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しっぽや(No.85~101)

side<SIROKU>

捜索に出ていた私が保護した犬を送り届け事務所に帰還中に、いきなりそれはやってきた。
空が暗くなってきたと思ったら、あっという間に大粒の雨が降り出してバケツをひっくり返したような土砂降りになったのだ。
ピカッと空が光り、数秒の後

ゴゴゴゴ、ゴゴン!

近くに雷が落ちた轟音が響きわたった。

「ヒッ」
私は思わず悲鳴を上げてしまう。
突然のことだったので雨宿りできるような建物内に逃げ込めず、私はしっぽや事務所にほど近い公園の大木の元にいた。
豪雨のため木陰では雨を防ぎきれず、私はびっしょりと濡れそぼってしまう。
それでも通りを歩くよりはマシな状態であったのだ。
近年の『ゲリラ豪雨』というものは、本当に恐ろしいものであった。

また、空が光る。

ゴゴゴゴンッ!

こんな時、私を落ち着かせてくれる愛しい飼い主の荒木はここにはいない。
いきなりの落雷の轟音による恐怖と飼い主の居ない孤独のため、私の身体はガタガタと震えてしまった。

どれくらい震えていたのだろうか、気が付くと雨足が弱まっている。
空も先ほどより明るくなっており、雷の気配は去っていた。
『これくらいなら走って帰れそうですね』
今日は予備校のない日なので、荒木がバイトに来てくれている。
濡れ鼠のようなみっともない姿を飼い主に見せてしまうことになるが、私は一刻も早く荒木に会いたくて仕方がなかった。
この公園からなら走れば10分とかからず事務所にたどり着けるだろう。
私は意を決すると、まだ雨がパラつく通りに走り出てそのまま水を蹴散らせて走り始めた。

こんなことになるとは思わず今日もいつものように白いスーツを着ていたので、下半身の泥はねが目立っている。
靴下や靴もずぶ濡れだ。
『格好悪いと、荒木に幻滅されたらどうしよう』
そんな不安を胸に、私は愛しい飼い主の元に一目散に駆けていくのであった。


事務所が入っているビルの1階で、私は上半身の水滴を拭ってみる。
『こんなとき犬ならば、身体を振って水を弾けたんですが』
人の身では何をやっても効果が得られそうになかった。
水が入ってしまい歩くと湿気った音を立てる靴に自分でもウンザリしながら、私は階段を上りノックをして事務所のドアを開けた。

「お帰り白久、いきなり降り出してきちゃったから大変だったね
 迎えに行きたかったけど、どこにいるのか分からなくて
 スマホにかけてみたんだけど出なかったから、取り込み中なのかと」
ドアを開けると心配そうな顔の荒木が、バスタオルを持って待ちかまえていてくれた。
乾いたタオルで顔を拭くと、やっと人心地がつく。
「すみません、スマホはアタッシュケースに入れっぱなしになっていたので、気づきませんでした
 書類や受け取った報酬も入れておいたので、こちらは濡れずにすみましたよ」
私はケースを掲げてみせる。
「捜索の時には邪魔に感じるのですが、こんなときは持っていて良かったとつくづく思います」
苦笑する私に
「ゲンが『スーツ着て、これ持ってるだけで有能ビジネスマンに見えるから』って、何個か見繕ってくれたやつだっけ
 やっぱりゲンの選択は正しいね」
黒谷が笑ってそう言った。

「着替えないと、風邪ひいちゃうよ
 バスタオル1枚で足りるかな、髪はドライヤーで乾かそう」
荒木がかいがいしく私の世話をしてくれる。
飼い主に気にかけてもらえて、私は帰り着くまでの沈んだ気分が吹き飛んでいくのを感じていた。

控え室で着ている物を全部脱ぎ捨て、乾いたタオルで身体を拭っていく。
「お疲れさま」
荒木が私の胸にそっとキスをしてくれた。
ドライヤーで髪を乾かし、クローゼットから取り出した新しい服に袖を通すと、さっぱりとした気分になる。
「盛大に汚してしまいました」
私は今まで着ていた物を、ビニール袋に詰め込んだ。
「夏は、折りたたみ傘を持ち歩いていないとダメですね」
「うん、ゲリラ豪雨って予報が間に合わないからさ
 白久、外回りが多いから大変だろ?
 コンビニ近ければビニ傘買って凌げるけど、そう上手く行かないもんなー」
心配そうな顔の荒木に私はキスをする。
「雨よりも、雷の方が怖くて厄介です」
「いつも、俺が一緒にいられればいいのに」
荒木も優しくキスを返してくれた。

控え室での飼い主との触れ合いに心を満たされて、私は事務所に戻り報酬と受領書を黒谷に手渡した。
「シロ、随分服を汚したね、ジョンに怒られるぞ」
黒谷が悪戯っぽい笑顔を向けてくる。
「私と長瀞は白い服が多いですから、ジョンには怒られっぱなしです」
私は肩をすくめてみせた。
「ジョン?」
そんな私達の会話に、荒木が不思議そうな顔を向ける。
「あれ?荒木は会ったことなかったっけ?」
黒谷の言葉に
「俺も知らないよ」
日野も首を捻った。
「そうか、ジョンが来るのは事務所の営業開始前の時間だもんね
 毎日来るわけでもないし」
黒谷が納得した顔をみせた。

「ジョンは、私達の古い知り合いで、大事な仲間です」
私はそう前置きすると、ソファーに座る荒木と日野に語りかける。

それはジョンの、数奇とも言える巡り合わせの物語であった。
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