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しっぽや(No.102~115)

side<URA>

ソウちゃんは体を許した後も、俺に対する態度が変わらなかった。
相変わらず真面目でどこかズレていて、毎日料理を作ってくれる。
俺を自分の物にしたという尊大な態度をとる素振りはなく、今までと変わらない丁寧な物腰で話しかけてくるし、エッチの時だって許可しなければけっして触れてこようとはしないのだ。
俺達の関係の主導権はあくまでも『俺』と言った、最初の関係のままだった。

俺を買った者がそんな態度をとる事は無かったので、初めはずいぶん驚いた。
金を出したんだから俺に対しては何をやっても許されるといった感じで、所有物のように扱われるのが常だったからだ。
最初に俺を金で買ったのに自分のことを1人の人間として尊重して接してくれるソウちゃんに、俺は益々惹かれていった。
ソウちゃんのことをもっと知りたいと思った。
他人のことをこんなにも気にしたのは初めてかもしれない。

どんな風に育ったのか、どんなことを考えているのか、俺のどこがそんなに好きなのか。
命令すれば、きっと教えてくれるのだろう。
でも俺は、ソウちゃんが自発的に教えてくれるまで待とうと思っていた。
ソウちゃんは俺に何か言いたいことがあるのか、口を開きかけてはつぐんでしまうことが多々あったのだ。
しかしそれは、俺も同じだった。
しかも俺の場合は過去のことに加え、現在のことも言い出せなかった。
金が無くなるので客を取りたいが、ソウちゃん以外とは寝たくないこと。
日野の分と合わせ、ヤバい写真のデータを消去出来ていないこと。
あいつとは完全に手を切りたいこと。
色々相談したくても、何をどう言えばいいのか分からなかった。
正直に告げてソウちゃんに幻滅され、この関係が終わってしまうことを恐れるようになってたのだ。


ある日ソウちゃんがいつにも増して真面目な顔で話しかけてきたときは、ドキリとしてしまった。
『まさか、別れ話?』
平静を装いながらも、俺の胸の内には不安が渦巻いていた。
しかし彼は『自分を番犬として飼って欲しい』と言い出したのだ。
拍子抜けすると同時に、意外な気分を味わっていた。
『ソウちゃんって、そーゆー性癖なんだ』
主従関係を望むようには見えなかったが、思い返せば俺に対しては最初から従順だった。
けれどもどこかズレているソウちゃんなので、きっと俺が考えている性的な関係とは違うのだろう。
『男娼』と『ペット探偵』と言う関係から、『飼い主』と『番犬』と言う関係になるだけだ。
面白そうではあったので、俺はその提案にのることにした。

『犬を飼うなんて、何年ぶりかな』
俺は子供の頃に飼っていた犬を懐かしく思い出してしまう。
俺がソウちゃんを飼うことを了承すると、彼は涙を見せた。
最初にこの部屋に来たときも切ない顔で泣いていた事を思い出し
「ソウちゃん、これくらいでオーバーだなー」
俺は彼の涙を拭ってやった。
泣かないように命令すると彼は真面目な顔で頷いて、少しだけ明るい表情を見せる。
『こーゆー顔してる方が格好いい』
俺は彼の気を紛らわせようと、犬としてのコーディネートを始めてみた。
軽い思いつきでやってみたことだったが、黒い首輪を付けたソウちゃんを鎖で繋ぐ想像をするとドキドキしてくる。
彼の逞しい身体に、それはとても似合いそうであった。


俺が触れているためか、ソウちゃんの身体は服の上からでも反応していることが見て取れるほど張りつめていた。
俺も同じような状態になっている。
力強く抱きしめられながら、早く彼と一つになりたかった。
「俺だけの番犬か
 ソウちゃん、エロいこと思いついたね」
俺が笑うと、彼は頬を染めて恥ずかしそうな笑顔を見せてくれた。

それから俺は彼と一緒にシャワーを浴びて『飼い犬のシャンプー』をしてあげた。
タオルを泡立てて優しく彼を洗うと、身体を震わせて反応する。
こんなサービス、客にはやったことがなかった。
俺にとってソウちゃんは、本当に特別な存在になっていたのだ。
泡を流すと、彼の身体はこれ以上お預けさせるのは可哀想な状態になっていた。
俺自身も、ベッドまで移動するのは我慢出来ない状態であった。

「ソウちゃん、よし」
俺の命令で彼が後ろから貫いてくる。
やっと一つになれた喜びと逞しく動く彼からの刺激に、俺はすぐに上りつめてしまう。
膝をつきそうになる俺を、ソウちゃんは力強く支えてくれた。
彼が側にいてくれる事に安心感を覚え、この手を離したくないと強く思った。

シャワールームから出た俺達は、その後も何度も繋がり合った。
俺が彼の名前を呼ぶと、彼も名前を呼んでくれる。
「ウラ…お慕いしております」
少し古風な告白がソウちゃんらしくて、真摯な想いが泣きたいほど嬉しかった。

欲望の果てに訪れる穏やかな時、腕に抱かれて眠りに落ちる前に
『また、言い出せなかった…』
そんな後悔が胸を過(よ)ぎるものの、彼がくれる安心感に満たされて意識は眠りに落ちていくのであった。



それは、番犬プレイが始まって数日後のことだった。
俺達は夕飯を食べた後テレビを観る、と言うより眺めながら会話するのが日課のようになっていたのだが、その日は2人で番組に見入っていた。
それは警察犬を目指すが、試験に落ち続けている犬の特集であった。

「試験の時は、いつもの訓練とは場の緊張感が違うので、中々上手くいかないものなんですよ
 わかっていても、焦って失敗してしまうんです」
「うん、そうみたいだね
 いつもなら出来ることを逃すって、爺ちゃんが言ってた
 後一歩ってとこでダメとかよくあるんだ、うちの犬も連続で合格するのはマレだった
 俺が世話を手伝ってた犬は1回も合格できなくて…」
そこまで言って、俺はハッとなる。
ソウちゃんが普通のことのように言うので、俺もつい過去のことを話してしまったのだ。
お互い顔を見合わせて、少し気まずい沈黙が流れた。

ソウちゃんは今の仕事のことは教えてくれるけど、過去のことは話さないので今まで俺もあえて聞かなかったのだ。
俺も、何で身体を売るようになったのか言いたくなかった。
「ウラは、嘱託(しょくたく)警察犬を身近にご存じなのですね」
ソウちゃんがポツリと呟いた。
それは俺の過去を詳しく聞きたいと言う好奇心ではなく、遠い昔を思い出している呟きに聞こえた。
「ソウちゃん、訓練士の資格持ってたんだっけ」
俺もそう呟き返す。
また、沈黙が訪れた。

「自分は…、訓練士ではありません」
ソウちゃんは絞り出すように言葉を続ける。
「え?でも、公認訓練士の資格がないと、警察犬の訓練なんて無理でしょ
 ペット用の簡単な訓練と違うんだから」
いぶかしむ俺に
「自分は…
 自分は警察犬でした」
冗談、と言うにはあまりにも鬼気迫る声で言われたので、俺はその言葉の意味が飲み込めなかった。
「これでも成績優秀で、毎年試験には合格していたのですよ」
誇らかな内容の言葉とは裏腹に、ソウちゃんは自虐的な感じで言い放つ。

「毎年合格する警察犬を輩出できるなんて、凄いじゃん
 それ、自慢していいとこだよ」
俺にはソウちゃんの態度が不思議だった。
「あのお方も、凄いと思ってくださっていたのでしょうか
 自分の事を誇りに思ってくださっていたのでしょうか
 あのお方の体調にも気付かなかった、愚かな獣のことを…」
テーブルの上に置かれているソウちゃんの拳は、震えていた。


「ウラ、今まで嘘を付いていて申し訳在りません
 自分は番犬ではなく、警察犬なのです
 それでも、自分を飼っていてくださいますか」
あまりにズレているソウちゃんの告白に、嘘を付いていたと言われても何が何だか分からなかった。
ただ悲しそうな顔の彼がとても切なくて、その震える拳にそっと手を置いた。
「ウラ…」
助けを求めるように顔を寄せてくる彼にキスをする。
「番犬でも警察犬でも、ソウちゃんはソウちゃんだよ」
俺はもう一度唇を重ねると、彼の額に自分の額を押しつけて安心させようとした。


そのとたん、世界が一変する。


俺は、今とは違う時間と場所を覗き見ていた。






そこは、庭のある一軒家であった。
俺の知っている最近の建て売り住宅とは違い、子供の頃に暮らしていた爺ちゃんの家を思い出させる昭和な作りの家だ。
庭には鉄の檻で作られた頑丈な犬舎があり、1頭のジャーマンシェパードが暮らしている。
生き生きとした瞳、艶やかな毛並み、バランスの良い体躯。
黒毛の多い精悍な顔立ちの犬を観て、俺は一目でそれがソウちゃんであると気が付いた。
『ソウちゃん、本当に犬だったんだ…
 犬のソウちゃんも、メチャ格好いいんだけど』
俺は暫くその犬に見惚れてしまう。

暫くすると庭に車が入ってきて、犬は尻尾を激しく振りながら吠え立てた。
車から20代後半に見える青年が降りてくると、犬は檻に前足をかけて立ち上がり、撫でてもらおうと必死になっている。
「ただいま、アソート」
青年は檻の隙間から手を差し込み、犬の頭を撫でてやった。
「さあ、訓練しようか」
彼が檻の鍵を開けても犬は飛び出さず、大人しく青年の左側に控えている。
青年が歩き出すと、その目を見ながら同じ速度で付いていった。
それは完璧に躾が入り、信頼関係を築いている飼い主と犬の理想的な姿そのものであった。

爺ちゃんがやっていたおきまりの訓練を一通りこなした後、青年はリードを取り出した。
散歩の気配を感じ取った犬がハシャぎ出す。
今までの優等生っぷりはなりを潜め、単なるペットとして振る舞っている。
『本当に飼い主のこと好きで、よく見てるんだ』
俺は微笑ましいような羨ましいような、複雑な気持ちを感じながら2人のことを見守った。

子供だったとは言え、俺はこんなにも犬に信頼される飼い主であった事がなかった。
自分の犬の姿を思い出し、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうのであった。
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