黒猫

 期末テストが終わり、生徒たちが浮き足立ってくる。すぐそこに夏休みが待っているからだ。
「夏休みどうする?」
「彼氏とお出かけ」
「いいな。私も彼氏欲しい」
「高望みしなけりゃ、すぐにできるよ」
「やだ。妥協したくない」
 女子は露骨だな。妥協したくないのは誰でも同じだよ。
「アオイ、インハイの応援来てくれるか?」
「行くよ。めぐみが行きたがってたから、一緒に行こうって約束してるんだ」
「立花だけか?」
「えっと……リンも一緒だよ」
「一ノ瀬……お前のこと好きだよな」
「リアム。リンは親友だよ」
「……」
「やっぱり男女の友情は無理って思っているの?」
「そうだな。男同士の恋愛がタブーなように、男女の友情はありえないと思う」
「リアムもそう思うんだね」
「俺じゃなくて、一ノ瀬自身は絶対そう思ってるっつうか……」
「かもしれないね」
 僕は、リアムの意見が知りたいのに。
「あのね、リンが僕のこと『推し』って言ってたけど、『推し』ってなにかわかる?」
「メチャクチャ好きってことかな」
「待って。好きの意味が違うと思うけど……」
「一ノ瀬にとって、アオイはアイドルとかキャラクターの類いと同じだってことだな」
「キャラクターって、僕着ぐるみじゃないよ」
「アオ、リアムとなに話してんの」
「僕はキャラクターなの? リン」
「アオイ、本人に聞くな」
「なんのこと?」
「リンが『推し』って言ってたから、リアムに『推し』の意味を聞いたら、キャラクターだって……」
「ああ、それな。私がアオのことを好きだって言ったの。もっと言って欲しい?」
 凛、君は本当に男前だな。
「リン、君とは友達だよね」
「友達以上になれないのか?」
「親友」
「もう一声」
「無理」
「そこはさ、嘘でも『そのうちな』くらい言ってよ」
「嘘はいけない」
「そんな融通が効かないアオも好きだよ」
 好き好き光線がすごすぎる。油断をすると頷いてしまいそうだ。

 夏休みまでのカウントダウンが始まった。
 バレー部は毎日の練習に力が入る。
 今年のインターハイ会場は県内なのだ。海沿いの街の広い敷地に建つ体育館。ネットで調べたら、かなり広いことがわかった。
「アオイ、インハイの日程聞いたら教えて」
「めぐみの方が詳しいんじゃないの?」
「あら、どうしてそう思うのよ」
「最近、イツキと仲良いじゃん」
「ふふん、焼いてるの」
「焼いてない」
 思わずムキになってしまった。別に焼いてはいないけれど、少しだけ寂しいかなって……まさかこれは焼きもち? いや違う。でもないか?
「アオイ、どうした? 顔が忙しいぞ」
「えっ、僕の顔……変かな」
「赤くなったり青くなったり……忙しそうにしてたぞ」
 誰かが僕に声をかけてきた。
「そんなあ」
 なんだか僕は日本に来てから、かなりおかしくなっていないだろうか。以前は、クールで、笑顔だけが特徴の……って、それはそれで変だよな。
「おい、アオイ」
「ん?! なに」
「俺の顔見ろ」
「うん。好き」
「ほら、それがおかしいんだ」
「なんで?」
「イツキはあっち。俺は誰だ?」
「あっ! ヒロ……」
「はい、正解! お前さ、最近変だぞ。心ここにあらずでさ。夏休みが近いからか?」
「あっ、夏休みの終わりごろ、ライブやるから、時間があったら来て」
「それ、イツキとリアム経由で聞いてる」
「……」
 やっぱり僕おかしいのかな。

 その日の帰り道。家までそんなにかからないのに、なかなか着かない。
「葵天くん! どうしたの? どこへ行くの? 家、通り過ぎているわよ!」
 ん?! あっ、本当に家過ぎている。樹ママに呼び止めてもらって良かった。僕は急いで戻り、自室へ駆け込んだ。
 どうしちゃったんだろう。最近、イツキともあまり話していない。リアムはクラスが一緒だから……話すけど。
 午前授業だからランチも一緒じゃないし。寂しい。
「葵天くん。お昼にしませんか」
「はい。今行きます」
 ──────────
「イツキママ。夏休みに入ったら、僕、神楽台のマンションに行ってもいいですか」
「それは構わないけれど、帰ってくるのよね」
「いえ、夏休みの間あっちで過ごそうかと思っています」
「なにかあるの?」
「夏休みの終わりごろ、NEXUSでライブがあるんです。その出演オファーを受けました。なので、練習もあるし、向こうの方が何かと都合がいいかなって……」
 そうなんだ。PRISMのメンバーは神楽台なんだよな。
「一緒に、佐々木楓のバンドも出るので、話もしやすいかと思ったんです」
「そういうことなら、お父さんに聞いてみて。私の一存ではなんとも言えないわ」
「はい」
 おそらく樹パパは佐々木さんと連絡をとって、僕の援助をしてくれるだろう。僕が日本でバンドをしたいと考えていることは、知っているはずだから。
 ──────────
 いよいよ夏休み到来。彼氏彼女がいる人も、そうでない人もウキウキしてしまう夏休み……のはずなんだけど。
「アオイ、神楽台のマンションに行くんだって」
「そうだけど……」
「俺はインハイで行けないから」
「わかってる。イツキはバレー頑張って。僕はライブの準備を頑張るから」
「父さんに聞いた」
「何を?」
「楓がお前ん家泊まるって……」
「僕が、また悪夢に押しつぶされちゃいけないから、樹パパが佐々木さんに連絡してくれたんだよ」
「楓からも俺にメッセージきた」
「なんて?」
 やばい、前のめりになっちゃう。
「お前のことは任せろってさ」
「うん。僕も楓がいれば寂しくないから……」
「俺じゃなくてもいいんだよな」
「う、うん。イツキもめぐみがいるから、寂しくないでしょ?」
「はあ! ……まあ、めぐみはまた別の話だ」
「話してくれないんだ」
「もう少し待ってくれ……」
「くふ。デリケートな話だもんね」
「……」
「そういえば、めぐみがインハイのスケジュールわかったら、教えてくれって言っていたけれど……」
「ああ、それもう知らせた」
「僕……聞いてないよ」
「あ、ごめん。明後日開会式……」
 いつの間にか僕は二の次になっていた。嬉しいやら寂しやら。それでも僕もリアムから聞いているから、焼きもちを焼く必要はないんだけど。ちょっと意地悪しちゃった。
「イツキ、頑張ってね」
「おう!」
 ──────────
 インターハイ、バレーボール大会。
 うちの学園は、去年ベスト8だったので、シードを取っていた。だから、2回戦からスタートだ。
 チームは樹がセッターで、その対角オポジットには槙キャプテン。前衛左のウイングスパイカー(WS)に二年の咲良先輩。その対角には、同じく二年の雪村先輩。前衛右のミドルブロッカー(MB)にはリアム、その対角に星矢が配置された。
 チーム六人中三人が一年生だった。
 キャプテンの槙先輩は、これが最後のインターハイ。ひとつでも多く勝って、バレーを続けて欲しい。僕は大きな声で応援するだけだ。
 樹のトスワークは素晴らしいもので、スパイカーが欲しいボールを上げているように見える。フワッとしていたり、スピードをつけたり……。昔、『ゲームを支配する』なんて言っていたけれど、今やチームの司令塔だ。相手のブロックを翻弄している。
「イツキ! 頑張って」
「アオイ、それ私が言うから。アンタはチームを応援して」
「そうですか……」
 めぐみに樹を取られた感じがする。
「アオ、私がいるから安心して」
 今日も凛の好き好きオーラがすごい。
「リン、そんなに僕のこと好き?」
「そうだね。口にするほどじゃないかも」
「そうなんだ……」
 この敗北感……なんなんだろう。
「メイ、応援している?」
「はい。ケンタくんの応援は私に任せてください」
「ケンタ?!」
「知らなかったの? メイと山田健太……あの勉強会以来、密かに付き合ってたんだぞ」
 僕だけが知らない事実が……ちょっと悲しい気もする。
「安心してください。バレー部のみなさんにはまだ言っていません。インハイが終わったら、それとなく話すってケンタくんが言ってました」
 そうなのね。僕の肩が落ちたのを見た凛が僕をからかい始める。
「アオ。だから……寂しいなら私が付き合ってあげる」
「だって、それ嘘なんでしょ」
「あれ、わかっちゃった? やだ、もう」
 最近の凛は、僕をからかうのが楽しいらしい。

 人の恋バナを聞きながら、応援するなんて、想像していなかった。
 そしてあっという間に、ゲームセット。我が学園は三回戦に進出。
「リアム!」
 僕はここぞとばかり声を張り上げた。隣の席の凛が、そっぽを向いてしまったことは、見なかったことにしよう。
 ──────────
 僕はみんなと別れてスタジオStella Waveに向かった。
「佐々木さん、楓たち来ていますか」
「伊織くんが一人練習していますよ」
 僕も急いで101号室へ入る。
「お疲れ様」
「うっす」
 相変わらず言葉が少ない。それでも、彼のギターは僕になにか語りかけているように思える。ドキドキする。僕の心臓うるさい。
「自分たちの練習は進んでいるの?」
「おう」
「僕の方の曲はこれからだよね」
「おう」
「あのさ……」
「おっつかれ、アオちゃん元気してた」
「う、うん。元気だったよ。カオルちゃんは」
「元気、元気」
 薫が入ってきただけで、こんなに部屋の中が明るくなるんだ。やっぱり彼は人気商売をする素質がある。
 薫の準備ができたところで、音を出してみる。ベースはいないが立派なツインギターだ。
「何やる?」
 薫が曲目を聞いているそばから伊織が先走るようにギターを鳴らし始めた。
「YES!」
 伊織のギターは駄々っ子がカンシャクを起こしているような、それでいて付いてこいと誘っているような。僕は面白いと思った。そこへドラムの薫がリズムを整えていく。
「おつか……」
 いちばん最後に楓が入ってきた。
「お前らズルくね」
「おっせんだよ」
「バイトお疲れ!」
「みんな揃ったね。準備できたら、練習しよう」
 この感じ、懐かしいな。アメリカでは、大人に言われるまま練習していた。でもここでは、みんなと意見をぶつけながら進める。もう何度かセッションしたけど、その度に楽しくて仕方がない。彼らとバンドができたらいいな。
「よし、今日はここまでにしようか」
 このバンドPRISMは楓がリーダーで仕切っている。性格的にみても適任だ。
「アオイ、今夜お前ん家泊まるからな」
「うん。みんな夕飯はどうする?」
「どっかで食ってく」
「ならさ、僕んちで食べない? パスタ料理くらいなら作れるよ」
「いや、今夜は滝さんがカレー作って待ってるって、さっき親父が言ってた」
「それ、早く言ってよ」
 滝さんのカレーは本当に美味しいのだ。楽しみだな。
 ──────────
「わあ、広い部屋だね」
「カオルちゃんの部屋も変わらないでしょう」
「変わる変わる。だってグランドピアノなんて置けないもん。僕んちはね、アップライトピアノがせいぜいだよ」
「薫はピアノも弾くんだ。アオイと一緒だな」
「後で連弾してみる?」
「うん」
 玄関のベルが鳴り、滝さんが夕食の準備に来てくれた。
「温めたら食べられますから、もう少し待っていてくださいね」
「じゃあ、スプーンとかお皿とか準備しますね」
「ありがとうございます」
 楓と僕は滝さんの手伝いをして、伊織と薫はソファでなにか話をしている。
「お前とアオイの交換演奏とか、アオイのギターとキーボードの二刀流とか、面白くないか」
「それいい」
 伊織は案外話すらしい。僕にはあまり声を聞かせてくれないけれど。
「さあさ、できましたよ」
 僕たちはカウンター席に座り、滝さんのカレーを頬張った。
「うっま!」
「やっぱうめぇ」
「美味しい」
「美味しいね」
 僕たちのわんぱくな食べっぷりに滝さんも嬉しそうだ。
「片付けは僕たちでやります」
「そうですか、それでは私はこれで失礼します」
「滝さん。いつもありがとうございます」
「また、なにかご用がありましたら、お声をかけてくださいな」
「はい。ありがとうございます」
 滝さんは静かに部屋を出ていった。
「カエデ、今夜ここ泊まるの?」
「おお」
「アオイ、俺も泊まれる?」
「ゲストルームがあるから大丈夫だよ」
「じゃあ、僕も泊まる」
 薫は子供のようにはしゃいでいる。
「お前はすぐ下だろう。帰れ」
「ああ、伊織抜け駆け。でも楓がいるから無理だよ」
「そうだぞ、アオイは添い寝してやらないといけないんだ」
 添い寝って……。樹からまたなにか言われたかな。
「ほら、イツキからのメッセージ」
『アオイは悪夢にうなされる心配がある
 あの部屋は防音がしっかりしているから、
 同じ部屋にいないと聞こえない
 だから、一緒に寝てやってくれ』
「だってさ。わかったか、アオイ」
「ご迷惑をおかけします」
「じゃあ、俺は上の部屋借りるわ」
「あっ、お家の人に了解取ってね」
「着替えとか取ってくるから、その時な」
「僕は、今夜誰もいないから大丈夫だよ」
 薫の両親は、ふたりとも海外へ出向く仕事をしているためか、時々家に帰らない日があるらしい。
「もし可能なら、一言メッセージを入れておいてね」
「わかった」
 彼らと、もう少し距離が縮まったら、「バンドやろう」って、言ってみようかな。
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