雲夢双傑の仲直り
姑蘇の宗主が閉関を終え、ようやく政務に関わる様になったと雲夢の江澄のもとにも伝わって来た。
「江兄は行かないのかい?」
と聶懐桑に問われたが、正直、行って良いものか悩みどころだった。
江家の当主としては行かねばならない。
しかし藍曦臣が閉関を解いた理由に少なからず江澄も関わっているとなると、のこのこ出向くのは差し出がましいと言うか、恩着せがましいと言うか。
面子を気にする江澄としては迂闊に顔を出すことが出来ないでいた。
それから三月は経っただろうか。
雲深不知処で藍忘機の食客となっている魏無羨から江澄に当てて親書が来た。
同じ思い出を共有する者同士、水入らずで飲もうと言うのだ。
雲深不知処ではろくに酒など手に入るまいと思うのだが、あの観音堂での一件以来、魏無羨ともきちんと話し合えずにいる。
どんな顔で彼に会ったら良いのだろう。
お前の為に救われたと頭を下げるか。
感謝してもしきれない、雲夢江氏を建て直せたのはすべてお前のおかげだと泣いて感謝を示せば良いのだろうか。
否。
魏無羨はそんなことは望むまい。
彼なら謝罪の言葉より、昔ながらの二人の関係を望む筈だ。
頭では分かっていても、魏無羨の前に出た時。
果たして江澄は彼へ罪悪感を抱かずにいられるだろうか。
相変わらず、彼は魏無羨に敵わず、彼の下で凡人として僻んで生きるしかないのだろうか。
深い溜め息を吐き出したが、魏無羨が姑蘇藍氏、藍忘機の元で雲深不知処に匿われている以上、避けて通ることは出来ない。
「雲深不知処へ出掛けるぞ。支度を手伝え」
身の回りの世話をする少年にそう伝えると、江澄は早速外出の為の手筈を整えた。
御剣の術を使えばあっという間の距離だが、道中、色々と考えたい。
馬車に揺られ、数日、走り続ける内、考えもまだはっきりと決まらない内に彼の馬車は雲深不知処へと着いてしまっていた。
山の頂きが雲海に煙る、仙境の様な趣がある雲深不知処を訪れる度、江澄は昔のことを思い出してしまう。
肩のところにそれぞれの家紋が入った白い衣装を着、「江澄、江澄!」と彼に呼び掛ける若き魏無羨の姿をついこの間見たばかりの様だった。
優等生で当時の若者の手本の様だった藍忘機に酒を飲ませ、藍氏の祠堂の前で打擲されたことさえ懐かしい。
魏無羨と来たら、とにかく問題ばかり起こす悪童で、同じ雲夢江氏として江澄は恥ずかしくて、なんとか彼を更生したくてたまらなかった。
「江宗主」
池のあたりで呼び止められ、振り向くと藍曦臣が立っていた。
確か閉関中の藍曦臣と偶然会ってしまい、彼の様子が見てられなくて江澄が一発説教をかましてしまったのもこの人工池の側だった。
「藍宗主」
堅苦しい挨拶をする江澄にふっと笑いを漏らした藍曦臣は、どうぞ、と池に作られた橋の欄干を手で指し示す。
自分は魏無羨に用があって、と言いたいところだが、藍曦臣はかつての三尊の唯一の生き残りだ。
もはや彼より上の者は存在せず、雲夢江氏宗主とて、最上の礼を向けねばならない相手なのだから、止むなく江澄は言われた通り、彼の横へと腰掛けることにした。
「復帰されたと聞きました」
「ええ。あなたの言葉のおかげで吹っ切ることが出来ました。江宗主、あなたのおかげです」
「私など、何も。むしろ、皆の尊敬を集める沢蕪君に対し、失礼な態度を取ってしまったと反省しています」
「貴方だからこそ、率直な言葉で私を叱って下さった。私を注意出来る者など、叔父しか存在しません。忘機でさえ、私には遠慮がある」
「………」
そんな相手に江澄は偉そうに説教を垂れてしまったのだ。
自分の傍若無人さにほとほと呆れてしまう。
そんな彼の態度から江澄の思考を読み取ったのか、藍曦臣は「お気にならさず」とぽんと彼の肩を叩いて笑った。
藍曦臣が触れた箇所がじわりと温かく、江澄も笑みを漏らす。
「江宗主、あなたは………」
「はい?」
普段、眉間に皺を寄せる顔ばかり見せる江澄の微笑が意外だったのか、藍曦臣は驚き、そしてまた笑顔に戻ってクスッと笑う。
やはり藍曦臣には微笑が似合う。
暗く、陰鬱に考え込んでいる様子など、この人には相応しくないと江澄も思った。
「言っていましたよね。あなたもかつて、信じていた人に裏切られ、世の中の何ものも信じられなくなったと」
「ああ、いや、あれはその時の感情であって、今は自分の狭量さを恥ずかしく思っています」
「そうなのですか?」
「ええ」
信じているのなら、最後までなにか理由があるはずだと信じてやれば良かった。
彼らの姉は魏無羨が金子軒を殺したと聞いても、夫の死を嘆きながら、それでも「阿羨はそんなことはしない、阿澄、阿羨を信じてあげなきゃ」と言っていた。
自分たちは常に三人一緒で、絶対に離れないのだと。
そして金光瑶にも似たような言葉で嘲笑された。
「江宗主、惨殺され、落ちぶれた世家を建て直そうとする若い宗主を、皆が手放しに歓迎していたと本気で思っているのか? お前が彼のことを少しでも理解し、二人で手を取り合っていれば、魏無羨をあそこまで追い詰めずに済んだだろう。つまり彼のしたことの大半は、お前の狭量さにあるんだ!」と。
あの時、江澄は何も言えず、魏無羨の方を見ることも出来なかった。
そう。
すべては江澄が魏無羨を妬み、僻んで。
自分だけが不幸だと思いこんでいたせいだ。
「今日は魏公子に会いに?」
「ええ。でも、正直、どんな顔で会えば良いのか、分かりません」
「彼の性格なら、普段通り、昔のままのきみで会うことを望むだろう」
「ええ。それは私も分かっています。でも沢蕪君、あなたの弟は私を許しませんよ」
「忘機は頑固だからね。魏公子への気持ちも強く、彼が侮辱されることを何よりも好まない。しかし忘機が誰よりも大切に思っているのも魏公子だ。だから魏公子が望まないことは、忘機も望まない。気にしなくても彼がきみを害することはないよ。魏公子が望まないからね」
むしろ、いっそ。
藍忘機に殺されてしまいたい。
江澄がそう思っているなんて誰も知りはしないだろう。
金丹を譲ってもらい、魏無羨のおかげで宗主になれて、魏無羨のおかげで生かされている。
「……あいつがいなければ何も出来ない奴だなんて、思われたくないんです……、俺だって、懸命に頑張った……。俺だって、魏無羨を救いたかった。俺から、俺のもとから去ったのはあいつの方だ」
「江宗主……」
重ねられた藍曦臣の手が温かすぎて、わけがわからなくなった江澄の瞳から涙が滲み出る。
こぼれる前に上を向き、空を見上げて、唇を噛んだ。
「雲夢双傑だって、言ったのは魏無羨なんです」
江澄の手を握り締める藍曦臣の表情が「あっ」と変わる。
いつの間にか後ろにいた彼の弟とその伴侶が二人の話を聞いていた。
「俺達はいつまでも雲夢双傑だよ」
魏無羨の声に江澄が振り返る。
「江澄、相変わらず、お前は仲直りが苦手だよな。いつまで先に俺に謝らせる気だ」
「………」
二人の会話を聞き、ムッとした顔になった藍忘機を手で制し、魏無羨は江澄に近づくと、座る彼の頭を自分の胸へと引き寄せた。
「[[rb:兄弟 > ションディー]]、俺もお前も、もう子供じゃないんだ。気まずいからとか、謝りたくないから、距離を置こうなんてことはもう止めよう」
「………」
「俺達しかいないんだからさ、江澄。仲良くやろうぜ、昔みたいにさ」
「……阿羨…!」
「うん、[[rb:阿澄 > ・・]]」
江澄の目から堪えきれずに涙が溢れ、彼は魏無羨の腰に縋って、子供みたいに泣き出した。
それを見た藍忘機が少し拗ねていたが、兄にこっちに来なさいと引っ張られ、止むなく、魏無羨たちと距離を取る。
「魏無羨、済まなかった、俺が、俺が……」
「いいって。前にも言っただろう。あの頃、俺も一生懸命過ぎて周りが全く見えていなかった。それでも俺に出来る精一杯をしただけで、あれが最良のやり方だと今でも思ってるし、何の後悔もない。俺にとっては前世の出来事のようなもので、お前が後ろめたく思う必要はなにもないんだ。お前の為じゃない。江おじさんに虞夫人、それに俺達の師姉のためにやったことだ。だからお前は気にするな。俺は亡くなったあの人たちの役に立ちたかったんだ。あの三人が一番大切に思うお前の為にな」
「阿羨……!」
「よしよし。泣くなよ。見た目はお前の方が年上なのに」
「うるさいっ!」
確かにどう見ても十歳は若い魏無羨に縋り付く雲夢江氏宗主の姿はどこか滑稽で、遠くから二人の様子を眺めていた藍曦臣も魏無羨の茶化し言葉に吹いてしまった。
じろりと藍忘機に睨まれ、慌ててこほんと普段の彼の表情に戻る。
「魏公子は良い人だな。忘機、お前の見立ては正しい」
当然です、と言わんばかりの弟の頭を軽く小突き、藍曦臣は魏無羨に慰められる江澄の様子を不思議そうに眺めていた。
「忘機、江宗主と言えば、いつも何かに苛立っている様子で人を寄せ付けない感じに見えたけど、案外、その内面は脆い様に見える。どうだ?」
「知りません。興味もありません」
「お前ね……」
さっぱり、きっぱり無表情で言ってのける弟に苦笑しながら、藍曦臣もどうやらすっかり立ち直れたようだった。
「江宗主は意外に可愛い」
「兄上?」
「うちの弟が生意気で、兄を兄と思わない様な態度を取るようになったから、そろそろ私も弟離れが必要かも知れない」
「何を仰っているのか、さっぱり」
「それにお前はとっくに巣立ちしてしまったし」
魏無羨を顎で指し示し、くすりと笑う藍曦臣に、藍忘機はほんのりと頬を赤らめながら、「兄長」と嗜めるように咳払いする。
「冗談だよ。魏公子との話が終わったら、江宗主を寒室へご案内するように。せっかく姑蘇に来たのだし、彩衣鎮でも案内したい」
「知りません」
「忘機?」
藍忘機に飛びかかる藍曦臣を魏無羨が見つけ、それを江澄に指差したため、泣いていた江澄もついつい吹き出してしまった。
雲夢双傑も、藍氏双璧も、立場は違えどどちらも仲の良い兄弟のようで。
「江澄、後で彩衣鎮で酒でも飲もうぜ。ここじゃろくに酒が飲めないからな。もちろん、お前のおごりで!」
「相変わらずだな。真面目に謝るんじゃなかったわ」
二人の笑い声が雲深不知処の空に溶け込み、消えて行った。
終わり
20240531
「江兄は行かないのかい?」
と聶懐桑に問われたが、正直、行って良いものか悩みどころだった。
江家の当主としては行かねばならない。
しかし藍曦臣が閉関を解いた理由に少なからず江澄も関わっているとなると、のこのこ出向くのは差し出がましいと言うか、恩着せがましいと言うか。
面子を気にする江澄としては迂闊に顔を出すことが出来ないでいた。
それから三月は経っただろうか。
雲深不知処で藍忘機の食客となっている魏無羨から江澄に当てて親書が来た。
同じ思い出を共有する者同士、水入らずで飲もうと言うのだ。
雲深不知処ではろくに酒など手に入るまいと思うのだが、あの観音堂での一件以来、魏無羨ともきちんと話し合えずにいる。
どんな顔で彼に会ったら良いのだろう。
お前の為に救われたと頭を下げるか。
感謝してもしきれない、雲夢江氏を建て直せたのはすべてお前のおかげだと泣いて感謝を示せば良いのだろうか。
否。
魏無羨はそんなことは望むまい。
彼なら謝罪の言葉より、昔ながらの二人の関係を望む筈だ。
頭では分かっていても、魏無羨の前に出た時。
果たして江澄は彼へ罪悪感を抱かずにいられるだろうか。
相変わらず、彼は魏無羨に敵わず、彼の下で凡人として僻んで生きるしかないのだろうか。
深い溜め息を吐き出したが、魏無羨が姑蘇藍氏、藍忘機の元で雲深不知処に匿われている以上、避けて通ることは出来ない。
「雲深不知処へ出掛けるぞ。支度を手伝え」
身の回りの世話をする少年にそう伝えると、江澄は早速外出の為の手筈を整えた。
御剣の術を使えばあっという間の距離だが、道中、色々と考えたい。
馬車に揺られ、数日、走り続ける内、考えもまだはっきりと決まらない内に彼の馬車は雲深不知処へと着いてしまっていた。
山の頂きが雲海に煙る、仙境の様な趣がある雲深不知処を訪れる度、江澄は昔のことを思い出してしまう。
肩のところにそれぞれの家紋が入った白い衣装を着、「江澄、江澄!」と彼に呼び掛ける若き魏無羨の姿をついこの間見たばかりの様だった。
優等生で当時の若者の手本の様だった藍忘機に酒を飲ませ、藍氏の祠堂の前で打擲されたことさえ懐かしい。
魏無羨と来たら、とにかく問題ばかり起こす悪童で、同じ雲夢江氏として江澄は恥ずかしくて、なんとか彼を更生したくてたまらなかった。
「江宗主」
池のあたりで呼び止められ、振り向くと藍曦臣が立っていた。
確か閉関中の藍曦臣と偶然会ってしまい、彼の様子が見てられなくて江澄が一発説教をかましてしまったのもこの人工池の側だった。
「藍宗主」
堅苦しい挨拶をする江澄にふっと笑いを漏らした藍曦臣は、どうぞ、と池に作られた橋の欄干を手で指し示す。
自分は魏無羨に用があって、と言いたいところだが、藍曦臣はかつての三尊の唯一の生き残りだ。
もはや彼より上の者は存在せず、雲夢江氏宗主とて、最上の礼を向けねばならない相手なのだから、止むなく江澄は言われた通り、彼の横へと腰掛けることにした。
「復帰されたと聞きました」
「ええ。あなたの言葉のおかげで吹っ切ることが出来ました。江宗主、あなたのおかげです」
「私など、何も。むしろ、皆の尊敬を集める沢蕪君に対し、失礼な態度を取ってしまったと反省しています」
「貴方だからこそ、率直な言葉で私を叱って下さった。私を注意出来る者など、叔父しか存在しません。忘機でさえ、私には遠慮がある」
「………」
そんな相手に江澄は偉そうに説教を垂れてしまったのだ。
自分の傍若無人さにほとほと呆れてしまう。
そんな彼の態度から江澄の思考を読み取ったのか、藍曦臣は「お気にならさず」とぽんと彼の肩を叩いて笑った。
藍曦臣が触れた箇所がじわりと温かく、江澄も笑みを漏らす。
「江宗主、あなたは………」
「はい?」
普段、眉間に皺を寄せる顔ばかり見せる江澄の微笑が意外だったのか、藍曦臣は驚き、そしてまた笑顔に戻ってクスッと笑う。
やはり藍曦臣には微笑が似合う。
暗く、陰鬱に考え込んでいる様子など、この人には相応しくないと江澄も思った。
「言っていましたよね。あなたもかつて、信じていた人に裏切られ、世の中の何ものも信じられなくなったと」
「ああ、いや、あれはその時の感情であって、今は自分の狭量さを恥ずかしく思っています」
「そうなのですか?」
「ええ」
信じているのなら、最後までなにか理由があるはずだと信じてやれば良かった。
彼らの姉は魏無羨が金子軒を殺したと聞いても、夫の死を嘆きながら、それでも「阿羨はそんなことはしない、阿澄、阿羨を信じてあげなきゃ」と言っていた。
自分たちは常に三人一緒で、絶対に離れないのだと。
そして金光瑶にも似たような言葉で嘲笑された。
「江宗主、惨殺され、落ちぶれた世家を建て直そうとする若い宗主を、皆が手放しに歓迎していたと本気で思っているのか? お前が彼のことを少しでも理解し、二人で手を取り合っていれば、魏無羨をあそこまで追い詰めずに済んだだろう。つまり彼のしたことの大半は、お前の狭量さにあるんだ!」と。
あの時、江澄は何も言えず、魏無羨の方を見ることも出来なかった。
そう。
すべては江澄が魏無羨を妬み、僻んで。
自分だけが不幸だと思いこんでいたせいだ。
「今日は魏公子に会いに?」
「ええ。でも、正直、どんな顔で会えば良いのか、分かりません」
「彼の性格なら、普段通り、昔のままのきみで会うことを望むだろう」
「ええ。それは私も分かっています。でも沢蕪君、あなたの弟は私を許しませんよ」
「忘機は頑固だからね。魏公子への気持ちも強く、彼が侮辱されることを何よりも好まない。しかし忘機が誰よりも大切に思っているのも魏公子だ。だから魏公子が望まないことは、忘機も望まない。気にしなくても彼がきみを害することはないよ。魏公子が望まないからね」
むしろ、いっそ。
藍忘機に殺されてしまいたい。
江澄がそう思っているなんて誰も知りはしないだろう。
金丹を譲ってもらい、魏無羨のおかげで宗主になれて、魏無羨のおかげで生かされている。
「……あいつがいなければ何も出来ない奴だなんて、思われたくないんです……、俺だって、懸命に頑張った……。俺だって、魏無羨を救いたかった。俺から、俺のもとから去ったのはあいつの方だ」
「江宗主……」
重ねられた藍曦臣の手が温かすぎて、わけがわからなくなった江澄の瞳から涙が滲み出る。
こぼれる前に上を向き、空を見上げて、唇を噛んだ。
「雲夢双傑だって、言ったのは魏無羨なんです」
江澄の手を握り締める藍曦臣の表情が「あっ」と変わる。
いつの間にか後ろにいた彼の弟とその伴侶が二人の話を聞いていた。
「俺達はいつまでも雲夢双傑だよ」
魏無羨の声に江澄が振り返る。
「江澄、相変わらず、お前は仲直りが苦手だよな。いつまで先に俺に謝らせる気だ」
「………」
二人の会話を聞き、ムッとした顔になった藍忘機を手で制し、魏無羨は江澄に近づくと、座る彼の頭を自分の胸へと引き寄せた。
「[[rb:兄弟 > ションディー]]、俺もお前も、もう子供じゃないんだ。気まずいからとか、謝りたくないから、距離を置こうなんてことはもう止めよう」
「………」
「俺達しかいないんだからさ、江澄。仲良くやろうぜ、昔みたいにさ」
「……阿羨…!」
「うん、[[rb:阿澄 > ・・]]」
江澄の目から堪えきれずに涙が溢れ、彼は魏無羨の腰に縋って、子供みたいに泣き出した。
それを見た藍忘機が少し拗ねていたが、兄にこっちに来なさいと引っ張られ、止むなく、魏無羨たちと距離を取る。
「魏無羨、済まなかった、俺が、俺が……」
「いいって。前にも言っただろう。あの頃、俺も一生懸命過ぎて周りが全く見えていなかった。それでも俺に出来る精一杯をしただけで、あれが最良のやり方だと今でも思ってるし、何の後悔もない。俺にとっては前世の出来事のようなもので、お前が後ろめたく思う必要はなにもないんだ。お前の為じゃない。江おじさんに虞夫人、それに俺達の師姉のためにやったことだ。だからお前は気にするな。俺は亡くなったあの人たちの役に立ちたかったんだ。あの三人が一番大切に思うお前の為にな」
「阿羨……!」
「よしよし。泣くなよ。見た目はお前の方が年上なのに」
「うるさいっ!」
確かにどう見ても十歳は若い魏無羨に縋り付く雲夢江氏宗主の姿はどこか滑稽で、遠くから二人の様子を眺めていた藍曦臣も魏無羨の茶化し言葉に吹いてしまった。
じろりと藍忘機に睨まれ、慌ててこほんと普段の彼の表情に戻る。
「魏公子は良い人だな。忘機、お前の見立ては正しい」
当然です、と言わんばかりの弟の頭を軽く小突き、藍曦臣は魏無羨に慰められる江澄の様子を不思議そうに眺めていた。
「忘機、江宗主と言えば、いつも何かに苛立っている様子で人を寄せ付けない感じに見えたけど、案外、その内面は脆い様に見える。どうだ?」
「知りません。興味もありません」
「お前ね……」
さっぱり、きっぱり無表情で言ってのける弟に苦笑しながら、藍曦臣もどうやらすっかり立ち直れたようだった。
「江宗主は意外に可愛い」
「兄上?」
「うちの弟が生意気で、兄を兄と思わない様な態度を取るようになったから、そろそろ私も弟離れが必要かも知れない」
「何を仰っているのか、さっぱり」
「それにお前はとっくに巣立ちしてしまったし」
魏無羨を顎で指し示し、くすりと笑う藍曦臣に、藍忘機はほんのりと頬を赤らめながら、「兄長」と嗜めるように咳払いする。
「冗談だよ。魏公子との話が終わったら、江宗主を寒室へご案内するように。せっかく姑蘇に来たのだし、彩衣鎮でも案内したい」
「知りません」
「忘機?」
藍忘機に飛びかかる藍曦臣を魏無羨が見つけ、それを江澄に指差したため、泣いていた江澄もついつい吹き出してしまった。
雲夢双傑も、藍氏双璧も、立場は違えどどちらも仲の良い兄弟のようで。
「江澄、後で彩衣鎮で酒でも飲もうぜ。ここじゃろくに酒が飲めないからな。もちろん、お前のおごりで!」
「相変わらずだな。真面目に謝るんじゃなかったわ」
二人の笑い声が雲深不知処の空に溶け込み、消えて行った。
終わり
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