漆黒の王女〈後編〉

59/72ページ

前へ 次へ


 サザンがゆっくり窓に向かうのに合わせて、引きずるように身体を動かした。

 全てをサザンに委ねるわけにはいかない、自分の限界ギリギリまで、出来ることはやろうと思った。

 窓とグライダーの隙間を縫ってバルコニーに出ると、雨は少しだけ収まっていて、びゅうぅと風が吹き荒れていた。

 サザンは一度私から離れて、窓に突っ込んだグライダーをバルコニー側へ引っ張った。

 火事の炎がもう窓際まで迫ってきていた。黒煙が勢いよく噴き出して、空へ昇っていく。

 サザンはグライダーの錨をバルコニーの柵に引っ掛けて、また私の傍へ戻ってきた。

「シーナ、あっちまで、もう少しがんばれる?」

 サザン、あのグライダーで脱出する気なんだ。

 でも私。

 ここまで来て。サザンにここまで導かれたというのに。

 逃げようという気がごっそり抜けた。

 グライダーに二人なんて無理、というのもあったけど。

 城の炎を見つめ、城の皆、パパも、ザザも、いなくなったというのに私だけ、私だけが生き残っている。

 その事がどうしようもなく──嫌だったんだ。



「サザン、サザンだけでいい、私を置いて。
 サザンだけで、このグライダーで遠くへ逃げて…!」



 私の頬を冷たい涙が濡らす。

 サザンの命だけ助けたくて私はそう叫んだのに。



「ダメ、シーナ、許さないよ。
 一緒に行くんだよ」



 鋭い言葉のはずなのに、妙に温かみを感じた。

 サザンは私をグライダーまで連れていって、命綱を私の胴体に巻きつけた。

 それから、力の入らない私の両腕をサザンの腰に抱きつかせ、そこにさらに命綱を巻いた。

 サザンは両手でバーを掴み、グライダーを持ち上げた。

 びゅうぅっ。

 バサバサバサ。

 風を受けて翼がはためいた。

 一等の強風が駆け抜けた時、サザンが足で錨を蹴飛ばした。

 私の予想に反して、グライダーは私達ごと軽々と空へ舞い上がった。

 あの日の旅立ちの瞬間を思い出す。



 今度は一人じゃない。



 そう思ったら、サザンの腰にしがみつく力が少しだけ蘇った。





59/72ページ
スキ