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しっぽや(No.70~84)

side<TAKESI>

7月に入ってからの俺は、部屋のカレンダーと睨めっこしっぱなしだった。
しかし何度見ても
『今年の俺の誕生日って、水曜日…』
そう確認するたびに、気分が今一盛り上がらないのだ。
誕生日にはひろせがご馳走を作ってくれると言っていた。
そして、そのままひろせの部屋に泊まって…
せっかくの初めての…何と言うか…体験…なのに、次の日も学校があるのではビミョーに気忙しい。
『かと言って、学校休むのもなー』
考え込む俺の足下に、銀次がすり寄ってくる。

『タケ…ボクだってタケのこと…好き』
頭をグイグイ押しつけながらそんな想念を送ってくる銀次を、俺は抱き上げてやった。
最近では修行の成果が出て、銀次の想念が少しは読みとれるようになっている。
『俺も、銀次のこと好きだよ』
そう伝え頭にキスをしてやると、銀次は機嫌を直してノドを鳴らし始めた。
今の俺は道行く猫にも好意的に見られることが多くなり、人生最大のモテ期到来、といった感じになっている。
『うん、まあ、猫にしかモテてないけど…』
それに、俺の猫師匠とでも言うべき波久礼のパワーに比べたら驚くほどの状態でもなかった。

「おっと、もうこんな時間だ
 学校行かなきゃ、銀次、行ってきます」
俺はもう1度、銀次の頭にキスをして慌てて家を出た。



放課後、俺はバイト先であるしっぽやに向かう。
先輩と同じ場所でバイトしている事がクラスメイトにバレると面倒くさそうだったので、事務所に行くときは一人で行くようにしていた。
先輩達もその辺は察してくれていて、下校中の道路や駅で見かけても特に声をかけては来なかった。
しっぽや最寄り駅に着き、改札を抜け暫く行くと
「タケぽん」
後ろから声をかけられる。
「同じ電車だったな」
そこには荒木先輩と日野先輩がいた。
「丁度良いや、買い出ししてから事務所に行こ」
「荷物持ちが居てくれると助かるからな」
先輩達は二ヤッと笑う。
「はいはい、お供しますよ
 ってか、先輩達と買い物してると俺が後輩こき使った上、奢らせてるみたいに見えるから、金は俺が立て替えておきますね」
背が低く童顔の先輩達に、俺は肩をすくめてみせた。

「何だよー、俺だって去年より1cmは背が伸びてたんだからな」
「いや、俺だって1cm伸びたし」
そんな事を言い合っている先輩達に
「あー、そういや俺、去年より6cm伸びてました
 この制服、卒業するまで着れるかな
 制服の直ししなきゃいけないかも
 中学の時、直しじゃ間に合わなくて買い換えしたんすよ
 わざと伸びた訳じゃないのに親に怒られて、お年玉半額没収されてさー
 酷くないっすか?」
俺は思わず愚痴ってしまう。
先輩達は俺をとても冷たい目で見つめた後
「やっぱ、低温殺菌牛乳かな」
「いや、日光に当たってる物の方がカルシウムの吸収率が良いんだ
 煮干しだな、海苔とか」
俺を無視して会話を続けている。
良い先輩達ではあるのだが、身長のことになると熱くなりすぎるのが難であった…

しっぽや近くのスーパーで、俺達はお茶菓子やアイスを買い込んだ。
「甘い物はひろせが作ってきてくれるから、助かるよ
 茶葉はカズハさんが分けてくれるし
 うちの事務所のお茶の時間って、豪華!」
「こんな良いバイト先って、ちょっとないよな」
その意見には、俺も激しく同意してしまう。
恋人と飼い猫と美味しいおやつ付き、将来の職場としても最高の環境であった。

俺達3人がしっぽや事務所に到着すると
「お、今日は皆一緒だね」
所長席から黒谷が笑顔を向けてきた。
「荷物持ちがいたから、アイスいっぱい買ってきたんだ
 捜索に出てないメンバーで、先に食べちゃおう」
日野先輩に笑顔を向けられた黒谷が幸せそうに頷いている。
「タケシ」
すぐに控え室からひろせがやってきた。
愛する恋人の登場に、俺も黒谷のように緩んだ顔になってしまう。
「私たち以外、捜索に出ているのですよ
 お先に頂きますね
 あ、ピーノだ、あのお方がお好きでしたっけ
 明戸、半分こしましょう」
「よしきた!懐かしい菓子を見るとホッとするのは、ジジムサイかねー
 あのお方達が食べていた物がまだ残っているのは、郷愁を感じさせてさ
 若いひろせとタケぽんには、わかんねーだろうなー」
ひろせに続き控え室から姿をあらわした双子の皆野と明戸が、俺達を見てクツクツと笑った。

買ってきたお茶菓子を棚に入れ、選んだアイス以外を冷凍庫にしまう。
事務所のソファーでアイスを食べながら
「あの、俺、来週の水曜日が誕生日なんです
 ひろせと一緒にお休みもらって良いですかね」
俺は上目遣いで黒谷に聞いてみた。
「もちろん大丈夫だよ」
黒谷は笑って頷いてくれる。
「ひろせの分まで、俺達捜索頑張るぜ」
「俺達も、タケぽんの分まで頑張るからゆっくりしなよ」
双子や先輩達の頼もしい言葉に
『ここの人達って、本当に良い人ばっかりだ』
俺は何度目になるかわからない感動を覚えるのであった。


「しかし水曜って、思いっきり週の真ん中だな」
日野先輩が苦笑する。
「そうなんすよ、でも、学校休むのもちょっとなーって」
俺も苦笑して頭をかいた。
「誕生日の日は記念日だもんね
 少しでも長くひろせと一緒にいて、夏休みになったらゆっくり泊まりに行けば?」
荒木先輩の言葉に
「はい!そりゃもう、ちょいちょい行こうかと!」
俺はつい勢い込んで答えてしまった。
2人の先輩達は、ニヤニヤしながら俺を見ていた。

「1年の時の夏休みは、のんびり出来るからなー
 俺も白久のとこ行きたいけど、さすがに予備校行っといた方が良いのかなとか
 ちょっと悩むよ
 まあ、合宿とかあるハードなとこは行きたくないけどさ
 お前は予備校行く?」
荒木先輩に聞かれ
「本当は部活引退する前に、秋の大会に出たいんだ
 いつも夏に体調崩して、調整間に合わなかったから出たこと無いんだよね
 今年は、黒谷がいるからきっと体調崩さないと思う
 でも、トレーニングしながら予備校行ってたら、バイトの時間減るし…
 そうすると高校生最後の夏休みなのに、黒谷に会える時間が少なくなっちゃうな」
日野先輩は少し悲しそうに俯いた。
「日野、僕はいつまでだって待っています
 今しかできないことを優先し、悔いのない夏休みを過ごしてください
 それに、全く会えなくなる訳じゃありませんからね
 せっかくお父様に頂いたお守りを、無駄にしてはいけません」
黒谷が日野先輩の手を握り、熱く語りかける。
「うん、受験に落ちて次の年の夏もグダグダになりたくないから頑張るよ
 また待たせちゃうけど、ごめんね」
2人は熱く見つめ合って、自分たちの世界に入っていた。

「タケシ、誕生日のお祝いのご馳走は何が良いですか?
 僕に作れそうなものならチャレンジしてみます」
ひろせが、はにかみながら話しかけてきた。
「ひろせの作る物は、何でも美味しいからなー
 お任せで良いよ」
俺は今まで何度か泊まりに行って、ご馳走になった物を思い出していた。
「いつも洋風なので、今回は和風にしてみようかな、と思ってるんですが
 あ、でも、ケーキは洋風かな
 バランス悪いですか?」
心配そうに聞いてくるひろせに
「ううん、和洋折衷って豪勢でいいじゃん!」
俺は勢いよく首を振って答えた。
「それでは、タケシの好きそうな物を色々作ってみます」
そう言って輝く笑顔を見せるひろせは、本当に可愛かった。

「あーあ、白久、早く帰って来ないかな」
俺と日野先輩に当てられたかたちの荒木先輩が、あられを食べながらつまらなそうに呟いていた。



そして、待ちに待ってた誕生日の日がやってくる。
15歳と16歳じゃ何だか凄く違っているように思っていたが、実際になってみると特に変わりは感じられなかった。
『なんかこう、もうちょっと「大人」になれるかと思ってたんだけど
 ゲームとかでレベルアップするのとは、全然違うや』
今となっては、その考え自体がガキだったと気が付いた。
『俺、ちゃんとした大人になれんのかな』
そんな不安も感じてしまうが、しっぽやに関わる人達を見ていればきっと大丈夫だろうと自分に活を入れる。
周りに手本になるような大人が多いのは、とても幸運なことなのだ。
『やっぱ、目指すのはゲンちゃんだ!
 ナガト、いつも幸せそうだもん
 俺もひろせに、あんな風に幸せな顔になって欲しい』
俺はいつもの鞄と共に、お泊まりセットが入ったバッグを持つと胸を弾ませて学校に向かうのだった。


授業中は上の空、と言った感じで、長いような短いような時間が過ぎていく。
授業が終わると手早く荷物をまとめ、俺は愛する飼い猫の元へ一目散に駆けつけた。

ピンポーン

チャイムと同時にドアが開き、嬉しそうな笑顔のひろせが出迎えてくれた。
「タケシ、いらっしゃい
 誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう」
俺達はそんな挨拶を交わし、軽く唇を合わせた。
「お腹は空いてますか?
 少し早いけど、もうご飯にしちゃう?
 先にシャワーで汗を流してサッパリする?」
ひろせが首を傾げて聞いてくる。
『これは!有名な「それともア・タ・シ?」的な展開?!』
そんな俺の思いを読んだのか
「アタシ?何だろう?ごめんなさい、それは用意してないです」
ひろせはオロオロし始めた。
「ごめんごめん、何でもない
 今日は暑くて汗かいたから、シャワー使わせてもらうね」
俺は慌ててそう言うと、シャワールームに向かった。

シャワーを浴びて脱衣所の鏡を見ると、自分がかなりニヤケた顔をしているのがわかり恥ずかしくなってくる。
『大人になるって、遠い…』
思わずため息を付くと同時に脱衣所のドアが開き、ひろせが入ってきた。
俺の心臓が激しく跳ね上がる。
『まだ一緒にシャワーとか浴びる勇気が!』
シャワーを浴びた直後だというのに、緊張のあまりまた汗が噴き出してきた。
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