このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

◆しっぽやプチ話◆

<side TAKESI>

放課後、俺は1人でしっぽや事務所へと向かっていた。
帰りがけに友達と『夏休みをどう満喫するか』と言う話で盛り上がってしまい、学校を出るのが少し遅れてしまったのだ。
コンビニとかでバイトしてると10分の遅刻でも怒られるらしいから、その点の融通がきくしっぽやはありがたかった。

『今日は日野先輩は部活で、荒木先輩だけ来るって言ってたっけ』
そんな事を思い出しながら階段を上り事務所のドアの前に立つ。
ノックをしようとしたところで、室内からの微かな声が聞こえてきた。
「んっ…あっ…」
それは荒木先輩の声だった。
「ああっ…、くっ…」
少し苦しそうな淫靡(いんび)な声。
俺はノックをする姿勢で固まり、思わず聞き耳を立ててしまった。

『ちょ、荒木先輩?まさか事務所内で?
 今日は日野先輩は居ないから、居るのは犬と猫だけとは言え…
 いやいや、流石にそれはちょっとヤバいっしょ!』
俺は真っ赤になりながら慌ててしまう。
『危ねー!いきなりドアを開けてたら大惨事じゃないか!』
慌てふためく俺を余所に
「ふっ…、んんっ…」
荒木先輩の声(喘ぎ?)は続いている。

後1時間くらい時間を潰してから出直した方が良いかと回れ右をした俺は、誰かが階段を上がってくる気配に気が付いた。
『まさか、こんなタイミングで依頼人?!
 何とかここでくい止めなきゃ!』
使命に燃えた俺は、階段を塞ぐように立ちはだかった。
「おやタケぽん、今から出勤ですか?
 今日は暑いですね、この方、保護出来たのは良いのですが少しバテてしまっていて
 事務所で涼ませてから送っていきます」
階段から現れたのは、ミックス犬を連れた白久だった。

『………
 えーーーー?!』
予想外の展開に、俺はさっきよりも激しく動揺してしまう。
『な、何で白久がここにー?荒木先輩の相手、白久じゃないの?
 これ、修羅場ってやつ?
 マズい、ヤバすぎる!』
とにかく白久を事務所内に入れまいと
「荒木先輩におつかい頼まれてさ、荷物が多くて1人じゃ大変だから白久も今から手伝って」
俺は慌てて彼の手を引いて階段を下りようとする。
「お手伝いは構いませんが、先にこの方を事務所に連れて行かないと」
白久はキョトンとした顔で俺を見ていた。

「あっ…ん、くうっ…、もう…あっ!」
荒木先輩の声が先ほどより大きくなり、俺と白久の耳にハッキリと聞こえてしまう。
俺は絶望的な気持ちで白久の顔を見つめてしまった。
しかし白久は特に顔色を変えるわけでもなく、固まっている俺の脇を抜けノックして扉を開けた。



事務所の中では、精一杯伸び上がった荒木先輩が書棚の上に置いてあるファイルを取ろうと手を伸ばしてプルプルと震えていた。
「くっ…そ、あと、ちょっと…、もう少しで…
 さっき触ったんだよ…指は届いてるから…」
荒木先輩はそう言っているが、明らかに指はファイルに届いていなかった。
「脚立使えばいいのに、せっかく日野と荒木の為に用意したんだからさ」
黒谷が苦笑しながらそんな荒木先輩を見つめている。
「俺だって、去年より1cmも背が伸びたんだ
 これくらい平気だって…」
どうみても平気そうには見えないその姿に
「荒木、危ないですよ、私が取りますから
 どれが必要なのですか?」
白久が慌てて駆け寄って、ファイルを難なく取ると先輩に手渡した。
荒木先輩は憮然とした顔をしながらも
「ありがと」
お礼を言って、飼い犬の頭を撫でていた。

それから先輩は俺を見てギョッとした顔になる。
多分、見られているとは思っていなかったのだろう。
顔を赤くして下から睨むような視線を向けてきた。
俺は仮面のような笑顔を張り付けて、荒木先輩の視線をやり過ごしながら
『これ、どうやってご機嫌取れば良いんだろう…』
ぼんやりとそんなことを考えていた。


その日の俺の仕事は書棚の上、窓枠、蛍光灯、果ては天井まで拭き掃除をすることになった。
「ちょっと早い大掃除だけど、事務所がキレイだと気分良いよねー
 背が高い奴が居て良かったー、ありがとなー
 やっぱ脚立あると便利だなー、こんな時のために脚立って必要だよねー」
俺を労(ねぎら)う荒木先輩のセリフは棒読みであった。

掃除が終わって一息付いた俺に併せてのお茶の時間。
手を上に上げての作業が長かったので流石に腕がダルくなっていて、アイスミルクティーの入ったグラスを持つ手が震えていた。
それでも、ひろせお手製クッキーの甘みが体中に染み渡って、疲れた心を和ませてくれる。
『明日は筋肉痛になってそうだけど、まあ、良いか
 ひろせの新作、和洋コラボの小豆クッキー、美味ーい!』
幸せを感じている俺に
「お茶飲んだら、控え室も同じ掃除頼むな」
荒木先輩がニッコリ笑いながら、掃除用具を指さした。


俺は張り付いた笑顔で、ロボットのようにカクカク頷くのがやっとであった。
10/16ページ
スキ