黒猫
期末テストが終わり、生徒たちが浮き足立ってくる。すぐそこに夏休みが待っているからだ。
「夏休みどうする?」
「彼氏とお出かけ」
「いいな。私も彼氏欲しい」
「高望みしなけりゃ、すぐにできるよ」
「やだ。妥協したくない」
女子は露骨だな。妥協したくないのは誰でも同じだよ。
「アオイ、インハイの応援来てくれるか?」
「行くよ。めぐみが行きたがってたから、一緒に行こうって約束してるんだ」
「立花だけか?」
「えっと……リンも一緒だよ」
「一ノ瀬……お前のこと好きだよな」
「リアム。リンは親友だよ」
「……」
「やっぱり男女の友情は無理って思っているの?」
「そうだな。男同士の恋愛がタブーなように、男女の友情はありえないと思う」
「リアムもそう思うんだね」
「俺じゃなくて、一ノ瀬自身は絶対そう思ってるっつうか……」
「かもしれないね」
僕は、リアムの意見が知りたいのに。
「あのね、リンが僕のこと『推し』って言ってたけど、『推し』ってなにかわかる?」
「メチャクチャ好きってことかな」
「待って。好きの意味が違うと思うけど……」
「一ノ瀬にとって、アオイはアイドルとかキャラクターの類いと同じだってことだな」
「キャラクターって、僕着ぐるみじゃないよ」
「アオ、リアムとなに話してんの」
「僕はキャラクターなの? リン」
「アオイ、本人に聞くな」
「なんのこと?」
「リンが『推し』って言ってたから、リアムに『推し』の意味を聞いたら、キャラクターだって……」
「ああ、それな。私がアオのことを好きだって言ったの。もっと言って欲しい?」
凛、君は本当に男前だな。
「リン、君とは友達だよね」
「友達以上になれないのか?」
「親友」
「もう一声」
「無理」
「そこはさ、嘘でも『そのうちな』くらい言ってよ」
「嘘はいけない」
「そんな融通が効かないアオも好きだよ」
好き好き光線がすごすぎる。油断をすると頷いてしまいそうだ。
夏休みまでのカウントダウンが始まった。
バレー部は毎日の練習に力が入る。
今年のインターハイ会場は県内なのだ。海沿いの街の広い敷地に建つ体育館。ネットで調べたら、かなり広いことがわかった。
「アオイ、インハイの日程聞いたら教えて」
「めぐみの方が詳しいんじゃないの?」
「あら、どうしてそう思うのよ」
「最近、イツキと仲良いじゃん」
「ふふん、焼いてるの」
「焼いてない」
思わずムキになってしまった。別に焼いてはいないけれど、少しだけ寂しいかなって……まさかこれは焼きもち? いや違う。でもないか?
「アオイ、どうした? 顔が忙しいぞ」
「えっ、僕の顔……変かな」
「赤くなったり青くなったり……忙しそうにしてたぞ」
誰かが僕に声をかけてきた。
「そんなあ」
なんだか僕は日本に来てから、かなりおかしくなっていないだろうか。以前は、クールで、笑顔だけが特徴の……って、それはそれで変だよな。
「おい、アオイ」
「ん?! なに」
「俺の顔見ろ」
「うん。好き」
「ほら、それがおかしいんだ」
「なんで?」
「イツキはあっち。俺は誰だ?」
「あっ! ヒロ……」
「はい、正解! お前さ、最近変だぞ。心ここにあらずでさ。夏休みが近いからか?」
「あっ、夏休みの終わりごろ、ライブやるから、時間があったら来て」
「それ、イツキとリアム経由で聞いてる」
「……」
やっぱり僕おかしいのかな。
その日の帰り道。家までそんなにかからないのに、なかなか着かない。
「葵天くん! どうしたの? どこへ行くの? 家、通り過ぎているわよ!」
ん?! あっ、本当に家過ぎている。樹ママに呼び止めてもらって良かった。僕は急いで戻り、自室へ駆け込んだ。
どうしちゃったんだろう。最近、イツキともあまり話していない。リアムはクラスが一緒だから……話すけど。
午前授業だからランチも一緒じゃないし。寂しい。
「葵天くん。お昼にしませんか」
「はい。今行きます」
──────────
「イツキママ。夏休みに入ったら、僕、神楽台のマンションに行ってもいいですか」
「それは構わないけれど、帰ってくるのよね」
「いえ、夏休みの間あっちで過ごそうかと思っています」
「なにかあるの?」
「夏休みの終わりごろ、NEXUSでライブがあるんです。その出演オファーを受けました。なので、練習もあるし、向こうの方が何かと都合がいいかなって……」
そうなんだ。PRISMのメンバーは神楽台なんだよな。
「一緒に、佐々木楓のバンドも出るので、話もしやすいかと思ったんです」
「そういうことなら、お父さんに聞いてみて。私の一存ではなんとも言えないわ」
「はい」
おそらく樹パパは佐々木さんと連絡をとって、僕の援助をしてくれるだろう。僕が日本でバンドをしたいと考えていることは、知っているはずだから。
──────────
いよいよ夏休み到来。彼氏彼女がいる人も、そうでない人もウキウキしてしまう夏休み……のはずなんだけど。
「アオイ、神楽台のマンションに行くんだって」
「そうだけど……」
「俺はインハイで行けないから」
「わかってる。イツキはバレー頑張って。僕はライブの準備を頑張るから」
「父さんに聞いた」
「何を?」
「楓がお前ん家泊まるって……」
「僕が、また悪夢に押しつぶされちゃいけないから、樹パパが佐々木さんに連絡してくれたんだよ」
「楓からも俺にメッセージきた」
「なんて?」
やばい、前のめりになっちゃう。
「お前のことは任せろってさ」
「うん。僕も楓がいれば寂しくないから……」
「俺じゃなくてもいいんだよな」
「う、うん。イツキもめぐみがいるから、寂しくないでしょ?」
「はあ! ……まあ、めぐみはまた別の話だ」
「話してくれないんだ」
「もう少し待ってくれ……」
「くふ。デリケートな話だもんね」
「……」
「そういえば、めぐみがインハイのスケジュールわかったら、教えてくれって言っていたけれど……」
「ああ、それもう知らせた」
「僕……聞いてないよ」
「あ、ごめん。明後日開会式……」
いつの間にか僕は二の次になっていた。嬉しいやら寂しやら。それでも僕もリアムから聞いているから、焼きもちを焼く必要はないんだけど。ちょっと意地悪しちゃった。
「イツキ、頑張ってね」
「おう!」
──────────
インターハイ、バレーボール大会。
うちの学園は、去年ベスト8だったので、シードを取っていた。だから、2回戦からスタートだ。
チームは樹がセッターで、その対角オポジットには槙キャプテン。前衛左のウイングスパイカー(WS)に二年の咲良先輩。その対角には、同じく二年の雪村先輩。前衛右のミドルブロッカー(MB)にはリアム、その対角に星矢が配置された。
チーム六人中三人が一年生だった。
キャプテンの槙先輩は、これが最後のインターハイ。ひとつでも多く勝って、バレーを続けて欲しい。僕は大きな声で応援するだけだ。
樹のトスワークは素晴らしいもので、スパイカーが欲しいボールを上げているように見える。フワッとしていたり、スピードをつけたり……。昔、『ゲームを支配する』なんて言っていたけれど、今やチームの司令塔だ。相手のブロックを翻弄している。
「イツキ! 頑張って」
「アオイ、それ私が言うから。アンタはチームを応援して」
「そうですか……」
めぐみに樹を取られた感じがする。
「アオ、私がいるから安心して」
今日も凛の好き好きオーラがすごい。
「リン、そんなに僕のこと好き?」
「そうだね。口にするほどじゃないかも」
「そうなんだ……」
この敗北感……なんなんだろう。
「メイ、応援している?」
「はい。ケンタくんの応援は私に任せてください」
「ケンタ?!」
「知らなかったの? メイと山田健太……あの勉強会以来、密かに付き合ってたんだぞ」
僕だけが知らない事実が……ちょっと悲しい気もする。
「安心してください。バレー部のみなさんにはまだ言っていません。インハイが終わったら、それとなく話すってケンタくんが言ってました」
そうなのね。僕の肩が落ちたのを見た凛が僕をからかい始める。
「アオ。だから……寂しいなら私が付き合ってあげる」
「だって、それ嘘なんでしょ」
「あれ、わかっちゃった? やだ、もう」
最近の凛は、僕をからかうのが楽しいらしい。
人の恋バナを聞きながら、応援するなんて、想像していなかった。
そしてあっという間に、ゲームセット。我が学園は三回戦に進出。
「リアム!」
僕はここぞとばかり声を張り上げた。隣の席の凛が、そっぽを向いてしまったことは、見なかったことにしよう。
──────────
僕はみんなと別れてスタジオStella Waveに向かった。
「佐々木さん、楓たち来ていますか」
「伊織くんが一人練習していますよ」
僕も急いで101号室へ入る。
「お疲れ様」
「うっす」
相変わらず言葉が少ない。それでも、彼のギターは僕になにか語りかけているように思える。ドキドキする。僕の心臓うるさい。
「自分たちの練習は進んでいるの?」
「おう」
「僕の方の曲はこれからだよね」
「おう」
「あのさ……」
「おっつかれ、アオちゃん元気してた」
「う、うん。元気だったよ。カオルちゃんは」
「元気、元気」
薫が入ってきただけで、こんなに部屋の中が明るくなるんだ。やっぱり彼は人気商売をする素質がある。
薫の準備ができたところで、音を出してみる。ベースはいないが立派なツインギターだ。
「何やる?」
薫が曲目を聞いているそばから伊織が先走るようにギターを鳴らし始めた。
「YES!」
伊織のギターは駄々っ子がカンシャクを起こしているような、それでいて付いてこいと誘っているような。僕は面白いと思った。そこへドラムの薫がリズムを整えていく。
「おつか……」
いちばん最後に楓が入ってきた。
「お前らズルくね」
「おっせんだよ」
「バイトお疲れ!」
「みんな揃ったね。準備できたら、練習しよう」
この感じ、懐かしいな。アメリカでは、大人に言われるまま練習していた。でもここでは、みんなと意見をぶつけながら進める。もう何度かセッションしたけど、その度に楽しくて仕方がない。彼らとバンドができたらいいな。
「よし、今日はここまでにしようか」
このバンドPRISMは楓がリーダーで仕切っている。性格的にみても適任だ。
「アオイ、今夜お前ん家泊まるからな」
「うん。みんな夕飯はどうする?」
「どっかで食ってく」
「ならさ、僕んちで食べない? パスタ料理くらいなら作れるよ」
「いや、今夜は滝さんがカレー作って待ってるって、さっき親父が言ってた」
「それ、早く言ってよ」
滝さんのカレーは本当に美味しいのだ。楽しみだな。
──────────
「わあ、広い部屋だね」
「カオルちゃんの部屋も変わらないでしょう」
「変わる変わる。だってグランドピアノなんて置けないもん。僕んちはね、アップライトピアノがせいぜいだよ」
「薫はピアノも弾くんだ。アオイと一緒だな」
「後で連弾してみる?」
「うん」
玄関のベルが鳴り、滝さんが夕食の準備に来てくれた。
「温めたら食べられますから、もう少し待っていてくださいね」
「じゃあ、スプーンとかお皿とか準備しますね」
「ありがとうございます」
楓と僕は滝さんの手伝いをして、伊織と薫はソファでなにか話をしている。
「お前とアオイの交換演奏とか、アオイのギターとキーボードの二刀流とか、面白くないか」
「それいい」
伊織は案外話すらしい。僕にはあまり声を聞かせてくれないけれど。
「さあさ、できましたよ」
僕たちはカウンター席に座り、滝さんのカレーを頬張った。
「うっま!」
「やっぱうめぇ」
「美味しい」
「美味しいね」
僕たちのわんぱくな食べっぷりに滝さんも嬉しそうだ。
「片付けは僕たちでやります」
「そうですか、それでは私はこれで失礼します」
「滝さん。いつもありがとうございます」
「また、なにかご用がありましたら、お声をかけてくださいな」
「はい。ありがとうございます」
滝さんは静かに部屋を出ていった。
「カエデ、今夜ここ泊まるの?」
「おお」
「アオイ、俺も泊まれる?」
「ゲストルームがあるから大丈夫だよ」
「じゃあ、僕も泊まる」
薫は子供のようにはしゃいでいる。
「お前はすぐ下だろう。帰れ」
「ああ、伊織抜け駆け。でも楓がいるから無理だよ」
「そうだぞ、アオイは添い寝してやらないといけないんだ」
添い寝って……。樹からまたなにか言われたかな。
「ほら、イツキからのメッセージ」
『アオイは悪夢にうなされる心配がある
あの部屋は防音がしっかりしているから、
同じ部屋にいないと聞こえない
だから、一緒に寝てやってくれ』
「だってさ。わかったか、アオイ」
「ご迷惑をおかけします」
「じゃあ、俺は上の部屋借りるわ」
「あっ、お家の人に了解取ってね」
「着替えとか取ってくるから、その時な」
「僕は、今夜誰もいないから大丈夫だよ」
薫の両親は、ふたりとも海外へ出向く仕事をしているためか、時々家に帰らない日があるらしい。
「もし可能なら、一言メッセージを入れておいてね」
「わかった」
彼らと、もう少し距離が縮まったら、「バンドやろう」って、言ってみようかな。
「夏休みどうする?」
「彼氏とお出かけ」
「いいな。私も彼氏欲しい」
「高望みしなけりゃ、すぐにできるよ」
「やだ。妥協したくない」
女子は露骨だな。妥協したくないのは誰でも同じだよ。
「アオイ、インハイの応援来てくれるか?」
「行くよ。めぐみが行きたがってたから、一緒に行こうって約束してるんだ」
「立花だけか?」
「えっと……リンも一緒だよ」
「一ノ瀬……お前のこと好きだよな」
「リアム。リンは親友だよ」
「……」
「やっぱり男女の友情は無理って思っているの?」
「そうだな。男同士の恋愛がタブーなように、男女の友情はありえないと思う」
「リアムもそう思うんだね」
「俺じゃなくて、一ノ瀬自身は絶対そう思ってるっつうか……」
「かもしれないね」
僕は、リアムの意見が知りたいのに。
「あのね、リンが僕のこと『推し』って言ってたけど、『推し』ってなにかわかる?」
「メチャクチャ好きってことかな」
「待って。好きの意味が違うと思うけど……」
「一ノ瀬にとって、アオイはアイドルとかキャラクターの類いと同じだってことだな」
「キャラクターって、僕着ぐるみじゃないよ」
「アオ、リアムとなに話してんの」
「僕はキャラクターなの? リン」
「アオイ、本人に聞くな」
「なんのこと?」
「リンが『推し』って言ってたから、リアムに『推し』の意味を聞いたら、キャラクターだって……」
「ああ、それな。私がアオのことを好きだって言ったの。もっと言って欲しい?」
凛、君は本当に男前だな。
「リン、君とは友達だよね」
「友達以上になれないのか?」
「親友」
「もう一声」
「無理」
「そこはさ、嘘でも『そのうちな』くらい言ってよ」
「嘘はいけない」
「そんな融通が効かないアオも好きだよ」
好き好き光線がすごすぎる。油断をすると頷いてしまいそうだ。
夏休みまでのカウントダウンが始まった。
バレー部は毎日の練習に力が入る。
今年のインターハイ会場は県内なのだ。海沿いの街の広い敷地に建つ体育館。ネットで調べたら、かなり広いことがわかった。
「アオイ、インハイの日程聞いたら教えて」
「めぐみの方が詳しいんじゃないの?」
「あら、どうしてそう思うのよ」
「最近、イツキと仲良いじゃん」
「ふふん、焼いてるの」
「焼いてない」
思わずムキになってしまった。別に焼いてはいないけれど、少しだけ寂しいかなって……まさかこれは焼きもち? いや違う。でもないか?
「アオイ、どうした? 顔が忙しいぞ」
「えっ、僕の顔……変かな」
「赤くなったり青くなったり……忙しそうにしてたぞ」
誰かが僕に声をかけてきた。
「そんなあ」
なんだか僕は日本に来てから、かなりおかしくなっていないだろうか。以前は、クールで、笑顔だけが特徴の……って、それはそれで変だよな。
「おい、アオイ」
「ん?! なに」
「俺の顔見ろ」
「うん。好き」
「ほら、それがおかしいんだ」
「なんで?」
「イツキはあっち。俺は誰だ?」
「あっ! ヒロ……」
「はい、正解! お前さ、最近変だぞ。心ここにあらずでさ。夏休みが近いからか?」
「あっ、夏休みの終わりごろ、ライブやるから、時間があったら来て」
「それ、イツキとリアム経由で聞いてる」
「……」
やっぱり僕おかしいのかな。
その日の帰り道。家までそんなにかからないのに、なかなか着かない。
「葵天くん! どうしたの? どこへ行くの? 家、通り過ぎているわよ!」
ん?! あっ、本当に家過ぎている。樹ママに呼び止めてもらって良かった。僕は急いで戻り、自室へ駆け込んだ。
どうしちゃったんだろう。最近、イツキともあまり話していない。リアムはクラスが一緒だから……話すけど。
午前授業だからランチも一緒じゃないし。寂しい。
「葵天くん。お昼にしませんか」
「はい。今行きます」
──────────
「イツキママ。夏休みに入ったら、僕、神楽台のマンションに行ってもいいですか」
「それは構わないけれど、帰ってくるのよね」
「いえ、夏休みの間あっちで過ごそうかと思っています」
「なにかあるの?」
「夏休みの終わりごろ、NEXUSでライブがあるんです。その出演オファーを受けました。なので、練習もあるし、向こうの方が何かと都合がいいかなって……」
そうなんだ。PRISMのメンバーは神楽台なんだよな。
「一緒に、佐々木楓のバンドも出るので、話もしやすいかと思ったんです」
「そういうことなら、お父さんに聞いてみて。私の一存ではなんとも言えないわ」
「はい」
おそらく樹パパは佐々木さんと連絡をとって、僕の援助をしてくれるだろう。僕が日本でバンドをしたいと考えていることは、知っているはずだから。
──────────
いよいよ夏休み到来。彼氏彼女がいる人も、そうでない人もウキウキしてしまう夏休み……のはずなんだけど。
「アオイ、神楽台のマンションに行くんだって」
「そうだけど……」
「俺はインハイで行けないから」
「わかってる。イツキはバレー頑張って。僕はライブの準備を頑張るから」
「父さんに聞いた」
「何を?」
「楓がお前ん家泊まるって……」
「僕が、また悪夢に押しつぶされちゃいけないから、樹パパが佐々木さんに連絡してくれたんだよ」
「楓からも俺にメッセージきた」
「なんて?」
やばい、前のめりになっちゃう。
「お前のことは任せろってさ」
「うん。僕も楓がいれば寂しくないから……」
「俺じゃなくてもいいんだよな」
「う、うん。イツキもめぐみがいるから、寂しくないでしょ?」
「はあ! ……まあ、めぐみはまた別の話だ」
「話してくれないんだ」
「もう少し待ってくれ……」
「くふ。デリケートな話だもんね」
「……」
「そういえば、めぐみがインハイのスケジュールわかったら、教えてくれって言っていたけれど……」
「ああ、それもう知らせた」
「僕……聞いてないよ」
「あ、ごめん。明後日開会式……」
いつの間にか僕は二の次になっていた。嬉しいやら寂しやら。それでも僕もリアムから聞いているから、焼きもちを焼く必要はないんだけど。ちょっと意地悪しちゃった。
「イツキ、頑張ってね」
「おう!」
──────────
インターハイ、バレーボール大会。
うちの学園は、去年ベスト8だったので、シードを取っていた。だから、2回戦からスタートだ。
チームは樹がセッターで、その対角オポジットには槙キャプテン。前衛左のウイングスパイカー(WS)に二年の咲良先輩。その対角には、同じく二年の雪村先輩。前衛右のミドルブロッカー(MB)にはリアム、その対角に星矢が配置された。
チーム六人中三人が一年生だった。
キャプテンの槙先輩は、これが最後のインターハイ。ひとつでも多く勝って、バレーを続けて欲しい。僕は大きな声で応援するだけだ。
樹のトスワークは素晴らしいもので、スパイカーが欲しいボールを上げているように見える。フワッとしていたり、スピードをつけたり……。昔、『ゲームを支配する』なんて言っていたけれど、今やチームの司令塔だ。相手のブロックを翻弄している。
「イツキ! 頑張って」
「アオイ、それ私が言うから。アンタはチームを応援して」
「そうですか……」
めぐみに樹を取られた感じがする。
「アオ、私がいるから安心して」
今日も凛の好き好きオーラがすごい。
「リン、そんなに僕のこと好き?」
「そうだね。口にするほどじゃないかも」
「そうなんだ……」
この敗北感……なんなんだろう。
「メイ、応援している?」
「はい。ケンタくんの応援は私に任せてください」
「ケンタ?!」
「知らなかったの? メイと山田健太……あの勉強会以来、密かに付き合ってたんだぞ」
僕だけが知らない事実が……ちょっと悲しい気もする。
「安心してください。バレー部のみなさんにはまだ言っていません。インハイが終わったら、それとなく話すってケンタくんが言ってました」
そうなのね。僕の肩が落ちたのを見た凛が僕をからかい始める。
「アオ。だから……寂しいなら私が付き合ってあげる」
「だって、それ嘘なんでしょ」
「あれ、わかっちゃった? やだ、もう」
最近の凛は、僕をからかうのが楽しいらしい。
人の恋バナを聞きながら、応援するなんて、想像していなかった。
そしてあっという間に、ゲームセット。我が学園は三回戦に進出。
「リアム!」
僕はここぞとばかり声を張り上げた。隣の席の凛が、そっぽを向いてしまったことは、見なかったことにしよう。
──────────
僕はみんなと別れてスタジオStella Waveに向かった。
「佐々木さん、楓たち来ていますか」
「伊織くんが一人練習していますよ」
僕も急いで101号室へ入る。
「お疲れ様」
「うっす」
相変わらず言葉が少ない。それでも、彼のギターは僕になにか語りかけているように思える。ドキドキする。僕の心臓うるさい。
「自分たちの練習は進んでいるの?」
「おう」
「僕の方の曲はこれからだよね」
「おう」
「あのさ……」
「おっつかれ、アオちゃん元気してた」
「う、うん。元気だったよ。カオルちゃんは」
「元気、元気」
薫が入ってきただけで、こんなに部屋の中が明るくなるんだ。やっぱり彼は人気商売をする素質がある。
薫の準備ができたところで、音を出してみる。ベースはいないが立派なツインギターだ。
「何やる?」
薫が曲目を聞いているそばから伊織が先走るようにギターを鳴らし始めた。
「YES!」
伊織のギターは駄々っ子がカンシャクを起こしているような、それでいて付いてこいと誘っているような。僕は面白いと思った。そこへドラムの薫がリズムを整えていく。
「おつか……」
いちばん最後に楓が入ってきた。
「お前らズルくね」
「おっせんだよ」
「バイトお疲れ!」
「みんな揃ったね。準備できたら、練習しよう」
この感じ、懐かしいな。アメリカでは、大人に言われるまま練習していた。でもここでは、みんなと意見をぶつけながら進める。もう何度かセッションしたけど、その度に楽しくて仕方がない。彼らとバンドができたらいいな。
「よし、今日はここまでにしようか」
このバンドPRISMは楓がリーダーで仕切っている。性格的にみても適任だ。
「アオイ、今夜お前ん家泊まるからな」
「うん。みんな夕飯はどうする?」
「どっかで食ってく」
「ならさ、僕んちで食べない? パスタ料理くらいなら作れるよ」
「いや、今夜は滝さんがカレー作って待ってるって、さっき親父が言ってた」
「それ、早く言ってよ」
滝さんのカレーは本当に美味しいのだ。楽しみだな。
──────────
「わあ、広い部屋だね」
「カオルちゃんの部屋も変わらないでしょう」
「変わる変わる。だってグランドピアノなんて置けないもん。僕んちはね、アップライトピアノがせいぜいだよ」
「薫はピアノも弾くんだ。アオイと一緒だな」
「後で連弾してみる?」
「うん」
玄関のベルが鳴り、滝さんが夕食の準備に来てくれた。
「温めたら食べられますから、もう少し待っていてくださいね」
「じゃあ、スプーンとかお皿とか準備しますね」
「ありがとうございます」
楓と僕は滝さんの手伝いをして、伊織と薫はソファでなにか話をしている。
「お前とアオイの交換演奏とか、アオイのギターとキーボードの二刀流とか、面白くないか」
「それいい」
伊織は案外話すらしい。僕にはあまり声を聞かせてくれないけれど。
「さあさ、できましたよ」
僕たちはカウンター席に座り、滝さんのカレーを頬張った。
「うっま!」
「やっぱうめぇ」
「美味しい」
「美味しいね」
僕たちのわんぱくな食べっぷりに滝さんも嬉しそうだ。
「片付けは僕たちでやります」
「そうですか、それでは私はこれで失礼します」
「滝さん。いつもありがとうございます」
「また、なにかご用がありましたら、お声をかけてくださいな」
「はい。ありがとうございます」
滝さんは静かに部屋を出ていった。
「カエデ、今夜ここ泊まるの?」
「おお」
「アオイ、俺も泊まれる?」
「ゲストルームがあるから大丈夫だよ」
「じゃあ、僕も泊まる」
薫は子供のようにはしゃいでいる。
「お前はすぐ下だろう。帰れ」
「ああ、伊織抜け駆け。でも楓がいるから無理だよ」
「そうだぞ、アオイは添い寝してやらないといけないんだ」
添い寝って……。樹からまたなにか言われたかな。
「ほら、イツキからのメッセージ」
『アオイは悪夢にうなされる心配がある
あの部屋は防音がしっかりしているから、
同じ部屋にいないと聞こえない
だから、一緒に寝てやってくれ』
「だってさ。わかったか、アオイ」
「ご迷惑をおかけします」
「じゃあ、俺は上の部屋借りるわ」
「あっ、お家の人に了解取ってね」
「着替えとか取ってくるから、その時な」
「僕は、今夜誰もいないから大丈夫だよ」
薫の両親は、ふたりとも海外へ出向く仕事をしているためか、時々家に帰らない日があるらしい。
「もし可能なら、一言メッセージを入れておいてね」
「わかった」
彼らと、もう少し距離が縮まったら、「バンドやろう」って、言ってみようかな。
