02.宵
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────数週間後。
傷もだいぶ癒え、院内であれば好きな場所へ移動することができるようになった私は、お気に入りのテラスで本を広げていた。
先生がまだ外出を許してくれないため、あの時書き終えた始末書は机の上に置いたままだ。
それを見ていると焦りや不安が募り、追い込まれていくような気がしたから、こうしてできるだけ部屋の中には籠らないようにしている。
「おー、いたいた」
聞き覚えのある声にゆっくりと顔を上げると、そこには今一番会いたくない人物がいた。
「……シカマル」
「んだよ、暗ぇな。かわいい後輩の見舞いに来てやったってのに」
右手に白い袋をぶらさげ、いつものように気だるげな表情をした彼は海月と同期で私の先輩に当たる。
今回の任務が決まってからの数ヶ月間、私は海月の紹介で彼からいろいろ教わっていた。
様々な戦術や皆を率いる上での注意点、隊長としての責務の話や、彼が初めて隊長として任務を全うした時のこと────。
『私よりもきっと教えるのが上手いから』
当時の海月の言葉が脳裏に響く。
彼を見ていると嫌でも海月やあの任務のことを思い出す。何度も何度も、彼女の死に際の顔が浮かんでは瞼の裏に張り付いて離れない。
それから逃れたくてこうして読書をしたり、他の世界に入り浸っているというのに。
「まぁ……無理もねぇか」
シカマルの顔を見ることができず、ただ指先で本のページを弄んでいると彼は静かに椅子を引いて私の向かいに座った。
────せっかく、シカマルにもいろいろ教わったのに。時間を空けてまで私に付き合ってくれたのに。『お前なら大丈夫』って……言ってくれたのに。
見舞いに来てくれたということは、きっと事の全てを知ってるんだろう。
彼から教わったことが全て無駄になってしまったのがすごく申し訳ないし悔しい。
自分の不甲斐なさにまた瞼に熱が込み上げてきた時────。
「ひゃっ!?」
頬に冷たい何かが当たり、思わず裏返った悲鳴が出る。周りにいる人の視線を気にして咄嗟に口を塞ぎ驚いて顔を上げると、肩を揺らして笑いながら缶コーヒーを差し出すシカマルと目が合った。
「やるよ」
言われるがままに受け取りながらも少しだけ睨んでやる。
────何も酷く落ち込んでる人にそんなことをしなくてもいいじゃない……。おかげで涙は止まったけど。
袋から同じ飲み物を取り出して缶を開けるシカマルに倣い、私も蓋に指をかける。2人分の缶を開ける乾いた音が、賑やかなはずのテラスで静かに響いた。
時を置き去りにした沈黙が私達の周りにだけ凪いだように広がる。
そんな中、最初に口を開いたのはシカマルだった。
「……海月のことだけど」
急に彼女の名が飛び出て心臓が嫌な悲鳴を上げた。私は何も言わず、ただ彼を見る。
「あいつはちゃんと、この里で眠ってる」
その言葉の意味はすぐに理解した。理解した途端、安堵の涙が溢れ出る。
────よかった。本当に……。
あのまま捨てられていたら、それこそ私は一生立ち直れなかった気がする。
シカマルが今日ここに来たのは私の様子を見ることもそうだが、あの後に何があったのか、誰も情報を渡していないだろうからとわざわざ伝えに来てくれたらしい。
肉親を知らない私が海月のことを姉のように慕っていたことを知っていたから。
「それからもうひとつ……雨辰のことだが」
その名前を聞いて眉間に皺が寄る。
私はあの後あいつがどうなったのかを知らない。然るべき罰を与えられていますように……そう願いながらシカマルを見る。
しかし彼から返ってきた言葉は私が望むものとは真逆のものだった。
「あいつは逃げたよ」
「逃げ、た……? 嘘でしょ…?」
信じられなかった。
なんの天罰も受けずに、奴はのうのうと里を去ったと?
拳に力が入る。唇から血が流れるのも気づかずに強く、強く噛み締めた。
────悔しい。
ここまで非力な自分がただただ許せなかった。
「……そんな顔すんなよ」
突然、シカマルの手が伸び、私の口元を優しく拭った。
その表情はとても悲しそうで、つらそうで……──。まるで、私の心の痛みまでもを彼が背負ってくれているようにすら思えてしまった。
「……行か…なきゃ……」
それでも私は立ち上がる。彼を振り切るように。
────あいつが生きてていいわけない。殺すんだ。絶対……この手で。
「お、おい、どこ行…─」
立ち去ろうとする私にシカマルが慌てたように声をかける。私はそんな彼の言葉を遮り、感情を押し殺すように呟いた。
「あのクソ野郎のとこ」
「はぁ……ったく」
シカマルのめんどくさそうな声が背後から聞こえたけどそれすら無視してその場から離れようとした時────。
「ちょっと来い」
「!?」
彼は突然、私の手を引いて歩き出す。
その行動には強引さがあるのに、どうして握る手はこんなにも温かいんだろう。
