02.宵
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夕日が冷たい墓石の輪郭を美しく彩る。
私はかがんで〝海月〟の文字が刻まれた墓石を撫でながら小さく呟いた。
「……海月、遅くなってごめん」
約3か月の入院を経て私はやっと復帰することができた。
始末書を出したり報告書を出したり、退院してからもやることは山のようにあって……。なかなかすぐに海月の墓参りへ行けなかった私は、ようやく空き時間を見つけ、こうして花束を供えに来ることができていた。
綱手様からもいろいろ話を聞き、今回の件は私1人の責任にはならないとありがたいお言葉も頂いた。あの時感情的に動いてしまったのは褒められたものではないが、ただそれまでの行動はちゃんと責務を全うしていたと。
復帰した今では少し先に新たな任務も控えている。
その打ち合わせなども含め、忙しくしていたおかげで気は紛れていたけど、こうして考える暇が一瞬でもできるとあの時の感情や彼女の死に際の顔がどうしても浮かんでしまう。
懺悔を唱えるように俯いてただ流れる涙を堰き止めることもせず感傷に浸っていた時────。
「っ…!」
横からすっと手が伸び、小さな花束が海月の名の上に落ちた。涙を拭うことも忘れて見上げるとそこにはやっぱり、思い描いていたあいつの姿が夕陽に濡れている。
「なに、してんの」
見ればわかるのに、私は震える声で問う。
「墓参りだよ」
シカマルは私から目を逸らし、沈みゆく夕陽を眺めながら答える。何も言うことができない私は代わりに視線を落とし、その場にはただ沈黙と澄んだ空気だけが広がっていた。
何もない時間だけが過ぎていく。
それでも、私達はお互いにその場から離れようとはしなかった。
居心地が悪いわけじゃなかったから。
ただ静かに流れていた涙も次第に枯れ、私の口から零れ出たのはずっと疑問に思っていたことだった。
「……なんで…あんな危険なことしたの……」
唐突な問いにもすぐに理解を示した彼は膝を抱える私の傍に腰を下ろし、「海月に言われてたから」とだけ返した。
その言葉の意味をかみ砕いた時、わずかに胸が軋む。
……彼にとって大切な人は、海月だったんだ。
────でも、それもそうか。
彼らは同期の中でも特別仲が良かったと聞く。
だから……大切だったから、そんな彼女の仇討ちのために、シカマルはわざと囮になるような危険な真似もできたんだ。
話を聞けば当たり前のように思える。それなのに、どうしてあふれる怒りと涙は止まることを知らないんだろう。
「そう、だよね。海月も、きっとシカマルと同じ気持ちだったと思うよ」
精一杯自分の気持ちを押し込めて、ねじ込めて、そう呟いた。
声が震えたせいで、感情を我慢したのは伝わってしまっているだろう。
何も感じてないふりして見上げた夕陽は眩しくて目が痛い。
────ああ、そうか……私、この人のことが、好きだったんだ。
失恋して初めて気が付いた自分の哀れさに笑いが込み上げる。
「お前…なんか勘違いしてねぇか?」
突然、隣からシカマルの怪訝そうな声が耳に滑り込んだ。
「俺は〝お前の大事な親友〟に言われたからやり通しただけだ。『伽を頼む』って」
「え…?」
────それ、ってどういう……。
シカマルの言っている意味が理解できない。
彼の顔を、泣き腫らした目で見つめる。
「逆だ、っつってんだよ」
「…──っ!?」
苛立ちを含んだようにも思える低い声。その心地良い声が耳をかすったかと思えば、視界いっぱいに彼が広がり、唇に確かな柔らかさを感じた。
────なに、が、起こって……。
それがシカマルのものであると知ったのは彼が信じられないほど顔を赤くして、ゆっくりと離れてからだった。
「わ、悪ぃ……勘違いされたまま、ってのも……嫌、だったから、つい…」
腕で顔を半分隠すようにそっぽを向いたシカマルは珍しくどもっていてなんだか様子がおかしい。
……いや、わたしもだけど。
そっと自分の唇に触れてみても、やっぱりさっきのは事実なんだと思い知らされるばっかりで、私は放心しながら海月の墓石を見つめた。
────海月、全部、知ってたの?
ここまでくると絶対そうだ、としか思えなかった。
シカマルにマンツーマンで指導してもらえるようになったのも、こうしてシカマルから行動してくれたのも……きっと、彼女の計算のうちだったんだ。
────……ほんと……敵わないなぁ……。
自分の気持ちにすら気付けなかった私は今になって押し寄せた気持ちを今度こそは、と少しずつ表に出していく。
「……シカマル」
ー完ー
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