってしまう。なんだか寂しい。
 入学式当日。樹とふたりで学園の正門から敷地内へ入り、それぞれのクラスへと向かう。樹は五組で、僕は一組だ。
 教室の机には、名前が書かれたプレートがあった。僕は「立花葵天」と書かれた席を見つけ、そこへ座る。
「アオイ」
 後ろから声をかけてきたのは、あの大山リアムだった。
「リアム。君も一組だったんだね」
「同じクラスで良かった」
 リアムも僕も、嬉しさのあまり見つめ合ってしまった。
 周りのクラスメイトたちが、何かヒソヒソと話をしている。でも、そんなことは気にもしなかった。
「蒼野樹は何組だった」
「五組だよ。ほかの人たちはどうしたかな? 結城くんとか、空閑くん。それと……高梨くん」
「まだ時間があるから、探してみるか」
「ちょっとした冒険だね」
 僕の中のワクワクが止まらない。
 まずは隣の二組だ。前の扉から教室の中を見渡すと……。
「空閑くん」
「あっ?! 立花。何組」
「僕は一組だよ」
「えっ?! 大山リアム……」
「君って、意外と有名人だね」
「でかいからな」
 リアムが苦笑いを浮かべる。
「今、ほかのみんなを探しながら、探検しているんだよ!」
「探検て……お子ちゃまか」
「いいの、行くよ」
「お、おい」
 僕は空閑くんの手を引いて三組へと向かった。
 三組、四組を覗いても、知っている顔はなかった。
「残り四人は、五組に集結だな」
 空閑くんのちょっぴり寂しそうな声が聞こえた。そういえば、空閑くんだけひとりだったな。
「イツキ、僕リアムと一緒だったよ」
「よう、セイヤも一緒か」
「残念ながら、俺は二組でひとりだ」
「アオイ、こいつリベロの山田健太(やまだけんた)。まだ紹介してなかったよな。ちっさいけど、俺らの守護神」
「山田くん、初めまして。立花葵天です」
 僕は、いつものように右手を差し出した。
「ちっさいけど、バックの守りは誰にも負けないから」
 そう言いながら、樹の顔を睨みつけている山田くんは、負けず嫌いなのかもしれない。
「お前ら、そろそろ時間だ。クラスへ戻れ」
 樹の一言で、僕たちはそれぞれのクラスへ戻った。
 クラスに戻ると、担任らしき教師が、廊下へ並べと促した。
「軍隊みたいだね」
「集団で動く時なんてこんなもんだろ?」
 リアムの「こんなもん」が僕には不思議に思えた。
 だってここは軍隊じゃないのに。

 講堂の二階席には、新入生の保護者たちが席に着いている。そして、一階席には新入生たちが並んでいる。
「何かステージでパフォーマンスでもやるのかな」
「バカ。えらい大人たちが長話をするだけだよ」
(長話かぁ……。寝てしまってもいいのかしら?)
「これより、第……」
 司会者の掛け声で、入学式が始まった。
「新入生挨拶。一年一組、立花めぐみ」
(えっ?! めぐみって……)
「アオイ、お前と同じ苗字だな」
「僕のいとこだよ」
「今あそこにいるってことは、試験の成績はトップなんだろうな」
「そういう決まりがあるの?」
「まぁ、だいたいそうだな」
「成績トップか……」
 リアムが言う通り、大人たちの長い話が延々と続いた。僕は眠気と戦いながら、どうにか式を終えた。新入生たちは、それぞれの担任に付き従いクラスへと戻って行った。
 クラスへ戻るとまず、担任が自己紹介を始めた。
「坂井徹。テツと書いてトオルと読ませる。どうだ、かっこいいだろ?」
「てっちゃん!」
「誰だ! 担任に対してちゃん呼ばわりするやつは?」
「……」
 誰も答えない。自分の行動に責任が持てないのだろうか……。
「坂井先生、初日から愛称で呼ばれるなんて、愛されていますね」
「立花、お前か。ちゃん呼びしたのは」
「違いますよ。僕は何も言っていません。責任が持てない行動はしない主義ですから」
 一番後ろの席で、背中を丸めている生徒がいる。彼が叫んだ張本人だろうか? 僕の言葉の意味を、わかってくれるといいのだけれど。
「まぁいいだろう。これからは、高校生らしくあるようにだな……」
「先生!」
「なんだ。またお前か、立花」
「何をもって『高校生らしく』なんでしょうか」
「何をもって……理屈をこねるな。明日からはオリエンテーションなど、生活態度についての話をします。教科書はまだいらないが、筆記用具などは忘れないように。今日はこれで終わる」
 初日から僕は、担任をイラつかせたようだった。
「アオイ、担任に喧嘩売ってどうするよ」
「喧嘩なんて売っていないよ。そもそも喧嘩は売らないでしょ。でも売るってどういう意味なの?」
「アオイが担任に対して、喧嘩をしかけたように見えたんだよ。それを『売る』って使うんだ」
「リアム賢い」
 拍手で称賛……この光景、どこかで見たような気がする。
「あなた、立花葵天でしょ」
 突然、僕の目の前に現れたのは、長めのボブを明るい色に染めた女の子だった。
「あなた、将棋部に入りなさい!」
「君は……成績トップの立花めぐみさん。母さまのお兄様の娘さん」
「な、なによ。普通に『いとこ』って言えばいいじゃない」
「そう、だよね」
 この子、気が強いのかな。
「まあいいわ。あなた、将棋部に入りなさい」
「どうして。僕が入る部を、なぜ君が決めるの」
「どうせ日本に来たばかりで友達なんていないんでしょ。私が入部する『将棋部』に、あなたも入りなさいって言ってんの」
「僕がやるのは『チェス』だよ」
「将棋もチェスもそんなに変わらないでしょ」
 この子無茶苦茶だな。
「僕は他人に命令するのも、されるのも嫌いなんだよね」
「私は、命令なんてしてないわよ……」
「でも、そんなふうに聞こえるよ。僕は僕がやりたいことをするんだ。だから君にとやかく言われたくない」
(立花家の女は、母さまといい気の強い人ばかりなのかな?)
「そう。もし、気が変わったらいつでも将棋部へいらっしゃい。面倒、見たげるから」
 めぐみには悪いけど、将棋部は遠慮しておくよ。

 リアムとふたりで教室を出ると二組から空閑くんが声をかけてきた。
「立花帰るのか」
「うん」
「俺らこれから部活なんだ」
「えっ、リアムも……」
「おお」
「イツキも部活だって言ってなかった」
「聞いてない……僕、聞いていない」
 なんだか無性に腹が立った。樹どうして僕に言ってくれなかったのか。
「おい、アオイ待てよ」
 リアムに手を掴まれ、走るのをやめた。
「本当は春休みから部活に参加するはずだったんだ。でも、寮生ではないイツキは、まだ参加していないんだ」
「えっ……それって僕がいなかったらイツキはとっくに部活に参加してたってこと……」
 僕のせいなのかな。

 僕たちは三人で五組へ向かった。
 教室の中から、先生が大きな声で冗談を言っている。すると、生徒たちの笑い声が聞こえた。このクラスはきっと明るいクラスなんだろうな。
「それじゃあまた明日。気をつけて帰れよ」
「先生、さよなら」
 教室から次々と生徒が出てくる。
「アオイ。迎えに来てくれたのか」
「いいや」
「そこは嘘でも『そうだよ』くらい言えよな」
 樹、僕は今怒っているんだよ。
「イツキ、相変わらず立花には冷たくあしらわれとんな」
「うるっさい」
 樹が高梨くんとじゃれてる。僕には何も言わないのに。
「アオイ、どうした。顔が怖いぞ」
「イツキ、アオイに部活のこと話してなかったのか」
「はあ、何を」
「イツキ、春休みから部活に参加するんじゃなかったの。僕がいたから参加しなかったの」
 僕は今にも泣きそうだった。だって、本当に僕のせいで部活を休ませてしまったなら、そんなの嫌だよ。
「俺の意思だよ。それに、春休みから参加するのは強制じゃない。入部届け出してからだっていいんだから」
「からだ鈍るよ。お腹ブヨブヨになるから……」
「腹筋、腕立て、ランニングは毎日してました。アオイが、母さんと楽しそうに料理してる時」
「それ、イツキの焼き餅やんな」
 また高梨くんが茶化し始めた。
「焼いてなんかない」
「それでも、ちゃんと話して欲しかったな。僕はイツキの足枷になんかなりたくない」
 僕は走った。先生に注意されても走った。靴を履き替えて蒼野の家へ。僕の部屋まで走った。
「イツキのバカ」
 ──────────
「アオイ、入っていい?」
「嫌だ」
「じゃあそのまま聞いて……」
 なんだよ、そんな寂しそうな声で……。
「部活に行かなかったのは、アオイのせいじゃない……なんて言えない」
 うっ、やっぱり僕のせいなんじゃないか。
「でも、行かない選択をしたのは俺自身だ。俺、アオイがしんぱ……違う。俺が勝手にアオイから離れられなかっただけなんだ。入部届け出したら、ちゃんと部活に行く。練習めいっぱいして、全国いく。なあ、顔見せてくれよ」
 僕は、部屋のドアをそっと開けた。
「アオイ、ごめんな。お前に余計な心配かけて悪かった。母さんと楽しそうにしているのも、卵焼きが甘くなったのも寂しかったけど、お前が泣きそうな顔をした時が一番寂しかった。悲しかった。俺もうお前に隠し事はしない。なんでも話す。だから……」
 僕は樹の唇に人差し指をあてた。
「Shh!」
 そしてそのまま、樹にハグをした。
「僕もイツキに嘘つかないから……多分」
「多分てなんだよ」
「だって絶対とは言えないから……」
「そか。アオイらしいな。また笑ってくれるか」
「さあて、どうかな」
「なんだよ。俺に笑ってくれないのかよ」
「営業スマイル炸裂してあげる」
「それは俺のダメージが大きくなるから、やめろよ」
「ええ、そうなのお」
「そうなんだよ」
 樹、僕のわがままも無茶振りも、全部引き受けてくれてありがとう。これからも、いろいろめんどくさい僕だけど、よろしくね。口にはしないけど……ありがとう。 
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