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しっぽや(No.102~115)

side<OOASOU>

ウラを買い、初めて『飼い主と同じ布団で眠る』という幸せな時を過ごした自分は、とても満ち足りた気持ちで朝を迎えられた。
お金でこのような幸せが買えるとは、夢のようであった。
ウラはまだ寝ている。
彼の安らかな寝顔を見ていると、自分の心も安らいでいった。

ウラのために何かしたくてたまらなかった自分は、起きた彼に朝食を作った。
『パンを切らしていて和食にしてみたけれど、お口に合うだろうか
 昨夜コンビニに寄ったとき、買っておけば良かった
 長瀞に色々なアレンジメニューを習っておくべきであったな』
そんな後悔を感じてしまうが、ウラは美味しそうに食べてくれた。

帰り支度を始めるウラを見ると、胸に飼い主と別れなければならない寂しさがわき起こる。
まだ飼っていただいている訳でもないのに、泣きたいような喪失感におそわれた。
ウラが帰る場所に迷っているようなので、まだ彼と別れたくなかった自分はこの部屋を使って欲しいと伝えてみる。
ウラは複雑な表情を見せるものの、すぐに笑って了承してくれた。

ウラは自分の言葉で機嫌が悪くなったり迷ったりする事が多い。
何と言って伝えれば彼に理解してもらえるのか判断がつかず、飼い主の欲するところが分からない己が歯がゆかった。


仕事を終え影森マンションの部屋に戻ると、そこにウラは居てくれた。
飼い主の居る家に帰る喜びに心が震えてしまう。
ウラは合い鍵を受け取り、買い物に出かけたそうだ。
部屋に置いてもらう礼だと、彼は自分にアイスミルクティーを作ってくれた。
紙パックの無糖紅茶とミルクを合わせたものであったが、飼い主が作ってくれた飲み物は体の隅々まで幸せが行き届くような幸福な味がした。
「ソウちゃんの喜び方、大げさすぎ
 んなもん、誰だって作れるって」
ウラは照れたように笑っていたが、それから毎日、自分が帰宅すると同じ物を作ってくれた。
『こんなに幸せで良いのだろうか』
正体を明かし飼ってもらえている訳でもないのに、自分はその問題を先送りにし、ウラと居られる目先の幸せだけを追求していた。
しかし胸の奥では、それは違和感の棘となり居座っているのであった。



ウラは自分のことをあまり語りたがらないせいか、こちらのことについても聞いてこなかった。
しかし当たり障りのない範囲での仕事の報告は、面白そうに聞いてくれた。
「『探偵』って格好いい響きだけど、ペット探偵ってやってること地味だね」
「はい、迷子になったペットを探すのは地道な作業です
 最近は『犬のしつけ教室』などもやっているので、飼い主の方と交流する機会も増えております
 躾(しつけ)を経験している者が主軸でやっておりますが、自分も手伝っています
 彼よりも自分の方がきちんと躾されていましたので」
「何だよ、きちんと躾されてたって」
自分のうっかりした言葉に反応したウラが、面白そうに笑った。
「それって、ソウちゃんは訓練士の資格を取ってたってこと?
 同僚はモグリ?
 モグリの同僚に負けちゃダメじゃん
 てか、ソウちゃんの言葉遣いって独特で面白すぎ」
ケラケラ笑うウラを見て、正体がバレなかったことにホッとしてしまう。

「待てやお座り、と言ったペット向けのしつけなので資格が無くても大丈夫です
 同僚は頭は良くありませんが口が達者なので、犬達を説得しやすいのですよ」
「頭良くないとか言っちゃっていいの?同僚なのに
 もしかして、仲悪い?
 ライバル関係にある探偵って、ハードボイルドっぽいじゃん」
ウラは少し驚いた顔を向けてくる。
「いえ、仲は悪くありません、憎めない奴です
 彼は何というか…底抜けに明るくて前向き、と言ったところですかね
 自分がバカなことを、全く気にしていません
 ムードメーカーであると同時に、ムードをぶち壊す天才なんです
 そう言われると、何なんでしょうねアイツは」
自分は空の脳天気な笑い顔を思い出していた。

「ペット探偵って個性的な人が多いんだね、ソウちゃん含めて
 後は、どんな同僚がいるの?」
「そうですね…、以前はのらりくらりと控え室で寝ていることの多かった同僚が、恋人が出来て張り切りだしました
 恋人のために稼がなければと頑張って仕事をして、美味しい物を食べていただくために料理の研究を始めてます
 付き合いは長いのに、あんなにアクティブな彼を見るのは初めてかもしれません」
ウラは興味深そうに、そんな自分の話を聞いてくれていた。

「控え室で寝れるって、ソウちゃんとこ本当、自由だな」
「依頼が少ないときや雨の時は、けっこう寝ている者が多いんです」
「雨が降ったら仕事しないって、童謡か!」
自分の言った言葉の何がツボだったのかわからないが、ウラが爆笑する。

「ソウちゃんも寝てたりするの?」
笑いすぎて出た涙を拭きながら、ウラが聞いてきた。
「いえ、自分はお茶を飲みながら本を読んだりして待機しています」
「真面目だねー」
彼はそう言って、誉めるように頭を撫でてくれる。
それは自分にとって、何物にも勝るご褒美であった。


「日野ちゃんのパトロンも大変そうだ、そんなメンバー纏めてんだから
 おまけに日野ちゃんは猫かぶりの大食いだし」
ウラは面白そうにニヤニヤ笑っている。
「黒谷は日野と一緒にいるようになってから、とても明るくなりました
 昔から少しオドケたところはありましたが、それは場を盛り上げようという皆に対する気遣いからきていたものでしたから
 良い方と巡り会えたようで、なによりです
 日野は自分がウラと過ごせるように交渉してくださったし、優しい方です」
その言葉を聞いて
「ああ、そういや、俺がソウちゃんとこ来るよう掛け合ってきたのあいつだったな」
ウラは思い出すように呟いた後、テーブルに頬杖をついてジッと自分を見つめてきた。
ウラの美しい瞳で見つめられ、心臓がドキドキしてくる。

「ソウちゃんって、本当に俺に一目惚れしたの?
 俺の何が良かった?」
そんな事を問いかけられて、自分は返事に困ってしまった。
「何が、という具体的なことは自分でも分かりません
 ただ、貴方を見た瞬間、共にありたいと強く思いました」
そんな曖昧な返事しか、自分には返せない。
「その割に、絶対手を出して来ないんだもんなー
 一緒に寝てる、なんて美味しいシチュエーションだと思わないわけ?
 ソウちゃんって禁欲的過ぎて、自分の商品価値疑っちゃうぜ
 俺、今までボりすぎてたかな
 いや、でも、そんなに苦もなく客取れてたし…」
考え込んでしまうウラに
「いえ、いつも一緒に寝ていただいているのは、とても幸福に感じています
 お金を払わずにあのような素晴らしい時間をウラと過ごしてしまって、宜しいのでしょうか」
自分は気になっていたことを聞いてみた。

「寝るって、本当に寝てるだけじゃん
 そーじゃなくて…、うーん
 まあ、ソウちゃんが良いなら別にいいけどさ
 おっと、もうこんな時間だ、そろそろ寝ようか
 明日も仕事だろ?ソウちゃんとこって楽そうだけど、休みが少ないよな」
立ち上がったウラに続いて自分も立ち上がる。
「迷子になるペット達は、曜日の感覚がありませんからね
 1年365日、いつでも迷子になります」
「そりゃ、そうだ」
2人でいつものようにベッドに入ると、ウラは自分の腕の中に潜り込んでくる。
飼い主(暫定)を胸に抱き、密着させた体からの甘い痺れを感じて眠りにつける幸福に酔いしれながら
『この関係が永遠に続いてくれたら』
自分は毎晩そう願わずにはいられないのであった。



その日も、いつものように過ぎていくのだろうと思っていた。
仕事から帰った自分にウラがアイスミルクティーを作ってくれて、自分はウラのために夕飯を作る。
今日は大振りのエビを入れた海鮮八宝菜を作り、ご飯にかけて中華丼のようにしてみた。
「スゲー、エビがプリップリ!ソウちゃん、炒め物の火加減が絶妙じゃん
 ソウちゃんと居ると、健康的な食生活送れんなー」
ウラは美味しそうに自分が作った料理を食べてくれた。

食後にウーロン茶を用意し、テレビを眺めながらいつものようにたわいのない話をしていると

ピンポーン

チャイムが鳴る。
気配から、ひろせが来たのだと分かっていた。
今夜はタケぽんが泊まりに来るからお菓子を焼いたので、お裾分けを持って行くと事務所で告げられていた。
それにウラがどんな人なのか興味があるから、1度見てみたいとも言っていたのだ。

焼き菓子の入った袋を手渡してきたひろせはウラを見て
『とても華やかできれいな方ですね、優しそうだし大麻生とお似合いですよ
 彼に飼っていただけること、祈ってます』
自分にそう囁いてくれた。
『お似合い』と言われ、自分は嬉しくなってしまう。
ウラはしっぽやの同僚の話を好んで聞いてくれるので、きっとひろせの焼き菓子も美味しく食べてくれるだろうと自分は浮き立つ気持ちで彼の元に戻っていった。

しかし、先ほどまで和やかだった彼の気配は一変していた。
ウラのピリピリと張りつめた緊張感と苛立ちに、自分は困惑してしまう。
焼き菓子を一緒に食べないかと勧めてみても、冷たい声で拒否されてしまった。
シャワーを浴びに行ってしまった彼を待ちながら、自分の何が彼を怒らせてしまったのか考える。
しかしどんなに考えても、自分のどのような行動が彼の気に障ったのかわからなかった。

『所詮、獣にすぎない自分には人を理解することなど出来ないのだろうか
 ウラに飼っていただこうという考え自体、おこがましいのではないか』
そのような結論に陥って、自分は酷く惨めな気持ちになってしまう。
このままウラが部屋を出ていってしまったら、自分には引き止める術がないことを痛感し、絶望を感じずにはいられなかった。


程なくしてシャワールームから戻ってきたウラは、自分をじっと見つめている。
待つことしかできない自分に、更に気分を害していたらと思うと居たたまれなかった。
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