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しっぽや(No.70~84)

side<ARAKI>

土曜日、バイトの後に白久の部屋に泊まりに行くのが、今の俺の最大の楽しみになっていた。
夏休みになったら頻繁に行けば良いのだが『予備校に通う』ということを考えると、何だか忙しない気分になってしまう。
それならば『勉強は夏休みになってから』と区切りをつけて、今は白久と過ごす時間を思い切り楽しもうと決めたのだ。

『まあ、夏休みだって息抜きに白久のとこに行くけどさ』
予備校に行く決心をするものの、何だか言い訳がましいことを考えてしまう自分の意志の弱さが少し情けなかった。


梅雨明けから再開された犬のしつけ教室が盛況で、土曜日の授業の後に俺と日野が事務所に行くと室内は参加希望者で込み合っていた。
「皆さん、帽子と飲み物は持ってきましたか?
 あまり激しい運動は避けますので、なるべく日陰で過ごしてください
 夏期は夕方からの開催にしようか思案中ですので、最後に行う参加可能時間のアンケートにご協力ください」
空がてきぱきと書類を配り参加者を誘導して事務所を出ていくと、やっと落ち着いた雰囲気のいつもの室内に戻った。

「空、ずいぶん手慣れた感じになってきたね」
控え室の冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出してグラスに注ぐと、俺は一気に飲み干した。
日野にも手渡すと彼も一気に飲んでいる。
「今日は暑いからなー、水分補給の他に参加者に塩飴でも配った方が良いかもな」
もう一度グラスを麦茶で満たし、俺と日野は控え室から事務所に戻った。

「タケぽんはまだ来てないの?」
所長席に座る黒谷に日野が話しかける。
「タケぽんは家の用事で、今日は休みなんだ」
「でも、明日は昼前から来てくれるんです」
事務所にいるひろせが笑顔を見せた。
羽生もだけど、ひろせはここ最近とてもキレイになっている。
おっとりと温厚そうな雰囲気はそのままなのに、今までとは違う艶やかで煌びやかな空気を感じることが出来た。
『タケぽんこないだ誕生日だから、ってひろせのとこ泊まりに行ってたっけ』
『猫の化生って、露骨に化けるなー』
俺と日野はつい小声でそんなことを言いあってしまう。

日野はハッとした顔になると
『もしかして、黒谷も俺が飼ってから格好良さに磨きがかかってる?』
こっそりと、そう聞いてくる。
しかし思い返してみても、特にそんな印象は感じなかった。
『格好良くなったと言うより、朗らかになった?
 初めて会ったときとか、飄々(ひょうひょう)とした人だなって思ったかな』
俺はそんな返事を返しながら『いや、初めはここの事務所って危ない人の集団って感じだったっけ』そんなことを思い出していた。
白久は俺が飼い始めてから『幸せそうに笑うようになった』とゲンさんが言っていた。
『犬と猫って、やっぱ違うんだな』
俺達はそう納得するのであった。

「白久は捜索?なら俺が留守番してるから2人はランチ行ってきたら?」
俺が言うと
「いや、シロと羽生には今、お使い頼んでるんだ
 そろそろ戻ってくると思うんだけど
 テイクアウトにするとピザが半額になるチケット貰ったからさ
 ランチは皆でピザ食べよう」
黒谷はにこやかに答えた。
「やったー!美味しそう
 あ、でも、空がうらやましがるかな」
日野がそう言って舌を出す。
「大丈夫、あいつ、今夜はカズハ君のお家で夕飯ご馳走になるとか言ってたから
 そーゆー日は、ランチ少な目にしてるんだよ
 何だかカズハ君のご両親に気に入られたらしくてね
 あんなバカ犬を気に入ってくれるなんて、心の広い人達だ」
黒谷は感に堪えない、と言った感じで頷いている。
「婆ちゃんと母さんも、黒谷のこと気に入ってるからね」
慌てて言う日野に、黒谷は嬉しそうな顔になった。

俺はそんな彼らが少し羨ましくなる。
『前よりマシになったけど、親父、色々うるさいし
 白久のこと気に入ってる感じじゃないもんな』
そう考えると、白久が少し不憫になってくる。
気落ちしてきたところに

コンコン

ノックの音がして、大荷物を持った白久と羽生が帰ってきた。
「荒木!荒木のお好きなシーフードミックス、買ってきましたよ」
嬉しそうな笑顔を向けてくる白久が愛しくてたまらなくなる。
「ありがとう、暑い中、お疲れさま」
俺がキスをすると、白久はさらに嬉しそうな顔になった。

俺達は早速控え室でランチを満喫する。
「コーラとオレンジジュースも買ってきたんだ
 冷蔵庫に入れておくから、好きなの飲んで」
「水出しの紅茶も作ってあります
 ミルクを入れるとミルクティーに出来ますよ
 ガムシロもありますので、甘くしたい時は入れてください」
羽生とひろせがそんなことを言いながら、甲斐甲斐しく取り分け皿やサラダを用意してくれる。
『なんか、2人とも長瀞さんに似てきてるかも』
そう気が付いて、俺は少し笑ってしまった。
もちろん、幸せそうな笑顔も長瀞さんに似ているのだった。


ピザを食べながら
「今日は依頼が少なかったら、白久と荒木は早帰りしなよ
 その代わり、明日は俺と黒谷、重役出勤でいいかな」
日野が照れくさそうに聞いてくる。
「俺達はかまわないよ」
早く帰れれば白久と2人で居られる時間が増えるので、俺的には大歓迎な提案だった。
「明日は朝、少し黒谷とランニングしようかと思ってるんだ
 日中は暑いからさ、まだ涼しいうちにって
 あ、荒木も一緒に走ってみる?」
日野に聞かれ、俺は慌てて首を振る。
「いや、俺は遠慮しとく
 日野と黒谷が来るまで、俺達で頑張ろうな」
白久にそう言葉をかけると
「はい、荒木のために頑張ります」
彼は笑顔で答えてくれた。

ランチの後、ミックス犬の捜索依頼が1件入ってきた。
場所が近かったため、白久はすぐに発見して戻ってくる。
ほとんど同じタイミングでしつけ教室を終えた空が帰って来たため、後は彼に任せて俺と白久は上がらせてもらうことになった。
「じゃあ、また明日
 お疲れさまでした」
皆とそんな挨拶を交わし白久と一緒に事務所を出たのは、まだ夕方には早い時間であった。

「せっかくなので、どこかに出かけますか」
白久が嬉しそうに聞いてくる。
「うーん、でもその前に、シャワー浴びて着替えたいかも」
制服で夜まで出歩くのも気が引けるので、俺達は影森マンションに帰ることにした。


部屋に帰りシャワーを浴びてTシャツに着替えると、サッパリとした気分になる。
同じくシャワーを浴びた白久は、白いサマーセーターに着替えていた。
Vネックの首元を見ながら
『赤と黒、どっちの首輪が映えるかな』
俺はそんなことを考えてしまう。
俺が見つめていることに気が付いた白久が、伺うように顔を寄せてくる。
小首を傾げる白久に
「その服なら、赤い首輪が似合いそうだなって」
俺はヘヘッと笑ってみせた。
白久は微笑んで、机の引き出しから以前に俺がプレゼントした赤い首輪を取り出すと首に付けてみせてくれた。

「似合いますか?」
はにかんだ顔で聞いてくる白久に
「うん、格好いい」
俺はそう答えてキスをする。
俺達は唇を合わせながら、しっかりと抱き合った。
2人でこの部屋に居られる時間が、とても貴重な物に感じられる。
今月も何度か泊まりに来ていたのに、何ヶ月も離れていたような錯覚を覚えてしまう。
「白久…して」
会えない時間を埋めるように、俺達は何度も繋がり合った。
白久と一つになるたびに、深い満足感に満たされる。
想いを解放した後、白久の腕の中でゆっくりと過ごす時間は俺にとって至福の時であった。

白久が、優しく俺の髪を撫でてくれる。
俺はそれが心地よくて、彼の胸に頬をすり寄せた。
「どこにも出かけなくても、白久とこうして一緒にいられるだけで幸せ」
「私もです」
白久は俺の髪にそっとキスをしてくれた。
「白久も、俺の家に来たい…?
 俺の親と、ご飯食べたい?」
昼に聞いた空とカズハさんの話が気になって、俺はそう問いかけてみる。
「そう出来れば嬉しいですが、荒木がこうして部屋に来てくださるだけで十分幸せです」
白久は、そんな健気な返事をしてくれた。
「親父がもうちょっと、子離れしてくれれば良いんだけどさ」
俺がため息をつくと
「お父様は、荒木のことを大事に思っているのですよ
 でも、その気持ちは私だって負けません」
クスリと笑いながらそんなことを言ってくれる。
「うん」
我ながら単純だけど、俺はその言葉がとても嬉しかった。
「俺も、白久のこと大事に思ってる」
そう言って、その逞しい胸にキスをした。

俺達はそれから少しまどろんで、夕飯を食べに外に出る。
昼の暑さが落ち着いて、涼しい風が吹いていた。
「熱帯夜になるのは、まだ先だね」
星を見ながら俺が言うと
「熱帯夜でも、夏の散歩は夜の方が犬には楽なんです
 今の地面はアスファルトだらけですからね
 アスファルトに近い場所を歩く犬には、日中は本当に暑くて
 下手をすると、肉球を火傷してしまいますし
 飼い主の生活時間の関係でしかたないこともありますが、日が落ちきってから散歩に連れて行ってもらえるとありがたいです
 もしくは、アスファルトが熱くなる前の朝の時間とか
 しつけ教室で、空からも飼い主に伝えてもらっています」
白久はそう言葉を続けた。
「そっか、ダックスとか足短いから、顔がアスファルトに近いもんね
 足が長い犬でも、人よりは顔がアスファルトに近いし
 夏は、散歩するのも大変なんだ」
猫としか暮らしたことのない俺には、その言葉は考えさせられるものであった。

「けれども今、荒木と夜の散歩をしている私は幸せです」
白久が幸せそうに微笑むので
「日野みたいに早朝一緒にランニング、とかは無理だけどさ
 ご飯食べたら、今夜は遠回りして帰ろうか」
俺はそう提案してみる。
「はい」

その後、俺達は週末の夜の散歩を十分楽しんで帰るのであった。
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