小さな物語

「レーソラシドレーソ ソ♪」
 大広間から聞こえるメヌエットを口遊むリゼット。
 十二歳になった王太女だが、社交界に出るのはもう少し先のことだ。部屋でおとなしくしているのも退屈で、中庭に来てみた。
「リゼット様」
 聞き慣れた声に振り向くと、舞踏会に呼ばれていたはずの騎士団長が立っていた。
「あら、シラス君。抜け出してきたの?」
 その美貌と騎士団長の地位、王太女のお気に入りという有望さ。しかも、二十四歳で未だ独り身である。彼との縁を狙う貴婦人は多い。
「……あのような場は苦手で」
 孤高の騎士団長と思われているシラス、実は女性が苦手なのだ。香水と白粉の匂いで酔いそうだと逃げて来たところだ。
「ご婦人方は残念がっているでしょうね。というか、わたくしも残念なのですわ」
「は?」
「シラス君が踊るところを覗こうと思ってましたのに」
 リゼットの舞踏の練習に何度か付き合ってもらっているから、踊れるのは知っているのだ。
「――それでしたら」
 シラスがお辞儀をした。
「お相手願えますか?」
 曲調はワルツに変わっていた。
 リゼットは花のように笑うと、右手を差し出す。シラスはその手を取り、甲に唇を寄せた。
 満月が、踊る二人を優しく照らしていた。
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