誕生日の贈り物

 藍忘機がいつもの時間に起床すると、いつもと変わらぬ魏無羨の寝顔がまっさきに目に入り、思わず彼の口許が綻んでしまった。
 彼が存在するだけでこれほど愛おしい。
 そんな感情が自分の中にあったことが普通に驚きだった。
 魏無羨の朝は藍忘機よりかなり遅いから、彼を起こさぬ様にそっと寝台から降りる。
 昨夜、抱き合ったまま眠ってしまったから、藍忘機は何も身に着けていない素肌に薄衣を羽織り、身嗜みを整えた。

「おはよう、忘機」
「おはようございます、兄上」
 早朝。
 彼ら兄弟が顔を合わせ、することと言えば、昔からまずは練習用の木剣で手合わせをすることだった。
 今の彼らには不必要な鍛錬だが、物心ついた時から兄は藍忘機が目指す対象であったから、今でも彼らの習慣になっている。
 静かな雲深不知処の敷地に木剣同士が当たる音が響き、手合わせをする彼らの横を寒室で控える弟子たちが影のように横を通り抜けて行った。
 勝負は常のごとく、藍忘機の勝ちで終わる。
 兄の弱点は利き腕の真下にあり、以前、そのことを指摘はしたものの、藍曦臣は直す気もないようだった。
 弟に勝たせてやっていると言った理由付けからだろうか。
 本気でやれば今は藍忘機の方が腕が立つのはお互い周知のことだ。
 それでも兄としての面子はあるから、敢えて弱点を直さずに勝ちを譲ってやっていると言う体で自身の立場を守っているのかも知れなかった。
「相変わらずお前は強い」
「兄上に勝ちを譲られているだけです。いつかは本気で打ち合いをしていただきたいものです」
「お前ね。まあ、良い。それにしても、今日はやけに冷えるな」
「ええ」
 空を振り仰ぐ兄弟の元に白い粒がひらひらと舞い降りて来た。
 手のひらにのせて見ると、みるみるうちに溶け出してしまう。
「雪です、兄上」
「こんな時期に雪とは珍しい。どおりで冷えるわけだ。身体を冷やす前に朝食をとることにしよう。魏公子はどうせまだ目を覚まさないのだろう。忘機、お前も一緒に」
「ええ」
 おそらく積もる雪ではないだろうが、止む前に魏無羨にも見せてやりたい。
 空を見上げ、藍忘機はそう思った。
 そんな弟の背中を見、彼のことなら何でも分かってしまう兄は、
「遠慮せずに彼の元へ行きなさい」
と笑って藍忘機を促す。
「私も想い人と一緒に初雪を眺めて楽しみたいものだ。しかし残念ながら、私が想う相手は遠い南の地にいる。彼の居場所ではこの雪は見られまい」
「──後でお伺いします」
「構わんよ。多忙な仙督を、藍氏の私事で煩わせるわけにも行くまい。今日は自由に過ごして結構。代わりは私が務めて置く」
「ありがとうございます、兄上」
 にっこりと穏やかな笑顔で手を振る兄に藍忘機は一礼し、早速、静室で眠っている魏無羨の元へと帰って行った。

「魏嬰、魏嬰、起きたまえ」
 藍忘機が肩を揺すると、魏無羨が不満げな声を上げ、うるさそうに寝返りを打つ。
「まだ俺の起きる時間じゃないってばー、藍湛」
「起きて見ると良い。今年初めての雪が降っている」
「雪ぃ?」
 眠そうに目を擦りながらも魏無羨は起き上がり、そして窓から外を眺めて歓声をあげた。
「すげえ! 藍湛! もう雪が降ってるよ!」
「うん」
 子供みたいにはしゃぎ、早速、起き上がる魏無羨の肩に服を羽織らせてやる。
「うー、さぶっ! さすがに雲深不知処は降雪も早いんだな。雲夢にいた頃はごく稀にしか降らなかったけど、ここは山だから降るのも早いのか」
「今年はやけに早い。魏嬰、外套を出してくるからしばらく待ちなさい」
「そんなものいらないってば。すげえ、雪だ!」
 あれほど起こすのに苦労したのに、雪を見た瞬間、魏無羨の目はもうばっちり覚めているようだ。
 鞠の様に外へ転げ出す魏無羨に目を細め、藍忘機も彼を真似て静室の庭へと躍り出た。
「曇天から舞い落ちる粉雪か。綺麗だな」
「うん」
 魏無羨が冷えない様に肩を抱いてやると、彼もにっこり笑って抱き返して来た。
「藍湛とくっついてるとあったかいな」
「うん」
「俺のこと、こうしていつもあたためてくれよな。そうしたら俺もこうやってお前を抱き返すからさ」
 言うまでもない。
 魏無羨の髪についた雪を払い、粉雪の代わりに藍忘機の口づけを降らせてやった。
 ちらちらと舞い落ちる雪の中。
 藍忘機は魏無羨を抱きしめ、彼の唇に口づけた。

終わり
20241030
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