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しっぽや(No.102~115)

side<ARAKI>

俺のバイト先であるペット探偵『しっぽや』で働く所員達は皆、化生(けしょう)である。
化生とは人に未練を残して死んでいった獣達が、再び人と関わりたいと願い獣の輪廻の輪から外れて人として生まれ変わった存在だ。
頭髪は生前の毛色に近く容姿端麗という目立つ集団でありながら、すんなりと街や人の中に溶け込んでいるのは、彼らが基本的には未だ獣であるからだろうと化生飼いの先輩であるゲンさんは考察している。
動物が好きな人には化生は好ましい存在と映り、嫌いな人には生理的に受け付けない存在として映る。
しかし人間同士でも気が合う奴と嫌な奴はいるから、それは化生という存在を目にする人にとって特に気になる差異には感じられないのだ。

化生した獣達は新たな飼い主を求めている。
ジョン(飼い主より先に死んだため再び飼われることを熱望し化生したが、飼い主の死去により新たな飼い主としてその子孫に惹かれる)や羽生(生前と同じ飼い主に再び飼ってもらえている)と言った例外ケースがあるが、ほとんどの化生は以前の飼い主と同時、もしくは飼い主が先に死亡していた。
そんな彼らは胸の穴を埋める存在、愛し愛される存在として飼い主を求めているのだ。

誰を飼い主に選ぶか、いつになれば巡り会えるのか、それは化生にもわからない。
しっぽやには飼い主を得た化生以外、まだ巡り会えぬ飼い主を待っている化生も多数存在している。
俺達人間にも不思議だが、飼い主がいない化生にとってもその選択基準や感覚はよくわからないものであるらしい。
飼い主のいる化生に質問している姿を、俺はしばしば目撃している。
飼って欲しい人間に会った瞬間、もしくは気配を感じた瞬間に『この人だ』とわかる、と飼われている化生は皆そう言っていた。
長瀞さんは『最初にゲンに会ったとき、少しイライラしました』と言っていたが『今思えば、彼が他の猫のことしかしゃべらなかったのが気に障ったのかもしれません』とノロケで言葉を結んだので、やはり最初にそれを感じるようであった。


俺の飼い犬である白久も、俺が事務所に入ってきた気配で心が浮き足立ったと言っていた。
白久は化生してから長く味わったことのない感覚に、少しハイになっていたようだ。
おかげで俺は初めて彼に会ったとき、ちょっと引き気味の対応になってしまった。
でも今では、誰よりも愛しい飼い犬で、恋人である。
そう、化生は『飼い主と契るのは最高の誉れ』という特質を持つので、化生を飼うと言うことは恋人が出来ることと一緒なのだ。



夏休みが終わってしまったため白久の部屋に泊まりに行ける機会がかなり減ってしまったが、昨夜は久しぶりに行くことが出来た。
『受験が終わるまでの辛抱だ』と分かってはいるものの、一緒に過ごす時間が減っているのは寂しかった。
今日は白久の部屋から一緒に出勤している。
日野とタケぽんは休みで、バイトは俺1人だ。
友達には『せっかくの日曜日をバイトで潰すなんて』と言われたりもするが、恋人と過ごせる貴重な時間のため俺にとっては嬉しい時間に他ならなかった。

『昨日の白久も格好良かったなー
 つか、甘噛みが更に上手くなってたけど、新郷にまた何か習ってるのかな』
俺はつい昨夜のことを思い出してしまい、パソコンにデータ入力する手が止まってしまっていた。
『白久と新郷、仲が良いのはいいことなんだけどさー
 気分的に桜さんと顔を合わせ辛い…
 空との自慢合戦(?)をゲンさんに聞かれたときも、暫く居たたまれなかったっけ
 あ、でもこれ、黒谷と情報交換とかされてたら、それこそ日野と顔会わせられないよ』
そんなことを考えて、俺はますます自分の考えに没頭してしまう。

「すみません、自分の提出した報告書は読みにくかったでしょうか
 何分、報告書を書くのは久し振りなもので
 パソコンに入力する形に変わっていて驚きました」
ボーッとしていた俺は声をかけられて現実に戻って来きた。
「あ、ごめんごめん、ちょっと考え事しちゃってて
 この報告書は字もキレイで、わかりやすいよ」
俺は慌てて弁解する。
俺の側には少し心配そうな顔の化生が佇んでいた。

黒い髪、整っているが少しキツメに見える顔、黒いスーツに茶色のシャツ、背は黒谷と白久の間くらいなので迫力があった。
彼はジャーマンシェパードの化生、大麻生(おおあそう)と言う名前である。
顔がキツく見えるのは、生真面目な表情のせいだろう。
よく空に『大麻生の兄貴は、もうちっと愛想ってもんを覚えた方がいいぜ』と言われていた。
しかし彼は『空、自分たちは今、仕事中なのだよ。いつ何時、何があるか分からない。常に神経を研ぎ澄まし、集中していた方が良いとは思わないのかね』と取り付く島もない。

その真面目さも頷ける、大麻生は生前『警察犬』だったのであった。
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