保育園パロ
この度は数ある企業の中、弊社にご応募いただきありがとうございます。厳正なる審査の結果──
これで何度目のお祈りメールだろうか。
謝憐は誰しもが惹きつけられる様な端麗な顔に苦笑を浮かべ、あっさりとお断りされたそのメールをゴミ箱の中に放り投げた。
どうにもおかしい。
彼の才知と人好きのする、人懐っこい笑みさえあればこうも何度も面接に落ちるわけがないのだが、何故か、謝憐の就活は一向に上手くいかなかった。
「仙楽」
「あ、はい」
この保育園の理事長である君呉に呼ばれ、謝憐は立ち上がり、急いで彼の元へと向かう。
ひよこ柄のエプロン姿がとても似合っている謝憐の保育士姿に、君呉は満足の笑みを浮かべ、彼の勤務態度に満足げな微笑を浮かべた。
「それで就職活動は上手く行っているのか?」
「はは、それがどこを受けても何故か全滅で」
「そうか。きみの才能ならどこの社でもよりどりみどりだと思うのだが。気を落とさず、ゆっくり探すと良い。勿論、見つかるまではうちの園で働いて貰って構わない」
「ありがとうございます」
ちなみに謝憐は現在、大学生で、正規の保育士ではない。
たまたま近所の保育園が人手を募っており、子供好きだった謝憐は、保育補助のアルバイトに応募し、採用されただけだった。
しかしこの仕事は、謝憐にとって天職だったようで、児童からも保護者からも、何なら同僚の保育士からも評判が良く、理事長の君呉にも気に入られてしまった。
辞めないでのコールに「ごめんね」と言い続け、就職先を探し続けているのだが、不思議なことにどこを受けても必ず断られてしまっていた。
「謝先生ー、ボール遊びしようよー」
「オッケー! 阿羨、もしかしてまた阿湛のこといじめてたのかい?」
「いぢめてないよ! 俺じゃなくて、阿澄がやったんだってば」
「俺はやってない!」
大人しい藍忘機は通称雲夢双傑の二人組、魏無羨と江澄の標的にされがちだ。昨年までは藍忘機の兄、藍曦臣が同じ園にいた為、魏無羨らが藍忘機にちょっかいを出そうとしても弟想いの兄が二人を追い払ってくれたのだが、藍忘機は自分からは余り他の子供と交流を持とうとしない為、藍曦臣がいなくなってからは殆どを静かに一人で本を読んで過ごしていた。
とは言え、詰まるところは子供の喧嘩だ。
時には藍忘機がブチ切れて、魏無羨と江澄二人を突き飛ばし、彼らを泣かすこともあったりと、いちいち真面目に取り合うのもばかばかしい無邪気なもので、この三人のことは謝憐も余り心配はしていなかった。
一番厄介な園児は碧眼の少年、その名を花城と言った。
彼はどこぞの三番目の男の子らしく、自分のことを三郎と名乗っていた為、謝憐も彼のことは「三郎」と呼んでいたが、その三郎の何が困ったかと言うと───。
「先生」
「ん? どうしたんだい、三郎」
謝憐のひよこ柄エプロンをくいっと引きながら、花城は黒々とした片側の目をきらきらさせて下から謝憐をじっと見上げている。
その健気な瞳は愛らしく、見ている謝憐もついつい笑顔を見せたくなるのだが───。
「先生、俺と結婚しよう」
「────」
困ったことに花城は何かにつけ、謝憐に「結婚しよう」と言い募り、どうやらそれが冗談や遊びではなく、本気も本気らしいことがほとほと彼を困らせていた。
「三郎、あのね。きみは男の子で、先生も男だから、男同士は結婚出来ないんだよ」
「それはウソだ。男同士だって、結婚出来るって阿羨が言ってたもの」
(阿羨、きみって本当に──)
謝憐が恨めしい目で見ていることなど魏無羨はまったく気付きもせず、どうやらまた藍忘機にちょっかいをかけに向かうらしい。江澄が横から魏無羨を呼んで引き止めようとしていたが、魏無羨は藍忘機を揶揄うことが何より楽しいようで、幾ら止めても魏無羨が聞かない為、江澄もすっかり拗ねてしまっていた。
それはともかくとして、園児を誑かす男子大学生なんて噂を立てられたら大変だ。何とか花城には自分などは忘れ、他の可愛い女の子に目を向けてくれる様、それとなくアドバイスをし続けたのだが、花城は何が何でも謝憐が良いらしく、彼がバイトで来る日は絶対に謝憐のそばを離れようとしなかった。
そんなある日。
謝憐はとんでもない事実を聞かされてしまった。
またもや何度目かのお祈りメールを削除していた彼の背後で、友人の慕情がおかしそうに笑いを堪えている。
何がそんなにおかしいんだ、ともう一人の友人、風信が苛立ちを隠しもせずに慕情の襟首を掴んだのだが、その時に慕情が「何故、謝憐はどこの会社にも採用されないのか」、「何社受けても絶対に彼は受からない」理由をぶちまけてくれた。
「知らないのはあなただけですよ。まったくどこまでお人好しなんですか、あなたは」
「いい加減にしろよ、お前! 言いたいことがあるなら、遠回しに言わずにはっきり言え!」
「あなたがバイトをしているあの保育園の理事長、うちの大学とも関係深いって考えたことは一度もないんですか? アホのこいつはともかく、太子殿下、あなたも気付かないなんて」
「誰がアホだ!」
「アホをアホと言って何が悪い!」
「風信、慕情、止めるんだ!」
つまり、理事長の君呉は謝憐を気に入り、彼を手放したくなかった。
謝憐が受ける会社の全てに根回し、ことごとく落ちる様に手を回している。
にわかには信じがたい話だが、これだけ何社受けても受からないとなると、あながち噓とも思えなくなって来た。
「すみませんが、こちらのアルバイトは辞めようと思います」
就活に専念したいからと霊文にはそう伝え、謝憐は保育園にある自分の荷物をまとめだした。
魏無羨、江澄、それに藍忘機が謝憐の元へやって来て、彼のひよこ柄エプロンを掴み、「辞めないで」と引っ張る。
藍忘機は何も言わず、引っ張るだけだったが、「またみんなに会いに来るよ」と三人を抱き締めると他の二人と一緒になって謝憐に抱きついて来た。
「先生! 先生!」
「三郎」
園を去る謝憐に息せき切った花城が追いつき、彼の腰にしがみついて来る。
「行かないで! 俺を捨てないで!」
「三郎、大丈夫。就職が決まったら、また会いに来るから」
「嫌だ、先生は俺と結婚するんだ!」
「三郎……」
「子供なんて嫌だよ、俺も先生と同じ大人になりたい!」
泣きじゃくる花城のぐしゃぐしゃに濡れた顔を見、謝憐の胸にも切なさが込み上げて来た。
「きみは、早く──、私など忘れなさい」
「いやだ、忘れない! 先生と結婚するんだ!」
しがみつく花城の手を放し、泣きじゃくる彼を園の中へ置き去りにし、謝憐は自分の手で保育園の門を閉め、彼らとの縁を経ち切った。
先生、と呼び続ける花城の声がずっと耳に残って離れなかった。
それから幾年、経ったのだろう。
君呉の手の及ばない遠い地で就職を果たし、その日も出勤しようと部屋の鍵を閉めていたときだ。
誰かの視線を感じ、謝憐は後ろを振り返った。
碧眼の黒い瞳を持つ、学生服姿の少年が、謝憐を見、ニッと笑った。
遠く過ぎ去った過去が彼の脳裏に押し寄せ、学生服の少年とマセた園児の彼の姿が重なり、謝憐の胸を高鳴らせた。
「三郎……?」
「久しぶり、兄さん。会いに来るって言ったのに、来なかったね」
「───」
まさか、本当に、自分と結婚するつもりなのだろうかと。
謝憐は頬がカーッと熱くなるのを感じる。
それと同時に、当時、冗談混じりで応えた言葉も思い出した。
「だったら、早く大きくなれ」
その言葉通り、謝憐よりも大きくなった花城は彼へと手を伸ばし、「先生」ではなく、「兄さん」と謝憐を呼ぶ。
「兄さん、俺と結婚しよう」
マセたガキだ。
苦笑し、顔を横に振った謝憐だったが──、この苦しさは何だろう。
「馬鹿なことを言っていないで、早く学校に行きなさい」
「あいたっ」
謝憐の手でぽかりと頭を殴られた花城は再会の喜びに破顔し、そしてスーツ姿の謝憐を強く抱き締めた。
終わり
20240509
これで何度目のお祈りメールだろうか。
謝憐は誰しもが惹きつけられる様な端麗な顔に苦笑を浮かべ、あっさりとお断りされたそのメールをゴミ箱の中に放り投げた。
どうにもおかしい。
彼の才知と人好きのする、人懐っこい笑みさえあればこうも何度も面接に落ちるわけがないのだが、何故か、謝憐の就活は一向に上手くいかなかった。
「仙楽」
「あ、はい」
この保育園の理事長である君呉に呼ばれ、謝憐は立ち上がり、急いで彼の元へと向かう。
ひよこ柄のエプロン姿がとても似合っている謝憐の保育士姿に、君呉は満足の笑みを浮かべ、彼の勤務態度に満足げな微笑を浮かべた。
「それで就職活動は上手く行っているのか?」
「はは、それがどこを受けても何故か全滅で」
「そうか。きみの才能ならどこの社でもよりどりみどりだと思うのだが。気を落とさず、ゆっくり探すと良い。勿論、見つかるまではうちの園で働いて貰って構わない」
「ありがとうございます」
ちなみに謝憐は現在、大学生で、正規の保育士ではない。
たまたま近所の保育園が人手を募っており、子供好きだった謝憐は、保育補助のアルバイトに応募し、採用されただけだった。
しかしこの仕事は、謝憐にとって天職だったようで、児童からも保護者からも、何なら同僚の保育士からも評判が良く、理事長の君呉にも気に入られてしまった。
辞めないでのコールに「ごめんね」と言い続け、就職先を探し続けているのだが、不思議なことにどこを受けても必ず断られてしまっていた。
「謝先生ー、ボール遊びしようよー」
「オッケー! 阿羨、もしかしてまた阿湛のこといじめてたのかい?」
「いぢめてないよ! 俺じゃなくて、阿澄がやったんだってば」
「俺はやってない!」
大人しい藍忘機は通称雲夢双傑の二人組、魏無羨と江澄の標的にされがちだ。昨年までは藍忘機の兄、藍曦臣が同じ園にいた為、魏無羨らが藍忘機にちょっかいを出そうとしても弟想いの兄が二人を追い払ってくれたのだが、藍忘機は自分からは余り他の子供と交流を持とうとしない為、藍曦臣がいなくなってからは殆どを静かに一人で本を読んで過ごしていた。
とは言え、詰まるところは子供の喧嘩だ。
時には藍忘機がブチ切れて、魏無羨と江澄二人を突き飛ばし、彼らを泣かすこともあったりと、いちいち真面目に取り合うのもばかばかしい無邪気なもので、この三人のことは謝憐も余り心配はしていなかった。
一番厄介な園児は碧眼の少年、その名を花城と言った。
彼はどこぞの三番目の男の子らしく、自分のことを三郎と名乗っていた為、謝憐も彼のことは「三郎」と呼んでいたが、その三郎の何が困ったかと言うと───。
「先生」
「ん? どうしたんだい、三郎」
謝憐のひよこ柄エプロンをくいっと引きながら、花城は黒々とした片側の目をきらきらさせて下から謝憐をじっと見上げている。
その健気な瞳は愛らしく、見ている謝憐もついつい笑顔を見せたくなるのだが───。
「先生、俺と結婚しよう」
「────」
困ったことに花城は何かにつけ、謝憐に「結婚しよう」と言い募り、どうやらそれが冗談や遊びではなく、本気も本気らしいことがほとほと彼を困らせていた。
「三郎、あのね。きみは男の子で、先生も男だから、男同士は結婚出来ないんだよ」
「それはウソだ。男同士だって、結婚出来るって阿羨が言ってたもの」
(阿羨、きみって本当に──)
謝憐が恨めしい目で見ていることなど魏無羨はまったく気付きもせず、どうやらまた藍忘機にちょっかいをかけに向かうらしい。江澄が横から魏無羨を呼んで引き止めようとしていたが、魏無羨は藍忘機を揶揄うことが何より楽しいようで、幾ら止めても魏無羨が聞かない為、江澄もすっかり拗ねてしまっていた。
それはともかくとして、園児を誑かす男子大学生なんて噂を立てられたら大変だ。何とか花城には自分などは忘れ、他の可愛い女の子に目を向けてくれる様、それとなくアドバイスをし続けたのだが、花城は何が何でも謝憐が良いらしく、彼がバイトで来る日は絶対に謝憐のそばを離れようとしなかった。
そんなある日。
謝憐はとんでもない事実を聞かされてしまった。
またもや何度目かのお祈りメールを削除していた彼の背後で、友人の慕情がおかしそうに笑いを堪えている。
何がそんなにおかしいんだ、ともう一人の友人、風信が苛立ちを隠しもせずに慕情の襟首を掴んだのだが、その時に慕情が「何故、謝憐はどこの会社にも採用されないのか」、「何社受けても絶対に彼は受からない」理由をぶちまけてくれた。
「知らないのはあなただけですよ。まったくどこまでお人好しなんですか、あなたは」
「いい加減にしろよ、お前! 言いたいことがあるなら、遠回しに言わずにはっきり言え!」
「あなたがバイトをしているあの保育園の理事長、うちの大学とも関係深いって考えたことは一度もないんですか? アホのこいつはともかく、太子殿下、あなたも気付かないなんて」
「誰がアホだ!」
「アホをアホと言って何が悪い!」
「風信、慕情、止めるんだ!」
つまり、理事長の君呉は謝憐を気に入り、彼を手放したくなかった。
謝憐が受ける会社の全てに根回し、ことごとく落ちる様に手を回している。
にわかには信じがたい話だが、これだけ何社受けても受からないとなると、あながち噓とも思えなくなって来た。
「すみませんが、こちらのアルバイトは辞めようと思います」
就活に専念したいからと霊文にはそう伝え、謝憐は保育園にある自分の荷物をまとめだした。
魏無羨、江澄、それに藍忘機が謝憐の元へやって来て、彼のひよこ柄エプロンを掴み、「辞めないで」と引っ張る。
藍忘機は何も言わず、引っ張るだけだったが、「またみんなに会いに来るよ」と三人を抱き締めると他の二人と一緒になって謝憐に抱きついて来た。
「先生! 先生!」
「三郎」
園を去る謝憐に息せき切った花城が追いつき、彼の腰にしがみついて来る。
「行かないで! 俺を捨てないで!」
「三郎、大丈夫。就職が決まったら、また会いに来るから」
「嫌だ、先生は俺と結婚するんだ!」
「三郎……」
「子供なんて嫌だよ、俺も先生と同じ大人になりたい!」
泣きじゃくる花城のぐしゃぐしゃに濡れた顔を見、謝憐の胸にも切なさが込み上げて来た。
「きみは、早く──、私など忘れなさい」
「いやだ、忘れない! 先生と結婚するんだ!」
しがみつく花城の手を放し、泣きじゃくる彼を園の中へ置き去りにし、謝憐は自分の手で保育園の門を閉め、彼らとの縁を経ち切った。
先生、と呼び続ける花城の声がずっと耳に残って離れなかった。
それから幾年、経ったのだろう。
君呉の手の及ばない遠い地で就職を果たし、その日も出勤しようと部屋の鍵を閉めていたときだ。
誰かの視線を感じ、謝憐は後ろを振り返った。
碧眼の黒い瞳を持つ、学生服姿の少年が、謝憐を見、ニッと笑った。
遠く過ぎ去った過去が彼の脳裏に押し寄せ、学生服の少年とマセた園児の彼の姿が重なり、謝憐の胸を高鳴らせた。
「三郎……?」
「久しぶり、兄さん。会いに来るって言ったのに、来なかったね」
「───」
まさか、本当に、自分と結婚するつもりなのだろうかと。
謝憐は頬がカーッと熱くなるのを感じる。
それと同時に、当時、冗談混じりで応えた言葉も思い出した。
「だったら、早く大きくなれ」
その言葉通り、謝憐よりも大きくなった花城は彼へと手を伸ばし、「先生」ではなく、「兄さん」と謝憐を呼ぶ。
「兄さん、俺と結婚しよう」
マセたガキだ。
苦笑し、顔を横に振った謝憐だったが──、この苦しさは何だろう。
「馬鹿なことを言っていないで、早く学校に行きなさい」
「あいたっ」
謝憐の手でぽかりと頭を殴られた花城は再会の喜びに破顔し、そしてスーツ姿の謝憐を強く抱き締めた。
終わり
20240509