黒猫
入院三日目。ドクターとはゆっくり話ができた。
僕の知らないパパのこと。パパと母さまのこと。母さまの親衛隊のこと。
樹パパとドクターのライバル関係の話。結局パパはドクターを選んだ。その理由は教えてもらえなかったけど。僕なら樹パパの方が男前だと思う……それでもやっぱり、人にはわからない理由があるんだろうな。
「アオイ、もう大丈夫そうだな」
「イツキ、来てくれたんだ……って、みんなどうしたの」
「アオイ、心配したんだぞ」
「リアム……」
思わず涙がこぼれそうになった。リアムにはちゃんと話さないといけないよね。リックのこと……。
「はい、リアムどいて」
「リン!」
「私だって心配したんだから……」
凛の瞳に涙が滲んでいるのがわかる。ごめんね。
「ほんま、元気そうで安心したで。リンちゃんどいてや」
「やだ」
「まあまあ、仲良くして」
「アオがあちこちにいい顔するから、こうなるのよ」
「せや、人たらしもたいがいにしいや」
僕……人たらし?
「アオイはどこにいても変わらないな」
「カエデ、カオルちゃん……イオリ」
伊織が、怒ってる?
「イオリ、なに怒っているの?」
「怒ってない」
「アオちゃん、イオリンはね……」
「イオリンはよせ」
薫の『イオリン』が伊織は気に入らないようだ。僕は好きだけど。
「アハハハ、心配しすぎたみたいだよ」
薫の一言がこの場を明るくしてくれる。
「みんな、ごめんね」
そこへドクターが病室に入って来た。
「こりゃ、病室が学校の教室になったようだな」
たしかに、これだけのメンバーが揃ったら、教室の中にいるようだな。
「葵天くんの左側にいるのは、樹くんと彼女さん?」
「僕のいとこ、立花めぐみだよ」
「アオイがお世話になっています」
めぐみはいつから、僕のお姉さんになったのかな。
「隣の可愛らしいカップルは?」
「背が低くて可愛らしいと仰るなら、心外です」
「ごめんね、ケンタ。このドクター口悪いから」
「失礼しました。それで君は?」
「山田健太、バレー部です」
「私は、高橋芽依です」
芽依が、丁寧に頭を下げている。恋する乙女はしとやかだな。
「じゃあ、反対側の君たちは……」
「私は、一ノ瀬凛」
「高梨柊斗です。バレーしてます」
「大山リアム。俺もバレー部です」
「君たちは、葵天くんに求婚してる三人だね」
「求婚なんてしていません」
凛、そんなに取り乱さないでほしい。
「ドクター、言葉を間違えないで。彼らは僕の友達だよ」
「アオイ……」
「リアムは大好きな友達だよ。リンは親友。シュウは……おもしろ枠」
「なんやねんそれ」
「ハハハ面白いね。葵天くんは、学園生活を大いに楽しんでいるようだ」
「はい」
「そしてこっちの三人がバンドメンバーかな」
「ドクター、僕はまだメンバーに入っていませんよ」
「一緒にやるんだろ」
伊織……受け入れてくれるのかな。
「俺ら、お前が加入するの待っているんだぞ」
「カエデ……」
「楽しく音楽やろう」
「カオルちゃん、ありがとう」
またバンドやるんだ。嬉しいな。
「しかしまぁ、この部屋はキラキラしてるな。若いって羨ましい。葵天くん、蒼野たちと話してくるから、なにかあれば呼んでね。何もないとは思うけど」
「思うなら言わなくていいですよ」
「仕事だから、ハハ」
ドクターの背中が寂しそうに見えるのは、僕だけだろうか。それとも昔を思い出しちゃったのかな。
僕の知らないうちに、いろんなことが始まり、僕の知らないうちに、いろんな世界が広がっていく。これまでも、これからも。
「退院はいつなんだ?」
「さっきドクターに聞けばよかったね」
「そいうとこ抜けてるのよね、アオは」
「抜けているって……」
「アオイ、ライブ行くからな」
リアム、耳が赤いぞ。
「うん。絶対来てね」
「俺ら一年はみんなで行くんや」
「えっ、部活は?」
「三日間、早上がりや。せやけど、それまではしごき倒されんねん」
「あの監督怖そうだもんね」
「でも、雄一さんが助言してくれて、ライブの日は、三日とも行けることになった」
「アオイ、帰りは会社のバス出してくれるって父さんが言ってた」
「職権乱用だね」
「アオイの母上には、お許しいただいたって言ってたぞ」
「仕事が早い」
樹パパって本当に仕事のできる人なのだと実感した。もちろん佐々木さんもだけれど、僕の両親は人に恵まれている。僕も……友達に恵まれている。
早くここを退院して、ライブの練習をしなくちゃ。
「樹、そろそろ帰るぞ」
「はい」
「葵天くん、明日退院だそうだ」
「本当ですか?」
「明日の午後、迎えに来るからね」
「はい」
やっと、退院するんだ。嬉しい、またギターが弾ける。
──────────
神楽台のマンション。大きな窓の向こうに、あの背の高いビルが見える。あの辺には背の高いビルがひとつだけだから、あの辺のランドマークになっている。
「アオイ、今夜は花火が上がるんだ」
隣には、あの日僕のパニックを、ギターの音でかき消してくれた伊織がいる。
「花火……」
それは夜空に咲く大輪の花。色とりどりに咲くその花は、一瞬にして消えていく……。日本人が好む風流……僕にわかるかな。咲き誇り消えゆく儚さを思う心。まだまだわからないのかもしれない。いつかはきっとわかる時が来る?
「ほら、上がった」
夜空に上がる花火。きっと大きな音がしているのだろうな。窓があかないから、外の音も聞こえない。
「音なしの花火も面白いな」
「音はしないけど、ここから見る花火が大好きだよ」
薫の部屋からも見えるんだもんね。本当に綺麗だ。
「そうだね。とっても綺麗だ」
「お前も綺麗だ」
はっ?! 『綺麗』は言われたくない言葉だけど……なんか嬉しいかも。
「アオイ、耳真っ赤。こっちのが、はずいわ。イオリ、口説くなよ」
「口説いてない」
伊織も楓もおかしいよ。うん、絶対おかしい。
「アオちゃん」
薫が小さな声で僕を呼んでいる。
「アオちゃん、カエデもイオリンもバンド内恋愛について議論中なの」
「バンド内恋愛ってどういうこと?」
僕まで小さな声で話している。
「音楽に影響が出るから、『メンバー同士の恋愛は禁止』って言ってるカエデと、『同じものを目指しているから構わない』派のイオリ。僕はどっちでもいいんだけど」
「誰と誰が恋愛するの?」
「アオちゃん! 君とイオリンのこと話してるんだよ」
突然薫の声が大きくなった。
「おい、なんの話してる」
伊織……怖い。
「アオちゃんとイオリンの恋愛の話」
薫はそんなセリフを残して、花火へと目を向けた。
「イオリ……怖いよ。僕は誰と誰が恋愛しようと構わないけど、今はライブに集中したいのと、そこからどうなりたいかを考える方が先だと思うよ」
「……」
「その前に、禁止すべきだ」
「しなくていい!」
「Shut up! 落ち着いて」
「……」
「とりあえず、さっきも言ったけど、ライブに集中しよ。ライブは映像を撮るだろうから、それ編集してネットにアップしよ。コンテストやオーディションに出て、実力つけよ。それからをみんなで考えていこうよ。恋愛はそのずっと先。Okay?」
みんな静かになっちゃった。でもこれは僕の本心なんだ。
もう間違えたくない。
──────────
夏休み最後の週の火曜日。
この日から、ライブイベントのリハーサルが行われる。
この日、ライブハウスNEXUSに着いてすぐ事務所へ行った。
「おはようございます」
「やあ、おはよう」
「表のポスター、かっこいいですね」
「そうだろう? この前の、ほら、武富くんが作ってくれたんだよ。彼は映像分野のスペシャリストでね」
「えっ? 音楽のじゃないんですか」
「言い方が悪かったね。音楽関連の映像だね」
「PVとかですか」
「そうだね。今回も映像をたくさん撮ってもらうから、いいものができると思うよ」
「僕の映像は、僕が編集したいんですが……」
「餅は餅屋って言うよ」
「僕、パパのライブの映像とか、スタッフと一緒に編集作業していましたから、自分のもやってみたいんですよね」
「じゃあ、武富くんに聞いてみるといいよ」
「その武富さんは今日いらっしゃいますか?」
「おはようございます」
「来たよ」
「おはようございます。武富さん、あの……」
僕の言葉を遮って、矢継ぎ早に話し出す武富さん。
「ああ、よかった。葵天くん、君の名前どうするか聞いていなかったよね。ポスターはシルエットでゲスト枠になっているから大丈夫なんだけど、表看板に載せる名前を……なに? なんか俺やらかした?」
あまりにも僕が武富さんを見つめすぎて、彼が恐縮してしまった。
「いえ、違うんです。名前ですね。名前は……アルファベット大文字で『AOI』でお願いします」
「うん。アルファベットの大文字で、『AOI』だね。了解しました」
「あと、映像撮られるんですよね。僕、自分の映像を編集してみたいんですが……」
「えっ?! できるの。じゃあコピーでいいかい? 一応こちらでも一本編集したいからさ」
「はい。よろしくお願いします」
初日はPRISMと僕とほか三つのバンドが参加する。
この日のリハーサルは、当日の出番順に行っていく。なので、PRISMは三番目で、僕は最後だ。
「おはようございます。イベント初日に参加してくれるバンドのみなさん、顔合わせします。集まってください」
出演者がフロアの中央に集まってきた。
「初日に参加してくれるみなさんです。それぞれバンド名をお願いします」
出演者順にバンド名と参加メンバーの名前を言っていく。
「PRISMです。高校一年生の三人組です。カエデと」
「カオルです」
「イオリです」
「よろしくお願いします」
「ます」
イオリ、ズレてる。おかしい。
「十代なんて初々しいね」
武富さんもこんな時代があったんだろうな。
「そして、とりを飾ってくれるのがAOIくんです」
「AOIです。よろしくお願いします。PRISMの面々と同じ高一です」
「アオイくんには三日間出てもらう予定です。初日に終わっても、遊びに来てくれて構わないからね」
「チケ代割引してもらえます?」
「それは店長と要相談……」
「ハハハハ」
こんなところでも、笑いが巻き起こるんだもの。音楽が楽しくないわけがない。
「アオイ! 次、スタンバってくれって」
「OK」
僕は、ステージ袖に行き、リハーサルの順番を待つ。
「それではAOIさん、スタンバイお願いします」
ギターを手にステージへ上がる。
照明から音響、モニターへの返し、エフェクトの調整などをしていく。
「一曲お願いします」
スタッフから促され、曲の演奏を始める。
今回のライブでは、未発表曲二十曲、これはアメリカにいた頃、書き溜めたものだ。
そのほか、日本に来てからいくつか書いてきたもの数曲。
一日四時間を、五組で繋ぐ。僕の持ち時間は一時間二十分。MC入れても、一日十曲弱は必要になる。何曲かは二日続けて演奏する可能性はあるけど、これで今回は挑むしかない。
ジャジャーン!
弦をかき鳴らすと、その場にいた人たちがステージへと目を向ける。耳の肥えたスタッフさえも、僕に注目している。そこには、かつて『鬼』だと思った田所さんもいる。
僕は英語で歌い始めた。日本語はやはり難しい。ストレートに表現しようとすると、英語の方が都合がいいのだ。
一曲歌い終わるとフロアにいた僕以外の参加者たちが、拍手をしてくれた。この感じ、懐かしいな。
リハーサルを終え、フロアに降りると、PRISMのメンバーが僕を迎えてくれた。
「アオイは、あの十二歳の頃からかっこいいな」
「アオちゃん、そんな子供の頃からギタリストなの?」
「そう、あのころからステージに立ってたんだよ、僕」
「あの頃と今とでは環境が違うよ」
楓が、今の僕を見ていてくれる。
「そうだな。今は普通の高校生?」
伊織……。
「なぜ疑問形なの?」
また笑いが起こった。今週はおなかいっぱいに音楽を楽しもう。
──────────
いよいよ始まる。夏のライブイベント。
昨年までは『White snow』が三日間のライブで、盛り上がっていたという。その『White snow』は、海外ツアー中だった。
このライブハウスNEXUSで育ち、世界へと羽ばたいていったバンド。僕が目指す世界。僕もここから……。
集合時間より早めに控え室に入った。ほかのバンドはまだ来ていない。
「おはようございます」
「おはようございます」
「なんだ、アオちゃん。早かったね」
「うん、新参者は誰より早く来て、待っているくらいでないとね」
「そういうものなのか?」
「この業界、先輩に目をつけられたらポシャるよ」
「おぼえとくよ」
こんなふうに脅してもいいのかしら? いずれ知ることだし、いいかな。
集合時間が迫るとともに、控え室に入ってくるバンドが増える。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日一日、よろしくお願いします」
イベント主催者の武富さんが声をかけてきた。
「今日のリハーサルは、出演者最後のAOIさんからはじめます。最終チェックになりますので、少しでも違和感があれば、スタッフに伝えてください。それではイベント初日、盛り上げていきまっしょう!」
懐かしいこの空気。
今僕は生きている。リックに助けてもらったこの命で、ここに立っている。
ここからリスタート。僕の音楽が再び始まる。
僕の知らないパパのこと。パパと母さまのこと。母さまの親衛隊のこと。
樹パパとドクターのライバル関係の話。結局パパはドクターを選んだ。その理由は教えてもらえなかったけど。僕なら樹パパの方が男前だと思う……それでもやっぱり、人にはわからない理由があるんだろうな。
「アオイ、もう大丈夫そうだな」
「イツキ、来てくれたんだ……って、みんなどうしたの」
「アオイ、心配したんだぞ」
「リアム……」
思わず涙がこぼれそうになった。リアムにはちゃんと話さないといけないよね。リックのこと……。
「はい、リアムどいて」
「リン!」
「私だって心配したんだから……」
凛の瞳に涙が滲んでいるのがわかる。ごめんね。
「ほんま、元気そうで安心したで。リンちゃんどいてや」
「やだ」
「まあまあ、仲良くして」
「アオがあちこちにいい顔するから、こうなるのよ」
「せや、人たらしもたいがいにしいや」
僕……人たらし?
「アオイはどこにいても変わらないな」
「カエデ、カオルちゃん……イオリ」
伊織が、怒ってる?
「イオリ、なに怒っているの?」
「怒ってない」
「アオちゃん、イオリンはね……」
「イオリンはよせ」
薫の『イオリン』が伊織は気に入らないようだ。僕は好きだけど。
「アハハハ、心配しすぎたみたいだよ」
薫の一言がこの場を明るくしてくれる。
「みんな、ごめんね」
そこへドクターが病室に入って来た。
「こりゃ、病室が学校の教室になったようだな」
たしかに、これだけのメンバーが揃ったら、教室の中にいるようだな。
「葵天くんの左側にいるのは、樹くんと彼女さん?」
「僕のいとこ、立花めぐみだよ」
「アオイがお世話になっています」
めぐみはいつから、僕のお姉さんになったのかな。
「隣の可愛らしいカップルは?」
「背が低くて可愛らしいと仰るなら、心外です」
「ごめんね、ケンタ。このドクター口悪いから」
「失礼しました。それで君は?」
「山田健太、バレー部です」
「私は、高橋芽依です」
芽依が、丁寧に頭を下げている。恋する乙女はしとやかだな。
「じゃあ、反対側の君たちは……」
「私は、一ノ瀬凛」
「高梨柊斗です。バレーしてます」
「大山リアム。俺もバレー部です」
「君たちは、葵天くんに求婚してる三人だね」
「求婚なんてしていません」
凛、そんなに取り乱さないでほしい。
「ドクター、言葉を間違えないで。彼らは僕の友達だよ」
「アオイ……」
「リアムは大好きな友達だよ。リンは親友。シュウは……おもしろ枠」
「なんやねんそれ」
「ハハハ面白いね。葵天くんは、学園生活を大いに楽しんでいるようだ」
「はい」
「そしてこっちの三人がバンドメンバーかな」
「ドクター、僕はまだメンバーに入っていませんよ」
「一緒にやるんだろ」
伊織……受け入れてくれるのかな。
「俺ら、お前が加入するの待っているんだぞ」
「カエデ……」
「楽しく音楽やろう」
「カオルちゃん、ありがとう」
またバンドやるんだ。嬉しいな。
「しかしまぁ、この部屋はキラキラしてるな。若いって羨ましい。葵天くん、蒼野たちと話してくるから、なにかあれば呼んでね。何もないとは思うけど」
「思うなら言わなくていいですよ」
「仕事だから、ハハ」
ドクターの背中が寂しそうに見えるのは、僕だけだろうか。それとも昔を思い出しちゃったのかな。
僕の知らないうちに、いろんなことが始まり、僕の知らないうちに、いろんな世界が広がっていく。これまでも、これからも。
「退院はいつなんだ?」
「さっきドクターに聞けばよかったね」
「そいうとこ抜けてるのよね、アオは」
「抜けているって……」
「アオイ、ライブ行くからな」
リアム、耳が赤いぞ。
「うん。絶対来てね」
「俺ら一年はみんなで行くんや」
「えっ、部活は?」
「三日間、早上がりや。せやけど、それまではしごき倒されんねん」
「あの監督怖そうだもんね」
「でも、雄一さんが助言してくれて、ライブの日は、三日とも行けることになった」
「アオイ、帰りは会社のバス出してくれるって父さんが言ってた」
「職権乱用だね」
「アオイの母上には、お許しいただいたって言ってたぞ」
「仕事が早い」
樹パパって本当に仕事のできる人なのだと実感した。もちろん佐々木さんもだけれど、僕の両親は人に恵まれている。僕も……友達に恵まれている。
早くここを退院して、ライブの練習をしなくちゃ。
「樹、そろそろ帰るぞ」
「はい」
「葵天くん、明日退院だそうだ」
「本当ですか?」
「明日の午後、迎えに来るからね」
「はい」
やっと、退院するんだ。嬉しい、またギターが弾ける。
──────────
神楽台のマンション。大きな窓の向こうに、あの背の高いビルが見える。あの辺には背の高いビルがひとつだけだから、あの辺のランドマークになっている。
「アオイ、今夜は花火が上がるんだ」
隣には、あの日僕のパニックを、ギターの音でかき消してくれた伊織がいる。
「花火……」
それは夜空に咲く大輪の花。色とりどりに咲くその花は、一瞬にして消えていく……。日本人が好む風流……僕にわかるかな。咲き誇り消えゆく儚さを思う心。まだまだわからないのかもしれない。いつかはきっとわかる時が来る?
「ほら、上がった」
夜空に上がる花火。きっと大きな音がしているのだろうな。窓があかないから、外の音も聞こえない。
「音なしの花火も面白いな」
「音はしないけど、ここから見る花火が大好きだよ」
薫の部屋からも見えるんだもんね。本当に綺麗だ。
「そうだね。とっても綺麗だ」
「お前も綺麗だ」
はっ?! 『綺麗』は言われたくない言葉だけど……なんか嬉しいかも。
「アオイ、耳真っ赤。こっちのが、はずいわ。イオリ、口説くなよ」
「口説いてない」
伊織も楓もおかしいよ。うん、絶対おかしい。
「アオちゃん」
薫が小さな声で僕を呼んでいる。
「アオちゃん、カエデもイオリンもバンド内恋愛について議論中なの」
「バンド内恋愛ってどういうこと?」
僕まで小さな声で話している。
「音楽に影響が出るから、『メンバー同士の恋愛は禁止』って言ってるカエデと、『同じものを目指しているから構わない』派のイオリ。僕はどっちでもいいんだけど」
「誰と誰が恋愛するの?」
「アオちゃん! 君とイオリンのこと話してるんだよ」
突然薫の声が大きくなった。
「おい、なんの話してる」
伊織……怖い。
「アオちゃんとイオリンの恋愛の話」
薫はそんなセリフを残して、花火へと目を向けた。
「イオリ……怖いよ。僕は誰と誰が恋愛しようと構わないけど、今はライブに集中したいのと、そこからどうなりたいかを考える方が先だと思うよ」
「……」
「その前に、禁止すべきだ」
「しなくていい!」
「Shut up! 落ち着いて」
「……」
「とりあえず、さっきも言ったけど、ライブに集中しよ。ライブは映像を撮るだろうから、それ編集してネットにアップしよ。コンテストやオーディションに出て、実力つけよ。それからをみんなで考えていこうよ。恋愛はそのずっと先。Okay?」
みんな静かになっちゃった。でもこれは僕の本心なんだ。
もう間違えたくない。
──────────
夏休み最後の週の火曜日。
この日から、ライブイベントのリハーサルが行われる。
この日、ライブハウスNEXUSに着いてすぐ事務所へ行った。
「おはようございます」
「やあ、おはよう」
「表のポスター、かっこいいですね」
「そうだろう? この前の、ほら、武富くんが作ってくれたんだよ。彼は映像分野のスペシャリストでね」
「えっ? 音楽のじゃないんですか」
「言い方が悪かったね。音楽関連の映像だね」
「PVとかですか」
「そうだね。今回も映像をたくさん撮ってもらうから、いいものができると思うよ」
「僕の映像は、僕が編集したいんですが……」
「餅は餅屋って言うよ」
「僕、パパのライブの映像とか、スタッフと一緒に編集作業していましたから、自分のもやってみたいんですよね」
「じゃあ、武富くんに聞いてみるといいよ」
「その武富さんは今日いらっしゃいますか?」
「おはようございます」
「来たよ」
「おはようございます。武富さん、あの……」
僕の言葉を遮って、矢継ぎ早に話し出す武富さん。
「ああ、よかった。葵天くん、君の名前どうするか聞いていなかったよね。ポスターはシルエットでゲスト枠になっているから大丈夫なんだけど、表看板に載せる名前を……なに? なんか俺やらかした?」
あまりにも僕が武富さんを見つめすぎて、彼が恐縮してしまった。
「いえ、違うんです。名前ですね。名前は……アルファベット大文字で『AOI』でお願いします」
「うん。アルファベットの大文字で、『AOI』だね。了解しました」
「あと、映像撮られるんですよね。僕、自分の映像を編集してみたいんですが……」
「えっ?! できるの。じゃあコピーでいいかい? 一応こちらでも一本編集したいからさ」
「はい。よろしくお願いします」
初日はPRISMと僕とほか三つのバンドが参加する。
この日のリハーサルは、当日の出番順に行っていく。なので、PRISMは三番目で、僕は最後だ。
「おはようございます。イベント初日に参加してくれるバンドのみなさん、顔合わせします。集まってください」
出演者がフロアの中央に集まってきた。
「初日に参加してくれるみなさんです。それぞれバンド名をお願いします」
出演者順にバンド名と参加メンバーの名前を言っていく。
「PRISMです。高校一年生の三人組です。カエデと」
「カオルです」
「イオリです」
「よろしくお願いします」
「ます」
イオリ、ズレてる。おかしい。
「十代なんて初々しいね」
武富さんもこんな時代があったんだろうな。
「そして、とりを飾ってくれるのがAOIくんです」
「AOIです。よろしくお願いします。PRISMの面々と同じ高一です」
「アオイくんには三日間出てもらう予定です。初日に終わっても、遊びに来てくれて構わないからね」
「チケ代割引してもらえます?」
「それは店長と要相談……」
「ハハハハ」
こんなところでも、笑いが巻き起こるんだもの。音楽が楽しくないわけがない。
「アオイ! 次、スタンバってくれって」
「OK」
僕は、ステージ袖に行き、リハーサルの順番を待つ。
「それではAOIさん、スタンバイお願いします」
ギターを手にステージへ上がる。
照明から音響、モニターへの返し、エフェクトの調整などをしていく。
「一曲お願いします」
スタッフから促され、曲の演奏を始める。
今回のライブでは、未発表曲二十曲、これはアメリカにいた頃、書き溜めたものだ。
そのほか、日本に来てからいくつか書いてきたもの数曲。
一日四時間を、五組で繋ぐ。僕の持ち時間は一時間二十分。MC入れても、一日十曲弱は必要になる。何曲かは二日続けて演奏する可能性はあるけど、これで今回は挑むしかない。
ジャジャーン!
弦をかき鳴らすと、その場にいた人たちがステージへと目を向ける。耳の肥えたスタッフさえも、僕に注目している。そこには、かつて『鬼』だと思った田所さんもいる。
僕は英語で歌い始めた。日本語はやはり難しい。ストレートに表現しようとすると、英語の方が都合がいいのだ。
一曲歌い終わるとフロアにいた僕以外の参加者たちが、拍手をしてくれた。この感じ、懐かしいな。
リハーサルを終え、フロアに降りると、PRISMのメンバーが僕を迎えてくれた。
「アオイは、あの十二歳の頃からかっこいいな」
「アオちゃん、そんな子供の頃からギタリストなの?」
「そう、あのころからステージに立ってたんだよ、僕」
「あの頃と今とでは環境が違うよ」
楓が、今の僕を見ていてくれる。
「そうだな。今は普通の高校生?」
伊織……。
「なぜ疑問形なの?」
また笑いが起こった。今週はおなかいっぱいに音楽を楽しもう。
──────────
いよいよ始まる。夏のライブイベント。
昨年までは『White snow』が三日間のライブで、盛り上がっていたという。その『White snow』は、海外ツアー中だった。
このライブハウスNEXUSで育ち、世界へと羽ばたいていったバンド。僕が目指す世界。僕もここから……。
集合時間より早めに控え室に入った。ほかのバンドはまだ来ていない。
「おはようございます」
「おはようございます」
「なんだ、アオちゃん。早かったね」
「うん、新参者は誰より早く来て、待っているくらいでないとね」
「そういうものなのか?」
「この業界、先輩に目をつけられたらポシャるよ」
「おぼえとくよ」
こんなふうに脅してもいいのかしら? いずれ知ることだし、いいかな。
集合時間が迫るとともに、控え室に入ってくるバンドが増える。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日一日、よろしくお願いします」
イベント主催者の武富さんが声をかけてきた。
「今日のリハーサルは、出演者最後のAOIさんからはじめます。最終チェックになりますので、少しでも違和感があれば、スタッフに伝えてください。それではイベント初日、盛り上げていきまっしょう!」
懐かしいこの空気。
今僕は生きている。リックに助けてもらったこの命で、ここに立っている。
ここからリスタート。僕の音楽が再び始まる。
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