うちの姫様がやっぱり一番可愛い

 今年もついにやって来た。
 仙門百家公子容姿風格格付けである。
 どこで誰が決めるのか。
 そもそもいつ投票が行われているかも不明だが、江澄が知る限り、この格付けは由緒正しいものと彼らが子供の頃からまことしやかに語られていた。
 かく言う江澄もうら若き十代の頃は上位常連組で、藍曦臣、藍忘機の兄弟などは十にも満たない子供の頃から首位を取り続けていた為、二人はもはや殿堂入りで修真界美男子枠の伝説的な存在だった。
「一位は金凌か。まあ、これは妥当だな」
 身贔屓ではないが、金凌を除いて誰が一位を取るのだと江澄は思っている。
「ふむ。世家公子容貌風格格付けですか」
 彼の執務室にいつの間に入って来たのか、藍曦臣に後ろから覗き込まれた江澄は心底びっくりしてしまった。
 絹糸の様な黒髪がサラサラと江澄の肩にこぼれ落ち、飛び上がる程驚いた彼は、それほどビビらせた藍曦臣に腹が立って突き飛ばす。
 近頃、江澄の藍曦臣への扱いは少々雑だが、それも彼らの間に遠慮がなくなった証しだろう。
 藍曦臣がそのことで彼に対して不満を洩らすことはなく、そもそもこの男は楚々とした見た目に反して、屈強でかなり丈夫な体躯を持っている。
 腕相撲でも勝てた試しはないし、二人で寝台の上でどっちが上になるかで争っても、まず間違いなく、瞬殺で江澄が負けるのだから遠慮や情けは無用だ。
「一位は金如蘭殿ですか。まあこれは妥当ですね」
「当たり前だ」
「おやおや二位と四位は我が姑蘇藍氏。ほほう」
「あ?」
 確かに二位には藍思追の名があり、四位にはその相棒、藍景儀が連なっていた。
 そして三位はと言うと──、自他ともに認める長身で見目麗しい、傾国の美男子、欧陽子真である。
 顔面偏差値で言えば間違いなく欧陽子真に軍配が上がるが、金凌は蘭陵金氏宗主、由緒正しい出自で、姑蘇の小双璧は含光君のお眼鏡に適った藍氏期待の二人である。
 それと比較すれば欧陽子真は残念ながら家柄、門派で完全に負けている。かろうじて藍氏にしては落ち着きに欠ける景儀には勝てたと言うところか。
 確かに妥当と言えば妥当だが─────。
 雲夢江氏からは誰一人入っておらず、江澄はその紙を藍曦臣から取り上げるとぐしぐしに丸めて捨ててやった。
 江澄から紙を取り上げられ、しばらく啞然としていた藍曦臣だが、すぐに破顔して「まあまあ」と江澄を慰める。
「雲夢江氏の壮士たちは、実に勇猛だ。我々仙門で修行する者に真に必要なのは力だ」
「そりゃあんたと藍忘機がずっと首位に居座り続けて、おまけに姑蘇から二人も入っているからそんな余裕を構えてられるが、雲夢江氏にだって美男子の一人や二人……」
「心配いりません。江氏は宗主が一番お美しい」
「殴るぞ」
「阿澄は優しい。脅すにしてもちゃんと宣言して私が避ける隙を作ってくれる」
 死ねやと思ったが、江澄は藍曦臣の笑顔に弱いのだ。
 ぽかぽかした春の日差しを思わせる非常に和む彼の笑顔は、確実に、そして的確に江澄の心臓を射止めて来る。
「きみの舞いを皆にもぜひ、見てもらいたいものです」
「いや止めろ、それは人前で絶対言うな。あんただから仕方なく見せただけで、大の男が人前でちゃらちゃら踊れるか」
「剣舞の類なら我が姑蘇藍氏でもやりますよ」
 確かに剣舞は剣舞だが、あの日、江澄は結構、と言うか、したたかに酔っていて調子に乗って悪ふざけが過ぎたのだ。
 藍曦臣に向かい、切れ長の目をすっと下げ、着崩した衣装でくるくると舞う江澄は確かにかなり────だったはずだ。
 自分で思い出しても恥ずかしくて、藍曦臣を直視出来ないでいる。
「私にとっては常にあなたが一番。永久に殿堂入りです」
「ふん」
 それを言うなら───
 藍曦臣こそ、その栄誉に相応しい。
 もちろんそんなことは絶対に口にしないが、その代わり江澄は藍曦臣の顎を掴むと自分から唇を寄せ、口付けた。
「じゃああんたの踊りを見せてくれ」
とにんまり一言付け加えて。

 一方こちらは雲深不知処の外れにぽつんと建つ、閑静な佇まいの静室で、魏無羨はどこぞから回って来た例の世家公子容姿風貌格付けの順位表を眺めていた。
 三位の欧陽子真とやらは忘れっぽい魏無羨の記憶にぼんやりとしか残っていなかったが、他はまずまず妥当である。
 彼も江澄同様、金凌以上に容姿に秀でた若者はいないと思っていた。
 彼にとっての江厭離はいつまでも女神なのだ。
 その息子の金凌は誰よりも賞賛され、愛されなくてはならないと信じている。
「なあ、藍湛」
と振り返って藍忘機にその格付けを見せてやったが、彼の反応は分かりきっていた無反応で、「てんてんてん」と微妙な空気が流れてしまった。
「あはは、まあ、俺達には関係ないよな。いいなぁ、若者は楽しみがあって」
 苦笑し、その格付け表を魏無羨はくるくると回し、片付ける。
 しかしちょっと待てよ、と思うことがあった。
「なあ、藍湛。お前と沢蕪君がずーっと首位だったんだろ?」
「知らん」
「そりゃお前は興味ないだろうけどさ、俺が死んでた間の四位は誰だったわけ?」
「知らないがおそらく江晩吟だろう」
「ふむ」
 まあ、江澄は魏無羨に次いでいつも五位だった。
 万年五位だから魏無羨にからかわれる度、彼は真っ赤になって「そんなのはインチキだ! なんの価値もない!」と怒っていた。
「じゃあ、金子軒が死んだあとは?」
 何故魏無羨がそんなことを知りたがるのか分からないと言う顔で彼がじっと見る。
 怪訝そうな顔をする藍忘機はどこか幼く見えて、出会った頃の藍湛とあまり変わらないなと魏無羨を笑顔にさせる。
「何故、知りたがる」
「別に、単なる興味だよ。だって魏無羨と言ったら、そこそこの美男子だったんだぞ。それが江澄より下なんて」
「きみが雲夢江氏を出て夷陵に行ってからはきみの名はあがらなかった」
「……そっか」
 まあ、そうだよな、と諦めもつくが、なんとなく寂しい。
「魏嬰」
 急に大人しくなった魏無羨が気になったのか、藍忘機が彼を呼ぶ。
「なあに、藍湛」
とわざとらしく明るく装って尋ねると、藍忘機はぼそりと
「きみが一番だ」
と言った。
「一番は沢蕪君だろ。お前が二番だ。分かってるさ。同情はいらねえ、ふんだふんだ!」
「同情じゃない。きみが一番だ」
 はっきりと、語気を強めて言う藍忘機の真顔がとても可愛くて、魏無羨は破顔して藍忘機に抱きついた。
「藍湛っ!」
 何だと言いたげな彼の顔に笑い、魏無羨は思ったままを口にする。
「藍湛がいつでも一番最高だよ!」
 藍忘機の顔が一瞬、赤らみ、そしてはにかみながら微笑んだ。

 うちの姫様がやっぱり一番かわいい

終わり
20240605
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