藍湛とかくれんぼ

 例の足跡の件を藍忘機に追求した藍曦臣は、元々の発端はどうやら魏無羨の悪戯で、彼が呪符で姿を眩まし、藍忘機の目を欺こうとしたことが原因だと知り、呆れてしまった。
「そんなことをして、何になるのだ」
「───」
 藍忘機に聞かれても魏無羨の思考など掴める筈もない。
 そもそもこの兄弟は生まれてこの方、隠れんぼなどで遊んだことはなく、どうして身を隠して相手を騙すことが悪戯になるのかさえ理解出来なかった。
「つまり、それが雲夢流の遊び方であると?」
「私に聞かれてもお答え出来ません。床の件はお詫びします。まだ何か?」
「いや、分かれば良いのだ。下がりなさい」
「はい」
 相変わらず藍曦臣の弟は兄である彼にして見ても何を考えているのかまったく理解不能だ。
「それにしても、隠れんぼか」
 藍曦臣にとって、「雲夢」と聞いて思い浮かぶ存在はたった一人を置いて他にはいない。
 藍忘機が去った今、室内には誰もいないから、彼は膝を立て、その膝に肘を置き、手にした扇子で顎をぽんぽんと軽く叩いた。
 世にも麗しく、芳しいこの兄弟は、何をしていても深い瞑想をしているようで様になる。
 考えていることが、どうしたら雲夢にいるあの気難しい彼の恋人を喜ばせようかと言った、ものすごくくだらない内容であっても、傍から見れば藍宗主がものすごく深い瞑想に浸っているように見えるから得と言えば得だろう。
「宗主、署名を頂きたい幾つかの案件をお持ちしました」
「ああ、後で目を通しておこう。ところで私は夜まで外出して来るつもりだ。急ぎならばその案件とやらはお前たちの判断に任せてしまって宜しい」
「はあ……」
 またですか、とは勿論、奥ゆかしい姑蘇の内弟子は口にしたりしない。
 藍曦臣はふらふらと遊んでいても最終的にはきっちりけじめをつける男であるし、実際、彼の周辺に居る内弟子たちは優秀で、藍曦臣がいちいち口を出さずともちゃんと名采配でそつなく雲深不知処を切り盛りしてくれる。
 藍曦臣がする仕事など彼らが熟考し、判断を下した後の再確認でしかなく、しかも藍曦臣の筆跡をそっくりそのまま真似て書ける者もいるのだから、例え彼が一年、二年留守にしようと雲深不知処は何の滞りもなく回るのだ。
 自分の存在意義とは、と考えることもあるが、それもまた宗主の仕事なのだと割り切って、普段は彼らを信用し、すべて任せることにしている。
 江澄の様に全部に目を通さねば気が済まない人種と、藍曦臣や聶懐桑の様に他人任せでも全然気にならない人種。
 世家の宗主も人それぞれなのだ。

 雲深不知処を後にした藍曦臣が向かった先は、勿論、水辺の絶景地、雲夢にある江家の本拠地、蓮花塢である。
 山の中にある雲深不知処は雪で閉ざされた真冬だと言うのに、この地では既に花を開いた野草まで見受けられた。
 魏無羨と言い、江澄と言い、雲夢の人々の開放的な性格は、この陽射しの明るい温暖な地に作られたのだろうとしみじみと感じてしまう。
 だからこそ自分も弟も彼らが持つ独特の雰囲気に惹かれてしまうのだ。
 藍忘機は魏無羨の奔放さを愛し、藍曦臣は奔放に生きたいのに、生真面目な性格が邪魔をして意固地に、頑固にしか生きられない江澄の不自由さに惹かれてしまう。
「これは藍宗主。ただいま宗主に」
「いえ。江宗主には書簡で連絡済みなので、報告は結構ですよ」
「え?」
 そんな話は一言も聞いていない門番が同僚と顔を見合わせるが、藍曦臣がにっこりと微笑むと、彼らもおどおどしながら簡単に門を開けてくれた。
 藍曦臣の言う約束がどうであれ、彼が姑蘇藍氏の宗主であることは、誰の目にも一目瞭然だし、そもそもこれ程美形な男と間違えられる相手は仙督の藍忘機しかいない。
 ありがたいことに藍曦臣と藍忘機の見分けは表情の違いで簡単に分かるから、兄弟を見間違うことはあるが、これだけ美形で世間に名を通した兄弟に成りすませる人間など存在しないのだ。
「やあ、阿澄」
 毎度毎度、いつも居眠り中とか、屈伸中とか、江澄が人に見られたくない時に限って現れてしまう藍曦臣だが、今日もやっぱり江澄の気まずい瞬間と立ち会ってしまった。
「美味しそうな焼き芋だね」
「────」
 あんぐりと大きな口を開け、もぐもぐと焼き芋をおやつに食べているところに出会してしまった。
 途端にくわっと江澄の目が開き、真っ赤な顔であわあわと何か言われる。
 芋が口に入っているおかげでまったく聞き取れなかった。
「焦って食べると喉に詰まらせるから、お茶を飲みなさい」
「……あ、焦らせてるのは誰だ!」
 ようやく芋を嚥下した江澄が慌てて口許を拭い、藍曦臣を睨み付ける。
「ちょっと小腹が空いたから、芋を食べていただけだ」
「別に良いのではないですか。ああ、お茶なら私が」
「と、言うか、なんで藍宗主を勝手に通すなと言ってるのにうちの門番は何度もあんたを通してしまうんだ」
「彼らに責任を負わせるのは酷ですよ、阿澄。何故なら、姑蘇藍氏宗主の私を一体誰が止められるのです」
「く……っ!」
 負けず嫌いの江澄だが、詭弁、雄弁、何でもござれの藍曦臣に口で勝てたことは一度もない。
「はい。お茶をどうぞ」
 おまけに良妻賢母を地でいくような微笑と手つきでそっと程よい温度と甘みのあるお茶を出されては、如何に気難しい江澄でも黙るより他はないだろう。
「まったく、あんたが女に生まれなかったのが本当に残念だ」
「私が女性の身に生まれていたとしたら、困るのは忘機でしょうね。生真面目なあの子のことだから、姑蘇藍氏を継ぐ継子の身になれば、例え魏公子が恋しくともあの子も諦めざるを得なかったと。つまり」
「──なんでそこで俺の顔を見る」
「私は男として生まれることで忘機の為となり、魏公子の為にもなって、こうして阿澄にお茶を淹れて差し上げることも出来るわけです」
「誰が茶を淹れろと頼んだよ。それ以前に勝手に入ってくるなと何度も何度もあんたに言っただろうが」
「それは勿論、江宗主。あなたに会いたかったので」
 微笑一つで江澄を黙らせ、渋々、茶を啜る彼に藍曦臣の目尻の皺も更に深くなる。
 何だかんだ、江澄もちゃんと藍曦臣を受け入れているのだ。

 それで何の用で来たんだよ、と問われ、藍曦臣は先日見聞きした藍忘機と魏無羨のちょっとした喧嘩の様子を説明する。
「魏無羨はともかく、藍忘機でもムキになることがあるのか」
「本当にめったにないけどね。多分、今回は魏公子がいなくなったと勘違いした忘機が本気で心配したせいだと思うよ。魏公子にとってはほんの遊び心なんだろうけど、彼がいない間の忘機はまるで根を詰める様にあちこち飛び回っていたからね」
 それは江澄も知っている様だ。
 あの頃の藍忘機は逢乱必出などと揶揄され、どんな些細なことでも鬼が出たと聞けばどこへでも駆け付けていたのだ。
 知己を失った寂しさを紛らわせる為とも受け取れるし、鬼が出るところに魏無羨の痕跡が見つかるのではないかと考えたとも取れる。
 藍忘機が多くを語りたがらない以上、彼の心は彼しか知らぬことだが、それだけ魏無羨の別れが藍忘機にとっては心の傷になったに違いない。
 魏無羨本人は亡くなっていたから、藍忘機がどんな気持ちで彼を待ち続けたのか──それは江澄も一緒だが、この先も知ることはあるまい。
 しかし魏無羨が目の前から消える。
 それは藍忘機にとって過去の嫌な思い出を繰り返す、古傷を抉る行為だった。
 考えなしの魏無羨に呆れた江澄は「まったくあいつは」とぶつぶつ文句を言っていたが、藍曦臣が今日ここに来たのは彼の悪行をバラす為ではない。
「雲夢では、親しい間柄の者同士は、隠れんぼをして遊ぶのかい?」
「あ?」
 この男は何をふざけてるんだと言う顔で江澄が藍曦臣を見ているが、彼はいたって真面目だった。
「隠れんぼと言う遊びを私はしたことがないんだ」
「それがなんだよ。あんたの子供が出来たら、その子と隠れんぼで遊べば良いだろう」
「阿澄が産んでくれるのかい?」
「ふざけてんのか。今すぐここから追い出しても良いんだぞ!」
「では私は誰と隠れんぼで遊べば良いのだ」
「あのな。俺とあんたは今年で幾つだ」
「四十だね。しかし金丹のおかげで阿澄、きみはいつまでも若々しく、美しい」
「あんたの為に若々しくいるわけじゃないし、あんたの為に着飾ってるわけじゃない。はい、解決。送らないぞ」
「隠れんぼは?」
「するわけがないだろう」
 あっさり、きっぱり、切って捨てた江澄に藍曦臣がむうっと唇を尖らせる。
 一体、いつからそんな人格になったんだと呆れられてしまった。
「きみの前では少年の頃に戻れる気がするよ」
「外見は、四十だけどな」
 相変わらずつれない。
 しかし江澄の良いところは口では何のかんのと文句を言いながら、その実、すごく心配症で面倒見の良い点だ。
 江澄が書き物に集中している間に、こっそり部屋を出て、藍曦臣は蓮花塢の彼の屋敷を探険してみることにした。
 行く先々で当然のことだが、「藍宗主、もしや、何かお探しですか?」と声を掛けられるが、「問題ない。それより江宗主が私を探していても居所はけして言わないように」と念を押しておいた。
「はあ……」
と怪訝な顔をされるが、生まれてから四十年、めったにしたことのない奇行だったから、本人は内心、わくわくしていた。
 悪戯好きの魏無羨を困ったちゃん扱いしていたが、彼の気持ちも少し理解出来る。
 江澄が藍曦臣を捜し回る様子を想像し、それだけで笑顔がこぼれてしまった。

 しかし───。
 待てど暮らせど、江澄はいつまでも藍曦臣を探しに来ない。
 すっかり日も暮れてしまった為、こっそり彼の私室を覗いて見ると、なんと呑気に晩酌をし、しかもつまみなのか、貝を焼き、その身を箸でほじくり返していた。
「──阿澄……」
と声を掛けてみたが、どうやら彼には聞こえない様で、江澄は顔を上げてこちらは見たものの、空耳かと言いたげな顔でまた貝をほじくる。
 どうやらなかなか身が出て来ずにそろそろ苛立ち始めているようだ。
「全然、取れないぞ!」
と彼の一声で雲夢江氏の弟子の一人がやって来て、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「そう言えば、昼に藍宗主を祠堂の方で見ましたが」
「どうして藍宗主がうちの先祖の位牌など見に祠堂に行くんだ」
「俺も気になったので、何かお探しですか?と尋ねたんですが、江宗主には言わないで欲しいと言われて」
「ん? それで彼はどこに行ったんだ」
「しばらく祠堂の中を御覧になっていましたが、それからは知りません」
「まだ帰ってないのか? もしかして」
「さあ、ちょっと他も当たってみます」
「さっさと探せ」
 どうやら江澄は藍曦臣がまだ蓮花塢に居るとも思っていなかったらしい。
 せっかくあれこれ隠れ場所を探して蓮花塢の中を彷徨いていたのに、まったく無駄な時間だった。
 そして何やら不自然な目眩を感じる。
 突然、庭から起きた物音に江澄は三毒を掴み、慌てて其方へ駆け寄ったが、地面に倒れ伏す藍曦臣を発見し、どうしたものかとあたふたしてしまった。
 人を呼ぼうにもこんな時間にこんな場所で姑蘇の宗主が倒れたとなれば一大事だし、かと言って一人で担ぎ上げるには藍曦臣の体は大きすぎる。
 しかしごちゃごちゃ考えている間に誰か来てしまいそうだから、江澄は人払いをした後、悪戦苦闘の末、どうにか藍曦臣を自分の寝台に寝かせ終えた。
「阿澄、あんまりです」
「どっちがだ! てっきり帰ったと思ったのに、外で何時間も過ごすなんて今何月だと思ってる」
 暖かくなったとは言え、それでも暦ではまだ初春。
 薄着で外に長時間居るには向かない陽気だった。
 大丈夫です、と言おうとするのだが、どうやら珍しく感冒に罹ってしまったらしい。
 寒気がする彼の体を江澄が温め、煎じ薬も用意して飲ませてくれた。
 匙に薬をすくい、藍曦臣の口許に運んでくれる江澄の顔がすぐ目の前にある。
 いつになく心配そうで、頭痛は酷いものの、嬉しくてにやにやしていたら、薬を取り上げられてしまった。
「貴様、仮病だな!」
「違いますよ。頭痛がするのは本当です」
「まったく、くだらない遊びに興じているからこんなことになる。藍忘機に迎えの一報は送って置いたから」
「それは困ります!」
「困るのは俺だ。早く藍忘機に引き取ってもらわねば」
「忘機に私が風邪で倒れたなんて、知られたくありません。病に罹ったことなど一度もないのに。心配を掛けてしまいます」
「俺の手を煩わせることは何とも思わないのか」
「それは、申し訳なく思いますが、でもあなたと私は情を交わした間柄、忘機は弟ですから、弟の世話になるわけには」
 江澄にはなかなか理解しがたいだろうが、藍曦臣にも兄としての意地があるのである。
 それにこうして公然と江澄に看病をして貰える機会などそう訪れないし、嫌々ながらもちゃんと面倒を見てくれる江澄がおかしいやら、愛しいやらで彼への愛情を再確認してしまった。
「藍曦臣、お粥が出来たぞ」
「阿澄の手作り?」
「んなわけあるか」
 水分をたっぷりと含んだ白い粥を一匙掬い、江澄がふうふうと息を吹いて冷ましてくれている。
 その額に唇を押し当てると、上目遣いで凄まれたが、病人だからと許して貰えた。
 病人とは、何と都合の良いものか。
 なのでわざと「ああ、力が……」と江澄の方に倒れかかったりして遊んでいたのだが、しまいには「いい加減にしろ」とキレられてしまう。
 何事も程々にしなくてはならない。
 今回病を得て藍曦臣が得た教訓だった。

 雲深不知処に帰れない理由が出来た為、その晩は江澄と月を眺めて過ごした。
 風邪なのに、とぶつくさ言いながらも藍曦臣を案じて外套を羽織らせてくれる彼の優しさに幸せを感じてしまう。
「きみも半分」
「俺は別に月など眺めたくない」
「私と一緒に月を眺める機会なんて早々訪れないよ」
「自分で言うか」
 外套の裾を広げると江澄が猫のように滑り込んで来て藍曦臣の体に寄りかかる。
 寒い夜気のおかげで江澄の体温がより温かく感じられる。
 唇肉の薄い唇に口付けると江澄の指が藍曦臣の顎を引き寄せ、自ら舌を差し入れ、彼の誘いに応じてくれた。
「藍宗主が実はとても子供っぽいことに今日は初めて気付かされた。何年もあんたにはずっと騙されていたぞ。すごく頼れる人だと思っていたのに」
「阿澄、人との関係には、時折、駆け引きと言うものも必要となる。いつも同じでは飽きが来て関係の継続も難しくなるが、めったに見ることのない童心に返る私を解放することで、きみは新たな発見が出来た。我々の関係もより親密に」
「ぶん殴ってやろうか。口調まで変わりやがって」
「なるほど。それも新天地かも知れない。しかし私にはどうやらその手の趣味はないようだ。きみに支配されるより、きみを支配したい」
「お断りだ」
 そう言いながらも江澄は再び、藍曦臣の口付けを受け止め、その晩は朝まで幾度も愛し合った。
 いつもは江澄が寝るまでの間、彼の横で寝顔を確かめてから藍曦臣が帰るのが常だが、今晩は既に帰らないと雲深不知処に連絡済みだ。
 明日は卯の刻を過ぎても江澄の横で堂々とうつろうことが出来る。
 指を絡め、四肢を絡めて、額をつけ合って、彼らは互いの愛情を確かめた。

 一方、こちら、雲深不知処。
 いつまでも帰ってこない藍曦臣の言い訳に尽きてしまった藍忘機はとうとう藍啓仁に正直に兄は蓮花塢に行ったまま帰らないことを伝えた。
「もう三日だぞ! なんで今まで黙っていた!」
 とは言え、藍曦臣が居なくとも雲深不知処の運営は滞りなく回る。
 ましてや藍忘機は居るのだから、まったくもって問題なかった。
 しかし叔父の怒りはそれでは収まらない。
「高熱が出てしばらく動けぬと江晩吟の部下から連絡が」
「それが弛んでいると申すのだ! そもそもだ、曦臣が病気なら何故、さっさと雲深不知処に帰らせない。もう良い。私が自ら迎えに行くぞ!」
「叔父上はご高齢ですから、雲夢まで行かれてはお身体に障ります。私が兄上を迎えに参ります」
「うん。俺も一緒に行くぞ~」
「そもそもだ! 魏無羨、貴様が雲深不知処に悪癖を根付かせるから……!」
 藍啓仁のお小言は江澄以上にくどくて止まらない。
 藍忘機はさっさと魏無羨の襟首を引っ掴むと、寒室に詰める藍曦臣の部下に後は託して魏無羨と二人で蓮花塢へと向かった。
「おっわー、久々の蓮花塢だぁ!」
 諸手を挙げて駆け出しそうな魏無羨を捕まえて、蓮花塢へと急ぐ。
 宗主の江澄は病で倒れているらしいが、藍曦臣なら居ると中へ通された。
「へ? 病気って、沢蕪君じゃなくて?」
「……」
 さあ、と藍忘機は首を傾げる。
 確かに最初の手紙では江澄の筆跡で藍曦臣が熱を出して今晩は帰れそうにないから蓮花塢に泊まると書いてあった。
「おや、忘機。来たのか。しばらく帰れないと連絡した筈だが」
「兄上……」
 弟の苦労など知らず、この調子である。
 大体、どこの家庭も長男と言うのは自分勝手で、下の迷惑など考えないものだ。
「叔父上がお怒りです。すぐに戻って頂かねば」
「それは無理だ。私の流感がうつってしまったようで、阿澄の熱が一向に下がらない。どうやら彼も同じ流感に罹ってしまったようだ」
「流感、ですか?」
「何だよ、江澄の奴、軟弱だな」
「そう言うものではありませんよ。まさか私も疾患するとは思いもしなかったので」
「兄上はもう治られたのですか?」
「いや、まだちょっと咳が」
 それは大変だ。
 咄嗟に魏無羨と藍忘機は互いを守ろうと抱き合ったが、すぐに藍忘機がへにゃへにゃと床に崩れ落ちてしまった。
「藍湛?!」
 慌てて額に触れてみると、さっき蓮花塢に到着したばかりだと言うのに藍忘機の額はものすごく熱かった。
「幾ら何でも速効でうつりすぎだろう!」
「うーん、普段、病に罹らない私が罹って、それを阿澄にうつしたので、より強力になったのかも知れません。とりあえず忘機も寝床に運んであげねば」
「魏嬰は…、遠ざけてくださ…い」
 さすがは藍忘機である。
 こんな熱でふらふらの状態なのに真っ先に魏無羨を心配している。
 そんなこんなで一週間経っても藍曦臣も藍忘機も雲深不知処に戻らず、一人留守を預かる藍啓仁の憤りも相当なものだった。

「馬鹿は風邪を引かないってのは本当の話だったんだな」
「江澄、俺がお前たち三人を看病してやったから、みんな元気になったってのに、その言い草はなんだ!」
「お前の作るゲロみたいなお粥を無理やり食わされて余計具合が悪くなったんだよ」
 ぎゃあぎゃあ子供みたいに喧嘩する魏無羨と江澄を眺めながら、そのゲロみたいなお粥を啜る。
 確かに見た目は相当酷いが味はそれ程悪くない。
 にこにこと二人を眺める藍曦臣を見ながら、藍忘機はそっと溜息をついた。
「兄上、二度と馬鹿な真似をしようなんて思いつかないでください」
「何を言う。私のおかげで蓮花塢でこうして四人でのんびり過ごすことが出来たんだ。お前に感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないよ」
 藍曦臣の言い分はともかくとして。
 確かに四人にとってとても珍しく、良い休日体験にはなった──のかも知れない。
 雲深不知処で一人苛々している藍啓仁にとってもきっとそう経験することのない初めての一週間だっただろう。

終わり
20240216
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