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しっぽや(No.85~101)

side<ARAKI>

『夏休みもそろそろ終わりか…』
海に行く、と言う夏の最後のイベントが終わり、俺は少し憂鬱な気分になっていた。
2学期とともに『大学受験』が近づいてくるからだ。
『白久には格好いいこと言っちゃってるけど、俺、本当に大学行けるのかな
 模試の結果も絶望的に悪くないけど、良くもないって感じだったし』
永遠に夏休みが続けば良いのに、なんて子供じみた事を考えてしまう。
『って、受験生の状態で夏休みが続いたらそれはそれでイヤだ…』
バカなこと考えてないで勉強しようと机に向かったタイミングで、ゲンさんからメールが届いた。

『こんな時間に何だろう?緊急事態でも起こったとか?』
今は23時を過ぎている。
ゲンさんからのメールは午前中が多いので、俺はドキリとしてしまう。
しかし中身を読むと、それは嬉しい知らせであった。
タケぽん発案で、影森マンションで小規模ではあるが花火大会を行うらしいのだ。
『花火!』
その夏っぽい言葉に、鬱々としていた俺の気分が一気に晴れてテンションが高くなった。
30日の夜に開催だから、夏休み最後に白久の部屋に泊まりに行くイベントとしても最高であった。
『花火やるなんて、何年ぶりだろ
 「花火は飼い主が用意すること」ってなってるし、白久、花火なんてやったことないよね
 白久の初花火、どんなの用意してあげよう』
最後に花火をしたのは小5か小6の頃だったので、最近の花火事情がわからない。
日野に相談しようと思ったら、向こうから一緒に花火を買いに行かないかと誘いのメールが届いた。
もちろん俺は速攻OKの返事をするのであった。


予備校に行った後、日野と待ち合わせてホームセンターに向かった。
カズハさんも一緒だ。
「空、花火は見たことあるんだけど、話を聞くと打ち上げ花火のことみたいなんですよ
 音が怖くて、好きじゃなかったとか
 空の前の飼い主ってバブリーな人だったから、犬連れで花火大会巡ってたみたい
 ゲンさんの受け売りだから『バブリー』ってどれくらい景気が良かったのかイメージわかないけど、花火も今より派手に打ち上げてたんですって
 空に手で持てる花火があるって言ったら、ビックリしてました」
カズハさんの説明に、俺と日野の方が驚いてしまう。
「ハスキー連れて花火大会って、豪勢ですね
 白久に聞いたら、やっぱり手持ち花火はやったことないって言ってました
 打ち上げ花火は秩父先生に連れてってもらって見たことあるらしいけど、音がね…」
「黒谷も音が怖くて花火見るどころじゃなかったって、言ってたです
 てか、あんなに頼りになって格好良いのに雷とか花火怖いって、黒谷ってマジ可愛すぎる」
日野が頬を染めてうっとりと呟いた。
「白久は俺のおかげで昔よりマシになったって言ってたけど、雷鳴ってると身体が緊張してるのがわかるんだよね
 そこが可愛いんだ」
俺も対抗するように言ってしまう。
「わかります、空も平気な顔してても身体に変に力が入ってるしソワソワしてるから」
犬の化生飼いが集まると犬バカ話になってしまうが、それが俺には楽しかった。

「彼らの初めての手持ち花火、楽しい思い出にしてあげたいよね」
カズハさんがにっこり笑ったので、俺と日野も笑って
「はい!」
と頷いた。
「2人はどんな花火を用意するか決めてあるの?
 僕、花火なんて10年くらい前にやったのが最後だから、今のってよくわからないんだ」
首を傾げるカズハさんに、俺と日野も曖昧な顔をするしかなかった。
「いや、実は俺達もけっこー久し振りなんです」
「そんなに激しく変わってないと思うし、オーソドックスな詰め合わせをチョイスしようかと
 タケぽんは線香花火だけにするって言ってたっけ」
俺達はそんな話をしながら、お店の花火売場に着いた。

「花火出来る時間は1時間だから、あんまり大量に買ってもしょうがないか
 余っても次にやるのは来年だろうし」
「来年じゃシケって使えそうにないもんなー」
「詰め合わせが2袋くらいあれば、十分そうですね
 火の色とか特にこだわりはないし、これにしてみようかな」
カズハさんが手に取った袋には色んな花火が20本くらい入っていた。
「俺はもう少し大きいセットにしよっと
 やっぱ、やるからにはそれなりに楽しみたいし」
日野が選んだ物は30本以上入っていそうだ。
少し迷ったが俺も日野と同じものを2袋買う事に決めた。
会計を済ませ店の外に出ると、明るいけど夕方らしく日差しが和らいでいた。
俺達は店の側の自販機でジュースを飲んで帰ることにする。

「友達と買い物するって、楽しいな
 あ、ごめんね、僕の方が年上なのに『友達』だなんて」
アワアワするカズハさんに
「化生の『飼い主友達』ですよ」
「『仲間』って感じの方が強いけどね」
俺と日野は笑って答えた。

俺達にとっても学校の中だけではなく、世界が広がっていくのは楽しかった。




30日、あいにく夕方まで予備校があったので、俺と日野はしっぽやに出勤することは出来なかった。
予備校からの帰りにそのまま影森マンションに移動して、合い鍵で白久の部屋に入る。
着替えて花火やバケツを用意すると、軽食の準備をした。
軽食と言っても、コンビニで買ってきたサンドイッチやおにぎりをテーブルに並べただけである。
『自分で手早く何か作れると良いんだけど』
そう思うと、長瀞さんの凄さが実感できた。

少し早めに業務を終えた白久が帰ってくる。
「ただいま帰りました」
部屋で待つ俺に、白久が笑顔を向けてくれた。
「飼い主に待っていてもらうなんて、不思議な気持ちです
 飼い主の待つ家に帰るのが楽しみで、朝からドキドキしていました
 クロも空も同じでしたよ」
「白久は、飼い主を待ってる時間が長かったもんね」
俺はそう気が付くと白久のことが不憫に思え、彼の頭を撫でてキスをしてあげた。

「お腹空いたでしょ、コンビニのだけど少し何か食べてから行こう」
俺の言葉で白久が部屋のガラステーブルに目を向ける。
「荒木が選んで用意してくださっただけで、どんな物でもごちそうです」
嬉しそうな顔で答えられ、俺は照れてしまう。
「花火で煙の臭いが着くから、先に着替えてから食べてようか」
「はい」
素直に頷いてくれる白久が可愛くてしかたがなかった。

白久がラフな服装に着替えてる間に、麦茶を用意する。
「白久が好きそうなのを選んでみたんだけど、どうかな
 先に取って良いよ」
伺うように聞いてみると
「どれも美味しそうですね」
白久はハムサンドと鮭にぎりを手に取った。
予想が当たり、俺は少し得意な気持ちになる。
彼はどちらかというと、昔からあるようなオーソドックスな具を好むことに気が付いたのだ。

「美味しい、この焼き鮭ふっくら肉厚ですね
 やはりフレークより、少し大振りの鮭が入っている方が贅沢に感じます
 フレークは擂り胡麻と混ぜて鮭ご飯にすると美味しいのですが、おにぎりの具としては何だか地味なので
 コンビニのおにぎり、あなどれません」
おにぎりを口にした白久が、驚いた声を上げる。
海に行ったときタケぽんが言ってたことを参考にして、フレークじゃないものを選んで正解だった。
『今まで適当に目に付いた食べたい物買ってたけど、誰かのために選ぶって頭使うんだな
 でも、喜んでもらえると嬉しい』
俺はニヤケながら、ツナマヨにぎりを食べ始めた。

「花火終わってから夕飯作ったり、どこかに食べに行ったりするの面倒だと思ってカップ焼きそばも買っといたんだ
 今夜は部屋でゆっくりしよう
 夏休み最後のお泊まりだからさ」
高校生最後の夏休みが終わってしまうと思うと、残された僅かな時間が惜しく思える。
「そうですね、楽しい時はあっと言う間だと実感しました
 でも、荒木との初めての思い出が増えた有意義な夏でした
 これからも、初めての思い出が増えていくのが楽しみです
 きっとまた来年の夏も、初めての思い出が出来ますね」
「うん、今夜だって『初手持ち花火』するんだもんね」
前向きな白久の言葉で、俺も夏休みが終わる寂しさが和らいでいく。
俺達は軽く腹ごしらえをすると、花火やバケツを持ってエントランス前の広場に向かった。


「荒木」
広場に先に来ていた日野に声をかけられる。
「俺達もさっき来たとこ
 カズハさんや中川先生、タケぽんもいるぜ
 子連れじゃないと浮くかな、とか思ってたけど人数多いからそれほどでもないな」
言われて周りを見回すと、確かに子連れの姿が多かった。
「夏の花火、俺も子供の頃楽しみにしてたから子供には嬉しいイベントだよね
 でも、ペット連れは俺達だけだな」
俺がヒソヒソ話しかけると、日野もニヤリと笑う。
「タケぽん発案にしちゃ、良い考えだと思うぜ
 大方(おおかた)、花火大会に行きそびれて『ひろせの浴衣姿見れなかった』とかいう理由で思いついたんじゃねーの?
 どのみちひろせ1人で浴衣なんて着れないだろうから、花火大会に行けても見られなかったのに」
タケぽんの方を見ると、向こうもこちらを見ていて何故か納得したような顔になっていた。

「せっかくの花火だし黒谷に浴衣着て欲しかったけど、仕事の後だと時間無くて今日は諦めた
 黒谷、和風の顔立ちだから超似合うと思うんだ
 来年は前もって準備して、浴衣で出かけたりしよう
 着付けしてくれる?」
日野に言われ、側で控えていた黒谷が嬉しそうに頷いた。
「浴衣…白久も似合いそう」
俺は浴衣姿の白久を想像し、ドキドキしてしまった。
「荒木、来年は私達も浴衣で出かけましょうか」
俺の視線に気が付いた白久が、そう言ってくれる。
「白久、浴衣とか自分で着られるの?」
驚いた俺が聞くと
「はい、戦前は着物が普段着でしたから」
彼は何でもないことのように答えた。

俺は自分の知らない白久がいることに、何となくドキリとさせられるのであった。
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